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「-我が魔力よ」
シガナは火炎包壁に向かって歩いていく。ゲルセル達も彼の纏う空気の違いに気が付いたからか、警戒してその場を動かない。そうしている間にシガナの告げた10秒が経過し、ユカは息を呑みながら、杖の光を輝かせ、火炎包壁を操作した。
「その力は白より出でて、虹に輝く」
シガナが壁を目前としたとき、薄くなる壁に小さな穴が開き、縦に、横に隙間は広がる。獲物の姿を鮮明に目視したゲルセル達はこれこそが狙い時だと、総じて身体を縮小させた。だが、中には虹を放つ魔導石の輝きに、気圧されたように後ずさるゲルセルも。
「土壌の新芽、雨雲の雷電、烈火の旋風。遷ろう光は空に揺蕩う」
シガナが輝く杖を横に薙いだ。虹色の魔導石は軌跡を残し、光の流れは瞬きの度に異なる色を放つ。ユウシもユカも、ひと時の間、ゲルセルのことを忘れ、幻想的な光の帯に意識を囚われていた。
そのとき、最前の緑、赤、茶のゲルセルが膨れ、弾けた。一度も攻撃をせず、ずっと隙を窺っていた緑のそれと、繰り返し攻撃を行う赤と茶の中でも、一際敵意の高いそれらは他よりも早く収縮を始めていたのか、はたまた短距離に過剰な威力は不要と判断したのか。真相は知る由もないが、次の瞬間、3匹のゲルセルは赤、青、黄緑の球弾に弾き飛ばされた。
【【【⁉】】】
「……うん、飾った詠唱なんて慣れないことしてる暇ないね」
【【【【【-!】】】】】
「待たせたね、それじゃあ踊ろうか。-『七色連弾』」
直後、シガナはゲルセルの群れに飛び込み。そして、一拍の後、無数のゲルセルが身を膨らませ、弾けた。
「「シガナ(さん)っ!?」」
「平気だよ」
【【【【【-⁉】】】】】
シガナとゲルセルの間で宙に走った光が七つの渦を巻き、膨らんだゲルセルが地を離れた直後、光は球となり、ゲルセル目掛けて撃ち放たれた。
その結果、ユウシとユカの悲観的な青い表情とは裏腹に、ゲルセル達は全てが体に浅くない傷を作りながら吹き飛ばされ、シガナは五体満足どころか、擦り傷1つ作ることなく群れの先へと駆け抜けた。
「よし、完璧だね」
「あ……!」
「すごい、綺麗……」
先程は視界を埋め尽くす程のゲルセルの突進に伴い、何が起きたのかを正確に判断することはできなかったが、ゲルセル達が警戒を高め、一時的に攻撃が止み、連続的な攻撃に切り替わったことで、ユウシ達はシガナの魔法をじっくりと観察することができた。
とはいっても、それはなんてことのない、ただの球弾魔法の一種。身体を縮めるゲルセルを目視し、跳ぶ前に球弾を作り上げ、跳んで身体が膨張した瞬間を狙って放っているだけである。
特別なのは、彼が基本六属性の全てを、それも同時に使いこなしていること。本来二属性に適性を持つ者でもそれなりに珍しく、三属性ともなればユウシの代の学生ではレイアを除けば数人いる程度で、それ以上は一人もいない、筈だった。
魔法の属性は、極少数の無属性や魔法に使える魔力を有さない者を除き、誰しもが魔力器官が発達する10歳前後を迎える頃には定まっているもの、とユウシは講義で習ったのを思い出す。複数の属性の使用は、生まれ持った才能のみが可能にすると長い間信じられており、十数年前にとある人物が、自ら基本発展の十二属性を使いこなす偉業を成し遂げることで覆されはしたものの、それはその人物がただひたすらに魔法に人生を捧げた成果でもある。
いかに基本属性だけとはいえ、ラルドの一学生でしかないシガナがその全てを扱っていることにユウシは驚きを隠せなかったが、今なお戦いを繰り広げているシガナを見れば、そんなことを考えている余裕はなかった。
火炎壁を囲っていた別方向のゲルセル達もシガナの存在に気付き、攻撃に加わったことで、次第に弾幕の苛烈さは増していく。初級魔法とはいえ複数の属性の扱いは難しいのか、やがて生み出す球弾の数を飛来するゲルセルの数が上回る。そして球弾が尽きたところで、2匹のゲルセルが収縮し始めたのを見て、ユウシは思わず手を伸ばし、ユカも杖に魔力を込めていた。
だがシガナは笑みを崩さず、2匹の動きを予測し、弾けた瞬間に転んだと錯覚するほど体勢を低くした。するとゲルセルは頭上を通過するだけではなく、飛来した2匹が宙でぶつかり、そこにいつの間にか浮かんでいた球弾が加わり、一撃で2匹が吹き飛んでいった。
ね、大丈夫でしょ?
一瞬振り向いたシガナと目が合い、ユウシはそう言われた気がした。瞬く間にシガナは身体を起こし、今度は火炎壁の外周を大きく周り出した。
それは近寄ってきたゲルセル達から間合いを取るため、ではなかった。青の球弾をシガナが浮かべると、放った先は火炎壁目掛けて縮んでいた赤のゲルセル。彼はユカに休むように言ったことが、無責任な言葉ではないことを行動で示した。
それからは火炎壁の外を動きながら、シガナは一撃も攻撃を受けることなく立ち回り続けた。生み出した球弾は背中側に多く浮かべることで、背後からの奇襲を封じ、移動に時折フェイントを加えることで、ゲルセルの攻撃のタイミングをずらす。最初から通して各ゲルセルが苦手とする属性を選んで攻撃し、かと思えば逆に得意とする弱い球弾を放って勢いを殺すに留め、他のゲルセルに対する壁として見せることもあった。
「スッゴイなぁ」
「ほんとですね」
ユウシの呟きにユカが同意するが、無意識に言葉を出していたユウシには、シガナの一挙一動を見逃すまいと、ときどき呼吸すら忘れてしまうユウシには、それは聞こえていなかった。シガナの魔法、動き、その他全てに魅入っていたユウシは、いつの間にかゲルセルに対する恐怖も忘れているほどだった。
いつも試験では高得点を獲得し、かといって自慢するでもなく、その事実を隠し通そうとしていたシガナ。
遠くから成り行きを見守っているかと思えば、突然距離を詰めてきて、冗談を言ってからかってきたシガナ。
ユカと仲が良く、ときどきわざと難しい話を繰り広げて自身を困らせて楽しそうに笑っていたシガナ。
彼は誰にも相談できず、困ったときにいつの間にか傍にいて、静かに相談に乗ってくれた。
彼はその明晰な頭脳で自身が思いつかないような考えを提示し、アドバイスをしてくれた。
彼は何度も心が折れそうになった自分を元気づけ、その進む道に光を灯してくれた。
そして今。心が折れてしまった後も、数多の強敵に単身で挑み、自分のことを励ましてくれている。シガナの、困難に立ち向かう勇ましいその姿を、雄姿を見て、ユウシは頬に一筋涙が伝った。
確かな実力と才能を持ち。優しく困っている人に寄り添い。強敵を相手に怖気づくことなく。勇敢に立ち向かうその様は、正に物語の勇者のよう。
そうだった。幼い子どもだったときも、テイガに誘われたときも。僕はずっと――
「……うん!ユカさん、一旦10秒後、中に入れて!」
「!分かりました!」
【【【【-!】】】】
気づけば外を走るシガナは息を切らしていた。彼自身無理をしては元も子もないと分かっていたため、限界を迎える前にユカに声をかけ、最後にと、多数の球弾を浮かべて放った。これには縮んでいたゲルセルのみならず、警戒して揺れていたゲルセル達も回避せざるを得ず、蜘蛛の子を散らしたように離れれば、シガナは丁度空いた火炎壁の穴の中へと安全に飛び込んだ。
「ユカさん、次は頼んだ!」
「はい、任せてください!」
「あー、久々に本気で動いたーっ、疲れたーっ!ってか、この中暑っ!」
「そ、それは我慢してください!」
「お、お疲れ様」
シガナはユカに短く指示を出した後、地面に身を投げ出し、本音を隠すことなく正直に告げた。そんな彼の態度に目を丸くし、ユウシは伝えようとした感動の言葉を飲み込み、彼に労いの言葉をかけた。するとシガナはバッと身を起こしてユウシの方を向き、驚いて後ずさるのを気にすることなく深くため息をついた。
「いやー怖かった!ほんとほんと、ってかやっぱ使い勝手悪いなあの魔法、大分魔力使った!」
「シガナさん、その魔法について、というかあなたの属性や以前から話してもらえなかった魔法を消す魔法についても」
【【【【【~!】】】】】
「いやだ、内緒!それより今はゲルセルに集中して、いや本気で!もう少し休ませて!」
「え、えーっと」
先程までの緊張感は一体どこへ行ったのか。魔法に興味津々でシガナに視線を送るユカと、先ほどの外での戦いで気が立ち、今も飛び込む気満々のゲルセルに珍しく焦って杖を持つシガナ。そんな2人を見て、ユウシは何も言うことができなくなってしまったが。
「……ふー、で、ユウシ」
「!」
結局ユカだけでは耐え切れず、泣く泣くシガナは息を整える前に起き上がり、魔法を行使してゲルセルを撃ち払い、ようやく落ち着いた少し後。溜めていた息を吐いたシガナは、改まってユウシに話しかける。その表情は真剣なもので、ユウシは息を呑んで背筋を伸ばした。
「こうして生き残ることができた自分だけどね、ゲルセルを倒す余裕はないし、結局は多少の時間稼ぎにしかならないんだよ。それにユカさんとユウシが同じ動きができるわけじゃないから、3人でここから出て街に逃げる選択肢はまずとれない」
「……うん」
「それに時間稼ぎとは言ったけど、時間にしたら1分経ったぐらいかな。大発生が起きてからはまだ、10分と少し経ったところ。今まではなんとか耐えられたけど、この先は上達より先に疲労で集中力が乱れて瓦解するだけ。……もう、何が言いたいかは分かるよね」
「うん」
ユウシは頷いた。身体が恐怖に怯える前に。足が震えて動かなくなる前に。彼の雄姿に背中を押され、顔が前を向いているうちに。
頬を叩き、目元を拭い、深呼吸をして目を開いたユウシの顔には、恐怖に立ち向かう覚悟があった。シガナはそれを見て一度、柔らかく微笑むと、すぐに気を引き締め、杖を手に前を向いた。
「最後にもう一度流れを確認するよ。ユカさんも聞いててね」
「うん」「はい」
「まずはユウシが『爆音』を発動。着弾後、ユウシはユカさんが空けた『火炎包壁』の穴を抜けて街に行き、冒険者に助けを求める。大事な点は2つ、まずはユウシ、欠乏症を避けること。これだけで、自分とユカさんが冒険者の到着までに耐えなきゃいけない時間が変わってくる。次にユウシが壁を抜けた後、ユウシを守り抜くこと。場合によっては自分も後を追うように外に出て、しばらくユカさんは1人で耐えることになるかも」
「分かりました、頑張ります」
「……」
ユウシは覚悟を持っていた。しかしいざ作戦を聞けば、やはり自分の行動の可否が3人の生死に関わってくると言っても過言ではないと、改めて思える。そんな重大な役割を、自分なんかができるのだろうか。
「っ」
ズキッ
ユウシは右腕を抑えた。その拍子に地面に杖が落ち、ユウシは慌ててしゃがんで杖に手を伸ばす。手を杖の上に置いて、握ろうとして、力がうまく入らない。
間に合わなかった。手が、震えていた。
「はぁ、はぁ」
止まれ。止まれ。心配をかけるな。
ユウシは右手を左手で叩き、両手で土ごと抉るようにして杖を持ち上げる。
大丈夫。『爆音』さえ放てれば、あとは冒険者が来てくれる。きっとゲルセルを全て倒して、自分たちを助けてくれる。最悪欠乏症になっても、シガナとユカがなんとかしてくれ
間に合わなかったら?
「はあ、はあ」
眩暈がした。歯を食いしばり、首を横に振って知らない振りをする。
頭がふらついた。首を横に振って知らない振り。
心臓の鼓動がうるさい。これも知らない振り。
滴る汗、爪の土、張り付く髪、自分の吐息、要らないものばかり気になって全く集中ができない。
目を固く瞑り、より激しく首を横に振る。雑念が消えるよう、入念に。
だが頭に血が上り、ふらついたユウシは転んでしまった。そんなユウシに、ユカは心配そうな視線を送り、シガナは杖を持つ手に力を込めた。
彼らの思いに気が付くはずもなく、ユウシはそれでもなんとか立ち上がる。よろけた身体で目を開き、
【【【…】】】
ゲルセルと目が合った
「はあっ、はあっ」
大発生からここまでで10分。街までは距離もある。それなのに、耐えきれるのか?
耐えきれる、なぜならシガナの作戦だから。物語の勇者みたいな、英雄のような、そんなシガナが言うのだから、間違いはない。
でもそれは自分が成功したらの話だ。『爆音』に失敗したら、欠乏症になったら、転んだら、ゲルセルから逃げられなかったら……
成功しなきゃ。失敗はだめだ。成功しなきゃ。失敗はだめだ。成功、成功、成功。絶対に、絶対に。
「はあっ!はあっ!はあっ!」
「ユウシ」
「っぁッ!!」
「-『放水』」
「!?」
ユウシの頭に、冷えた水の塊が降ってきた。水はやがて全身を濡らし、ユウシの思考を流れ落とす。
何が起きたのか分からず、固まったユウシの髪の毛から水滴が滴り落ちる。だが、それだけでは終わらなかった。
「-『送風』」
髪に、顔に、身体に、心地の良い風が吹きつけた。自然と顔はその方向を向き、シガナが杖を翳しているのが目に入った。
「魔法って便利だね」
「……そんな使い方、1人じゃできないですよ普通」
「そうだね~」
黄緑の光を放った杖は、粗方ユウシの身体を乾かした後に白色に戻った。ユウシの身体を雑に綺麗に整えたシガナは頷き、ユウシの背中を優しく叩く。
「不安になった?自分たちが負けないかって」
「あ……」
「信じてよ。強いよ?自分も、ユカさんも。負けないからさ」
「はい、任せてください」
震えも、無用な心配事も、膨らんだ恐怖心も、全て冷水が流れ落とし、風が吹き飛ばしてくれた。ただ、冷えた顔の目頭は熱くなってしまったが、そんなことは、今のユウシにはもう、関係ない。
黒の杖を握りしめる。もう、痛みは感じない。そんな彼を後押しするように、シガナが口を開いた。
「魔法は理想を現実にする力がある。固有魔法が分かりやすい例だね。――さあユウシ、君も心に思い浮かべるんだ。理想を、夢に描いた願いを」
「僕の願い……それは」
目を瞑ったユウシ。その頭に数年前の、親友と語らい、将来に誓った、忘れられない大切な約束が蘇る――
『大人になったら一緒に世界を旅してさ、本で見たような、いろんな景色を二人で見に行こうな!』
『それっ、スッゴイいい考えだね!でも、街の外には強くて怖い魔物もたくさんいるんだよ?こんな僕にもできるのかなぁ?』
『もちろんだ!どんどん強くなってたくさん依頼を解決して、Sランクの冒険者を目指そうぜ!』
『分かった、僕、テイガと一緒なら頑張れるよ!』
『ああ、俺ら2人の約束な!』
『うん!』
「抱いた夢への熱意を、強い想いを、杖に込めて魔法を放て!」
「-僕の魔力!その力を音に変え!!」
ユウシの目は火炎壁の、ゲルセル達のもっと先の、将来への希望を見据えて光を取り戻し。手に持つ杖の魔導石は、かつてない輝きと共に、ユウシの行く道を照らし。光を受けたゲルセル達は、高まる魔力に震え、少しずつ後退していた。
「-立ち塞がる障害を乗り越えっ、世界に目覚めの爆音を響かせろ!!『爆音』!」
【【【【【…!】】】】】
力強い詠唱の後、宙に浮かんだ大きく眩い光の球。ユウシは掲げた杖を振り下ろし、音球を前に撃ち出せば、3人は息を合わせたかのように、耳を塞いでしゃがみこんだ。
ゲルセルもその魔力の密度から、それがただの初級魔法ではないことは身体で感じ取っていた。それ故にどのゲルセルもが着弾点から大きく離れ、最も近い個体でも5メートル以上の距離を開けていたが。街に巨大な魔獣の襲撃を思わせる程の音量と振動をもたらす『爆音』が、その程度で防げるわけもなく。
「-弾けろ!!」
【【【【【【【【【~⁉】】】】】】】】】
「ぐっ!?」
「きゃあっ」
「うーっ!」
着弾し、一段と激しい光を放った後。詠唱に恥じない、誰もが飛び起きずにはいられない爆音と。見上げる程の巨体の魔獣が全力で跳ねて着地したかのような大振動をもたらした。
想像していた以上の衝撃と音撃に3人は身を縮こませ、酷い耳鳴りとしゃがんでなお転びそうな揺れに耐える。また球弾の光が残っているうちは残響が鳴り止まず、しばらくの間苦しめられることになったが、それほどの威力を持つ『爆音』の効果もまた想像以上のものだった。
「……音、止んだ!」
十数秒の地獄の後、光が消え、世界に静寂が訪れた。
強く耳を抑えながらもその目で光をずっと見ていたユウシはいち早く立ち上がった。だが急激な魔力の減少に身体が耐え切れず、ユウシはその身をよろけさせる。
だが。よろけたユウシは目を見開き、浮いた足を力強く地面に打ち下ろした。たたらを踏んで数歩前に進んだが、その後には両足で確かに地面に立っている。すなわち、ギリギリのところでユウシは魔力の制御に成功した。まだ耳鳴りと頭痛が繰り返し響いているが、それでも欠乏症にはならずに済んだのだ。
これまでに一度も成功したことのない魔力制御、そして『爆音』。ユウシはそれらを成功させた喜びが広く心に渡ったが、しかしその感情を表に出すのはまだ早いことを思い出し、既に足は壁に向かっていた。
「動けるっ、僕、行くよ、行ってくるよ!」
『爆音』の影響が耳に残り、自分の声が聞き取りづらければ、2人の声も聞こえない。だが目の前の壁に穴が開き、徐々に広がって行くとともに、背中に2人の視線を感じ取った。
それはほんの少し前であれば大きな重圧となり、ユウシの心は耐えられなかったかもしれない。今でもゲルセルの鋭い眼差しと目が合えば、手足の震えが起きないという保証はない。
だが、ユウシはもう、2人のことを心の底から信頼している。深呼吸をしたユウシは改めて覚悟を決め、万が一にも心が立ち止まらないよう、その目を固く瞑った。
「!絶対に冒険者さんを呼んでくるから!2人のこと、信じてるからっ!」
ユウシはそう言って足を踏み出した。すぐに清涼な風が顔に当たり、自らが外に出たことを頼んでもいないのに知らせてくるが、息を呑んでも、ユウシは立ち止まらなかった。
怖い。怖い。怖い。
1歩1歩の時間の感覚が、ずっと引き延ばされているかのように感じる。目を閉じているからか、耳はうまく働いていない筈なのに、心臓の鼓動だけは激しい主張を続け、1拍ごとに恐怖を煽ってくる。
しかし今、ユウシは成功体験に手を引かれ、頼もしい2人の存在に背中を押され、立ち止まってなんていられなかった。1歩歩めば恐怖はやってくるが、それと同じぐらいに、1歩過ぎても痛みが訪れないことに安心感を得て、やがて歩数を重ね、ユウシの恐怖はすっかり覆い隠された。
そこまですれば、もうユウシを妨げる脅威は無くなっていた。頷いたユウシがそっと目を開ければ光に満ちた世界が色づく。そこにはゲルセルはとうにいなくなっていて、振り返れば『火炎包壁』は遠くに見えていた。
できた。僕にも、できた。
ユウシの胸に熱い想いがこみ上げる。それでも息をつくのはまだ早い、と、ユウシは鼻を啜って後ろを向き、足を踏み出す。
「待ってて、シガナ、ユカさん」
作戦の最難関を乗り越え、生き延びた実感から力を得て、ユウシは身体が羽のように軽くなった気がした。これまでのどんなときよりも速く道を駆けることができた。
だが走り続ければ息は切れ、足は重くなる。そもそも睡眠不足、精神的疲労で疲れ切っていたはずのユウシの身体はほとんどの魔力を失い、そんな中でも走り続けたことで限界を迎えようとしていた。
だが。ユウシは止まらなかった。たとえ頭が回らなくても、たとえ視界がぼやけても、たとえ足がもつれても。
それでも、今のユウシに恐れるものは何もない。ユウシは限界を越え、持てる全てを振り絞り、前に、前にと駆け抜けた。
駆け抜けた先の、遠く薄れた街の輪郭が徐々にはっきり見えてくる。大きな門のその前に、武器や杖を携えた人達が集っていることに気が付く。ユウシは手を伸ばし、口を開こうとして、バランスを崩してそのまま転んでしまった。
「はぁ、はぁ、……っ」
手を突き、身体を起こしたかった。しかし、もう動かない。
限界を越えた反動が、あと少しのところでやってきてしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
空気が足りない。思考がまとまらない。脳がはたらかない。
ユウシは唇を噛んだ。悔しかったからではない。痛みで刺激しないと、今にも意識が途絶えそうだった。
「はぁ……はぁ……」
その痛みさえも感覚が薄れ始める。ユウシはもう、抵抗することができそうにない。最後の力で、前に、手を伸ばし……
駆け寄ってきた男性に、その手を握られた。
「君、大丈夫かい……ってユウシ君?」
ユウシを見て目を丸くしたのは。馬車の護衛としてユウシと出会い、彼に冒険者ギルドの案内をした青年、アルトだった。
(ほんとは大会2日目、2、3話で終わるつもりだったのに、まだ終わりません)




