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「おわぁ、スッゴイたくさん人がいる」

「ね、やっぱり自分も明日にしようかな」

「ダメ!」


 学校に帰り、倒したスライムの魔核を提出しに来たユウシ。提出場所には多くの生徒が殺到しており、そんな中で長時間並びたくないシガナは離れようとしたが、慌てて袖を掴んだユウシによって引き留められる。そんな2人の傍には既にユカはいない。彼女は学校に到着する前、今行けば同じく魔核を提出しに来た生徒に異性と行動していることが大々的に知られかねない、とシガナに言われたために一時的に別行動していた。


「えー、別にいいじゃん、自分も明日の大会開始後の空いてる時間に提出させてよ」

「やだ!だって、僕、この中で1人は無理!」


 シガナは時折自身に向けられる数々の視線に気付かない振りをしながらも、ユカに提案したのと同様に明日の提出を望んだが、大勢を前に人見知りが発動したユウシはまともな受け答えができないと自覚していたために、シガナを逃がさないように必死である。その姿は何かを恐れて親の元から離れない子どもそのもので、シガナは苦笑しながら今回はユウシの保護者となることにした。


 最初こそ噂を気にした生徒にシガナが何回か話しかけられることはあったが、なんとか誤魔化すことに成功すれば、列の周りの生徒も共に進むために後半は特に話しかけられることもない。どちらかと言えば並ぶ時間が長くなればなるほどに緊張を増していくユウシの方が大変そうである。


 気を紛らわそうとして鞄の中の魔核を眺めるのに集中するあまり前に進むのを忘れ、シガナに注意されて慌てて動こうとして前の生徒にぶつかりかけたり、身長が低いために長身の生徒が気付かずにユウシを押してしまい、人混みに紛れて迷子になりかけてなんとか涙目になりながらも帰ってきたりと、ユウシは終始落ち着くことができなかった。そんなユウシにシガナは思わず笑ってしまい、幸か不幸か不機嫌になって落ち着いたユウシはトラブルが減って複雑な気持ちになったとかならないとか。


 そうして待機列に並ぶこと十数分。ようやく列の先頭まで来たユウシは欠乏症になったかのように疲れ切った表情をしていたが、それでも自分の提出の番が来るとなれば消えかけていた緊張が高まり、小刻みに揺れていた。


「この後も頑張ってくださいね。……では次の生徒の方」

「はいっ!」

「はは、そんな元気に返事しなくても」

「あっ」


 呼ばれて反射的に手を挙げたユウシは周囲の生徒からクスクスと笑い声を聞き、赤面しつつもシガナに促されて前に歩く。


「ほら、魔核と学生証渡しなよ」

「ひゃいっ」

「魔核は1個じゃなくて全部だよ」

「あえっ、ごめんっ」

「謝ることじゃないけどね」

「はい、それでは確認させていただきますね」


 緊張と羞恥で情緒がおかしくなりながらもなんとか提出できたユウシ。そんな彼に教師が幼い子どものおつかいを見るような優しい目をしていたが、いざ受け取った魔核を見れば驚いたように表情を変えた。


「なんと、これは素晴らしい質の魔核ですね!それが10個も!」

「そ、そう!えっへん!どう、じゃ、じゃなくて、どう、ですか、何位ですか?」

「ここまで品質が高いなら、当然質のランキングは1位」

「おおっ!?」

「……と、言いたいところなんですが、少し前にも同じぐらい品質の高い魔核を持って来た生徒が4人ほどいまして」

「え!?」

「少々お待ちくださいね」


 魔法の成績が1位と噂されるユカの魔核よりも綺麗なものを手に入れており、1位を半ば確信していたユウシは教師の言葉に驚きを隠せない。そして教師は魔導具を用いて魔核の品質を確かめ、やがてユウシに学生証を手渡した。慌ててユウシは学生証を起動させて大会の成績を確認するが、そこに書かれていたのは。


「貰った魔核はとても品質が良いもの、なんですが。残念ながら惜しくも3位です」

「3、位ぃ」

「ちなみに現時点での1位、2位を聞くことはできるんですか?」


 3位。それはこの大会で表彰されるギリギリの順位で、入賞どころか記録で下から数えた方が圧倒的に早いと思っていた今朝からすれば、とてつもない快挙と言える成績。だが優勝の可能性が見えた後で、ユウシは心の底から喜ぶことはできなかった。


 いろんな想いを込めて手を固く握りしめるユウシ。その横でシガナが純粋な疑問として1位の生徒の名を尋ねる。ある程度魔武戦の結果を覚えている彼は、座学1位の所以でもあるのか、果たしてユウシの倒し方を上回る方法がどんなものなのか気になったのだが、教師から告げられた名前を聞いて驚くのはユウシだった。


「できますよ。ええと……はい、質を競うランキングの1位はクロアスさん、2位はテイガさんです」

「えっ!?て、テイガ!?」

「草属性と風属性か。……いや、見た限りではユカさんほどの技量はないし、余程運が良かったのか?」


 1位はともかく、2位に挙げられたのはまさかの長い付き合いの友達の名前。これには一瞬でモヤモヤしていた気持ちも吹き飛び、シガナも2人がどのようにして上位に食い込んだのかを考察して黙り込んでしまった。


 その後シガナも魔核を取りだし、品質が最低級のものと、道中で暇つぶしと言わんばかりに雑に倒したのにも関わらず、ユカに並ぶ高い品質の魔核を提出した後、2人は提出場所を離れ、用事を済ませてからまだ人が疎らな食堂を訪れた。そこには別行動をしていたユカが食事を手に先に待っており、何やら男子生徒に話しかけられてはそっけない態度で対応していた。


「ねえ、ユカさんいたよ、行かないの?」

「存在感だけアピールしといて」


 そう言ってシガナは食事を受け取りに行ってしまい、ユウシはオロオロとしながらついていき、シガナの後ろでユカの方を見ながら、その場で何度も小さく跳ねた。するとユカは気が付いてユウシに会釈し、ユウシはシガナにそれを伝えたが、シガナは頷くとそのまま食事を手に離れて行ってしまった。目を丸くしたユウシはユカを見ると、目を瞬かせた後、顔を顰めて如何にも不機嫌そうな表情になっていた。ユウシは逃げるようにシガナの後を追いかけた。


 ー ー ー ー ー


「今日の昼食が持ち運びできるサンドイッチだなんて、すごいありがたい話だよね~」

「う、うん」

「……そうですね」

「聞いたら明日もサンドイッチらしいし、明日は貰ってから行動しよっかな~」

「い、いいと、思うよ」

「……」


 食堂を出た後、ユカが見失わない距離を保ちながら街に出て、北門への道でようやく合流した3人。それからしばらく歩いているが、ユカは最初に出会ったときのような近寄りがたい表情のまま変わらず、言葉も必要最低限の返事しか返さなかった。これにはユウシも気まずさが勝って会話ができず、何度か話題を提供していたシガナも諦めたのか、ため息をついた。


「ねえユカさん、自分何か悪いことでもした?そもそも別行動の理由も一緒にいることで不要な噂が出回らないようにするためだし、特に問題はないように思うんだけど」

「……はい、別にあなたは悪くないですよ。ただ私は苦労しているのに、あなたは平然と生活できているのが不公平だと思っただけです」

「それは日頃の行いだよ。自分は座学以外で目立ったことしてないし。まあ最近はちょっと失敗したけど、ねえ?」

「や、やっぱり根に持ってる?」

「いーや?」


 肩を叩かれ、身を縮こまらせたユウシは何も言い返すことができなかった。そうすれば、またしても3人の間に沈黙が生まれてしまう。このままの空気ではいたくないユウシが2人の間で視線を巡らせていると、再び肩を叩いたシガナに耳打ちされる。それを聞き、ユウシはなるほど、と言わんばかりに頷いて鞄を開いた。


「さて、ユウシもこうして気にしてることだし、そろそろユカさんに機嫌を直してもらおうかな」

「別に、怒ってはいませんが」

「またまたぁ」

「……」

「こほん。冗談はさておき、絶対に顔を輝かせるに違いないよ」

「……私はそんな、そう易々と物に釣られる人じゃ」

「じゃーん!!」

「!」


 ユカの言葉を遮るようにしてユウシが鞄から取り出したのはあの禍々しい柄の杖。ユカが振り向いてそれを見れば、あっという間に目は釘付けになった。


「もしかして、いえもしかしなくてもそれが先ほど話していた最高品質の杖ですか」

「う、うん」

「その魔導石の透き通り具合、店で見た魔導石とは比べ物になりませんね、一体どれほど高品質なものなのか、それにその色も見慣れない色で、かといってユウシさんの学生証の色から判断して音属性のものというわけでもないし……」

「ゆ、ユカさん?」


 ユカの顔はどんどん杖に近づいていく。杖はユウシが手にしているのだが、そのことも忘れるぐらいに杖に見入っていた。慌てたユウシは杖をユカに差し出し、ユカは何も言わずにそのまま受け取り、杖を手にしてあることに気付いて目をまた輝かせた。


「もしかしてこの柄、ブラッシュデッドを素材としてますか?」

「そうだよ、名前も知ってたのか、流石だね」

「もちろんです、理想の杖の素材として挙げられるものの1つとなれば、知らない筈がありません!」

「(そんな名前だったんだぁ)」


 シガナが言わなかったこともあり、その名前を知ろうともしなかったユウシはユカが出会ってから最も声量が大きくなるほどに楽しそうなのを傍から眺め、それほどに杖が良い物だったのか、と再認識して嬉しくなっていた。


「ああ、持っているだけで魔力が引き寄せられるのを感じますね!でもシガナさん、流石にこれは」

「うん、魔力適合はしてあるよ」

「です、よね、であれば貸していただくわけにもいきませんし、残念です……」

「ね、ねえ、聞きそびれてたんだけどさ、魔力適合って?」

「杖と使用者、または柄と魔導石の魔力の性質を揃える、正確には近づける技術のことだよ。これを行うことで魔力を流しやすくなったり変換効率が上がってロスが減ったりするから、良い杖を作るには必須の技術なんだ」


 杖の素材となった木にも、魔導石の素材となった魔物にもそれぞれ魔力が通っており、その性質はユウシとは当然異なる。もちろん適合を行わなくても使用はできるが、適合を行えば、それだけで杖全体の品質が何段階か上がると言われている。


 また杖と使用者の魔力適合も使用者にとっての杖の品質を上げることが出来るが、他の人がその杖を使った時の品質が下がる。加えて使った際に杖へ異物となる魔力が混流し、一定以上の魔力が注がれてしまえば魔力適合の効果が失われてしまう。ユカが借りるのを諦めた理由はこれである。


「はぁ、いつかは私もこれぐらい品質の良い自分専用の杖を作って、いや、それは今の杖に失礼だから、でも……」

「ユカさーん、そろそろ帰ってきてね~」

「はっ。……し、失礼しました……」


 杖を見てうっとりとしていたユカは我に返ると、恥ずかしそうに俯きながらユウシに杖を手渡した。その赤く染まった頬を見れば、ユウシはなぜか見てはいけないのではないかという気持ちに駆られ、直視しないよう気をつけながら杖を受け取るのだった。


「で、ユカさんが思惑通りに機嫌を良くしたところで本題ね」

「うっ」


 シガナの巧妙でもなんでもない作戦にあっさり引っかかったユカが少し悔しそうに呻いたのを見て笑みを零したシガナはそれ以上からかうことはなく、杖を大事そうに抱えるユウシを見た。


「学校に帰る前にさ、元気になれるかもしれない方法教えるって話したでしょ?それについて話そうと思って」

「聞きたい聞きたい!」

「あ、ほんとはもう少し早く話そうと思ってたけど、何故だかもう門が近いし、外に出てからにしようか」


 危うくユカに視線を送りかけたシガナはなんとか我慢すると、門番の男性に挨拶をして門を出て、ある程度離れたところで2人に向き直った。


「さて、今からユウシに魔法を使ってもらうわけだけど」

「え、う、うん……って、こ、この杖で!?無理、無理だよ!」

「ああ、安心して。何も考えなしに言ってるわけじゃないから」


 ユウシの脳裏に初めて『爆音』を放った日の記憶が蘇り、いろんな人に迷惑をかけないために、と大きく首を横に振ったが、シガナの話は終わっていない。


「ユウシは魔力の調整が苦手で、いつも少ないか込めすぎるかになってしまう。確かにそうなんだろうなっていうのは見て分かったよ。だからユウシは魔力を込めなければいい」

「魔力を、込めない?」

「なるほど、だからその杖なんですね」


 魔力がなければ魔法は使えない。そんな常識が邪魔し、ユウシはシガナの言っていることが理解できなかったが、話の流れからユカには伝わっていたようで、ユウシの持つ黒の杖を見て頷いていた。ユウシはそんなユカの言葉を聞き、杖の説明を思い出し、やがて答えに辿り着いた。


「僕が魔力を込めるんじゃなくて、この杖が吸い上げた魔力で魔法を使う、ってそういうこと?」

「正解。この杖は少しずつ魔力を吸収するから、使いたい魔法のぶんだけ魔力が吸い上げられるまで待てばいい。最低限の初級基本魔法を使うだけなら、たぶん1分に満たないぐらいかな?」


 それはある意味でこの杖ならではの方法だが、最高品質であるこの杖の多くのメリットを全く生かさない使い方でもある。凄腕の魔法使いが見れば誰もがもったいない、無駄遣いだと怒りそうな方法であるが、それでも、今のユウシには。


「ほら、さっき取り出してからそこそこ時間経ってるからもう十分魔力は溜まってるよ。ほら、ユウシ、あそこの木に目掛けて『球弾』やってみて」

「え、っと、うん。-僕の魔力。その力を音に変えて、球を作って、撃ち出して……『音球』」


 頭はまだ完全にはついていけてなかったが、『球弾』の詠唱だけはいつ魔力制御ができてもいいようにとスラスラ口にできるように練習していたこともあり、ユウシは言葉を紡いで杖を翳して前に振った。


 すると。ユウシの頭上には橙色の丸い球が浮かんでおり。ユウシの杖の動きに合わせて前に飛び。遅くもなく、速くもない速度のそれは。目の前の十数メートル先にあった木にぶつかり。手を膨らませて拍手したかのような破裂音が周囲に響いた。


「……え」

「おー、いい感じじゃん。ずっと近くでユカさんの球弾魔法見てたからかな?」

「そうかもしれませんね。魔法はイメージが明確だと成功しやすいとはよく言いますし」

「ぼ、ぼく、が?」


 シガナもユカも、何事もなかったかのように話を進めている。ただそれは、『球弾』を使いこなす2人からすれば当然のことであり、逆に『球弾』どころかもっと初歩的な魔力制御もできなかったユウシにとっては1ヶ月前のあの日のように、人生の革新的な出来事と言っても過言ではなく。


 震える手を見て、握られた杖を見れば、既に微かに次の光が灯っている。ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせ、もう一度詠唱をして『球弾』の詠唱を行えば、今度は先ほどよりも小さい球弾が飛んでいき、再び木に命中して音を響かせた。


「うん、やっぱり制御さえ乗り越えれば後は普通の人と変わりない、いや、ちょっと上かな?」

「なんなら私も初日にはまっすぐ飛ばせませんでしたよ」

「じゃあユカさん以上か」

「……明言されると少し微妙な気持ちなんですが」

「だろうね」


 トサッ。シガナとユカが音の方を見れば、ユウシが杖を足元に落としていた。遅れて下を向いたユウシが慌てて杖を拾おうとして、地面にへたり込んだ。それでもユウシは杖を手に取ろうとして、視界が歪み、上手くつかむまでに時間がかかった。そしてやっと杖を手にすれば、両手で大事に持ち、そっと胸に抱き寄せ、ユウシは鼻をすすった。


 魔法が使えた。自分にも、やっと。不安だった。不安で不安でたまらなかった。テイガに、モモコに、フーシュさんに、ようやく追いつけたと思った。そんなことは全くなかった。……ユウシは目を擦った。


 手紙でモモコは先を行くと言っていた。その通りだった。テイガもフーシュさんもできないことがあると言っていた。しかし数日のうちに克服してできるようになっていた。自分とは違って。……ユウシは何度も目を擦った。


 自分もまた変わろうとした。失敗した。手を怪我して、結果後れを取った。モモコもテイガも自分の戦い方を確立し、フーシュも回復魔法を上達させていったらしい。自分はが怪我に呻く間に。……ユウシは嗚咽を漏らした。


 でも。


「ユウシ、ほら、杖が光ってるよ?」

「シガナさん、その、今は」


 ユウシが赤く腫らした顔でシガナを見上げると、どこか悪い笑みの彼は指をさす。その先に視線を送れば、そこには何かを目指して跳んでいるスライム。


「せっかく成功体験できたんだから、その感覚を忘れないうちにもっと練習しておこうよ。次は動く標的を狙ってさ」

「シガナさん、そんなに急がなくても」

「やる」


 ユウシはもう一度目を擦り、その目でスライムをしっかりと捉えればふらついていた足にも力が入った。


 ユカがユウシを気遣った一言。だが、ユウシは立ち上がり、杖を前に構え、握る手に力が籠った。


「のんびりしてられないよ、僕はもっと、強くなりたいんだ!」


 ユウシは大きく息を吸い、詠唱を始める――


 ー ー ー ー ー


「って流れはすごい劇的で感動する雰囲気だったのにね」

「ま、まあ何度かは成功させてましたから」

「めんぼくない……」


 日が傾き、もうすぐで大会終了時間が訪れると言った時間。3人は街へと帰っており、既に学校の門が見える程に近づいていたが、申し訳なさそうに謝罪するユウシはシガナの肩を借りて歩いていた。


 確かな自信を得て挑んだスライム討伐。最初の球弾こそ狙い通りに当てることができたユウシだが、以降は1回外して1回当てて討伐してを繰り返した。その後警戒心のスライムに遭遇し、3回連続で魔法を躱されたことに焦ったのか、つい魔力を多く込めようとして失敗し、ユウシは『爆音』と共に欠乏症で再び倒れた。本日2度目の欠乏症ということもあり、ユウシは長時間休んでもふらつく足に力が入らず、こうしてシガナに支えられながら帰ってきたのだった。


 とはいえ、全く進歩がなかったというわけでもない。もちろん動く標的に当たる球弾を放てたことに加え、シガナに言われて気合を込めた直後の数回は自分の意思で適切な量の魔力を足した魔法を放つことができていた。それはほとんど無意識の範囲であり、意識的に加えた最後の1回こそ失敗してしまったが、無意識だったとしても成功していたことはシガナとユカがその目で目撃していた。


「大丈夫、少しずつ確実に成長できてるよ」

「ほんと?よかったぁ」

「そうですよ、なので今日はゆっくりと休んで、明日に備えましょう」

「うん」


 ユウシも魔力制御に成功したときの実感こそないものの、それでも魔法に成功した事実はユウシの確かな心の支えとなった。そんな心の温かさに頬を緩ませながら、ユウシは半分夢見心地といった様子で学校に戻ってきた。と、3人は油断していた。そして運が悪かった。


「お、あれユウシとシガナじゃねえか?」

「あ、ホントだ!おーい、ユウシく」

「って!?」

「んぁ?あ、テイガぁ」


 門の前に着いたとき、ユウシは聞き覚えのある声がした方を振り向くと、その先にはテイガとフーシュ、そしてクロアスともう1人、疲れたユウシの頭にはすぐには名前が出てこないがもう1人見覚えのある生徒がいた。確かテイガと魔武戦で戦っていた、などと彼の名前を考えていると、テイガとクロアスがこちらに駆け寄ってきているのに気づく。するとシガナが気を利かせたのか離れたため、ユウシは何とかバランスを取って立ちながら、向かってくるテイガに手を振ろうとし、突き飛ばされた。


「ユウシィ!おま、なんでユカさんと一緒にいるんだよ、おかしいだろうが!?」

「そ、そんなにユカ様の近くにいることが許されるなんて……一体何をどうしたらいいんだ!教えてくれ!」

「ぅわ、あ、あたまが、ゆれる」

「え!?ユカ様!?」


 談笑しながら帰って来るのを見たテイガとクロアスは滅多に見れないユカの笑顔に心を奪われつつ、しかしその笑顔を向けられていたユウシに嫉妬し、テイガはユウシの肩を激しく揺さぶり、クロアスもいつもの落ち着きはどこへやら、ユウシに詰め寄って情報を聞き出そうと必死だった。


 と、そのとき、門の裏から飛び出してきた女子生徒。どうやら学校に入る生徒の顔を見て待ち伏せしていたらしい彼女-ソユノはテイガとクロアスの言葉を聞いて飛びだすも、ユカはいつの間にかテイガとクロアスから逃げるように隠れており、その場で見渡しても見つけることができなかった。


 となれば、ユカが隠れたことを知らないソユノは話を知っている人から聞き出すしかなく、この日一日出会えなかったことで少々気が立っていた彼女は今、名前を聞いて過激になっていた。どれほどかといえば、ユウシを揺らすテイガを押しのけ、ユウシの胸倉を掴んでさらに揺さぶるぐらいには。


「ぐぇっ」

「ユカ様、ユカ様をどこにやったんですか!」

「く、くびがしまってる……」

「ふざけないでください、許さないですよ!?」

「うわぁ、ユウシ可哀」

「テメェ、シガナァ!見つけたァ!!」

「げ」


 ソユノに詰められていたユウシを憐れむ言葉が漏れたシガナだが、周囲を注意深く見渡していたテイガが路地裏から顔を覗かせていたシガナに気付き、次いで噂のシガナと話してみたかったクロアスと、ユウシが何も話さないと分かると次なる情報源を求めたソユノがシガナに迫ろうとした。シガナはうっすらと命の危機を感じて身震いしながら、裏路地に姿を消し、その後を殺気溢れた2人とそこまではいかずともいろいろと情報を聞きだしたい1人が追いかけた。


「ゲホゲホっ」

「ふぇええっ、ゆ、ユウシくん、大丈夫!?」


 欠乏症の疲労と一時的な酸欠でボロ雑巾のように地面に転がったユウシにフーシュが慌てて駆け寄り、杖を取り出して回復魔法をかける。そんな彼らの周りには外から帰ってきた生徒と門の周辺にいた生徒が集まっており、何事かと騒ぎになっていた。そこに別の道に姿を隠していたユカが恐る恐るといった様子で出てきて、魔法を終えたフーシュとやっと身体を起こしたユウシに近づいた。


「私が謝るのもなにか変ですが、ユウシさん、すみません」

「……くくっ」

「ふぇ?ユウシくん?」

「くはっ、くははっはっはっ」

「ふぇえっ!?」


 身体を起こしたと思えば、息を吐ききってなお笑おうとしたかのような声なき笑いを漏らすユウシ。その目は大きく見開かれ、なのに光が消えており、その状態で首かカクンと折れれば、フーシュは心霊体験をしたかのように悲鳴を上げた。


「はっ、はぁーっ、はぁーっ」

「ゆ、ユウシくんがっ!?」

「あれ、なんかユウシが壊れてる」

「え、シガナさん?その、3人はどちらに」

「うん、撒い」

「「し、シガナァ!!」」

「駄目だったみたい」


 路地から一周して帰ってきたシガナは息を切らして少し疲れたテイガとソユノを見て肩を竦めた。ちなみにクロアスは早々に見失って諦めたらしい。


 どうしたものかと今なお近づいてくるテイガとソユノにシガナは頭を悩ませるが、行動に移す前に、テイガとソユノの前にユウシが立ち塞がった。その虚無を見つめた一切の感情が抜け落ちた表情を見てソユノは反射的に驚いて足を止め、この状態のユウシに見覚えがあるテイガは流れるように土下座した。隣でソユノがぎょっとするが、ふと前を見れば、手を伸ばせば触れそうな距離にユウシはいた。ソユノは悲鳴と共に尻餅をついた。


「テ、い、ガ?」

「はっ、はい、すみませんでした!」

「テイガぁ、テイガぁあ、テイガあああっ」

「たいっへん申し訳ございませんでしたぁ!!」


 頭を下げたテイガの顔を両手で持ち上げ、大きく口角が上がった不気味な笑みを見せつければ、テイガは謝罪を口にすることしかできず、真横で見せつけられたソユノは余りの恐怖に逃げ出すこともできずにただただその場で震えていた。


「ゆ、ユウシくん、どうしちゃったの……?」

「あ、あれはユウシの強制仲裁の、始まりにして最終奥義ね」

「も、モモコちゃん?」


 多くの生徒が今日の討伐を終える中、もしかしたらもう1週行けるのでは、とソユノを置いて魔核の提出に行っていたモモコ。彼女は今のユウシを見てその顔を引き攣らせ、離れているにも関わらず、ユウシが少しでも動けば後ずさりして距離を置こうとしていた。


「強制仲裁、とは?」

「そう、最近はユウシも自分のことで必死で見せてなかったものね、知らないのも無理ないわ」


 豹変したユウシの姿に少し怯えたようなユカの問いに、モモコはどこかの御伽噺の語り部のように説明した。


「いつだったかしら、確か12歳かその辺りだったと思うけど。まだユウシとそこまで仲良くなかったときに1回、テイガと大喧嘩したときがあって。あの時はそれで絶交するとばかり思ってたわね。でも、テイガと仲が良かったユウシはきっと私たちが心配だったのね。どうしても仲直りしてほしいって言ってたんだけど、まあお互いに意地張って謝ろうとしないもんだから、とうとうユウシ怒っちゃって」

「で、あんな風に?」

「そうよ」

「いや、そうはならないでしょ」


 しかしそうなっているのである。実際にはもう少し奥深い話があるとかないとか。しかしそのときの記憶が余程強く残っているのか、テイガもモモコもユウシを怒らせたら怖いと認識し、やがて喧嘩の仲裁にてその片鱗が見え始めると、必ず謝罪するようになり、現在の強制仲裁の形となったのだとか。


「でもユウシはときどき意味わからないところで怒るみたいな、理不尽な怒りでああはならないわ。まぁ、だから罪悪感がすごくて謝る気持ちにさせられるってのもあるけど……」


 フーシュやユカがユウシを見る目が変わらないよう、ユウシのことを思い遣った説明をするモモコ。それが嘘ではないことは今なお狂ったように怒っているユウシの言葉をくみ取れば分かることである。


「テイガぁさあっ!ぁんでわっるいことした自覚あんぉにぃ!ぼっくがこうもならないと謝罪の言葉がすぅぐに出てこないん!?ねエェ!?」

「はい、それはもうっ、ほんとに!ユウシさんのおっしゃる通りです!はい!」

「え全部自分の思い通りになると思ってんのそうでしょそうでもないとこんな人を苦しめてそのまま放置して自分のやりたいことそのままやってあとはしーらない♪ってふざけてんのかなぁっはっははハハあッはッハ!?」

「ほんっっとうに反省してます、申し訳ございませんでしたっ!!」

「--ホ、んト?」


 ユウシはテイガの額と触れそうな距離まで顔を近づける。その焦点の合わない瞳が小刻みに震え、しかしテイガの目を真っ直ぐ見抜いて離さない。テイガは心臓を締め付けられるような魂胆からの恐怖に呼吸も忘れ、それでも質問には答えようと小さく何度も頷いた。ユウシは動くテイガの首に対して暫く静止したが、やがて目を細めて顔を引く。


「分かった、信じるよ?」

「っはぁ、はいっ!ごめんっ、なさいっ!!」


 呼吸を止めていたことに気付いたテイガが荒げた息でなんとか最後の確認を肯定して大きく頷けば、ユウシはそっと微笑んで。


「うん、いいよ。……でェ!?」

「ひぃっ!?」


 首を真横に倒す勢いでソユノと視線を合わせた。見開かれた目からは涙が流れ、それが余計にソユノの心に恐怖を植え付けた。だが、得体の知れない恐怖から身を守るように頭を抱え、なんども謝罪を呟くソユノを見れば、まだ会って間もないソユノにテイガのようなノリの良さを求めるのも酷というもので。


「……ソユノさんも人を苦しめてまで好き勝手に動いちゃだめだよ」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「いいよ、もうしないでね」


 そう言ってユウシは立ち上がり。


「……よーし!もうそろそろ今日の大会時間も終わるし!お腹も空いたからご飯を食べに……あれ?」


 シンと静まった生徒達や通りを歩こうとしてその足を止めていた人々の目を前にして、何事もなかったかのように振舞おうとするのは無理があった。


 ー ー ー ー ー


「はあぁぁぁ今日はいろいろあり過ぎたぁああ」


 そう言って寝間着に着替え、ベッドへ飛び込むようにして転がったユウシ。二度の魔力欠乏症、そして学校の門の前での一騒動を終えた彼にはもう余力は残されていなかった。


「僕、何も悪いことしてないのになぁ」


 一部始終を全て見ていた者からすればまだ理解は得られたかもしれないが、多くの生徒や通行人が目撃したのは、小さな子どもみたいな学生が悪魔に取りつかれたのではないかと見紛う程に狂った調子で男女の生徒に叫んでいる様子である。全てが終わった後でそのことに気が付いたユウシはその場で弁解しようとしたが、騒ぎを聞きつけた教師や衛兵が見えており、それを指摘したシガナに手を引かれるようにして慌ててその場から逃げ出したのだった。


「でも、あそこで見つかっても僕、別に問題なかったよね?」


 むしろユウシは被害者である。冷静になって考えればむしろ誤解を解くことができたのでは、とも思ったが、既にほとんど体力を失っていたので結果オーライだと思いなおすことにした。なお、シガナは半分はユウシを気遣い、半分はこの場を離れた方が後々面白くなりそうだと思ったと語るのは翌日のことである。


「ユカさんもなんだかんだ喜んでたし、まぁいっかぁ」


 あの後食堂に夕食を食べに行ったユウシ達だが、既に噂が出回っていたのか、ユカが一緒にいてもユウシを恐れてか、食事中に邪魔するように話しかけようとする生徒はいなかった。またテイガは謝罪の直後であったために大人しく、ソユノはユウシを恐れて別で食事をとったこともあり、入学して以来夕食を普通の時間に落ち着いて食べられたのが初めてだとユカは喜んだ。そのためユウシは1つ恩返しになったのかな、と複雑な思いではあったが悪いことばかりではないとして、夕方の出来事について考えるのを止めた。なぜなら、如何に頭が疲れていようとも、今はそれ以上に振り返りたいことがある。


「ぼくでも魔法、できたよ……!」


 寝転んだまま机の上を見れば、そこには黒の杖が置いてある。すっかり定位置になったためにこの日持ち帰ってきた後も同じようにおいていたが、今日、それはインテリアではなく、再び杖としてユウシの手に収まり、ユウシに魔法の行使を可能とさせた。長く停滞していたユウシに確かな歩みを進ませた。


「これで、ぼくも、ちゃんとたたかえる……」


 安らかな気持ちで横に慣れるのは、果たしていつぶりのことだろうか。心地よい眠気がユウシに訪れ、大きく欠伸をすると、ユウシは布団の中にくるまった。そうすれば、ユウシの意識が深く沈むまではそう時間はかからず。


「きょう、こそは……ねむれるといいな」


 最後にそう呟き、ユウシは寝息を立て。


 その数十分後。


 ユウシは酷く うなされていた

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