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初投稿から1ヶ月が経ちまして、近いうちに毎日投稿の形式を変えることになりそうなことを前もって報告させていただく(もしくは文量を減らすかもしれないが予定は未定)
「ふぁああ……」
「ユウシくん、元気出して、ね?」
「いや、あいつただ眠いだけだってよ」
「ふぇ?」
目を擦っていたユウシを心配したフーシュだが、テイガの言う通り、ユウシはただ寝不足なだけだった。
「ユウシが言うには魔武戦を見るのが楽しみで寝られなかったんだと」
「子どもじゃない」
「違う!」
「はいはい」
レイア達と会った翌日まではまだ治る可能性を捨てきれなかったユウシだが、その次の日ともなると、腕の痛みはある程度引いていても、ユウシは完治にはまだ早いことを理解せざるを得なかった。また怪我に意識が割かれる余り、魔法の制御はこの週ではほとんど上達せず、万が一出られたとしても、戦いに出せる安定した魔法はまだ1つも完成していなかったのである。
そうなればユウシも昨日のうちに諦めがつき、ひとしきり落ち込んだ後、テツジが挙げたユカやレイア、セキア達、またそばで練習してきたテイガや秘密の特訓を重ねてきたモモコの戦いが楽しみとなり、その結果が今の寝不足ということらしい。
「朝からそんなんで大丈夫なの?」
「さあな、まあそのうち元気にはなるだろ、たぶん」
「あれ、ユウシ、元気ないの?」
「あ、シガナ」
「すごいフツーに会話に入ってきたわね、ってか今週どこにいってたのよ?」
「それは秘密かな~♪」
食堂を出て会場に歩く4人を見つけたシガナが近寄って話しかけた。シガナは先週ギルド前でユウシ達と別れた後、今日この日まで姿を現さず、魔法でアドバイスを欲していたモモコは少し不満げに尋ねたが、シガナは話そうとしなかった。その態度に少しイラっと来たモモコが彼を捕まえようとし、シガナは難なく避けていたが、ふとユウシの怪我に気付いて立ち止まる。
「あ、それがゲルセルにやられたって怪我?」
「え、そ、そうだけど、どうして?」
「何があったのかは大方ユカさんに聞いたよ」
「おま、まーたユカさんと話して……はっ」
以前似たやり取りをしたときには近くにユカがいたことを思い出したテイガはすぐさま周りを見渡した。そう都合よくいる筈はない、と薄々思っていたのだが、そんなことはなかったようだ。遠くからこちらを見つめていた美少女をロックオンしたテイガの足は既に動き出していた。
「……って、あぶねっ、このままだったらまた前みたいに困らせるとこ」
「何してんのよ!」
「未遂だろー!?」
テイガの動きでユカに気付いたモモコが既に止まっているテイガを止めにかかり、2人の追いかけっこが始まった。そんな2人を横目に、シガナは怪我したときを思い出して唇をかむユウシに気付き、そっと肩を叩く。
「今回ばかりは運が悪かったよ。もちろん、強い魔法の残留魔素に魔物が引きつけられたってのもあるけど、だとしてもあまり気にしすぎないようにね」
「……うん」
「さーて、今話しかけたのはそのことの確認と、あと2人の魔法がどうなったか聞きたかったからだけど。うん、忙しそうだね~」
シガナの言葉にユウシが見上げれば、モモコに捕まったテイガがなんとか抵抗を試みて暴れており、遠巻きにフーシュが止めようとし、その後ろでユカが冷めた目で2人を見ていた。ユウシは1人で考え込む自分が少し馬鹿らしくなり、久々の強制仲裁の構えと共に、気持ちを切り替え、今日は魔武戦を楽しもうと決めたのだった。
ー ー ー ー ー
「うーわ、見ろよ向かい側の奴ら、ぜってー俺らのこと見てるって」
「ちょ、ちょっと緊張するね」
「絶対アンタじゃないけどね」
「ユカちゃん、こんなに人気だったんだね」
「別に望んだ訳じゃないですけれどね……」
「あ~あ、だからこっそり通路から見る予定だったのになぁ」
ユウシ達4人にユカとシガナを加えた6人は校内にある競技場のような施設の観客席に座っていた。男女3人ずつに分かれ、前列をユウシ、シガナ、テイガの順、後列をフーシュ、ユカ、モモコの順で席に腰かけており、ユカとシガナは観客席のいたるところから自分たちに向けられる視線にうんざりとした表情をしていた。
あの後ユウシは早めに怪我が治ったテイガは出られるのに自分が出られない、といった内容でテイガに謝らせて強制仲裁した。そしてシガナがテイガとモモコの魔法の出来を聞いて満足して去ろうとしたが、どうせなら一緒に魔武戦の観戦をしようとモモコが引き留めたのである。
ユカはそのときには既にフーシュに誘われていて、1人で観戦する勇気がなかったことから了承していた。そして魔法に詳しいシガナをぜひとも解説役としていてほしかったモモコは半ば強引に誘い入れ、6人で共に観戦することになったのであった。
「それでもずっと立って見てるよりかはましだろ?」
「どうだろうね。まあユカさんと離れれば幾分かましになるんだろうけど」
「それは、私に1人で見ろと言いたいんですか?」
「逆でしょ、自分が1人で見るって話だよ」
「駄目よ!せめてアンタ以上に魔法に詳しい人を代わりに連れてきてからにして!」
「なんだかなぁ」
果たして座学1位の生徒よりも知識量で勝る生徒はいるのだろうか。シガナは深くため息をついた。
「シガナくん、本当に嫌なら1人で見てもいいんだよ?」
「うん、ただでさえいっつも助けてもらってるし……」
「いや、なんていうか、うん。もういいや」
「まあまあ、試合が始まったらまだマシになるだろうよ」
シガナとしても1人で見る予定だったというだけで、大人数で見るのが嫌いなわけではない。そのため、自身を気遣ったフーシュとユウシの言葉にうっすら罪悪感を覚え、シガナは離脱を諦めてもう一度ため息をついた。
『あ、あ、あー!テスト、テスト-!みんな、聞こえるかーい?』
「お、そろそろ始まるみたいだぜ」
「あれ、真ん中にいる人誰だろ?」
「その人は武技の先生だったはずだよ」
「え、生徒じゃないの?」
広い観客席にくまなく届くほどの音量が響き、その声の主は競技場の中央で何やら機械のようなものを口に当てていた。その身長は遠目でみるととても小さく、モモコは生徒、なんなら紛れ込んだ子どもかと思ってさえいた。
そんな声は届くはずもないが、音量の調整を終えたらしい彼女は大きく手を広げて自己紹介を始めた。
『やあ、ボクはフュルカ!子どもみたいな見た目って言われるけど、昔は冒険者をしていて、今は立派なここの教師です!今までは武技の担当をしてたから魔法の講義のみんなは初めましてが多いけど、これからはこういうイベントでみんなを盛り上げていくよ!これからよろしくね!』
彼女の明るく元気な自己紹介に、男子生徒を中心に拍手が送られた。普段ならテイガも前のめりに大きな拍手を送りそうな場面だが、今は後ろにユカがいるためか、椅子に深く腰掛けたままである。
「話によると、あの先生は小人族の血が入ってるらしいね」
「小人族?」
「ギレイノア帝国内部に集落を持つ、小柄で力自慢の多い種族ですね」
「お、ユカさんと同じ出身なのか」
その種族の特徴に違わぬ容姿のフュルカは、また力自慢というのも嘘でないということを証明する。
『さて!時間もないし、詳しい説明は最初の生徒を待ってる途中で始めるね!それじゃあ僕は実況の席に行ってきまーす!っとう!』
「え!?と、飛んだ!?」
彼女のことを知らない生徒は、それがただの跳躍であるとは思いもしなかった。この競技場は実際に戦闘を行う砂地のフィールドを見下ろせるようにと観客席はそれなりに高く作られているのだが、彼女のジャンプは最後列の高さを優に越えていた。
跳躍した彼女はやがて重力に従って落下するが、その先は少しフィールド方向に出っ張った実況席が用意されている。フュルカはその席の後ろへ宙返りを見せながら見事に着地すると、生徒達に向かって決めポーズをして大きな歓声を集めていた。
『みんな、拍手と歓声ありがとう!じゃあ早速魔武戦のルール説明を始めよう!まずは魔武戦がどんなものかを振り返るところから!――魔武戦、それは魔法や武技を用いて同級生と勝敗を決する模擬戦のこと!……なんて説明をされてると思うけど、魔武戦はそれだけじゃあない!これは講義で培った魔法の技術や武技の腕前をみんなに披露する一大イベント!普段頑張ってるけど、なかなか友達ができないそこのキミ!将来の冒険者仲間ができないそこのキミ!魔武戦は、そんなキミたちが自分をアピールする大大大チャンス!そんなチャンスを無駄にしないように、みんな全力で頑張ろう!』
「なるほどな、言われてみれば確かにそうだよな」
「日頃から他の生徒の魔法とかほとんど見てなかったし、確かにいい機会ね」
加えて、武技の生徒と魔法の生徒は互いの実情を噂程度でしか把握することができない。そのためこんなイベントでもなければ互いを知る機会などほとんどなく、逆を言えばここで爪痕を残すことが後々の活動で重要な意味を持つこととなる。
『ただ、あまり気合を入れ過ぎて失敗しちゃう人も毎年たくさんいるんだけど、それでも大丈夫!魔武戦は毎月あるからね!今日で全部を披露できなくても、その反省をばねにして、次の魔武戦で頑張ればいい!そう、つまりは楽しんでいこー!』
「だってさ、ユウシ」
「うん、僕、次は絶対頑張るよ!」
「その頃には怪我も治ってるだろうしな」
「うん!」
フュルカの励ましの言葉がユウシの心に直接響く。ユウシはシガナとテイガの言葉に頷き、改めて、今日のイベントを楽しもうと思うのだった。
『おっと、隣でランクル先生が余計なことを話し過ぎと怒ってるから、ちょっと駆け足でいくよー!続いては魔武戦の具体的な流れについて!まずはボクに名前を呼ばれた生徒は入口横の待合室に来てね!そこで御守り石っていう魔導具を渡されるよ!これはある一定以上のダメージを与えられそうになったとき、持っている人を攻撃から守ってくれる魔導具なんだ!そう!同級生に酷い怪我をさせる心配はないってこと!みんな、思う存分やっちゃって!』
「そんなのあるの?なら普段から生徒全員に配ってくれればよくない?」
『ただし!これはこの競技場限定の効果で、外に持っていくとただの石になっちゃうんだ!だからまちがってもこれがあるからって外で本気の戦いをしないよーに!』
「だってよモモコ、そんな都合のいい話はないってさ」
「き、聞いてたわよ!」
提案した直後にそれが無意味であると言われたようで、顔が熱くなるモモコをテイガはからかった。
とはいえこの御守り石の仕組みは画期的なものであり、この学校の人気を支える大きな要因でもある。この模擬戦を行うのに最適な競技場は冒険者達の対人戦を行う場としても活用されており、学校のイベントが無い日には競技場は冒険者の予約で一杯となっていたりする。
『さて、話は戻って勝敗について!御守り石の効果を聞いて分かった人もいると思うけど、勝利条件は相手の御守り石を起動させること!虹色に輝く半透明の防壁が出てきたら勝負がついた合図!それが出るまでは容赦なく相手に攻撃してもいいからね!それじゃあ説明は以上!……おっ!早速1組目の生徒が出てきたね!』
フュルカの言葉を聞いて前を見れば、2人の生徒がフィールドに2つある出入り口からそれぞれ現れるところだった。男女共に杖を持っており、色は黄色と緑色。
「普通であれば、雷属性と草属性かな」
「お、いいわね、その調子で解説頼むわよ!」
「はいはい、任されました」
肩をバシバシと叩こうとするモモコの手を鬱陶しそうに避けるシガナ。ユウシ達がそれを見て苦笑していると、間もなくして試合が始まった。
『それじゃあ第1回ラルド魔武戦、スッタート!』
「-わ、私の魔力!その力を雷に変え、撃ち出せっ、『雷球』!」
「-僕の魔力よ、草の力で球を作って攻撃しろ!『草球』!」
先に放たれたのは女子生徒の雷魔法。バチバチと弾ける様子のそれは素早く飛んでいったが、途中で逸れ始めて男子生徒には当たらない。雷球が通り過ぎた辺りで男子生徒が草球を放ったが、まっすぐと飛ぶそれは駆け足程度の速度で、女子生徒は目視してから余裕で横に動いて避けてしまった。
その後も彼らによる球弾の魔法の応酬は続くが、それらは互いに掠ることすらしなかった。女子生徒は構築までは速いが精度が悪く、男子生徒は精度は及第点ではあるものの攻撃するには遅すぎる。
「ねえテイガ、僕は魔武戦って、もっとこう、どっかーんってなると思ったんだけど」
「どっかーん、とまでは思ってなかったけどさ、分かるぜ。なんつうか、拍子抜けって感じだよな」
「初回の魔武戦だし、こんなもんだと思うけどね」
その後彼らは時間制限によって引き分ける形で試合が終わり、観客からは疎らな拍手が送られることとなった。
「まあ、球弾を放てただけすごい方なんじゃないかな」
「え、つまり、もっと酷い試合があるってことなの?」
「モモコちゃん、言い過ぎは良くないからね?」
「わ、分かってるわよ」
しかし続けられた試合の多くは酷いという言葉でも優しいと言えるようなものばかりだった。
ある生徒は魔力に光を灯すことができず、焦るあまり前から迫る魔法を避けることができず、最初の一撃で敗北した。
ある生徒は緊張の余り自分が普段していた詠唱を忘れてしまい、相手に待ってくれるように懇願していた。
ある生徒は魔力制御が安定せず、魔力操作を誤って魔力を杖に多分に込め、それでも強行して詠唱して自爆した。
これらは魔法による失敗の数々であり、武技による戦いはまだマシであったが、剣に振り回されて転ぶ生徒や人に斬りかかるのが怖くて足が竦む生徒など、やはり失敗する生徒は後を絶たなかった。
「ふぁああ、今日はいい天気ね。昼寝したら気持ちよさそう」
「だ、駄目だよモモコちゃん、みんな頑張ってるんだよ!」
「ユウシ、お前は寝不足なんだろ?見どころになったら起こしてやるから、今は寝とけって」
「ねむっ、眠くない、よっ、だいじょぶよぅ」
「涎垂れてるよ」
「えっ」
モモコは半目になり、フーシュが寝ないように注意する。ユウシは何度も頭が前後に揺れており、テイガから寝てもいいと心配される。ユカは何も言わないが自身の杖を見て考え事をしていて試合を見ていない様子で、まともに試合を見ていたのはシガナぐらいだった。
『さて、2人目の生徒はモモコ!こちらは草属性の魔法を用いて戦うそうでーす!それでは呼ばれた2人、控室までレッツゴー!』
「あ!いよいよ私の出番ね!」
自身の名前が呼ばれたことで、モモコは目を擦るとすぐに席から立ち上がる。
「モモコちゃん、ファイトだよ!」
「ええ、圧勝して見せるわ!」
「ははっ、退屈してる生徒達を驚かしてやれ!」
「僕の分まで頑張ってね!」
「応援してますね」
「それじゃあ行ってくるわね!」
ユウシ達の応援を背に受けて、モモコは観客席の階段を下っていった。ユカの近くで動きがあったことで一部の生徒達の視線が集まったが、すぐに熱が冷めるようにモモコから視線が外される。モモコはそんな視線が少し懐かしかった。
「タユニケロでも、テイガとの喧嘩が増えるまではユカみたいにちやほやされてたっけ。……ま、今はそんなの、どうでもいいわね!」
興味がないならそれはそれで好都合。実力で見返してやる!モモコは不敵の笑みを浮かべ、控室に入る。そこにいた先生から御守り石を受け取ると、モモコはポケットにしまいこみ、追加のルール説明を受けてから、杖を片手にフィールドへと足を運んだ。
少し長い通路を早足で抜けると、光が差し込むと同時に視界の両端に移った生徒達の姿。遠くに見えたそれらは小さいながらも表情が良く見える。
今、男子生徒がこちらを指差した後、隣の男子と何かを喋っていた。そんな生徒が数人。他には顔を見た後、杖を見ている生徒もいる。こちらに興味を持ったのはそれぐらいで、全体の1割に達するかどうかといったところか。それ以外は少し見てから近くの生徒と雑談したり、見向きもせずに雑談したり、居眠りしたり……かといって、モモコは自分がどうこう言える立場ではないことを知っている。
「私もほとんど見てなかったし。でも、それは面白くなかったから、仕方ないわよね」
モモコは前を見た。丁度対戦相手が出てきたところで、相手の男子生徒は帯剣している。緊張した面持ちの彼はモモコと目が合うと、一瞬目を大きくして慌てて顔を逸らしていた。これまた懐かしい日々を思い出し、モモコの口から小さく笑い声がこぼれた。
『それじゃあ2人とも、準備はできたかな?』
フュルカの声が届き、モモコは頷いてから杖を前に構えた。そして試合のルールに則り、杖に魔力を込め始める。フュルカはそれぞれ準備ができたとを判断し、席に座ったまま新たに決めポーズを取って大きく息を吸った。
『それじゃあ魔武戦、スッタート!』
「う、うおおおお!!」
開始の合図とともに、男子生徒は前に飛び出した。時折フェイントのように左右にステップを踏んでいるのは、球弾の魔法の狙いを定めさせないためだろう。敵ながらによく考えている、と思っていたモモコは余裕の笑み。
「もしも私がフツーの生徒だったら、魔法対策はそれでよかったわね。でも、私は違うわよ!」
モモコの杖には普通の球弾の魔法以上に魔力がこめられている。走る男子生徒はどれほどの大きさの球弾が来るのか、と少し怯んだが、直後、足を止めた。緊張で狭まった視界から彼女が消えたのだ。
男子生徒は既にフィールドの中央を越え、モモコにかなり近づいてきていた。そのため、モモコは攻撃を避けるため、普通に走り出したのだ。モモコは相手が追いかけてくると思ったが、しかし相手はその場に立ち止まっている。これなら杖で殴っても勝てそう、などと思いつつも、かねてより練習してきた必殺技を出さない選択肢を取るはずもない。
「そんな悠長に待ってて良かったの?と、いっても、もう遅いわね!行くわよ!」
「え!?」
後ろから聞こえる声に振り向いた男子生徒が見たのは、眩く輝く緑の杖と、それに照らされたモモコの笑み。その口はゆっくりと開かれ、詠唱が紡がれた。
「-私の魔力!その力を草に変え、数多の葉っぱを作り出せ!その数は限りなし!とにかくたくさん作り出せ!」
「え、え……ええ!?」
『おっと!モモコの周りに数えきれないほどの木の葉が浮かんでいる!これはすごい光景だー!』
まるで竜巻に舞い上げられた落葉のように、若々しい木葉はモモコの周りに浮かんで漂っている。その数はユカの『火球乱舞』の比ではない。大きさは大小さまざまで、細かい制御は一切なされていないが、とにかく圧巻の光景だった。
観客席の生徒達のざわめきが、木の葉の擦れる音を越えてモモコにも届く。しばらく練習してきた魔法を見せることの、なんと心地の良いことか。浮かれているモモコだが、既に残りは飛ばすだけ。難しい操作はなにもなく、相手が腰を抜かしている以上、モモコは敗北の未来を全く考えていなかった。
「あんまり浮かべてると魔力が無くなっちゃうわね!ってなわけで!-私の魔力!浮かべた木葉を全て撃ち出せ!これが私の!『木葉手裏剣』!」
モモコは掲げていた杖を振り下ろし、周囲を漂う葉の全てを男子生徒に撃ち出した。その操作に細かい指示はなく、葉の形も様々であるため、ほとんどの木の葉はまっすぐ前に飛んでいかない。しかし、その数は無数である。例えるなら、雨を横向きに振らせたかのよう。その魔法は、剣を持って数ヶ月しか経っていない男子生徒には到底防ぐことなどできず、彼は膨大な量の木の葉にその身を埋めることとなった。
「この攻撃は1つ1つは弱いけど、葉っぱの切れ味はなかなか侮れないわよ!」
『自信満々のモモコ!ですが、勝敗がどうなのかは葉っぱが消えないことには分かりません!』
「あ」
ドヤ顔で胸を張るモモコが振り返れば、そこにあるのは木の葉の山。気合と魔力を存分に込めたモモコの魔法が消えるのは、それからおよそ30秒後。宙に溶けた魔法の下敷きになっていた男子生徒。震える彼は、確かに半透明な障壁で守られていた。
『そこまで!今回の試合、勝者はモモコ!とっても見事な固有魔法でした!観客の生徒は大きな拍手!』
すると生徒達から今日の試合で最も大きな拍手が送られ、モモコは喜びを隠すことなく、大きくガッツポーズをしてみせた。そして上機嫌な足取りで後ろを振り向き、未だ尻餅をついたままの男子生徒の元へと歩く。近づくモモコを見て我に返った男子生徒は慌てたが、モモコは飛び切りの笑顔で手を差し伸べて見せた。
「すっごく楽しかったわ!ありがとっ!」
「えっ、あ、こ、こちら、こそ……」
『さーて!ハードルが上がる次の試合、1人目の生徒はテイガ!』
「え、アイツの番!?急がなきゃ!」
なんだかんだどんな魔法を使うようになったのか、ここ1、2週間見ていなかったことで分からない幼馴染の戦いを楽しみに、モモコは男子生徒の身体を引き起こすと、すぐに手を離した。そして男子生徒が抱いた気持ちを微塵も気にすることなく、すぐに振り返って控室に駆けこんだ。だが先生に御守り石を渡そうとして、続いて呼ばれる生徒の名前に観客席の生徒達が大きな歓声を上げたことに気付く。
それはモモコが聞いたことのない名前。しかしあまりの2人目の生徒の活躍を楽しみにする声に、テイガがすぐに負けることを予想する声を聞いて腹立たしく思った。
「……あっ、そうだ!」
モモコは1つあることを思いつき、先生に渡そうとしていた御守り石をまた手のひらに包む。
「テイガ、私は圧勝してやったわよ!アンタも勝たなきゃ許さないんだから!」
2人目の生徒を応援する声で観客席が埋め尽くされる中、モモコはテイガが勝つことを疑わなかった。
ー ー ー ー ー
「マジかよ、あんな魔法隠し持ってたのかよ」
「モモコちゃん、すごすぎだよ!」
「シガナはあの魔法、知ってたの?」
「相談されてるし、流石にね」
「へぇ~、モモコもシガナもスッゴいなぁ……!」
モモコの試合が終わったとき、テイガはその規模間に圧倒され、フーシュも興奮が冷めず、座ったまま落ち着かずに揺れていた。ユウシはそんな魔法を実現させたモモコに加え、その実現を手助けしたシガナにも尊敬の眼差しを送っていた。
『さーて!ハードルが上がる次の試合、1人目の生徒はテイガ!』
「あ!続けてテイガだよ!」
「おいおい、狙ってねえだろうな?」
「いや~、単純に成績順でしょ」
「正論はいらねえよ!」
そういうテイガは顔を引きつらせつつも、それでも心待ちにしていた魔武戦を前に興奮が抑えられずにいた。
「テイガくんも頑張ってね!」
「ああ、任せろ!……」
「なんですか」
「い、いや……」
フーシュから応援を貰ったテイガはチラリとユカに視線を送ったが、ユカは顔をしかめ、テイガから離れるように深く椅子に座る。思わずテイガは肩を落としかけたが、そのとき、2人目の生徒を呼ぶフュルカのアナウンスが響いた。
『風属性の魔法と剣を扱う二刀流の彼に対して、2人目はなんと、幼少期から魔法を習うことでおなじみ、ウェミナの街のハウター!なんと彼は珍しい他属分岐属性の適性者で、その属性は土から分岐する『岩』!さあ、果たしてテイガはそんな彼にどこまで立ち向かうことができるのか、これは目が離せません!』
「おっと?」
「ウェミナって、レイアちゃん達が来た街だよね?」
「うん、そう言ってたね」
「そんな人がどうしてこんな早くに出番が来てるんだろうね、学力の問題かな?」
「……」
生徒達のざわめきが響く。どうやら彼はそこそこ有名なようで、テイガの耳には彼の活躍を応援する声が無数に聞こえていた。そのどこにも自らを応援する声はなく、テイガは苦笑することしかできなかった。果たしてどこまで立ち向かうことができるのか。テイガの考えが負けることを前提とするのも、なんらおかしなことではなかったが、観客席の階段を降りようと足を踏み出した時。
「……その、頑張ってください」
「っ」
テイガが振り向くと、ユカがまっすぐこちらを見ていた。その目には強者と当たったことに対する憐みはない。とはいえ、特に何か感情があるのかといえばそんなことは全くなく、テイガが振り返ったことですぐに顔をしかめようとしていたが、テイガは小さく息を吐くと笑みを浮かべ、すぐに前を向いて足を進めた。
「ああ、全力で戦ってくるぜ」
テイガは誰よりも嬉しい声援を背中に受け、テイガはそこら中から聞こえる雑音の中で、決して負ける気がしなかった。
そんなただでさえ気合が籠るような声援を貰ったテイガだが、向かい風の中を突き進むように力強く足を控室に進めると、そこには膝に手を突いて肩で息をする幼馴染を見つける。
「モモコ、お前こんなとこでなにやってんだ?」
「アンタの、控室が、こっちなのを、忘れてたの!」
2人目で呼ばれたモモコに対し、テイガは1人目で呼ばれている。そのため控室は正反対の位置にあり、テイガを待ち構えていたモモコは違う人物が訪れたことで慌てて全速力で駆けてきたのだった。
「で?控室にまで来て応援か、そりゃありがとな」
「それも、あるけど!はいこれ!」
「ん?ああ、御守り石か、って熱いし湿ってんな!」
モモコが握りしめたまま走ってきたため、その御守り石はモモコの汗で汚れており、テイガはそれを察して苦言を呈そうとしたが、言葉を口にする前に、モモコはテイガの胸に拳を突き付けた。
「なんか、相手の生徒、すごい強いらしいけど」
「あ?……みてえだな」
「そんなの関係ないわ」
テイガはモモコの顔を見た。決して自分の勝利を疑わない顔を。
「私は勝ったもの、アンタも勝たなきゃ許さないわよ!」
「!……はっ、誰に言ってんだ、勝つに決まってるさ!」
『あれー?テイガはまだ来てないかな~?』
どうやら相手は既に準備ができていたようで、テイガは慌てて先生からルール説明を聞き、フィールドへ向かう。モモコはその背中を見て、大きく息を吸った。
「もしも負けたら、今日の夜ご飯、もらうからーっ!」
「はははっ、いや、ふざけんな!」
モモコに手を振り、前に進むテイガが見たのは、一瞬こちらを向くも、すぐに対戦相手の方に視線を向ける観客席の生徒達。その中から、テイガが遅かったのは怖気づいていたのでは、といった推測さえ聞こえてきた。
「(なわけねーだろ。こちとら負ける気すら起こらねえんだよ!)」
こちらに向いていた数少ない生徒達の憐みのこめられた視線に不敵の笑みを返したテイガはようやく正面を向き、ぞっとした。
相手は、こちらに殺気の籠った視線を向けていたのだ。




