33
ハウター。目の前の男子生徒の名前である。ウェミナの街の出身の彼と、テイガは何の面識もない。……そのはずだった。
『2人とも、準備ができたみたいだね!それじゃあ魔武戦、スッタート!』
「オッラァ、消し飛べッ!-俺の魔力!その力を岩に変え、撃ち出せ!『岩球』!」
「うおっ!?」
茶色の杖から少し暗めの光が放たれ、彼は岩の塊を撃ちだした。その岩球はところどころが鋭利に尖っており、にもかかわらず正確にテイガのもとへと飛んでくる。その速度も中々のもので、テイガは魔法の発動を中断し、余裕を持って岩球を避ける。するとそこそこの距離が離れているはずなのに、テイガの元まで届く舌打ちの音。
「クソが!避けんな!喰らえ!その顔をボコボコにしてやっからよ!」
「は、はぁ!?おれ、なんかしたかよ!?」
「何しらばっくれてんだ、ふざけんなッ!-俺の魔力!その力を岩に変え、数多くの球を作り出し、次々と撃ち出せ!『岩球群弾』!」
「っ!」
先ほどよりも強い輝きを持った杖から放たれたのは、まるでユカの火球乱舞をそのまま岩石に置き換えたような魔法。幸いテイガを追跡することはなかったが、それらは掠りでもすれば一撃で敗北させられそうなほど凶悪な形をしており、テイガは攻撃する間もなく、回避に専念せざるをえなかった。
「避けんなっつってんだろ!!」
「避けるに決まってんだろ!?」
「ッだー!クソ野郎の癖してちょこまかとッ!」
『さあ、初級応用魔法『球群』を使いこなすハウター!どれもが正確に狙ったところへと飛んでいて、これにはテイガは魔力を込める隙も無く、逃げ回ることしかできない!これはテイガが捕まるまでは時間の問題かー!?』
ハウターの魔法の腕は事前評価を裏切らない確かなもので、飛んでくる1つ1つの魔法が正確にテイガがいる位置を目掛けて飛んできている。増してその形状は新たに生み出されるごとに角が増えていき、もしかすれば御守り石の防壁を貫通してしまうのではないか、といった可能性すら思わせる。
そんな2人の戦いを見て、観客席の生徒達はユウシ達を除いてハウターの勝ちを確信しており、その魔法の精度に感動していた。実際フュルカも彼の魔法を褒め称えていて、ユウシ達もテイガを心配して息を呑む。
だがそんな生徒達の予想とは異なり、走り回るテイガには攻撃が当たらない。それがまぐれではないことは息を切らすこともない彼の表情から分かることであり、観客の生徒達も次第に違和感を覚え、ハウターの勝利を疑い始めた。
「……これも避けんのかよ」
テイガの進行方向を予測し、その先へと放った一撃も、テイガが急停止するように減速したために目の前を通り過ぎただけ。そうして回避を続けた結果、ついに杖に込められた魔力がなくなり、彼は岩球群弾を止めざるをえなかった。
ハウターの杖から光が消え、彼が再び魔力を込めている間にテイガは彼に近づく。ハウターは杖を前に構え、いつでも最低限牽制に使える魔法を発動できる用意をしたが、今のテイガにはまだ、攻撃の意思はなかった。
「なあ、忘れてたら謝るけどよ、マジで恨まれる心当たりねえんだけど!」
「はあ!?ふざけてんのか!?」
「本気だよ!」
『おっと、何やら揉めている様子!だけど発動準備で隙が大きいハウターに、テイガは攻撃をしかけない!』
「……はっ、それなら教えてやんよ」
フュルカの実況を聞き、テイガが攻撃を仕掛けてこないことを好都合に思ったハウターは杖に魔力を込め続けたまま、テイガに憎しみの籠った怒りをぶつける訳を話す。
「お前、試合前に御守り石を受け取ったよなぁ」
「そりゃ、そうだな?」
「誰からだよ」
「は?……俺の友達だけど」
「普通は先生から受け取るもんだろ、なあッ!?」
「お、おお?」
第1回である今回にモモコから受け取ったテイガはそのことを知らないが、控室に先生がいたことから、冷静に考えてその通りと頷く。そんな態度が更に彼の逆鱗に触れたのか、彼は地団駄を踏むように、何度も強く地面を蹴りつけた、
「大事な!模擬戦の前に!女とイチャイチャしてんじゃねーぞっ、ゴラァッ!?」
「……ん?」
テイガからすればイチャイチャした記憶もなく、ハウターの怒る要因は全く持って理解できなかった。しかしハウターには違って見えていたのである。
ウェミナの街出身である彼は分岐属性に適性を持ち、その属性も『岩』と、使い勝手がいい上に、魔法の構築のイメージがつきやすいものだった。しかし彼自身は秀でた魔法のセンスはなく、あくまで平均か少し上程度。そんなハウターが、住民の多くが多少なりとも魔法を使える街で将来有望な天才などと言われることはなく、それ故にウェミナの才色兼備の天才少女、レイアに心惹かれたのである。
しかし何度か話しかけようとしたことはあったが、剣も魔法も修める彼女は忙しく、会話できたのは自己紹介をした最初の十数秒の間だけ。それ以来、彼は遠巻きに彼女のことを眺めることしかできず、彼女がラルドに入学する噂を聞いて自らも後を追うように入学したが、今日この日までに関係を進めることはできなかった。
そんな学校生活にやきもきしていた今日、魔武戦という自らをアピールするチャンスができた。もしもこの魔武戦で先生が驚くような魔法を披露すれば、レイアもきっと自分のことを見てくれる。そう意気込み、ハウターは高鳴る心臓をなんとか落ち着かせ、万が一にも失敗しないようにと、深呼吸しながら控室に入った。
そこで見たのは、先ほどすごい活躍を見せた女子生徒。モモコという名の彼女が繰り出した、中級魔法に匹敵しそうな『木葉手裏剣』に感心した記憶は新しく、ハウターはそんな彼女が自分の応援のために残ってくれたのか、と胸が熱くなる。こちらの足音に振り向いた彼女の顔はレイアに劣らず可憐であり、ハウターはしかし、自分には好きな相手がいるのだと惑わされる心を宥めた途端、彼女は急いで席を立ち、その場を去った。
応援の言葉を貰えなかった彼は落ち込み、それでも見てほしいのはレイアだと改めて思いなおすことで精神の安静を取り戻す。だが準備を終え、いざフィールドに出れば、反対側の控室が遠くから見え、そこにモモコが現れたことに気が付いた。
彼は目を見開いた。モモコはテイガに握りしめていた御守り石を差し出していた。そしてテイガと楽しそうに笑いあっていた。自分はまだレイアと話すことさえできていないのに。対戦相手は楽しそうに可愛い異性と語り合っている。腹立たしい。負けるものか。負けてたまるものか。あんな浮ついた野郎を、絶対に許してやるものか!
「……いや八つ当たりじゃねえか!」
「うるせえッ、リア充は惨めに負け姿をさらしやがれッ!」
テイガからすればたまったものではない理由で恨まれていたことを知り、即刻認識の訂正を求めようとするが、テイガは気付く。ハウターは杖から眩しい程に光を放っていたことに。それはユウシの魔力暴走ほどではないが、逆を言えばそれだけ安定した何かが飛んできてもおかしくはない。
「さっきは避けられたからなァ、今度こそ貫かせてもらうぜッ!-俺の魔力!その力を岩に変え、数多の岩石を作り出せ!鋭利に尖り、高速に撃ちだし、敵を貫け!『速・岩球群弾』ッ!」
『おおっ、これは先ほどの倍以上の速度!流石にテイガ選手も逃げきることはできないかぁ!?』
視界に捉えるのも難しいような速さで撃ち出された岩球がハウターの杖から放たれ、あっという間にテイガ眼前に迫った。速度を上げても狙いは外れずテイガの心臓を捉えており、テイガは心の中で小さく拍手をした。
テイガは瞬時に身を屈め、迫る岩球の横をすり抜ける。その瞬間、ハウターはニヤリと笑みを浮かべ、それまで1つだった岩球を同時に2つ撃ち出した。完全な不意を突いた一撃。ハウターはそう思い込んでいたが、顔を上げたテイガの顔からは余裕の笑みが消えなかった。
「……すげえけど、な。これはまだまだ、アイツほどじゃねえ」
「なんだ、命乞いでもする気か!」
「ハッ、これで勝ったと思ったら大間違いっつってんだよ!」
小声のテイガの呟きを勘違いしたハウターにテイガは叫ぶと、着弾まで数秒もない岩球を目前にして、いつの間にか光を灯していた杖を後ろに向け、その魔法を叫んだ。
「-『追風』!」
『なんと!テイガは向かい来る2つの岩球を、突然の加速で難なく回避ー!』
「なっ!?」
詠唱省略を飛ばし、詠唱破棄により、魔法名のみで発動された『追風』の効果はいたって単純で、テイガの背後から強風を吹かせ、テイガの加速を助けると言ったものだった。着弾点の目測を大きく変えるほどの瞬発力を得る程の風量ともなれば、普通は風に煽られて姿勢を崩してしまうが、テイガはそんな失敗をすることなく、見事に魔法をものにしていた。
テイガがこの魔法を練習するに至った理由、それはゲルセルに打ちのめされたことである。動き出してからでは視界に収めることすらできなかったテイガだが、心の中で彼はゲルセルと正面から戦って勝つことを目標としていた。それも魔法で勝つのではなく、武器を持って対面して勝利するのが条件である。なぜなら、後ろの仲間を傷つけることなく、戦いを終わらせることができるから。
テイガは魔法の講義で咄嗟にこの魔法が出せるよう、詠唱破棄ができるように練習し、体勢を崩さずに駆け抜けることができるよう、何度も魔法を発動しては転ぶことを繰り返した。またこの練習にはフーシュも協力しており、フーシュの制御の限界の速さで癒球を動かしてもらって避けてみたり、転んだあとの怪我をフーシュに治してもらったりしていた。
講義時間を余すことなく使い尽くしたことや元々運動神経はいい方だったこと、常に気を引き締め、真面目に練習し続けたことが良い方向に働き、テイガは1週間に満たない期間ではあったがこの魔法の習得に成功。その結果、ハウターの手強い魔法をものともせず、立ち回ることを可能としていた。
「そんな、こんなはずじゃ!」
「おいおい、制御が甘いんじゃねえのか!」
ときに風の強弱を変えるフェイントを挟むことで、テイガは更にハウターの意識を攪乱する。ハウターはこの想定外の事態に取り乱したのか、やがて飛んでくる岩球の狙いが逸れるようになり、テイガはその隙を見逃さずに少しずつ距離を詰め始めた。
ついに先に限界が来たのはハウター。その魔法を構成する魔力が尽き、また魔力を込め直さないといけなくなり、彼は慌てて両手で杖を構える。すると彼はすぐに岩球1回分の魔力を込めることは出来たが、既に数メートルの距離まで近づいていたテイガを捉えることはできず、その1発は虚空に飛んで行ってしまった。
「まだだ、まだ俺の魔力は!」
「終わりだ、ぜ!」
「っ!?」
手の触れそうな距離で声を聞き、ハウターは追い払うように杖を声の元に振ったが、テイガはその間合いから1歩離れていた。そしてハウターの振り切った手に収まっていた杖を下から弾き飛ばすようにして、テイガは杖で叩く。数秒後、ハウターの杖が地面に落ち、静寂の中で音を立てて転がった。ハウターはそれでも抵抗しようと杖に手を伸ばすが、いつの間にか剣を抜いていたテイガがその首元に剣を添えていた。
「残念だったな、俺はもう、成長してんだよ」
『……そこまで!御守り石は起動してない、が!もうこれは決定だ!この第1回とは思えない激闘を制したのは!風属性の魔法使い、テイガーっ!』
「っしゃあっ!」
テイガが高く手を掲げれば、観客の生徒達から大きな拍手と声援が送られた。見事な番狂わせに退屈していた生徒達もすっかり目を覚まし、冷めやらぬ興奮のままに試合の感想を語り合っている。1つ前の試合も合わせ、今日この日、テイガとモモコは埋もれていた才能として、先生や生徒達の間で広く名が知れ渡ることとなったのであった。
「……」
「ほら、お前も控室に戻れよな」
試合終了から少し経ち、次の生徒の呼び出しが終わっても、ハウターはよほどショックだったのか、立ち上がることも忘れてその場で放心していた。そんな彼に、テイガは転がっていた杖を渡し、手を差し伸べて引き起こす。するとテイガと目を合わせた彼は自虐的にから笑いをした。
「は、ははっ。運動も魔法もできて、顔が良くて気も使える。そりゃ、彼女もいて当たり前だよな」
「あ?彼女?そんなんいねえよ」
「え、じゃ、じゃあさっきの人は……」
目を丸くしたハウターの言葉で、ようやく試合中の彼の言動を理解したテイガは困ったように頭を掻いた。
「あいつは俺の幼馴染だ。別にそういう関係でも、なんでもねえよ」
「でも、そっちは相当仲が良さそうだったし、俺は羨ましかったよ」
「なんだ、お前は好きな奴がいるのか」
テイガに言い当てられたハウターは動揺して視線を左右に泳がせ、それでも顔を俯かせながらも小さく頷けば、テイガは思わず吹き出した。
「ああ、なんだ、突っかかってきたのはそういうことかよ!」
「わ、悪かったな!」
「いや、いいぜ、そしたら俺も相談に乗るし、お前の恋路に協力してやるよ」
「ほ、ほんとか!?」
「ああ、任せとけ!」
テイガは自信満々に胸を叩き、ハウターは希望に満ち溢れた表情でテイガと固い握手を交わす。
「俺はテイガだ、よろしくな!」
「ハウターだ、ウェミナ出身だし、魔法の相談ならある程度は答えられるぜ!」
「ウェミナか!あ、じゃあレイアさんのこととか教えてくれよ!」
「え?」
「ん?」
ハウターは硬直した。なぜ、協力すると言ったそばから、意中の相手のことを聞き出そうとしているのか、と。
テイガは勘違いしていた。ハウターはもしかして、モモコが好きなのではないか、と。だから、正直に答えた。
「いやあ、どうしてもレイアさんの噂ってここに来てからの話が多くてさ、1回は街でどんな感じだったかとか、聞いてみたかったんよな~」
「……は、テイガ、お前まさか、それが目的で……?」
「そりゃ協力するからには、こう、貰えるものがあってもいいだろ……おい、ハウター?」
「お前を少しでも信じた俺が馬鹿だったよっ!」
ハウターはテイガを嫌な人間だと再認識し、テイガの手を振りほどいて控室に駆けこんだ。訳の分からないテイガは首を傾げるも、ひとまずは勝利した喜びを改めて噛みしめ、帰りを待っているであろうユウシ達の元へと戻るのだった。
ー ー ー ー ー
「おかえり!テイガ!」
「遅いわよ、なにやってたのよ」
「いや、対戦相手がちょっと……いやなんでもない」
「なによ?……まあいいわ、それよりよく勝ったわね!」
通り過ぎる生徒達から快い褒め言葉を貰いながらテイガが帰ってくれば、ユウシ達もテイガの戦いぶりを褒め称えた。
「俺は実際賭けではあったな、実戦で使うの初めてだしよ」
「ま、私の魔法ならアンタにも負けないと思うけど!」
「はっ、あんな魔法突風吹かせて吹き飛ばしてやるよ!」
そういって笑いあい、テイガは席に着き、興奮するユウシを宥め、ユカに感想を求めてそっけなく返されて落ち込み、モモコとフーシュに呆れられ、シガナが鼻で笑ったのに突っかかっている中も、もちろん模擬戦は進んでいく。
モモコとテイガの試合から数試合が終わったが、その内容は良くも悪くも通年の第1回の魔武戦らしいものだった。すなわち、球弾魔法は8割方命中し、武技は相手とある程度切り結ぶことができていたのだが、どれも2人の試合のような盛り上がりはない。そのため眠気を催す生徒はあまりいなかったものの、ほとんどの生徒が物足りなそうに試合を観戦していた。
「これは私達、そうとういい結果を残したんじゃない?」
「ああ、他の生徒達の反応見ても間違いないな!」
「もう、ちゃんと見ないと失礼だよ」
「でも正直、見て学ぶとこあまりないわよね」
すっかり調子に乗っているモモコは眼下で初級魔法を外した生徒に視線を移したが、すぐにまた横を向いて雑談しようとしている。これにはフーシュは困った様子で、それでもちゃんと観戦をしているユカやシガナを指差した。
「モモコちゃんも2人を見習って」
「ほら、今外したのは球形の形成に意識を割き過ぎて相手の動きをちゃんと見てなかったからだよ」
「ほんとですね、案外上からでも人の視線の動きは良く分かるものですね」
「ただ相手も相手で制御が甘いね。外した隙を狙おうとしたんだろうけど」
「確かに魔力を込めすぎてますね。今のところはもう少し少なくても……」
想像以上に集中して試合を観ている2人に、モモコは若干引いていた。
「……えー?そんなの考えながら見てて、面白いの?」
「はい、こういった積み重ねが自分の成長につながっているので」
「自分は時と場合によるよ。今はこうでもしないと暇だし」
「なんでもいいけど、アンタたち前後で喋ってて話しづらくないの?私、位置変わろうか?」
「止めてください」「遠慮するよ」「いいのか!?」
『さーて次は午前中最後の魔武戦!その生徒は大剣使いのグランと雷魔法と剣の二刀流、タリユス!』
手を挙げたテイガの肘を逆向きにモモコが曲げようとしていると、フュルカから見逃せない試合のアナウンスが為される。これにはユウシ達だけでなく周りの生徒達もざわめき立ち、既に盛り上がる試合が行われるのを確信して2人の登場を今か今かと待っていた。
「この2人が戦うのって、入学式の日以来かな!」
「そういえばあのときも戦ってたわね」
「あのときはグランは嫌な奴なのに完勝だったよなー」
「あ、2人が出てきたよ!」
フーシュに言われてフィールドを見れば、グランは戦い方が変わらないのか背中に大きな剣を背負っている。対してタリユスは黄色の魔導石の杖は変わらないが、腰には片手剣を携えている。いつもと変わらず落ち着いた様子のグランに対し、タリユスは緊張からかまだ身体が堅そうだが、タリユスを応援する声が聞こえたのか、手を振って答えると、その場で小さく跳んで準備運動を済ませた。
『さあ!午前中最後はどちらも武技でよく見てきた2人の生徒の戦い!これはボクも楽しみだ!それじゃあ!魔武戦!スッタート!』
「今度こそ!僕の強いところ、あなたに見せます!-僕の魔力!その力を電気に変え、彼の者へ解き放て!『電撃波』!」
「そんな攻撃、俺には届かねえ!はああっ、〈魔法切断〉!」
開始早々タリユスは杖を構え、グランに雷魔法の一撃を放つ。グランは迫る電撃に怯むことなく、大剣を掲げて1つ言葉を唱えると、魔法に向かってその剣を振り下ろす。そうすれば魔法は大剣によってかき消され、観客の生徒達は驚きの声を上げる。だがユウシはこの光景に見覚えがあり、わくわくした顔でテイガに話した。
「ねえ、これ!入学式の後の!」
「ああ、でもこのままだったら、タリユスのやつ負けねえか?」
「いや、さすがにそうはならないみたいね」
入学式の日の夕方に行われた諍いを再現するかの戦いに、その当時直接見ていた生徒達はより盛り上がっており、その後の展開に注目していたが、魔法を放ち、タリユスは呆然としてはいなかった。今度はグランも手加減なくその大剣をタリユスに振り下ろし、タリユスは攻撃を見切って、軽い足取りで攻撃を躱した。
「ここからはあなたの知らない僕の姿です!」
「ああ、かかってこい!」
タリユスは杖をしまって片手剣を抜き、グランも決して油断することなく大剣を構えて向き合い、彼らは今、試合を始めた。
『タリユスが剣に持ち替えて始まった剣と剣のぶつかり合い!ただしその戦い方は全く違っている!』
グランは愛用しているその大剣を、重さに振り回されることなく使いこなす。腰を低く落とし、どんな攻撃も受け止め、いなし、時には大きな体格と力強さを生かした強烈な一撃を繰り出す。
対してタリユスはその身軽さを生かして一撃離脱の戦い方を選ぶ。左右にステップを踏んでフェイントとし、グランの隙を窺っては、首から足元まで、空いている箇所ならどこにでも斬りかかった。
その読み合いの緊張感は遠い観客席にも伝わり、誰もが一挙手一投足を見逃さないようにと黙り込み、競技場にはタリユスの足音と、グランが攻撃を防いで剣同士がぶつかる音だけが響き渡る。そんな戦いは堅い守りのグランがやや優勢のように見えたが、守りを崩せないタリユスもそのように考えており、一度大きく後ろに下がると息を整えた。
「さすがはグラン、そう簡単には勝たせてくれませんね!」
「ああ、ソラルノの戦士としても勝たねえとな!」
「このままでは正直厳しいです、ならばこうしましょう!」
一度剣を鞘にしまったタリユスは再び杖を構え、魔力を流して光らせる。本来ならば今ここで斬りかかってもいいのだが、グランは大剣を地面に突き刺し、余裕の笑みで話しかけた。
「お、また『電撃波』か?」
「いえ、違いますよ。-僕の魔力!その力を雷に変え、僕を強化し、雷光の如き俊敏さをもたらせ!『雷速脚』!」
「!」
タリユスは杖を両足に翳せば、魔導石が光り、その光はタリユスの脚に移っていく。やがて魔導石が光を失えば、タリユスの脚の周りでスパークが走った。それはすなわち、魔法を身に纏っているということ。傍から見ればとても危険な行いに、観客の生徒達はどよめいた。
「ね、ねえシガナ、あんなことしてタリユスは大丈夫なの!?」
「……んー、原理としては魔力体外流動を応用した魔法装纏に近しいし、大丈夫ではあるんだけど」
魔法装纏はその名の通り、魔法を身体に纏う技術のこと。魔力体外流動で身体の外にまで魔力の流れを拡張し、その魔力を用いて常時発動する魔法を服を着るように纏うのだが、これは多くの生徒が心配するように、失敗すれば魔法が身体をズタボロに傷つけることとなる。その制御には、上級魔法を扱えるほどの魔力操作の技量が要求されるのだが、事実タリユスはそれを成功させ、その脚に魔法を纏っていた。
「どうやら僕は体質的に、この魔法が得意みたいで。まあ、使った後は筋肉痛が酷いので、できるだけ早く済ませましょう」
「……ハハハっ、細けえことは分からんが、なかなか厄介そうじゃねえか!」
「それでは行きます!」
「っ!」
グランが反応できたのは、半分は慣れ、半分は偶然だった。瞬く間に数メートルの距離を詰めたタリユスは袈裟切りにするような太刀筋でグランに斬りかかり、グランはタリユスの振り上げた剣の動きから、なんとか大剣でそれを防ぐことに成功した。
「やりますね、ではこれはどうでしょう!」
受け止められたことに目を丸くするも、明らかに今までと違うグランの表情を見て口角をタリユスは後ろに一歩跳んで下がり、それだけで十メートル程の距離を取ると、グランを中心として高速で回り始めた。それは全方向からの攻撃を可能としていることを意味しており、グランは本気で相手をしないと勝てないことを悟ったのか、表情から余裕が消え、また視界に頼っても意味がないと考え、彼は半分ほど目を閉じて耳に意識を集中させた。
「……ここだっ!」
「っ!?」
「ハッ、聞こえるぜ、お前の音!」
グランは再びタリユスの剣を受け止め、弾いた。タリユスは驚き、体勢を崩したが、すぐに踏み切ってその場を離れると、再びグランの背後を狙おうと周りを動く。しかし何度も同様に攻撃を仕掛けるが、そのどれもをグランは対応して見せた。
「おい、あれどうやってんだよ」
「グランっていい意味で頭おかしいのかしら?」
「いや、これはタリユスの動きに欠点があるね」
「欠点?」
シガナは頷き、ユウシに説明する。
「グランを全方向から攻撃できるように周囲を回ってるんだろうけど、走る速度が一定だから、目の前さえ見てれば足音だけでおおよその居場所が判断できるし、踏み込みの時は力がこもってちょっと音が大きいね」
「お、おう」
「それにタリユスさんは一撃離脱を意識しすぎて一度防がれたら、反撃を恐れてしばらく距離を置いていますね」
「そうだね。あの歩幅なら、グランが振り下ろしたところを狙った方が強そうかな」
「ほ、ホントによく見てんのね……」
モモコはすぐ近くにも頭がおかしい人がいる、とは口に出さなかった。
「でも、グランくんも攻撃できないし、このあとも試合は長引きそう」
「そんなことはないかな。もう1つの弱点にグランは気付いてそうだし、次かその次ぐらいには決まりそうだね」
「ふぇ?そうなの?」
そう言われてフーシュがフィールドを見れば、タリユスが限界まで加速しているところで、グランは完全に目を瞑って集中していた。
「はあ、はあ、これで、決めます!」
自らの弱点に気付かないタリユスは目を閉じたグランの意図を掴めずに戸惑うも、それがチャンスであると思いなおす。また脚力は向上しても、他の身体機能はそのままなため、息が切れ始めたタリユスが全力を出せるのは次が最後であり、そのために残る力を振り絞っていた。
「……!」
「予想通り、だな!」
「くっ!?」
タリユスは剣を固く握りしめ、そして剣を振り上げてグランに斬りかかる。狙うのは一番反応しにくい背後。だがグランはまるでその攻撃を知っていたと言わんばかりにタイミングよく反転し、力を乗せた大剣を下から上に振り上げ、上から斬りかかるタリユスの剣に合わせた。その結果、タリユスは力に耐えることができずに剣を手放してしまい、タリユスの剣は大きな放物線を描いて遠く後ろに飛んで行く。
そうなれば反射的にタリユスは飛ばされる剣を目で追ってしまい、ちょうど魔法の効力も切れて脚から光が消えたため、グランはタリユスの足をひっかけて転ばせ、自らの体験を顔の横に突き立てた。迫る大剣にタリユスはビクッと震えたが、それが顔の横に立っているのを見ると、まだ手元に杖はあったが、魔力も込めていない状態では何もできないと判断し、そっと杖を地面に置いた。
「なかなか上手かったが、今回も俺の勝ちだな」
「……はい、降参です……」
『と、いうわけで!とっても白熱した今回の試合は、グランの勝利ー!』
魔法と武技の高レベルな駆け引きを見せたグランとタリユスに、生徒達は惜しみない拍手を送った。グランは拍手に手を挙げることで返事としていたが、タリユスは負けた悔しさから、仰向けのまま腕で目を覆っていた。
「おい、いつまでも負けたことを気にしてんなよ。ほら、お前の剣」
「!あ、ありがとう……」
グランはいつの間にか剣を拾っており、タリユスは身体を起こしてそれを受け取る。だが剣を受け取っても彼の手はまだ伸ばされたままであり、タリユスが戸惑っていると、グランは更にその手を突きだした。
「実戦で負けたわけじゃねえんだ、今後にいくらでも繋げられるだろ?ほら、手ぇ貸すから、さっさと立ち上がれよな」
「は、はい」
タリユスは少し迷ったが、結局グランの手を借りて立ち上がる。その手はタリユスの手を包み込めるほどに大きく、またその硬さにタリユスは驚く。それと反対のことをグランは感じたようで、タリユスが立って手を放してから意地の悪い笑みでタリユスの顔を覗き込んだ。
「ま、そもそもお前は剣を握り足りねえみたいだな」
「よ、余計なお世話です!」
「ガハハハッ!」
豪快に笑ったグランと顔を赤くしたタリユスはそれぞれ控室に戻り、午前中最後の試合は終了した。
午前中の試合を終え、生徒達の中では、自らより優れた魔法や武技を見て舞い上がる者、落ち込む者、憧れる者、見惚れる者など、心に抱く感情は人それぞれである。ただしこれらはまだ前半戦に過ぎず、後半戦には生徒のみならず、先生達の間でも話題となっていた生徒達の戦いが待ち受けている。果たしてどんな魔武戦が繰り広げられるのか、その展開を知る者は、対戦相手を定めた者も含め、誰一人としていなかった。




