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「ねえ、あそこにいるの、ソユノじゃない?」

「ほんとだ、ユカさん待ってるのかな」

「この時間、いつも通りの食堂。はっ、もうユカさんは食べ終えてんな、これ」

「テイガくん、そんなこと分かるの……?」


 第2週の休日2日目。いつも通りに4人で食堂に来たユウシ達は、いつかのテイガのように食堂の入り口を見張っているソユノの姿を目撃する。そんな彼女が待っているであろうユカがこの時間には既に食堂を後にしていることを知っているテイガは鼻で笑ったが、そんな会話を聞いてか否か、ユウシ達に気付いたソユノが不機嫌そうな顔で歩いてきていた。


「あなた達!ユカ様が来ません!」

「だろうな、ユカさんはとっくに食べ終わってるだろうよ」

「そんな、私も早起きしてすぐ来たのに、それより早いんですか!?」

「さあな。まあ今日は特別遅いのかもな。もう少し待ってみたらどうだ?」

「言われなくても待ちますよ、ふん!」


 テイガは全くそんな可能性があるとは思っていなかったが、まだユカが来る可能性を捨てきれないソユノは待つ気満々のようだ。だがテイガに対抗心を燃やしてそっぽを向いたソユノは元居た場所に戻ろうとしない。テイガは首を傾げて尋ねると、彼女はやれやれといった様子で口を開いた。


「1人で待ってると退屈なんです。ここからでも入り口は見れますし、何か面白い話でもしてください」

「お前なぁ……まあいいや」


 ソユノの自分勝手な振る舞いに頬を引き攣らせるテイガだが、いつまでも来ないであろうユカをこの後待ち続けることになるソユノのことを考えれば、全く怒ろうとは思わなかった。ソユノはテイガの目線が少し優しくなったことに首を傾げたが、その意図にまでは辿り着かなかった。


「で、面白い話をするのはいいけど、例えばどんなだ?」

「あ、魔武戦は?最近のことだし」

「良いわね、じゃあまずは私とテイガの話からかしら」

「知ってますよ、あなた達はそこそこ人気でしたし。……まあユカ様と比べたら全然ですが!」


 ソユノとしても、テイガとモモコが前半戦で活躍していたことは印象に残っていた。だが目の前で褒められて上機嫌そうな2人の様子が気に入らないソユノはユカの名前を引き合いに出すことでその価値を下げようと試みた。そうなれば、テイガとモモコは当然とは分かっていても、他人に言われればあまりいい気はせず。


「分かってるってそんなこと。ただ話にも上がらねえお前には言われたくねえな」

「……ってか、ソユノ、アンタってフーシュみたいに見学だった?」

「出ましたよ、何言ってるんです!?」


 記憶を遡っても思い出せず、モモコは純粋な疑問として尋ねたのだが、ソユノは印象に残らないほど劣っていたと言外に言われた気になって激高し、テーブルに手を突いて立ち上がった。突然の大声に周囲の生徒達がざわつくが、その生徒達の中で、とある1人の男子生徒がユウシ達を見て立ち上がり、近づいて行った。


「モモコちゃん、今の聞き方は良くないよ」

「ご、ごめんね?でもどんな試合だったっけ?」

「ちゃんと球弾の魔法はうまく使えましたよ!」

「あー、見たような気がする」


 誰もこんな試合だった、と説明をしない辺り、実はソユノの試合を誰も思い出せてはいない。だが同時に4人とも頭に引っかかる部分があり、思い出すために質問を続ける。


「それって前半?後半?あと試合の勝敗は?」

「後半ですけど、……負けましたよ、ええ!あなた達と違って負けましたよ!」

「相手は誰よ、私たちの知ってる人?」

「それは!……その」

「は?お前対戦相手なのに名前出てこねえの?」


 言葉に詰まったソユノは目を逸らしたが、逸らした先で目を見開き、立ち上がったままその手を突きだした。


「この人、この人です!私の対戦相手!」

「クロアス、だ。自己紹介をする暇はなかったとはいえ、名前を覚えられていないとは思っていなかったよ」

「ん?……あっ、お前は!ユカさんに告白していた奴!」

「こっ、告白!?」


 クロアスを見たテイガにとっては、試合の印象よりも恋敵としての印象の方が圧倒的に強く、彼に敵意の籠った視線を送る。またソユノもその言葉を聞き、クロアスのことをテイガ以上に警戒すべき異性として認識したが、そんな2人の考えをある程度察したクロアスは苦笑するに留まった。


「ああ、テイガさんは知っていたのか。まあ、相手にすらされなかったけど、ね」

「それも見てたぜ。で、そんなお前が俺たちに何の用だ?生憎ユカさんならいねえぞ」

「はは、なんのことだか。私が話しかけたのは君とモモコさんの魔法について称賛を送りたくてね」

「称賛だぁ?……それは受け取っとくか」


 クロアスがテイガとモモコの魔武戦について口に出せば、テイガはその敵意を解き、モモコと共に聞き耳を立てる。ソユノからは裏切り者を見るかのような視線が来ていたが、テイガは都合よく見えないことにした。


「正直に言わせてもらうのなら、私は魔法についてはウェミナ出身の方々とユカ様といった、噂に上がっていた生徒以外の活躍は期待していなかった。増して成績順と噂の今回の前半戦はね。実際に多くの生徒は球弾の魔法を使いこなせず、見るに堪えないものばかりだった。そんな中訪れた君たちの試合。モモコさんは前半戦ながらに固有魔法と言って差し支えない魔法を用いて武技を扱う相手を圧倒。その発想、とても素晴らしい」

「そ、そうかしら?ありがと、なんか照れるわね」

「テイガさんは繰り出したのが最も簡単な放出魔法とはいえ、詠唱破棄をやってみせた上、ウェミナ出身の生徒の中でもなかなかの腕前を誇ると噂されていたハウターさんを相手に勝利を収めた。正直この私も敵うかどうか怪しいと思わされた」

「まあ、俺は運もよかったけどな」


 言葉巧みに褒め称えるクロアスに、テイガとモモコはすっかり満足げである。そんな2人を見て羨ましそうなユウシと、ユウシを励ますフーシュだが、クロアスはユウシ達にも微笑みかけ、会釈してから話しかけた。


「君たちは魔武戦のときにもテイガさん、モモコさんと一緒にいたね。良ければ名前を教えていただいても?」

「えあっ、ぼ、僕は、ゆ、ユウシです」

「私はフーシュです、よろしくね、クロアスくん」

「ユウシさんにフーシュさん、だね。お2人は確か、魔武戦には出ていない、であっているかな」


 それはなんてことのない質問。テイガとモモコだけではなく、一緒にいたユウシとフーシュとも仲良くなっていた方が都合がいいと思ったためであったが、それは別方向の意味で正解であったと後に振り返る。


「はい、私は癒属性だから、魔法では戦えなくて」

「おや、それは珍しい。少なくとも私の知り合いにはいないな。ちなみにユウシさんは……怪我で出られなかったのかな」

「僕は、えっと。それもあるけど、まだ、魔法が、うまくできなくて」

「……そうか、それは仕方がないね」

「ほんとは、他属性でみんなを驚かせたかったけど」

「他属性?……そうか、君もなのか」

「も?ってことは……」


 クロアスは頷き、自身の学生証を起動してユウシに見せる。そこに示されているのは、平均以上の各ステータスと、魔適性の欄にある、『花』の文字。


「私の属性は魔武戦で見たと思うが、草属性の分岐属性の『花』。その名の通り、植物の中でも花の生成に特化した属性で、私らしい良い属性だと思っているよ」


 そう言って彼が取り出す杖の魔導石は緑色を基調として、ところどころに赤や黄色など、鮮やかな色が散りばめられていた。魔導石に見入っていたユウシだが、子どもからおもちゃを取り上げるようにクロアスは杖をしまってしまう。そして残念がるユウシに属性を尋ねた。


「まさか新規属性ということはないだろうし、一体どの基本」

「あ、新規属性、です」

「属性の分岐、え?」

「その、これです」


 低いステータスを見せたくないユウシは学生証の上半分を隠してクロアスに見せ、クロアスは彼が見たことのない属性である『音』に適性を持つことを知って目を見開いた。


「物語に語られる勇者しか持っていない属性だとばかり思っていたけど……まさか持っている人と出会えるなんて」

「僕もびっくりした。あ、でもクロアスの属性も珍しいよ!初めて聞いたし!」

「そうは言っても、分岐属性はそこまですごくはないさ。なにせ基本属性で再現可能だからね」


 分岐属性は基本属性や発展属性を特化した属性とも言われている。具体的には、特定の魔法、クロアスの場合は『花』に関する魔法を行使する際には適性が低くてもある程度難易度の高い魔法を扱うことができ、また必要な魔力量も若干ではあるが少なくなる。逆に『火』などの他の系統の魔法ほどではないが、『草』で扱える他の魔法の難易度が上がるという特徴もある。


「魔武戦で誰もが注目した戦いを繰り広げたテイガさんとモモコさんに加え、発展属性で最も珍しいとされる癒属性を持つフーシュさん、それ以上に希少な他属性を有するユウシさん。どうやら私が思っていた以上に君たちは凄い集団だったようだ。今日こうして話せたのも何かの縁だ、これからも仲良くしてもらえたら嬉しい」

「!う、うん!こちらこそ!」

「最初見たときはテイガ以上にヤバイ奴だと思ったけど、案外いい奴だったわね!」

「おいこらどういう意味だ」

「だ、ダメですよ、騙されないでください!」


 モモコが冗談を挟みつつ、新たな友情が生まれようとしていた中で待ったをかけたのは、そうは言いつつも褒められるのを期待していたソユノ。しかし自分に対する言及が何もなかったために腹を立ててクロアスを指差した。


「この人はどうせユカ様を狙った悪者に決まってます!こうして仲良くしようとしてるのも、ユカ様に近づくために決まってます!」

「なによアンタ、疑い過ぎじゃない?確かに私もそう思ってたけど、そんなことはなさそうじゃない?」

「いや、私が話しかけた当初の目的はソユノさんの言う通りさ」

「ほら本人もこう言って、は?」


 突然クロアスは自身の目的を自白した。これにはほとんど信用しきっていたユウシ達も驚きを隠せない。ユウシとフーシュが目を瞬かせ、テイガとモモコが困惑しつつも警戒心を高める中、クロアスは静かに息を吐いた。


「いや、おおよそは君たちが考え付く通りさ。ユカ様に振られて以来、どうすればユカ様と仲良くなれるのかを出来るのかを考えていてね。中々名案が浮かばない中、君たちがユカ様とともに魔武戦を観戦しているのを見た。それで君たちと仲良くすれば、いずれはユカ様と再びお話しする機会が得られると、そう思ったのさ」

「……じゃあ、なんでわざわざ今、考えをばらしたのよ?」

「ああ、実際言わなきゃ俺らは割と信用してたぞ?」

「そうかもしれないが、その場合私の目的に気付いたときは君たちとの仲が悪くなるだろう?」


 元々はクロアスはそれでもかまわないと思っていた。健闘したとはいえ、テイガもモモコも実力は平均より上程度。関係が悪化したところで、遥かに上の実力を持つユカと比べればなんてことはない。


 だが話してみれば、共にいる2人はそれぞれ希少な属性を持ってることが分かった。また少し話しただけだが、彼らの人柄も分かり、こちらの顔色を窺ったり機嫌を損ねないようふるまったりすることはなく、話していて心地が良かった。


「今こうして話して気が変わったのさ、君たちとは普通に友人関係を築きたい、とね。こんな気持ちにさせられたのはいつぶりだろうか」

「お、おう。まあ、なんというか……そうか」

「じゃあなによ、ユカのことは諦めたの?」

「そうではない、あの方は諦められるものじゃあない!」


 初めて口調が強くなったクロアスに、尋ねたモモコは呆れ顔である。クロアスは思わず出た自らの失態に焦ったが、すっかり見慣れたその反応を見ても、今更ユウシ達の対応が変わることはなかった、テイガとソユノを除き。


「失礼、取り乱した」

「まあいいわよ、属性的に魔法の話で気は合いそうだし。ただ私はユカとは仲いいし、ユカが嫌がりそうなことはさせないわよ?」

「もちろんだ、私もユカ様を困らせるようなことをする気はないさ」

「はっ、そうやって余裕ぶってるけどな、俺はもうユカさんと友達だからな!」

「なっ……ま、まあそうか、共にいることを許されているのだからな、友達になっていることは例えユカ様とはいえ不思議でもなんでもないさ」


 マウントを取るテイガに、クロアスは自分に言い聞かせるようにして落ち着こうとしていたが、見るからに狼狽えている。そんな彼を見てドヤ顔を浮かべるテイガだが、ここでふと疑問に思ったフーシュが独り言を零す。


「でも、それで言ったらユウシくんはもっと先に友達だったんじゃないかな?」

「ん?ん、んん?」


 テイガとクロアスに凝視され、ユウシは肯定とも否定とも取れない返事をする。それは口の中に食べ物が入っているためでもあったが、テイガがユウシに関してハッとしてクロアスに向き直る。


「そうだ、お前な、男の中で一番最初にユカ様と会話した奴とか言われてっけど、ユウシの方が早ぇから!こいつ、先月中には会話してっから!」

「なんだと!?」

「ん!?……ま、待ってよ、それで言ったらシガナなんて、先月の初めには話してたって」

「シガナァ!あの野郎!!そんな前からユカ様を独占してやがったのか!」

「またその方ですか!ユカ様が魔法を教わったとか言ってましたが、絶対他に何かあるに決まってます!もう、こんなところで待ってられません、探してきます!」

「その名前、まさか座学Aの!?なんということだ、頭が良いだけでなく、男でユカ様と仲が良い!?」


 シガナの名前を聞いて、春中月前半からユカと知り合っていることは初耳のテイガが憤慨し、まだシガナの顔も知らないソユノは一刻も早く確かめなければと食堂を去る。そして名前しか知らなかったクロアスは衝撃的事実に頭が真っ白になりかけたが、ここで魔武戦の観客席でのユウシ達の姿が蘇る。


「……はっ、もしやユウシとテイガの間にいた男子生徒がシガナ!?」

「そ、そう、だけど……あ」


 それだけ大きな声が度々食堂に響けば、生徒達からの視線は集まり、会話主が魔武戦以前から有名で、試合を経てその魔法の完成度の高さから再び名が知れ渡ったクロアス。そして魔武戦以降学校で一番有名と言っても過言ではない人気を誇るユカと共に観戦し、昨日一緒に行動しているところが目撃されたユウシ達。


 そんな彼らが注目されないわけがなく。その中でユカを独占し、ユカに魔法を教え、ユカと仲が良いと話が出れば。観客席でユウシ達と共にいた生徒がシガナだと聞けば。普段目立たないよう行動しているらしい彼の努力は今、全て水の泡と化すのだった。


「ごめん、シガナ……」


 この日、シガナを探す生徒が急増したことで、街に出ていたとの目撃情報が多数寄せられていたとか。だがこの日を境にしばらく音沙汰がなくなり、ユウシ達も魔法の講義はもちろんのこと、休日にも会うことが無くなるのだった。


 ー ー ー ー ー

 ー ー ー ー -


「……行くか」


 ユウシ達が食堂で騒ぎを起こしていた頃、疲れた声の青年が家の戸を押し開け、眩い太陽の光に顔を顰めつつ外へ出た。暗い色の服に身を包まれた彼の服は魔獣の素材でできており、見た目以上の耐久性と防御力を有している。素材となった魔獣はどれも彼が自らの力で倒したもので、かつてはそれが誇らしく、自らの力をひけらかすために着ていた時もあった。しかし今となってはただの便利な服でしかなく、当時の思い出はむしろ思い返すだけで心を蝕んで傷つけた。だが捨ててしまうことはできず、彼は度々この服の袖に片腕を通した。


 外を歩けば、ほどなくして通行人とすれ違う。そのほとんどは揃いも揃って自分を見ると右半身に視線を向けて顔を顰め、かと言って話しかけてくるわけでもなく、通り過ぎて少ししてから彼らの同行者とひそひそ話を始める。それが本人に届いているとも知らずに。彼-トルクトは早く去りたくても痛む足がそれを許してくれないのにもどかしさを感じつつ、今までは路地裏に入って遠回りしてまだ人目を避けつつ冒険者ギルドへ向かっていた、のだが。今日、というより、これから先、ギルドへ向かうことはもう無いだろう。


 彼は冒険者を引退した。あの日、冒険者でもない若い学生の私物の窃盗し、罰だと言わんばかりにゲルセルに打ちのめされた後、街に戻るとギルドへ出向き、彼はステータスカードを返納した。


 当時は深夜と言うこともあり、ギルドには最低限の職員と数える程の冒険者しかいなかった。とはいえ彼らは全てトルクトの知り合いであり、彼の活躍を知っていたために引退を惜しんでいた。だが、誰も止めようとはしなかった。心の中では彼がこれ以上上を目指すことはできないと思っていたのだろう。トルクトもそのそんな彼らの考えを感じ取っていたためか、はたまた罪を犯した自責の念からか、最後に一杯やろうとの元仲間たちの誘いを断り、以降ギルドに近寄ることはなかった。


 そんなトルクトは今、人を探していた。相手は名前も知らない黒の外套の男。唯一知っているのは『殲滅』という裏の組織に属していること。それ以外に与えられた情報は何もない。トルクト自身調べようともしたのだが、他言無用と念押しされていたこともあって人に尋ねることはまずできず、これまで生活してきて耳にしなかっただけあって、少し調べた程度では断片的な情報すら得ることはできなかった。


 そして迎えた当日。常人であれば、名前も分からなければ向かう場所も指定されていない中、目的の人物を探せと言われても、よっぽど運が良くなければ見つけることなどできはしない。だがトルクトにはその問題を解決する手段がある。彼は目立たないよう路地裏に入ると地面にしゃがみ込み、相手の姿を思い浮かべ、静かに呟く。


「-選別し、指し示せ。〈捜索〉」


 目を瞑った彼の脳裏に、矢印で方向が指し示され、トルクトはひとまず安堵した。彼のスキル〈捜索〉にはいくつか発動するための条件があるのだが、あの短い邂逅のなかでどうやらそれらは全て達成できていたらしい。


「あるいは、あの男がその条件を知っていたのか……」


 自分のスキルについてはそれなりの数の冒険者に話した記憶はあるが、その詳細まで話した人物はどれほどいただろう。そこから辿れば謎の組織につながる情報を得られるか、と考えようとして止めた。


「ここまで来たら直接聞いた方が早いか」


 トルクトは歩き出す。会って話して、『殲滅』がどんな組織なのかを見極めるために。確かに自分は稼がなければならず、仕事が無い自分にとってあの男の誘いは今すぐに手を伸ばしたいほど魅力的ではあった。だが社会に知られず、秘密裏に活動している組織など、十中八九碌なものではないことは分かっている。もし重大な犯罪行為を働いているのであれば、トルクトは加担するつもりはないため、組織の概要や目的、規模を調べ、自らの罪と共に衛兵に告発することも考えていた。


 だが、トルクトには1つ、大きな気掛かりがあった。それはあの男が口にした名前。どこでその名前を知ったのか、何かをするつもりなのか。実のところトルクトが一番組織に聞きだしたいことはそれであった。なぜなら、その名前の持ち主は……


「?矢印が壁を指している……?」


 これまで矢印の方向に歩いてきたトルクトが立ち止まる。トルクトのスキルによる矢印は対象までの最短経路を示しており、間に障害物がある場合には、それを迂回するように矢印が表示されるはずだった。しかし今、矢印は壁方向をまっすぐ指しており、その場から少し離れてみても、その壁を指し続けていた。


 トルクトは今までの経験を振り返る。これまでに〈捜索〉がこのように壁を指したことはなかったわけではない。それは魔素濃度が高い場所に稀に自然形成される≪ダンジョン≫と呼ばれる迷宮の探索中、罠で離ればなれになった仲間を探しているときだった。


「あのときは確か、壁に触れたらすり抜けたっけか……」


 入った者が二度と帰らないと恐れられていた迷宮を踏破した記憶が蘇り、懐かしんだのも束の間、もう取り返すことのできない時間だと考え直して切り捨てて、彼は目の前の壁に手を触れた。すると壁をすり抜けることはなかったものの、周囲の壁に触れ、違和感を覚えた。


 矢印が指し示した位置を中心におよそ2メートル前後、壁の手触りが僅かに違うように感じたのだ。見た目こそ周辺一帯全て同じ材質に見えるものの、矢印の場所だけ手触りが他の場所よりも柔らかい印象を受けていた。今までの活動で培われた直感から何かがあるとは分かったものの、しかしどう確かめるべきかトルクトが頭を悩ませていたとき、答えは向こう側から示された。


「ん~、本当に知らない人が来たねぇ」

「!」


 壁の向こう側から声が聞こえるとともに、目の前の壁-ちょうど手触りに違和感を覚えた部分-が砂のように崩れて地面に広がった。トルクトは警戒して砂に触れないように後ろに避けたが、砂はそれ以上動くことはなく、トルクトの動きを見て壁の向こうにいた無精ひげの猫背な男性が中庭のような空間でくすくすと笑っていた。


「大丈夫さ、とって食べたりしないよ~」

「……」

「そう警戒しないでよ。話は聞いてたんだ、君がトルクトくんだね?」

「……ああ、黒い外套の男に会いに来た」

「うんうん、案内するね~」


 彼はトルクトに手招きをし、トルクトは砂を踏み越えて中に入ると彼は傍においてあった大きな杖を手に取る。反射的にトルクトは腰の剣に手をかけるが彼がしたのは単なる戸締り。光らせた杖を壁に翳すと、崩れた砂が逆再生するように壁の見た目に戻っていった。


「じゃあこっちだよ~」

「……ずっと魔法を維持しているのか?」

「ん~?ああ、そうだけど、流石に魔力供給は魔導石を使っているよ。ほら」


 魔法は使用者が込めた魔力が尽きれば、形を崩して宙に溶け、魔素に還ってしまう。そのため魔法を維持するためには多大な魔力を込めて壁を作るか、魔法継続により魔力を込め続けるかしか方法はなく、どちらにせよ男性の保有魔力量がそれほどに多いのかとトルクトは疑ったが、男性は少し離れた足元にある魔法陣の上に置かれた魔導石を指差した。


「本当は魔法陣だけで作ってもいいんだけど、僕が作ることで触れた人を感知できるからね~」

「……そうか」


 ただの初級魔法に見えたそれはセンサーの役割を有しており、平然と言う男性の魔適性の高さが窺える。また再び魔導石に視線を移せば、その魔導石の向こう側の魔法陣も見えるほどに透けており、使い捨ての電池のような役割で使われるにしては質が高いようにも思える。それはつまり、その品質の魔導石を入手することは容易であると示しているようで、トルクトの警戒意識は数段階上に高まった。


 そんなトルクトの意図には気付いていないのか、男性は鼻歌を歌いながら、トルクトを小屋の中へと案内する。何の変哲もない小屋ではあるが、トルクトがいつでも動けるようにと身構えて入れば、薄暗い部屋の中には先ほどの男性を除き、男が2人と女が1人、それぞれソファに腰かけてこちらに視線を向けていた。


「ほ~らみんな、連れてきたよ~」

「ふぅん、これが〈捜索〉持ちかぁ、なかなか良い男じゃん」


 無精ひげの男性の言葉に、トルクトの全身を隈なく見て怪しく微笑む薄着の女。タンクトップの彼女は素肌を惜しげもなく晒しており、その艶やかさにトルクトも一瞬目を惹かれてしまった。


「……ハッ、冒険者崩れだろ?どうせその見た目じゃまともに戦えないに決まってる」


 不機嫌そうにこちらを睨んでいる筋骨隆々とした大男。身長は2メートルに迫り、丸太のような両腕両脚を持つ彼が動くとソファは音を立てて軋んだ。


「君とは役割が異なるのだよ。さてトルクト、まずは君の来訪を歓迎しよう」

「……あんた、まさか」

「ああ、流石に気付くか」


 最後に部屋の一番奥に座っている男性がトルクトを受け入れる仕草として両腕を広げたが、3人の顔を順番に見ていたトルクトは、彼の違いに気が付いた。


 最後に話しかけた男性、その両目の結膜が黒く染まっていたのだ。また長い髪の合間から長い耳が出ており、側頭部には尖った一対の角のようなものが見えている。話には聞いたことがあったが、実際に初めて見るその相手にトルクトが言葉を失っていると、相手の方から自己紹介するようにその素性を明かした。


「そう、私は魔人族。とはいえ、その力もほとんど失われた絞りかすのようなものだ」

「それは、どういう……」

「続きは君の返答次第。返事によっては家には帰すが、私たちの名前も教えることは出来ない」


 遥か昔に戦争の記録が残される人間族と魔人族の関係は以降良くも悪くもなっていない。相互に侵攻はしておらず、ただ獣人族とは異なり種族間交流のない魔人族は人間領への立ち入りを禁じている、とトルクトは記憶している。つまるところ、今目の前に魔人族の男性がいる、というだけでも重大な違法行為であると言える。そのためここで踵を返し、信用されるかどうかは別として衛兵に報告する選択肢もあるということ。


 しかしトルクトは驚きこそしたものの、今、ここで引き返すわけにはいかない。なにせ一番知りたいところは別にあるのだから。トルクトは深く腰掛けたままこちらを見据える魔人族の男性に頷くと、トルクトは真右を向き、部屋の壁を指差した。そこには精々外の光による影ができていただけであり、行動の理由を理解できない女性と大男はトルクトの奇行に首を傾げたが、魔人族の男性は口角を上げて拍手した。


「素晴らしい、君のスキルは本物のようだ」

「証明出来てなによりだ」

「あー、そういうこと」

「なんだ、分かってねえのは俺だけかよ」


 魔人族の男性の言葉に納得した女性と、不満そうな大男。どうやら大男はスキルの内容について聞かされていないようだったが、その説明をする前に、トルクトの指差した壁の前で、影の中から黒の外套の男が姿を現した。


「詳しい話を聞かせるための条件、俺をこの街で探し出すことを達成したな。影に潜んだこの俺を見つけることができるとは、お見事だ」

「こういうことだ、分かったかね」

「は、はいはい、感謝しますよ」


 魔人族の男性の微笑みを受けて頬が引き攣っている大男。そんな彼を見やった後、魔人族の男性は再びトルクトと向かい合う。


「それじゃあ自己紹介から始めようか。私は裏組織『殲滅』を指揮する者、魔人族のダレンダス。さてトルクト、君の知りたいことを答えられるだけ答えてあげよう」


 薄々予感はしていたが、やはりこの魔人族の男、ダレンダスが組織のトップだったようだ。トルクトは出会った初日に一番上の人物と会えるとは思っておらず、カミングアウトに息を呑む。ダレンダスはそんなトルクトの一挙一動に反応せず、ただただこちらの問いかけを待っているようだ。トルクトは覚悟を決め、彼に質問をし始める。


 質疑応答の末にトルクトが選ぶ答え。それはトルクトを含め、誰にも分る筈がないのだが、黒の外套の男は既に答えを確信し、影の中でその目を細め、微笑を浮かべていた。 

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