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 ……ゥシ……ユウシ……


「ユウシ!!」

「っ!」


 ユウシが身体を起こすと、そこにはテイガがいて、心配そうにこちらを見ている。


「外から呼んでも起きねえし、鍵が開いてたから中に入ったけどよ、大丈夫か?」

「え、あ、うん、ちょっと寝すぎてたかも」

「ならまあいいけどよ、今日は大会後半だぞ?優勝目指すんならもっと気合いれねえとな!」

「うん、そうだね!」


 ユウシはテイガの言葉に頷き、ベッドに手を突いて立ち上がろうとして、






 突いた手がぐにゃりと折れ曲がった


「ーっ!?」


 反射的に右腕を上げれば、身体は逃げるように左に倒れ、ユウシは泥の中に身を埋めた。


 目を見開いて周囲を見渡せば、そこは森の中。何故、どうして森に。そうだ、ギガスライムを倒しに来て、






 風が泣き、森が蠢いた


「に、逃げなきゃ」


 ユウシは使い物にならない右腕を抑えてなんとか立ち上がると、道無き道を駆け抜けた。


「はあ、はあ、はあ」


 息は切れ、額には汗がにじみ、森の木々を潜り抜けるうちにいつの間にか擦れていた腕や脚は、服を通り越して少なくない傷を作り出していた。


 思い通りに脚が動かなくなり始め、表情を歪めるが、立ち止まって一息つくなんて選択肢はない。それほどまでに焦燥に駆られ、急ぎ、余裕を失っていた。


「はあっ、はあっ、はあっ」


 だがどれだけ走っても、どれだけ逃げても、どれだけ離れても、その音は消えることはない。何度も左右に進路を変え、時には身を翻しても、その音は背後から迫ってくる。


 一度。二度。三度。音は回を重ねるたびに大きくなる。その度に動かない右腕に衝撃が響き、果てしない絶望が全身に襲い掛かってきた。


「はあっ!はあっ!……あっ!?」


 低い木の枝を乱暴に振り払おうとして、足元の注意が疎かになり、大きな木の根に足を取られてユウシは地面に崩れる。震える手でなんとか身体を押し上げるも、絡まった根はユウシに移動を許さない。


 ユウシは根を外そうとする。しかし絡みついた根は足をきつく縛り上げ、指をくぐらせる隙間もない。外から掴んで引っ張っても、太い根は千切れそうにない。そして、




 ユウシの真後ろで風が吹いた


「はあッ!はあッ!はあッ!」


 呼吸が荒れ、歯と歯が何度もぶつかり合い、焦点が一つに定まらない。脳内には拍動が鳴り響き、一切の思考の余地はない。風が吹き、木の葉が軋み、恐怖の感情を煽り続ける。ユウシは歯を食いしばり、どうにか木の根を外すしかなかった。それ以外、考えることは出来なかった。


 何度も何度も引っ張って。無我夢中で引っ張り続け。やがて想いが通じたのか、木の根は綻び、最後の力でユウシは足を引き抜いた。


「これで、やっと・・・!」

 【...】


 思わず笑みがこぼれた直後。


「っあぁアッ!?」


 倒れるユウシの真隣に、ゲルセルがいた。


 目前に迫った恐怖。声なき叫びと共に地面を藻掻いた。逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げろ逃げろ逃げろ……!!


 みっともなく地を這うユウシに、ゲルセルはまるで死に体の獲物を弄ぶかのようにゆっくりと、ただゆっくりと、近づいていく。


 ユウシは迫り来る恐怖をもう見ることもできず、泥に塗れた身体で、乱れに乱れた呼吸で、ただひたすら前へ前へ、





 そこにはいつの間にか、大きな岩があり、退路を塞いでいた。指が岩の表面をなぞり、身体を前に押し出す脚が止まり、ユウシの頬に岩肌がひんやりと触れた。


「あ・・・ああ・・・」

 【~...】


 ユウシは首を横に振る。泥だらけ、涙鼻水に汚れた顔で。見つめる先には鋭い目のゲルセルの接近。


 しかしゲルセルはその場に止まった。ユウシに一筋の淡い光の希望の糸。縋ろうと、手を伸ばし、


 身体を縮めた、ゲルセルが。糸は微塵に千切れ、吹き荒れる風に飛ばされ、その先を目で追ってしまったユウシが、ハッとして前を向けば。




 鋭利な眼の殺戮の球体は眼前で、ユウシの顔を弾け飛ば


「うわあああーーーーッッ




「ッあああっっっ!?」


 ユウシは飛び跳ねた。目を見開き、視界に飛び込む暗い部屋に気付くまでに数秒の時間を要した。


 全身が汗で濡れている。それに気付いて、右腕を見て、そこには怪我のない健康な腕があった。


 両手、両足が思い通りに動く。首も、顔も、どこに触れても汗、涙以外には汚れてなどいなかった。


 最後に胸に手を当てれば、揺れる程に早かった心臓の鼓動も、徐々に落ち着きを取り戻していた。


 呼吸も次第に平常に戻り、肩の上下も静まり、ユウシはようやく深呼吸をした。


「また……、また、今日もこの夢か……」


 窓の外を見れば、まだそこには丸く白い月がある。なんて晴れやかな夜の空だろう。ユウシは心の闇が少しずつ祓われていくようだった。


「……今日は、昨日よりも長く眠れたな」


 あと1時間もすれば沈みそうな低い位置の月を見て、ユウシは頬を伝う涙を拭いながら呟いた。だが、まだ夜明けまではもう少しかかりそうである。


 憔悴し、クマの浮かんだその表情で、ユウシは布団に横たわったが、やはり眠気は来ない。


「……今日もまだ、魔物討伐大会か」


 ベッドに座り直したユウシは、正面の机の上にある黒の杖が目に入った。手に取ろうと前に腕を伸ばし、しかし足は立とうとしない。


 無理だよ。

 できないよ。

 諦めなよ。


 ユウシは拳を握り、昨日のことを思い出す。適切に光が灯った杖で、魔法を成功させることができた瞬間を。ユウシは立ち上がり、フラフラしながらも前に進んで、杖を手に取ろうとした、が。


 ユウシ!避けろーっ!

 ぐぁ、あっ、ああっ

 い、いたい……


 咄嗟に引いてしまった右腕がズキズキと痛む。完治したはずなのに、痛みが響いてくる。だが袖を捲ってみれば傷はやはりなく、痛みも気のせいと言わんばかりになくなっている。しかし、もう一度ユウシは杖を見たが、今、手を伸ばすことはできなかった。


「……テイガは、次ゲルセルに会ったら、絶対に倒してやろうぜって、言ってた、けど……」


 よろよろとベッドに戻ったユウシは力なく座り。震える身体を静かに抱きしめ。


「僕は……僕は、もう……」


 眠れない、長く暗い夜。ユウシは隣人に聞こえないよう、静かに鼻をすすっていた。


 ー ー ー ー ー


「朝からユカ様とお話できるなんて、私はとても幸せです!」

「な、珍しいよな、ユカさんと……あとシガナ、が朝に俺らと同じ時間にいるなんて」

「なんというか、その。これはシガナさんの提案だったのですが」


 朝食の時間、いつものように食堂に集まったユウシ達とソユノだが、今日はその中にユカとシガナの姿もあった。だがその理由の大半はシガナが話す前に、もう1人の後からやってきた男子生徒によって明かされることとなる。


「ええっ、『紅炎』のユカ様がここに!?」

「ふっ」

「その呼び方は止めてください、普通にさん付けでいいです」

「あっ、すみません……」

「あぶないあぶない、吹き出すとこだった」

「……」


 通り名と様付けでユカを呼び、睨むような眼差しで怒られて沈んだ彼はテツジ。なお途中で笑ってしまったのは相変わらずシガナである。


「ってそうだ、それも一大事だけど、なあユウシ、お前昨日何したんだよ?なんか生徒の間で『白眼の狂人』なんて通り名が付けられて恐れられてるけど!」

「え」

「「ぐふっ」」


 的を得た通り名だ、と堪え切れずに吹き出したテイガとモモコ。ユウシは言っている意味が理解できずに呆けたが、思い返せば食堂に至るまで、周囲の生徒の自分を見る視線がいつもと違っていた。そして今周囲を見渡せば、朝の混雑する時間帯なのにも関わらず、自身の周りには生徒があまりいない。また、ユウシは気が付かなかったが、当事者であるソユノも昨日のユウシを思い出したのか、ユウシを視界に入れないように身体の向きを変え、ユカがいるのにも関わらず、黙々と食事を進め始めた。


「俺も最初はまさかユウシがって思ったんだけどさ?でも、茶髪で背が低めの男子ってだけで限られるのに、通り名の白眼って言ったら、俺が知ってるのはユウシだけだしさ」

「お、おい、テツジ、たぶん、てかぜってー『白眼の狂人』はユウシであってるぞ」

「マジ!?でも、狂人って、ユウシが!?」

「そこは教えてあげるわよ、ほら耳貸して」

「えっ!……いや、モモコか」

「何よ」


 異性と距離が近づくことに胸が高鳴ったテツジだが、相手がモモコであると思いなおし、素直に耳を向けた。モモコはモヤっとする気持ちを大声を出すという形で解消しようか迷ったが、止めておくことにした。そしてモモコがテツジに一連の出来事を教えている間、実はバレないように腹を抱えて笑っていたシガナが、口を開いた。


「そう、もちろん噂が新しいこともあるんだろうけど、ユカさんに近づきたい気持ちよりユウシを恐れる気持ちの方が大きい生徒が多いみたいだから、それならわざわざ朝早くに食堂に行かなくても良いんじゃないかなって思ってさ」

「シガナ、ナイス!」

「……そういう反応をされると少し後悔しますが」

「でも、私もできることなら誰かと楽しくお話しながら食事したいと思ってましたし、その、ユウシさんを利用する形となって申し訳ないのですが……」

「あー、ううん、大丈夫だよ……」


 友達が作りたいユウシとしては全く良くはなく、むしろ最悪とまで言える状況ではあるが、ユカに恩返しがしたい気持ちは昨晩からあったこと、過ぎたことは戻らないと割り切ったこと、そしてなにより。


 今のユウシは頭があまり、働いていなかった。


「うん、大丈夫……」

「なによユウシ、まーた眠そうじゃない?」

「ユウシくん、目の下のクマ、昨日よりひどくないですか?」


 話を終えたらしいモモコとフーシュが心配すれば、ユウシはハッとして首を横に振り、苦笑して見せる。


「えへへ、昨日優勝できるかもって思ったら眠れなくて」

「え、ユウシ、まさかそんなにスライム倒したの?」

「違う違う、って、そうだった」


 ユウシは誤魔化すついでに昨日聞きそびれていたことをテイガに尋ねることにした。ユウシの様子に眉をひそめていた彼だが、ユウシがテイガの名前を質部門の2位で聞いたことについて話せば、彼も聞かれるのを待っていたのか、得意げに話しだした、否、話そうとした。


「お!ユウシも大量に討伐すればいいだけじゃないことに気付いたのか!」

「あ、それはシガナとユカさんが教えてくれたんだ」

「ユウシの音魔法は質のいい魔核を手に入れるのに向いてたからね。そういうテイガは、いや、テイガ達はフーシュさんの力を借りたのかな?」

「「え」」

「すごいです、シガナくん、どうして分かったの?」


 先にネタ晴らしされるとは思わなかったテイガが、テイガが自力で2位になったと思い込んでいたユウシと顔を見合わせる中、フーシュに尋ねられたシガナが、あくまで考察であると前置きしてその考えに至った訳を説明した。


「昨日魔核を提出したときに質の順位の1位がクロアス、2位がテイガって聞いたんだけど、夕方2人は一緒に帰ってきた。そのときフーシュさんともう1人、ハウター、だったかな?まあその4人でいたでしょ?だから4人で協力したのかなって思ったのが1つ。そしてどうやって高品質の魔核を手に入れたのかを考えたときに、フーシュさんの属性を思い出してね。たぶんスライムに回復魔法をかけて、スライムがストレスのない健康の状態で倒したのかなって」

「全くもってその通り、なんだけどさ。なんで分かるんだ?」

「んー、強いて言うならちゃんと勉強してたから?」

「はは、頭のいい奴は揃って考えることがちげえなぁ」


 この案が座学でフーシュよりも点数が良いらしいクロアス発案ということもあり、テイガは改めて彼らが自分とは住んでいる世界が違うのではないか、と思わされて苦笑するほかないのだった。と、ここでなぜスライムに回復魔法をかけるのかなど、話の内容はほとんど理解できなかったが、テイガとユウシがなにやら違う方法で優勝に近いということだけ理解したモモコが悔しそうにテーブルをたたく。


「くーっ!私もそこまで悪くはないと思ってたのに!」

「いや、俺昨日思ったんだけどさ。モモコが一位狙うなら、1人で行動した方が早くないか?」

「え?」

「いや、正直言っちゃ悪いけど、ソユノの分まで魔法使ってたんだろ?ならその分を後半に温存させた方がよっぽど討伐数稼げないか?」

「……まあ、確かにそう思うこともあったわ」

「っ」


 昨日モモコとソユノと別れ、イアンと共に行動することにしたテツジ。だがイアンはテツジを助けるとは言ったものの、後半でスライムがなかなか見つからなくなれば、他の門に向かった生徒が追い上げ、イアンの記録が抜かれたこともあり、途中からテツジを置いて行くようになった。結局実力のある者は自力で全てが事足りることを冷静になって気付いたテツジは、もともとそこまで1位に欲がなかったこともあり、途中で出会ったグランとのんびりしていたりする。


 そんなテツジの至極真っ当な意見を貰ったモモコ。実際モモコは1回で20匹近くを倒し、ソユノは足りなかったときに数匹倒すのみだった。これが反則にならないことは一応確認して分かっていたのだが、それでも単純計算で他の生徒の2倍魔力を消費するモモコは昨日の夕方近く、危うく欠乏症になりかける。なんとかギリギリで最低限の魔力を残すことはできたものの、大きくペースダウンすることになり、現時点では入賞となる順位入りどころか、上から10位以内にすら入っていなかった。


 モモコが提出の度に順位を尋ね、少しずつ1位から記録が離され、悔しそうな顔をしていたのを、ソユノは隣で見て知っていた。だがとある理由から彼女も入賞を望んでおり、モモコの足を引っ張ることに罪悪感を感じてはいたものの、それを明言されなかったのを良いことに、罪悪感に気付かない振りをし、せめて魔核を拾い集めることで協力している体をとっていた。しかし今、モモコがテツジの指摘を受け、自身が不要であると言うつもりだと思い、ソユノはテーブルの下で手を固く握りしめた。


「でもソユノとは話が合って楽しかったし、なにより今日、挽回すればいいだけの話でしょ?」

「っ!」

「いやモモコ、お前の魔力的に限界だって話じゃないのかよ?」

「そこは任せなさいよ、昨日何回も使ってたら大体どのぐらい魔力をこめればいいのか分かってきたの!最初の方は結構無駄もあったし、うまくやればきっと大丈夫よ!」


 モモコはソユノと別行動をしたい、とは言わなかった。むしろその逆で、今日もまた一緒に行動をする前提で話を進めてさえいた。これにはソユノも不意に目頭が熱くなり、驚くとともに慌てて上を向いた。


「いや、そもそもソユノはお前と一緒に行くっていうのか?どうせユカさんと一緒に行きたがるだろ?」

「あー、そういえばそうだったわね」

「え、それは、なんといいますか」

「残念だったなソユノ、ユカさんは乗り気じゃないみたいだぜ?」

「いやどうせアンタもでしょ」


 横ではテイガがユカを見ようとして顔を逸らされ、それだけで答えが示されているようでがっくりと肩を落としている。だが、ユカに同じくやんわりと拒絶され、いつもならそれでも食いついて離れようとしないソユノは、わざとらしくため息をついた。


「……なら、しかたないですね!モモコ、今日はあなたを1位にするように協力してあげます!」

「そ、そう?なら、お願いするけど」

「なんかソユノらしくねえな?……ん?なんだお前、本当は泣くほど悲しいのかよ?」

「そっ!そんなわけないですよっ!」


 堪え切れなかった涙を慌てて拭うと、ソユノは最後の1口を完食し、食器をテーブルに置いて胸を張った。


「できれば私が入賞して、それを自慢したかった人がいるんですが、どうやらそう簡単じゃないみたいなので!私のおかげでモモコを1位にしたと、そう伝えることにします!」

「だってさユカさん」

「ち、違いますよ!ユカ様じゃないです!」

「あ、違うんだ。話の流れ的にそうかと思ったんだけど」


 彼女が上位を目指したい理由。誰にも言ったことがないそれは、とある人に魔法の実力で追いつき、追い抜くこと。校内の学生ではないその人は世間的にも有名な人で、彼女にとっては切っても切れない関係でもある。ただその人に勝ちたいとかつて幼少期に周囲の大人に言ったことがあったが、その人は天才で、比べることが間違っていると誰もが応援してはくれなかった。


 しかしソユノはどうしても諦められず、才能が人並みであるにもかかわらず、彼女なりに努力を重ねてきた。魔武戦で他の数々の優れた才能を目の当たりにしても投げ出さず、今度は方針を変え、優れた魔法の技術を欲して一番優秀だったユカに接近。同性ながらにその魅力に惹かれ、本来の目的を忘れかけ、結局今に至るまで魔法について教えてもらうことができなかった。そのため、この大会で入賞という結果を手にし、せめて目標となる人に自慢する材料としたいと考えていたのだった。


 そんな背景があるなんてことはつゆ知らず、モモコは本当の意味での協力者が得られたことが嬉しかったのか、手早く2人分の食器を重ねると立ち上がり、他の一同の完食を待つことなく通路に出た。


「まあ、細かいことはなんでもいいわ!とにかく、1位を目指すために作戦会議しましょ!」

「はい!行きましょう!」

「おいおい、まだ開始時間まで結構あるんだし、そんなに焦らなくても……って、まあいいか」


 テイガが最後まで言い切る前に、2人は遠く離れ、そして食堂から出て行ってしまった。やれやれ、とため息をつき、自身も食器を片付けようとして、テイガはふと気が付いた。


「ん?ユウシ、お前食器いつの間に片付けたのか?」

「え、あ、モモコにお願いしてた」

「あー、アイツが2人分重ねてたのはそういう訳か。ってか、今日は完食はやいんだな?」

「あ、あはは……」

「……」


 テイガとフーシュはその苦笑が、いつもは食べ終わるのが一番遅いことを暗にからかわれたことに対する反応と思い、ユカもテツジも、会話の流れからおおよそその通りに察していたのだが。1人、シガナはそうではないことに気が付いていた。


 ー ー ー ー ー

 ー ー ー ー ー


「やぁトルクト君、おはよう」

「ああ」

「悪いね~、こんな朝早くから」


 昨日早朝に小屋に集まるように指示されたトルクトはいつものように裏路地を進み、壁に手を触れ、中に入れてもらうとスタインと挨拶を交わす。


「僕も朝は苦手なんだけど、今日ばっかりは早起きしないといけなくて」

「……朝じゃないと駄目なのか?」

「そうそう、なにせ今は学校で大会の真っ最中だからねぇ」

「大会……スライム討伐のあれか」


 トルクトは昨日の帰宅途中、少なくない数の学生とすれ違ったこと、またその大会の概要についても思い出す。それと同時に、わざわざ大会がある日を選んだのにも関わらず、大会を避けるように早朝に活動する理由について考えていた。


「まさか、外に出た学生の誘拐でもやるつもりか?」

「ははは、それはリスクが高すぎるし、そこまでして組織が欲しいと思う学生はいるかなぁ?」

「……新規属性」

「ん?」

「いやなんでもない」


 ふと思い浮かんだのは聞いたことのない属性、音属性を使い、持てる全ての魔力と引き換えに、初心者の冒険者でも苦戦する複数のギガスライムを一撃で討伐して見せたユウシの顔。だが心優しい彼を再び傷つけるようなことをしたいとは思わず、トルクトは誤魔化すように首を横に振った、が、そのとき、背後で影が渦巻いた。


「新規属性に適性を持つ学生か。それは幾分気になる話だが、まあいい」

「っ、いたのか、ブラック」


 スタインやマキナと異なり、トルクトには明らかに偽名と分かる名前を教えた黒の外套の男。彼がユウシに興味を示したことで、彼の人探しの基準にある程度目星がついたトルクトだが、すぐに頭を切り替える。


 短い間だが、この場で時を過ごして分かったこと。それは『殲滅』の指揮者を自称したダレンダスはもちろんのこと、ブラックもかなり組織の中で位が高い者だということ。ここに初めて訪れた日以来姿を見せなかった彼が今こうして現れた、ということは、今から伝えられる話は何か大事なものではないかと考えていた。


 そんなトルクトの様子の変化に気付いたブラックは外套の下で口角を上げていた。


「今から話すのは今日トルクトに与える仕事の話だ。そう身構えずとも良い」

「……そうか」

「と、思ったのだが、気が変わった。心して聞け」

「は?」


 ふざけているのか、と言いそうになってなんとか我慢したが、それでも多少反抗的ととられてもおかしくない反応をしてしまったトルクト。だがブラックは気にすることなく、自らその言葉の意味を語り始めた。


「たいしたことはない、お前を改めて気に入っただけだ。俺は規律を守る礼儀正しい人間を好む、そこの常におどけているスタインと違ってな」

「えー?いきなりそれは酷くないかい?ブラックさん」


 厳しい評価を貰いながらもいつも通りに間延びした喋り方を変えないスタインを、ブラックは見向きもしない。


「だからお前には初めから伝えておこう。トルクト、お前には今日、罪を犯してもらうと」

「っ!」

「元々は具体的な説明をせず、仕事を終えてからそれを伝えるつもりだったのだがな」


 思ったより早かった。そして、やはり油断ならない人だ。話を聞いたトルクトがまず思い浮かべたのはこの2つである。


 ブラックは自身のことをよく調べており、トルクトがユウシに対して行ったことを知っていたのか、この組織が何かしらの犯罪行為を行っていることも隠そうとしていなかった。だがそれだけに、トルクトがいざとなれば自らの罪を告白してでもこの組織のことを摘発しようとしていることは知っていると思っており、ある程度時間をかけ、洗脳のように犯罪に慣れさせるのだとばかり考えていた。


 だがブラックは、知らない間に重大な犯罪行為を行わせ、後からそれを伝えることで、より罪の意識を持たせ、この組織の力なくしては社会を生きていけないようにしようとしていた、そう言っているようなものであった。


「まあ今日のはほんの小手調べのようなものだ。失敗することもないだろうし、万が一に備えて俺が移動を補助しよう」

「いくらあんたが気に入ったとはいえ、俺はまだそこまで信用したわけじゃ」

「ではやりやすくしてやろうか。……ダーク、あれを持ってこい」


 ブラックはそう言って虚空に何かを呼びかける。すると、ブラックが現れたときのように宙に影が渦巻き、少し後にブラックより2回りほど小さく、同じく黒の外套に身を包んだ人物が現れた。その人は無言でトルクトの前に近寄り、外套から手を伸ばし、トルクトにあるものを手渡した。


 渡されたもの、それは何の変哲もない、赤い花の髪飾り。トルクトはそれを見て、全身の血の気が引いた。次の瞬間、脚を怪我しているとは思えない動きでブラックに迫り、胸倉をつかんで叫んだ。


「話が違うッ!あいつには……ネマにはっ、手を出さないと!!」

「ああ、出していないとも。ただその子が身に着けているものを調べ、同じものを用意しろ。そう指示しただけだ」


 そう言われて、すぐに安心できるはずがない。トルクトは髪飾りを握りしめると、割れた壁の方を向く。


「-選別し、指し示せ!〈捜索〉!」


 スキルを発動すれば、脳裏に浮かんだ矢印は確かに彼女がいるであろう場所を指している。それに気づいてほっと息を吐いたのも束の間、彼は壁に手をかけ、


「俺は今機嫌がいい、だから確かめに戻ることを許そう。……30分以内に戻ってこい」

「っ……分かった」


 出る直前にブラックがそう呼びかければ、今のトルクトにはただそのように返事をするほかなく、歯を食いしばった彼は脚の痛みを無視して、矢印の方向へと駆けだした。


 彼が立ち去った後、スタインはその壁を砂で元通りに塞ぎつつ。


「ん~、ブラックさんは相変わらず意地が悪いねぇ」

「フッ、好きに言うがいい」


 ブラックに冷ややかな笑みを見せるが、当の本人は気にも留めない。


 そしてダークに指示を出してその場を立ち去らせ、誰もいない小屋の中へと1人で入ると、ソファに深く腰掛ける。


 そうしてしばらく待っていると。


「18分39秒。よくもまあその脚でそこまで走れたものだ」

「はぁ……はぁ……」

「どうだ、元気にしていただろう」

「っ」


 息を切らしたトルクトが帰ってきた。彼はブラックが話しかけても、もうそれまでのように幾分か親しそうな返事をすることはなかった。今も睨みつけるように視線を向けており、ブラックは肩を竦めて立ち上がった。


「これでお前にもやらなければならない理由が明確になっただろう?安心しろ、お前にはできない仕事を任せるつもりはないし、今のところはあの子に手を出すつもりは一切ないさ」

「…………今日、この後俺に、何を?」

「ああ、まだ言ってはいなかったか」


 拳を固く握りしめたトルクトが小さい声で呟くように尋ねれば、こちらに振り返ったブラックの顔には。


「大発生だ」


 彼のフードの隙間から、口角の上がった悪い笑みが見えていた。

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