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「そんな気はしてたけど、やっぱりみんな門前待機なんだ?」

「みてえだな。しかも多少ルール変更があったからか、やる気出してるやつも多いっぽい」

「え、そうなの?」

「なんだ、ユウシさんは知らなかったのか」


 他の生徒達と同様に学校の門の前にて大会の開始時間を待とうとしていたユウシ達。その道中でテツジはグランと互いに得意な魔法と剣術について語り合う約束をしていたらしく先に別れ、代わりに昨日テイガとフーシュと行動を共にしていたクロアス、ハウターが合流した。昨日の分の魔核を提出しに行ったユカがこの場にいないために、クロアスは悲しそうだったが、思いのほかすぐに立ち直り、シガナに自己紹介と軽い世間話を済ませた後、門についての会話であった。


「あれだろ、欠乏症で意識があやふやだったんだろ?ならしょうがねえよな」

「そうかも……それで、どんな話だった?」

「えっとね、スライム討伐数は例年よりも多かったんだけど、それ以上にスライムの数が多いから、今日は一度に50個まで魔核を提出していいんだって」

「そ、そんなに?」

「ああ、だから今日は東西の門にも生徒が多く殺到しそうだって話してたんだけど、それも覚えてないか?」

「んー、うん、覚えてないや」


 詳しく聞けば、その話は昨日の夕食時にしていたのだとか。そのときのユウシは欠乏症で頭が働いていなかったのに加え、魔法が使えた喜びが少々と、一騒動による印象の変化の落ち込みが大半の頭を占めていた。


「と言っても、周囲の話を聞いてる感じ、お前らが行ってた北に向かう生徒はそんな多くなさそうだけどな」

「それでは私達も共に北を目指す、というのは?」

「ハッ、なんでわざわざ遠い北を目指さなきゃ行けねえんだよ、それならまだ東だろ」

「ハウター、君はレイアさんと会いたいだけでは?」

「そういうお前もユカさん目当てだろうが!」


 互いに好意を抱く生徒との遭遇を求め、行く門を変えようとするクロアスとハウター。そんな2人を止めたのは、まさかのテイガである。


「いや、レイアさんは数の1位狙ってるっぽいから会話する暇ねえし、ユカさんはユウシとシガナと行くなら念のためにって少し街から離れるって言ってたろ」

「だとしても、挨拶ぐらいはできるだろう?」

「そうだ、昨日で俺らは高得点とったんだし」

「まさかフーシュに助けてもらっておいて、自分が満足したら別行動とか言わねえよな?」

「うぐっ」


 なんとか貴重なレイアとの交流機会を失いたくなかったハウターだが、テイガにそう言われてしまえば、フーシュを無視してまで別行動を徹底しようとするほど恩知らずではない。


「いいから昨日と同じ西行くぞ」

「なんだろ、テイガなのにテイガじゃないみたい」

「きっと昨日のユウシくんに怒られたからだよ」

「そうそう、そっとしておいてあげよう」

「せめて俺が聞こえないとこで言ってくれよ、おい」


 そうは言うものの図星だったのか、面白そうに笑っているフーシュとシガナに対し、テイガはなんとも言えなそうな顔でそっぽを向いてしまったが、1つあることを思い出してハウターに言った。


「そうだ、今はユウシが3位らしいから、ハウターはそもそもランク外だぞ」

「は?……よし、今日こそ俺が1位になってやる」

「ユウシくん、シガナくん。ハウターくんはね、レイアちゃんに手に入れた賞金でプレゼントを買って、来月のお祭りで渡すんだって」

「「へぇー」」

「フーシュさん!?何バラしてんすか!?でもって、その、微妙に興味無さそうな返事を重ねるの、止めろッ!!」


 と、ほぼ初対面のハウターの色恋情報をフーシュが2人に告げたところで9時になり、学校の門が開く。そして昨日ほど全力を注いでいる生徒は多くないが、生徒達はせき止めていた水が溢れるかのようにして、一斉に各門に駆け出して行った。


「それじゃあな、ユウシ、シガナ!ユカさんによろしく!」

「ああ、ずるいぞテイガ!どうか、どうか私のことも!」

「また大会終わりに話そうね!」

「うん、またねぇ」


 西門に向かった生徒が思ったよりも多く、少し焦り気味でテイガ達4人が外へ駆け出し、ユウシはその背中にひらひらと手を振った。そんなユウシを横目にシガナが呟く。


「んー、こういうときに手を振るの、ためらっちゃうんだよなぁ。ユウシはさ、そういうとき、なんか考えてたりするの?」

「ふー……」

「ユウシ?」

「え、あ、ごめん、なんだっけ?」

「……いや、なんでもない、かな」


 そうは言うものの、シガナはそのままユウシの顔を見つめる。ユウシは目を瞬かせたが、シガナは何も喋らない。


「すみません、お待たせいたしました」

「あ、ユカさん」

「お。どう、無事提出はできた?」

「はい、とはいえ、入賞でもなんでもありませんが」


 ユウシが感じていたどこか気まずい空気はユカの合流によって打開される。自身に向けられていた視線が逸れたことで、ユウシは静かに安堵の息をつく。


「今日はどうする、とはいっても、昨日と大して変わらないか」

「強いて言えば、先に昼食を受け取ることぐらいでしょうか」

「そうだね。あとは静かなところでほどほどにスライム討伐かな~。あ、でもユウシはまだ1位目指すんだよね?」

「え?」

「……大丈夫?話、聞こえてる?」


 ぼーっとしていたユウシはシガナの問いに、すぐには答えられなかった。だが心配そうに見つめられれば、なんとか否定するために、慌ててうっすらと聞こえていた会話を思い出して返事をする。


「ごめんごめん、えーっと。うん、1位は目指すよ!」

「……ユウシ、もしかしてさ」

「大丈夫!よーっし!それじゃあ張り切っていこう!」


 気が付いていそうなシガナが何かを言い出す前に、ユウシは大きく声を出し、門から外へと駆け足で走り出した。元気に振舞って見せるユウシだったが、しかしそれは逆効果で。


「先に昼食を、という話では……」

「うん、ユウシ止めてくるね」


 ユカは首を傾げ、シガナはユウシの背中を追いかけながら、彼が一体何を考えているのか、思考を巡らせていた。


 ー ー ー ー ー


「どうやってフーシュさん達を上回ろうね」

「質、であれば、大きくて動きの良いスライムを狙う、とかでしょうか」

「そう、なんだろうけど、それだけじゃ駄目だと思うんだよね~。ちなみにユウシは何かいい案あったりする?」

「え?……うーん、わかんないや」


「ねえ、ユカさんは今、どんな魔法の練習してるの?」

「え?」

「え、な、何か変だった?」

「ユウシ、その話は昨日もしたよ」

「そ、そうだっけ……」


「お、向かいから生徒」

「早いですね、まさかもう限界まで討伐し終えたのでしょうか」

「でも、10匹ならすぐだよ?」

「ユウシ?今日は50匹だよ?」

「あ、忘れてた」


「明々後日には夏の試験かー」

「シガナさんはまた圧倒的な成績で1位ですよね」

「そんな確証はないよ、流石にね。ちなみにユウシはどんな感じ?」

「え?……あはは、わかんないや」

「いやそれは……やっぱりいいや」


「ねえシガナ。テイガ達よりどうやったらさ、いい記録が」

「ユウシ、まさか忘れてる?」

「あ、き、昨日話してたっけ」

「いえ、10分前のことですが……」

「え」


 …………


 ……


「ユウシさん、どこか具合が悪いんですか?」

「え、ぜ、全然!そんなことないよ、元気だよ!」

「ユウシ、もうそれは無理があるって。後ろ見てみなよ」

「え?」


 なぜか少し遠くで聞こえるユカの言葉に肩をビクつかせるユウシ。誤魔化そうとするもシガナは首を横に振り、言われた通りに振り返ると。離れた場所にユカとシガナが立っており、その横には北門がある。対して自分がいたのは、北門を通り過ぎた位置。ユウシは止められるまで、そのことに気付いていなかった。


 それでも、ユウシはなんとか言い訳を考える。しかし、言葉はなかなか出てこない。口を開いては閉じてを繰り返しているうちに、2人が近くまで寄っていることにも気付かずに、ユウシは肩に手を置かれて再び肩を跳ね上げた。


「今朝、というか昨日の夕食ぐらいからずっとぼーっとしてるよね。眠れなかったって言ってたし、昨日の疲れも取れてないように見える」

「それは……」

「それに。朝食、半分も食べないうちにモモコに渡してたね」

「!?」

「そうだったんですか?」

「……知ってたんだ。うん、なんか、食欲無くて」


 シガナに指摘されれば、もう誤魔化しきれないと諦めたユウシは頷いた。だが、ユカの不安げな顔が目に入れば、ユウシは顔色の悪いその顔に笑みを作る。


「問題ないよ!きっと魔法を頑張れば、お腹は空くし!だから、頑張って、頑張れば」


 ユウシは北門に足を踏み出し、不意に視界が揺れた。


 眩暈。暗くなった視界はすぐに治ったが、バランスを崩しかけたユウシはよろめいた。


 慌てて体勢を取り直そうとすれば、なんとか転ばずには済んだが、たたらを踏んだユウシのそれは顔色も相まって、誰が見ても万全な体調だとは思わなかった。


「ユウシ、休もう」

「でも」

「そんなに長くなくてもいいし、人目が気になるのなら外に出た後の木陰でも良い。ただ、今無理をして大ごとになれば、今度こそテイガ達には誤魔化せないよ」

「私達には大会は関係ありません。むしろ周りを気にせずのんびりできるいい機会です。ユウシさんも、現状入賞していますし、焦らずゆっくり休んでください」


 他人に心配させたくないし、迷惑もかけたくない。だが、休まないことで逆にそうしてしまうとシガナに告げられ。ユカに、休むことは迷惑をかけることではないと告げられれば。


「……ごめんね」


 ユウシは一言、そう言った後、門の外の程よい木陰にて、腰を下ろして目を瞑った。




 だが。


 悪夢は舞い降りる。


 振り向けばそこには。


 目前に死が迫っていて――


「ーーーああッ!?」

「っ!」

「ユカさん、落ち着いて。ほら、ユウシも」


 絶叫と共に目を覚ましたユウシが跳ね起き、近くにいたユカが驚きから反射的にユウシに杖を向ける。だがすぐにシガナが間に入り、ユカが我に返って頭を下げたのを見てから、ユウシに微笑んでタオルを手渡した。


 見知らぬ景色に目を瞬かせ、脂汗で濡れた額に冷えたそよ風を受けてようやく自身の現状を思い出したユウシ。シガナからタオルを受け取ると暗く沈んだ表情を隠すように顔を覆うようにして拭う。そんなユウシに、彼の抱える問題のおおよそ全てを把握したシガナは静かに問いかけた。


「ユウシ、もしかして君は今月第一週の休日に≪常緑の森≫に出向いた後から、十分な睡眠をとれてないんじゃないかな」

「……」

「ほとんど会ってなかったから、イベント以外の日はどうだったのか知らないけど、魔武戦の日も眠そうにしてたよね。もちろん楽しみだったのは嘘じゃないんだろうけど、本当はずっと悪夢を見ていたせいで眠れていなかった。違うかな」

「……ほんとにシガナはすごいね。君には何も隠し事ができないや」


 木陰でユウシが眠りについてからそう時間が経たないうちに、彼はうなされていた。そのとき彼は小さく寝言を漏らしており、シガナはその中からゲルセルの名前を聞きとっていた。


「昨日はここまで具合が悪かったなんて、全然気づきませんでした」

「ね、正直自分も今朝やっと分かったよ。きっと欠乏症が大きかったんだろうね」

「うん。それに、昨日の夜は特に夢見が悪くて」


 それでも仮眠程の時間となってしまったとはいえ、少し眠れたユウシは少し顔色がマシになっていた。ユウシは一言感謝を伝えてシガナにタオルを返すと、膝に手を突いて立ち上がる。そんな彼を見て、まだユカは心配そうである。


「その、もう少し休んでいた方がいいのでは」

「ユカさん、ありがと。でも、今度こそ大丈夫だから」

「眠れないことについては、根本的な問題解決しないとどうにもならなそうだしね~。せめて今できることは魔法を練習して腕をあげて、少しでもゲルセルに対抗できるっていう自信を持つってことぐらいかなぁ」

「……うん、僕、頑張る!」


 そうしてズボンの砂埃を払おうとして。ユウシはそっと右腕を抑える。


「じゃあいこっか。いやぁ、本当は向こうのチームに対抗する最終手段として、上位種のギガスライムを狩りに≪常緑の森≫に行こうって提案しようとも考えたんだけどね」

「万が一ゲルセルに出くわしたらどうするつもりですか」

「敢えて今その名前を言わなかったのに。ユカさん、それはちょっと」

「私なんですか……?」

「もう、大丈夫だから!でも、森まで行くのは怖いからやめとこうかなぁ」


 震える右手を、痛む右腕を、ユウシは抱きしめ、先を行く2人に微笑んだ。


 ー ー ー ー ー

 ー ー ー ー ー


「わぁ、あちらこちらに学生がいるねぇ。困った困った」

「……」

「こういうときこそブラックさんの魔法の出番なのにねぇ」


 裏路地から大通りを覗き、大会に熱意を燃やす生徒達の群れを見て、言葉とは裏腹に楽しそうなスタイン。その後ろを無言でトルクトがついていく。本来は不要に怪しまれることがないように、と彼が移動するのに用いている魔法によって身を隠す予定であった。しかし、朝の一件でトルクトのブラックに対する警戒心が相当に高くなってしまったために、ブラックは暇そうにしていたスタインに役割を引き継いでいた。


「今日はお庭の手入れをしようと思ってたのになぁ」

「……」

「まぁ仕方ないねぇ。それじゃ、予定通りに」

「スタインは」

「ん?」


 独り言のように話し続けていたスタインは、トルクトが口を開けば立ち止まって振り向いた。しかしトルクトは次の言葉を話すのをためらっており、スタインは首を傾げる。


「どうかした?」

「……あなたは……あなたやマキナは、なんで、この汚れた仕事を?」

「ああ、普通の人は気になるよねぇ」


 それは彼が、自分は普通の人ではないと自白するように。


「僕にはねぇ、病気がちだった妻がいたんだ。もう亡くなっちゃったけどねぇ」

「……」

「若かった僕には、薬を買えるほどの稼ぎがなくてねぇ。そこで助けてもらったおかげで妻は少しでも長生きできたし、僕は恩人であるダレンダスさんに恩返しをしようっていう、まあありふれたお話さ~」

「……そう、か」

「だから君を庇ってはあげられないんだ、ごめんねぇ」


 トルクトは何も言えなかった。愛する人の為に、愛おしい人の為に自らの全てを投げ出そうという気持ち。トルクトのその胸中にある思いは、けして同情だけではなかった。


「……マキナも、そうなのか?」

「ん~、ちょっと違うよぉ。まあその話はマキナ本人に聞いてみて。今はちゃんとお仕事しないと怒られちゃうからねぇ」


 そう言って彼はトルクトが左肩から提げている鞄を指差した。何が入っているのかは知らされていなかったが、ずっしりと詰まったそれはトルクトの脚にそれなりに負担となっており、多少の苦痛を感じていた。


「僕が持ってあげれれば良かったけど、体力が本当になくってねぇ」


 彼の申し訳無さそうな表情が嘘ではないことは、彼が出発前に持とうとして持ち上げることすらできなかったこと、昨日トルクトが作った、魔法陣の描かれた羊皮紙やその他小道具の入った袋を背負っていることから十分理解できた。


 そんな優しさをここ数日見せられてきたトルクトは、だからこそ、思いやりのある彼が恩を返すためとはいえ、こうして罪を犯そうとしていることを未だ信じられなかった。


 そんな彼の複雑な思いを見て取ったのか、トルクトは袋を背負い直すと、歩きながら話を続けた。


「僕だって、誰かを傷付けてとか、命を奪ってっていう犯罪はあんまりやりたくないし、やらないよ。ダレンダスさんはそういう僕たちの小さな望みもくみ取ってくれるから」

「じゃあ、どうして今日の仕事は受けたんだ?大発生がどんなものなのか、分からないわけもないだろ?」

「うーん、そうだねぇ。大発生だもんねぇ」


 スタインは言われて頭の中に改めて、その言葉の意味を思い出した。







「-僕の魔力。その力を音に変えて、球を作って、撃ち出せ!『音球』!」

【~!?】

「ユウシさんも、基本の球弾の魔法はもう大丈夫そうですね」

「ほんと?やったぁ!」


 黒の杖に魔力が溜まるのを待ってから発動した音球は真っ直ぐスライムの身体を捉え、ユウシは10連続での一撃のみでの討伐を成功させた。自分でも成長の実感はあるが、魔法の実力で大きく先を行くユカにも認められたことで、小さくその場で跳ねる程に喜んだ。


「そうだね。さて、ただ肝心の魔核の質はどうかな~?」

「スッゴイ元気そうなのを狙ったんだけど……」


 ユウシは倒したスライムの魔核を拾い上げ、空に透かして内部を覗く。それはぱっと見では綺麗に見えるものの、完全に傷がないというわけではない。またよく観察すれば、濁った色の濃淡が見て取れるほどに所々で分かれているのが確認できる。それは細かい魔力の濃度の差によるもので、僅かな質の優劣を左右するとシガナが言っていたことを考慮すれば、ユウシにはその魔核で1位を取れるとはあまり思えなかった。


 そんな彼の表情を見ておおよその結果を察しつつ、シガナはユウシからその魔核を受け取り、同じく質を確認して残念そうな声を出した。


「あのスライムでも駄目かぁ。いや~、想像以上にフーシュさんの回復魔法の壁は高いね~」

「よく考えれば、スライムに魔力を与えているということになりますし。フーシュさんのことですから、回復魔法の中でもスライムの属性に対応した属性の系統を適切に選択していそうですね」

「そっかぁ、フーシュさんもスッゴイからなぁ」


 ユウシは思わずフーシュを素直に褒めたが、このままでは1位どころか、フーシュかハウターに3位の座を取り返されてしまい、入賞することすら危ぶまれる。冷静になってその事実に気付き、しかし現状を打開する良い案はなかなか思い浮かばない。


「うーん、僕たちも回復薬を買ってくる、とかは?」

「スライムが食いついて身体に馴染むまでに時間がかかるのと、失敗したときにお金がかかるのと、魔法や武技での純粋な勝負にそういうものを持ち込むのはあんまりオススメしたくはないかな?」

「そっか、ごめん」

「悪くない案ではあるんだけどね」


 謝るユウシの案自体は褒めつつ、シガナも珍しく首を捻って唸る。


「……んー、今回ばかりはパッとは思い浮かばないなぁ。討伐した魔物の記録が残されるんなら、いらない魔核を餌にするのも良くないかもしれないし」

「やっぱり地道にやるしかないのかな?」

「かもね。あーあ、大発生誘発でもして、生まれたばかりのスライム狩りとかできたらよかったのに」

「シガナさん、とんでもないこと言ってませんか?」


 何の気なしに1つの方法として提示したシガナにユカがドン引きしたような目を向けるのを見て、ユウシはポカンとした。


「えっと、大発生って、あの魔物が突然たくさん生まれて危ないやつだよね?」

「うん、そうだよ」

「誘発って言ったけど、狙って起こせるものなの?」

「ある程度はね。ちょうどいいし、少し休憩しつつ話すか」


 シガナは草むらの上で腰を下ろし、2人がそれに続いたのを見てから話を続ける。


「まず大発生がなんで起きるか知ってる?」

「えっと、洞窟とか森の中で、魔素が溜まり過ぎると起きるって習ったよ」

「そうそう、だから本来はこの大会みたいに短い期間で大量の魔物を討伐することは場合によっては良くなかったりする」


 そう言ってシガナは意味ありげにユカを見て、ユカは意図を汲み取って口を開く。


「その良くない場合はそれなりに魔力を多く持つ個体を、魔素が拡散しづらい場所で討伐すること、ですよね」

「正解。だからスライムをこの開けた場所で大量に討伐しても問題はないってこと。そこでユウシに問題ね」

「うん」

「大発生を任意で起こす方法は?」

「えっと、つまりは逆のことをすればいいから……」






「大発生で大量に魔物が生まれれば、どれだけの人が傷つくことか」

「うーん、トルクト君の懸念も最もだけど、それは心配しすぎだよぉ」


 険しい表情のトルクトに対し、スタインは朗らかな笑顔のまま歩いている。彼らは今、大通りを歩いているが、周囲に学生の姿はほとんどない。


「いかに大発生が危なくて重大な犯罪行為って言われてても、生まれてくる魔物は数が多いせいで1匹1匹に分配される魔力量は減っちゃうから、そんなに高いランクの魔物は出てこないよぉ」

「……そういうもの、なのか?」


 言われてトルクトは、過去に一度自身が遭遇したのはFランクの魔物の大発生であったことを思い出す。また、その他の発生報告を思い返しても、ほとんどがEランク以下の魔物であった。


「それに、君が不安になるような万が一も起きないように、僕たちはこうして戦い慣れてない生徒が少ない北を選んだんだよ?」

「……人目を避けるため、じゃなかったのか」

「もちろん、それも理由の1つだよ~」


 更に聞けば、例年北は大会後もスライムが多く残り、間引くために多くの冒険者が駆り出されるという。今年はスライムの数が多いこともあり、今のうちから冒険者が多く討伐に出向いていて、大発生で生まれた魔物は彼らに倒してもらうつもりなのだという。益々大発生を起こす目的が分からなくなったトルクトだが、頭を悩ませているうちに彼らは北門に辿り着いた。


 2人は冒険者を装い、街の外へと出る。元々大会の開催にあたって冒険者に特別な依頼が出されていることもあり、また門番の1人はトルクトが冒険者を止めたことを知らないのか、疑われることなく送り出される。昔のように気さくに話しかけられたトルクトは苦々しい顔をしており、いち早く門番から離れたいのか、追いつけないスタインが情けない声で彼を止めるまで、早足で街から遠のいていった。


「うんうん、このへんでいいかな?」

「そういえば、どうやって大発生を起こすんだ?」

「そうだねぇ、トルクト君は大発生の発生原因は知ってるよね?」


 トルクトは頷き、魔素が溜まりやすい場所で飽和した魔素が魔物に転化することを述べた。


「確かに今日はスライムが大量に狩られるが、たかがスライムだ。大発生を起こすには魔素が足りない上に、この場所は開けすぎてる」


 スタインが立ち止まったのは周囲を見渡せるような小高い丘のような場所。大発生の発生原因を考慮すれば、その場所はむしろ全く適していないのでは、とトルクトは思ったが、スタインはこの場所で問題ないと頷き、その場でしゃがみ、地面に背負っていた袋を置いた。


「大発生が起きるためには、たくさんの魔力と、それが逃げない場所があればいいんだ。だからねぇ、魔素が逃げないよう、防壁魔法で壁を作ってあげればいいんだよ~」

「……なるほど、そのための魔法陣か」


 スタインが丸まった羊皮紙を取り出して地面に広げるのを見て、トルクトは納得した。だが、場所を作るだけで魔素がすぐに溜まるわけはない。また魔法陣を発動させるのにも魔力は必要であり、どうするのかと尋ねれば、スタインはトルクトの持つ鞄を指差した。


「君に持ってきてもらった鞄にはねぇ、じつは魔力が籠った魔導石が入ってるんだ~」

「そういう訳か。通りで重いわけだ」

「じゃあトルクト君、鞄から1つ、一番上の魔導石を取ってくれる?」


 トルクトは頷き、鞄を開け、目が眩み、愕然とした。


 『殲滅』という組織を、彼は甘く見ているつもりはなかった。実際人質を取られ、暗に命令に背いたらどうなるか教えられ、恐ろしさが身に染みて分かった。だが温和のスタインと行動し、多少の融通が利くことや、大発生を起こす罪は犯しても、街に暮らす人に配慮がなされていることを知って、少し気が緩んでしまったのだと、彼は後に反省した。


 鞄の中には、今にも中級魔法、ものによっては上級魔法を放つのではないかと思わされる程の光を放つ魔導石が無数に詰まっていた。


「これっ、こんなにっ」

「ああ、取ったらすぐ閉めなきゃ。せっかく外に魔力を通さない特別な鞄なのに、開けてたら意味ないよぉ。ほら、魔力がもったいないから、はやくはやく~」

「で、でもっ」


 トルクトが震える手で取った輝く魔導石は、前に見たようなとても透き通ったもの。こちらに手を伸ばすスタインにそれを渡したトルクトはその爆弾のような鞄を持っているのが怖くなり、鞄のベルトを掴んで地面に放ろうとしたが、それを見たトルクトが慌てて止めた。


「だめだめ、まだ丁寧に扱ってね?乱暴にしたらみ~んな割れちゃうからねぇ」

「え」

「よぉく見てごらん?他の魔導石は品質が悪いやつだから」


 硬直したトルクトから鞄を受け取ったスタインは中に手を入れて1つ取り出して見せる。それは先ほどの魔導石以上の魔力の輝きを見せているのにもかかわらず、内部は対面を見通せないほどに濁っており、あちこちに罅の走ったそれは今にも砕け散ってしまいそうである。


「僕には他のメンバーみたいな珍しい才能はないけどねぇ、魔法の熟練度には自信があるんだぁ。だからこうして、臨界魔導石を作るのは誰よりも上手でねぇ。ブラックさんもこれだけは褒めてくれるんだよねぇ」


 いつもと変わりない笑顔でそんなことを言うスタインは、低品質の魔導石をしまいこみ。高品質の魔導石で魔法陣を起動し。直径十メートル程の半球上の厚い土壁が形成された。


「これで後は外に出て、穴から鞄の魔導石を全部入れれば準備は完了だよぉ。よぉし、この短い時間ぐらい、僕の力だけで鞄を……うー、重いー」


 呆けたまま動かないトルクトの手を引き、土壁に自身の魔法で人が通れる大きさの穴を開け。外に出てその穴を塞ぎ、外の土壁に階段をつけ。真っ赤な顔で鞄を持ち上げ、土壁の真上に立てば。


「ぜえ、ぜえ。あとは、上から、魔導石を、入れるだけぇ……」


 半球の上に穴を開けたスタインは、鞄をひっくり返し、残った魔導石を全て半球の中に突っ込んだ。その1秒に満たない時間の後。トルクトの耳に、無数の宝石の砕け散る音。肌には壁越しにも関わらず、息が詰まりそうなほどに高まる魔素の密度。


「ひゅー……ほら、トルクト君、バレないうちに逃げるよぉ」

「え、あ」


 よろよろと早歩きで追いつきそうな速さで走るスタインの背中に手をのばす。背後を振り返れば、あの忌々しい劣竜に遭遇したときに感じた、己の命を脅かす強大な魔物が放つ威圧感。


 を、優に上回る程の。今すぐにでも逃げ出したい、なのに足が、手が、頭が思い通りに動かない、それほどまでに重苦しい重圧。


 そのとき、土壁の中で、何かが蠢いた


「……ッ!」

「あぁ、トルクト君、置いてかないでぇ」


 認めたくない事実を忘れようと、響く脚の痛みにも耐え、スタインを追い抜かして走り出した。





「そういうこと。よっぽど事前に準備でもしてなきゃ飽和するほどの魔力を用意できないし、大発生を誘発させるなんて今日は無理だね」

「そもそも魔物を能動的に生み出すことは犯罪ですし、大発生ともなれば最悪は死罪、軽くても強制労働の刑ですよ」

「し、シガナ、絶対だめだよ?」

「絶対って言われると、ねえ?……冗談冗談。ユカさん、通報しに行こうとしないで」


 ユカが街の方へ歩き出すと、シガナは降参したように手を挙げてユカを止めた。もちろんユカにその気はないため、すぐに立ち止まって戻ってくるが、そんなユカを見てシガナが呟く。


「だいぶユカさんもノリが良くなったというか、悪ノリするようになったというか」

「本当に通報しましょうか」

「うん、止めて?」

「まあまあ、落ち着いて」


 大発生についての話も終わり、程よく休憩できた3人はスライム討伐を再開しようと歩き出した。


「でもなぁ、生まれたばかりの魔物は身体に魔力の偏りがなさそうだし、増して大発生なら通常発生より保有魔力が多そうだから狙い目なんだよなぁ」

「諦めてください、そろそろ本気で犯罪者予備軍として訴えなければならないかもしれません」

「もー!元気なスライム探しに集中!」

「はいはい。……ん、なんだあれ」


 なかなか大発生について諦めようとしないシガナがため息と共に周囲を見渡せば、あちらこちらにスライムを見つけるとともに、少し離れた小高い丘に不自然な茶色のドームを見つける。ユウシとユカもシガナの声を聴いてドームを見るが、それが何かは当然分かるはずもない。


「魔法、だよね?たぶん土属性?」

「遠くからでも綺麗な形状をしていることが分かりますね。あれを作ったのはなかなか腕が立つ方のようです」

「アブゾーブスライムとか、希少な魔物でもいたのかな。あの感じ、中に何か魔物を閉じ込めてそう」

「へぇー、ちょっと気になるね」

「でも変です、魔法使いの方が見えません」


 もしかして中に閉じこもっているのか。それはそれとして何をしているのか気になったシガナが近くで見ることを提案すれば、ユウシもユカも断るわけはなく。


「……いや、あれはスライムなんかじゃないね」

「なんでしょう、少し嫌な予感がします」

「ね、ねえ、なんかたくさんの音がするよ」

「これは……間違いなさそうだ」


 近づくにつれ、魔力を多分に含んだ風に違和感を覚え。ユウシはその中に、多数の何かが蠢く音を聞き。




「ふ~。ここまで逃げればもうバレないよぉ」

「…………」

「ここからなら隠れながら大発生を見られるし……あ!」

「っ!?」


 離れた岩場で身を隠した2人がドームを観測しようとした、そのとき。


 内側からの攻撃により、ドームは破壊され、中から飛び出したのは。


「お~!あれはゲルセルだねぇ!討伐されたスライム達に触発されたのか、はたまた少し向こうの≪常緑の森≫からの魔素に感化されたのか……とにかく、これは成功だねぇ!」

「おいっ、あれはCランクの魔物だぞ!弱い魔物なんじゃなかったのか!?」

「うわっ、いたいいたい、トルクト君、落ち着いてぇ」


 打ちのめされた記憶が新しいトルクトは、話が違うと荒ぶる感情のままにスタインを胸倉を掴んだが。苦しそうなスタインを見て我に返り、慌てて手を話したが。息を整えたスタインはゲルセルを見て、しかしなんてことなさそうに。


「トルクト君、何を焦ってるの?予定通り、十分弱い魔物でしょぉ?」

「なっ、ほ、本気なのか!?」

「そうだよ?それに、この街の冒険者はこれぐらいじゃあ負けないでしょ?」


 『殲滅』の拠点には質の高い魔核が雑に転がっており、彼らからすれば、本当にゲルセルすら弱い魔物なのかもしれない。またランダリア王国第二の王都とも称されるアトイミレユの街には多くの冒険者がいるため、彼の言うことはあながち間違いではない。だが、それでもトルクトは心配せずにはいられず。かといって自らではどうすることもできないために、悲痛な表情で壊れたドームを見て。


 3人の、制服に身を包んだ人影に気付く。



 この場から離れよう。そうシガナが2人に言おうと振り向いて。


 ドームが弾けた。大小の土塊が四方八方に飛び散った。破片が周囲に降り注いだ。反射的に3人は頭を覆って身を守った。


 少しして土の雨は止み、地を打つ音が消えたことでユウシは恐る恐る腕を下ろし、瞑っていた目を開く。そこには


【…】

「あ」

【【【-】】】

「あ、ああっ」

【【【【【【【【【…-】】】】】】】】】

「ーーーーッ!!」


 無数のゲルセルが、殺意に溢れた眼でユウシを貫いていた

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