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 テイガは手を伸ばし、飛び込んだが、間に合わなかった。間に合うわけがなかった。そこにはとても届きようもない距離が空いていて、ただ、嬲られるように吹き飛ぶユウシの姿を見ることしかできなかった。


【-】

「ぐぁ、あっ、ああっ」

「ユウ、ユウシっ!」


 右手を抑えて蹲るユウシ。幸いゲルセルは零れたユウシの鞄の中身を物色していて動こうとしない。テイガは自らの身体が訴える痛みも忘れてユウシに駆け寄った。


「ユウシ、大丈夫かっ!?」

「い、いたい……」


 ゲルセルがユウシの鞄を狙ったことで、ユウシはテイガのように内臓にダメージを負うことはなかった。ただし鞄を漁っていた右手は内出血で変色し腫れていた。またいくつかの指は普通曲がらない方向へと折れており、今も激痛が走っているのか、ユウシは痛みに耐えかねて涙を流していた。


 テイガは歯を食いしばり、震える程拳を強く握り、自らの非力を呪う。親友を傷つけ、苦しませる自分を許せない。しかし今は悔いる時間ではない。物音に振り向けば、ゲルセルがユウシの鞄から離れようとしていた。テイガはそれを見てとれる最善択に気付き、自らの鞄を開け、あるものを取り出した。


「これが欲しいんだろ」

【!】

「くれてやるよ」


 それはギガスライムの魔核。ユウシの鞄を見たとき、あるはずの4つの大きな魔核は既になくなっていた。かといって全てを落としたとは考えづらいため、この短時間でゲルセルが全て食べたのだとテイガは結論付けた。その結論は正解だったようで、テイガが思い切り森の中に魔核を投げ込めば、ゲルセルはそれを追って森の中に飛び込んだ。


 一時的な平穏が訪れ、テイガは落ち着く間もなく、すぐさまユウシの近くにしゃがみ込む。


「悪い、注意が遅れた。でも、今は処置より逃げるのが先だ。ユウシ、立てるか?」

「う、うぅ……」


 激痛の余り、声が届いていても立ち上がることができないユウシ。テイガはユウシの左に回り込み、ユウシに折れていない左腕を上げさせて肩を貸し、痛みが生じない範囲で急いで歩かせた。


 テイガはユウシを気遣いながら辺りを見渡し、どこか休める場所がないかを確認する。そのとき、テイガの視線の先に、ここにいる筈の無い3人の姿が映った。


 向こうはまだこちらに気付いてはいないようだが、明らかに3人は森に向かっていた。テイガは驚き、理由が気になるところではあるが、それ以上に今のユウシを助けるのに最適な人選であると判断する。まずは近くに隠れられそうな岩陰を見つけ、ユウシをそこへと導いて座らせる。そして自身はギガスライムとの戦闘で疲れ切り、ゲルセルとの戦闘で傷ついた身体をなんとか奮い立たせ、最後の力で3人の元へと駆け出した。


 ー ー ー ー ー


「へぇ、こんなとこに森なんてあったのね」

「モモコちゃん?座学で習ったよね?」

「そ、そうだったかしら?」


 観光する予定を変更し、スライムを倒しに街の外へ足を運んでいたモモコ、フーシュ、ユカの3人。各々十数匹のスライムやミドルスライムを倒し、今はとある理由から森へとやってきていた。ちなみにEランクの座学でもこの森については教えられている。モモコは爆睡していただけである。


 3人が森へと来た理由、それはユウシの『爆音』を聞いたからである。


 元々トルクトの言動をすこし怪しんでいたユカは、スライムがなかなか見つからないという名目で多少街から離れ、森に近づくよう行動していた。道中でフーシュにそのことを尋ねられ、テイガとの行動を断っている手前、どうその不安を話そうか迷っていたところ、ユウシがギガスライムを討伐したときの『爆音』を耳にする。


 『爆音』で怒られ、それ以降講義でも使わないよう気を付けていたユウシを見ていただけに、3人はユウシ達の様子が気になった。そして今、森に辿りついたところであった。


「どうすんのよ、この森に入ってユウシ達探す?」

「この森はかなり広いので、おそらく見つかりませんよ」

「それに、ギガスライム出てきたら倒せないかもしれないし」

「大丈夫よ、テイガが倒せるなら私もきっと倒せるし、こっちにはユカがいるのよ?」

「朝にも言いましたが、万が一に対応できる方がいません。もしも火魔法が失敗して森に燃え広がったら……」

「分かったわよ!でも、それならどうすんのよ」

「あれ?こっちに来るの、もしかしてテイガくん?」


 森に入らないことにはユウシ達を探すことは出来る筈がないと、普通であればその通りであるが、今は状況が特殊であった。既にテイガとユウシは森を出ており、今、テイガは3人に駆け寄ってきている。モモコ達は他の2人の姿が見えないことから、フーシュは単純に首を傾げ、モモコはそれがユカを目当てにした暴走と読んで拳を構え、ユカもまた一歩身を引いた。


 しかし近づくにつれ、テイガの辛く苦しそうな表情が鮮明になり、3人はいつもと様子が異なることに違和感を抱く。そして極めつけは、テイガがユカのことを全く見ていないことだった。声の届く範囲に近づき、彼は大きく名前を叫んだ。


「フーシュ!いいところに!頼む、こっちに来てくれ!」

「え、私?」


 モモコ達はユカの名前が出なかったことに目を丸くするも、間もなくしてテイガが転び、立ち上がれない様子や服が砂や乾燥した泥で汚れていることを見てただ事ではないと気づく。そしてテイガに近寄り、顔を上げた彼の口の端から血が出ているのを見て言葉を失った。


「ど、どうしたのよ!?アンタ、その怪我っ」

「俺は平気な方だ!それよりユウシ、ユウシが向こうで……っ、ゲホゲホッ」

「ふぇええ!?て、テイガくんも危ないよ!?」

「……ひとまずこれを」

「あ、ああ、わりぃ……」


 見るからに苦しそうな様子に、流石に私情を優先すべきではないと判断したユカは持っていた回復薬をフーシュ伝いにテイガに手渡す。テイガもいつもの調子はどこへやら、あっという間に飲み干せば、まだ効果が現れる前にフラフラしながらも立ち上がる。


「……おし、じゃあフーシュ、ユウシを治してやってくれ」

「でも、テイガくんもまだ治りきってないから……」

「俺は今ので十分だ!行くぞ、奴に見つかる前に!」

「ふぇええ、わ、分かりましたっ」


 魔力を込める前に杖を持った手を引かれ、フーシュは焦るも、話を聞こうとしないテイガに従い、ユウシの元へと向かう。そのあまりに必死な様子にモモコもユカも口出しできなかったが、実際に苦しむユウシの姿を見れば嫌でも納得させられた。


 岩陰で蹲るユウシの額には脂汗が滲み、ずっと苦しそうに唸っていた。またユウシの手は更に酷くなっており、変色した部分は大きく腫れてしまっている。さらには腕も骨折しているのか、治療のためにフーシュが優しく触れただけでもユウシは呻いた。


「ユウシ!?アンタ、どうして」

「先に魔法を使うね。-私の魔力、その癒しの力で、怪我の痛みを和らげて。『鎮痛波』!」


 フーシュがユウシの腕に杖を翳すと、魔導石から放たれた光がユウシの腕から先を照らす。すると癒魔法の効果が正しく働いたのか、ユウシの荒かった呼吸がやがて正常化する。


「-私の魔力、その癒しの力で、怪我を治せ。『治癒』!」

「……ヤバイわね、全然治らないわ」


 続いてフーシュが腕に異なる魔法を行使すれば、ユウシの腕の腫れが少しずつ引いていくが、フーシュが魔法を終えても完治とは程遠い結果となった。これにはモモコは深刻な怪我であると思って焦りだすが、フーシュは治療を意図的に止めたことを告げる。


「今強引に治しちゃうと、おかしな形で治っちゃうから。だからはやく街に戻って、学校か治療院で治したいけど……」

「分かった。……なあ、この状態で走っても大丈夫か?」

「駄目に決まってるよ!できるだけ安静にしてください!!」

「じゃあ早歩きだ、急ぐぞ!」

「う、うん」


 フーシュはテイガが話を聞いていないと怒ろうとするが、ユウシがすぐに賛同しており、そんな2人の顔は何かに怯えたかのように強張ったままである。しかしユウシは右腕を抑え、テイガは足取りが不安定であるため、心配でたまらないモモコ達は何も聞かずに従うことができなかった。


「ま、待ちなさいよ!どうしたのよ、テイガはなんでボロボロで、ユウシはなんで骨折したのよ!」

「ゲルセルが、ゲルセルがいたの」

「な、なによゲルセルって」

「うるせぇ、説明は……ッ!?」


 立ちふさがったモモコを押しのけ、街へと帰ろうとするテイガが後ずさった。ユウシもまた顔を青ざめさせる。モモコも恐る恐る後ろを振り向き、しかしそこにはスライムしか見えない。


「な、なによ、驚かせないでよ。ただのスライムじゃ」

【~!】

「うおおオオッ!!」

「テイガ!?」


 そのスライムの眼光が鋭いことは見て分かったテイガはユウシが避けられないとすぐに判断し、自ら大声を上げて横へと走り出す。そんなテイガに驚くモモコだが、その眼前を突風が過ぎ去り、モモコはあまりの驚きで尻餅をついてしまった。


「テイガぁ!」

「っ、ああ、掠っただけだ!」

【~…】


 地面に身を投げ出したテイガはすぐに立ち上がろうとして、しかし手を突くも肘が折れてしまって起き上がれない。その間に遠くへ飛んだゲルセルはゆっくりと帰ってきており、ユウシとテイガの不安を煽る。


「……思い出しました、ゲルセルはスライムの上位種。そのランクはCです」

「ど、どれぐらい強いのよ」

「分かりやすく言えば、劣竜より少し弱いぐらい、でしょうか」

「っ!?」


 もちろんそれは例えでしかなく、実際に両者が戦えばまず間違いなく劣竜が勝つだろう。ただし、スライムとは異なりゲルセルは逃げることはせず、ランクの差など気にせずに戦い、場合によっては劣竜の翼を穿つこともあるという。


「主な攻撃手段は身体の収縮と膨張により加速力を生み出す突進攻撃。ギガスライムとは異なり、突進中に収縮ができることで、岩石のような硬度での攻撃を可能としているとか」

「ユカさん、今は説明してる場合じゃねえよ!」

「……そうですね、モモコさん、向こうへ走ってください!」

「へ!?わ、分かったわ!」

【~】


 なんとか立ち上がったテイガが再び囮になろうと足に力を入れたが、それよりも先に怖がりはしても元気なモモコが指示を受けて走り出す。そうすれば、当然狙いはモモコに向き、ゲルセルと目が合ったモモコは悲鳴を上げた。


「ユカ!こっち見てんだけど!?」

「一度でいいです、避けてください」

「はいぃ!?」

【~!】

「うっ!そでしょ!?」


 身を縮めたゲルセルを見て、モモコは飛び込むように前転をして回避。それでも再び顔の真横で突風を感じれば、ユウシの手を思い出して震えあがった。


「もう無理!あんなの避けられる方がおかしいわよ!」

「大丈夫です、こっちに来てください」

「信じるわよ!?」

【-】


 モモコがユカの元に寄れば、当然ゲルセルの視線は集まる5人の方へ向く。そして身を縮めるゲルセルに一同身構えるが、その前にユカが手を突きだした。その手にはいつの間にか杖が握られており、眩しい程に光を放っていた。


「時間稼ぎ感謝します。-私の魔力。その力を炎へ変え、敵から身を守り、私たちを覆う盾となれ。『火炎包壁』!」

【!?】


 ユカが杖を振るえば5人を覆うように炎の壁が生まれ、ゲルセルとユウシ達の間に隔たりを作った。直後に飛び出したゲルセルだが、すぐに身体の形状を変形させ、壁に触れる少し手前ギリギリで静止すると、すぐに後ろに後退した。自ら攻撃を止めて逃げたゲルセルに目を見開いたユウシ達。1人冷静なユカはその理由について考察を話す。


「ギガスライムやスライムなど、軟核族は生まれた場所や魔素の性質に応じて、私たちのように個体ごとに属性を持っています。そのため、あの緑色のゲルセルも同様に草属性を有していると思ったのですが、どうやら想像通りのようですね」

「す、スッゴい」

「だけど、このままじゃなにもできねえよ?」

「そうよ、安全だけど、アンタの魔力が無くなるのが先じゃないの?」

「かもしれませんね」


 テイガやモモコの懸念を、ユカは肯定する。不安がこみ上げるユウシ達だが、微笑むユカの言葉に打ち消された。


「ですが、大丈夫です。私は同時に他の魔法も使うことが出来るので」

「そ、そうなの?」

「はい。-私の魔力。その力を炎へと変え、球を成し、放て。『火球』」

【!】


 『球弾』を同時に用いる初級応用魔法『連弾』など、複数の同種の魔法を同時に行使することを魔法の重複発動、別種の魔法を同時に行使することを魔法の並列発動と呼ぶ。どちらも魔法を極める上では欠かせないが高度な技術であり、前者は均等な魔力配分や個々の魔法制御を問われ、後者は魔法別の適切な魔力配分や異なる構成の魔法の構築技術を問われる。


 この学校では魔法Cランクで重複発動を教えられはするが、学校側の想定では実践的に扱えるのは後期に入ってからとされ、並列発動はそもそも在学中に形にできればいい方とされている。しかしユカは前者を『火球乱舞』という形で完璧に成功させており、後者についても、『火炎包壁』に用いている魔力のリソースを『火球』に割くことで魔法を成功させた。


 まるで専念して作られたように綺麗な火球は振るわれた杖に従って壁に向かい、そのまま壁を貫通してゲルセルに襲い掛かる。しかしゲルセルは見てから身体を縮め、当たる寸前で上方向に跳んで避けた。


「でも無理だ、あいつはすばしっこいからそう簡単に当たらねえ!」

「あ……でもユカさんなら」

「もちろん、発動継続と魔法操作は忘れていませんよ」

【!?】


 ユカは杖を振り上げると火球の軌道が変わり、宙にいるゲルセルの後を追った。そのままゲルセルは避けることができず、火球と衝突して地に落ちた。


 これには思わずモモコはガッツポーズをし、ユウシ達も勝ったと思ったが、弱点の属性とはいえ、初級の球弾魔法で倒せるほど甘くはないようだ。ゲルセルは体表が軽く焦げた程度であり、激しく震えると焦げが剥がれ、ゲルセルは何事もなかったかのように揺れた。


「だめ、効いてないみたい」

「あいつ、俺らが倒した魔核とか、ユウシの『魔女の涙』とか喰ってるから回復が早いのかもな……」

「え!涙あげちゃったの!?」

「モモコちゃん、それどころじゃないよ」


 フーシュは気を引き締めるように言うが、依然としてゲルセルは包壁の中に入ることができず、外側をぐるぐると回るのみ。上も塞がれてしまっていてはゲルセルにはどうすることもできないが、激しく怒るゲルセルに逃走の選択肢はないようで、少しでも油断をすれば壁を突破されそうな気迫である。ユウシ達は息をのんだが、ユカはそれ故に油断することなく、さらに杖に魔力を込めた。


「ならばこれはどうでしょう。-私の魔力。その力を炎に変え、数多の火球となれ。宙に漂い、私を護れ。空に舞い、かの者に降り注げ。『火球乱舞』!」

【!】

「出た、ユカさんの必殺技!」

「さすがに倒せるか……!?」

「ゲルセルも全然当たらないわ!」

「ふぇええ、どっちもすごいですぅ」


 ユカが数多の火球を浮かべ、その全てを操作してゲルセルを追う。手足のように自在に動くそれらはゲルセルの逃げ道を封じ、的確に追い詰めようとするが、ゲルセルもただでは当たらない。一瞬で収縮を終えてすぐに加速し、かと思えば変形による減速や方向転換で、自身を狙う火球同士をぶつけて消していく。


 集中力を高めるユカの額には汗が流れる。それは包壁による温度上昇の弊害も含まれており、ユウシ達が熱により体調を悪化させてしまうのも時間の問題であった。だが均衡していた状況は、ゲルセルを掠めた火球によって一気に変化する。


「捉えました」

【⁉】

「あ!次々と火球がゲルセルに当たってく!」

「発動継続の応用です」


 ユカは放った火球にも細い糸のような自分の魔力をつなげることで、遠隔での操作を可能としていた。そのため、ゲルセルに火球が掠ったとき、ゲルセルの身体に糸をつけることで、他の火球がそれを伝い、ゲルセルに必中する魔法となった。火球が繰り返しゲルセルに当たり、衝撃で砂埃が舞い上がる。それからも砂埃へと残った火球が向かい、ゲルセルに衝突して炸裂する音が鳴り続けた。


「たおせた、かな」

「いや、あんだけやって生きてたらもう、誰が倒せるのよって感じじゃない?」

「モモコ、生きてたらお前のせいだからな」

「はぁ!?」

「……では、モモコさんのせい、ということでしょうか」

「え!?」


 砂埃が晴れると、そこには身体が小さくなったゲルセルの姿が。どうやら途中で魔力の糸がつながっていることに気付き、ギガスライムが身体を切り離すようにして分裂体を身代わりとしたらしい。


 それでも弱らせることに成功した、と思ったユウシ達だが、ゲルセルは身を縮めた。それは今までに見たことのないぐらい小さくなり、片手に収まるぐらいに縮んだ後、その場で膨れたゲルセルは元通りの大きさとなっていた。これはテイガの推測通り、食した魔力が回復を助けており、ゲルセルを倒しきるにはまだ足りないものがあるようだ。


「どうすんのよ、もうそろそろ私たちが耐えられないわよ?」

「ならば、私も一か八か、挑戦してみることにします」

「そんな、さっきの魔法でもうまくいけば……」

「お、おい、そんなに魔力溜めて大丈夫か!?」

【!】


 テイガが危惧するユカの杖には、ユウシが魔力欠乏症を起こした『爆音』を繰り出したとき、もしくはそれ以上に強い光が灯っている。しかし魔力量Aを誇るユカの表情には余裕さえ見てとれ、次いでユカは静かに詠唱を始めた。


「-私の魔力。その力を炎に変え、勢いよく燃え上がれ。炎を集め、炎を束ね、1つの命を形作れ」

「あ、か、壁が」

「ほんとに大丈夫なのよね!?」

【~!】


 ユカの詠唱と共に『火炎包壁』が上から崩れ始め、好機と捉えたゲルセルが収縮を始める。しかし崩れた炎は霧散するわけでなく、解けた端からユカの杖の周囲に漂い、やがて動物の形を成していく。細長いその身体は蛇のようであり、火炎包壁の崩壊と共にその厚みは増していく。


「-炎を宿し、炎を纏い、炎を生み出す蛇となれ。喰らう命を遍く焼き尽くせ」

【……ゥゥァ……】

【~…】

「あ、ゲルセルが!」


 ユカの杖の輝きは収まるところを知らず、逆に強さを増していく。やがて生まれた蛇が産声を上げれば、縮まっていたゲルセルの身体はゆっくりと元に戻り、怯えたかのようにズリズリと後ずさる。


 目の前の魔法が命を脅かすものと気付いたときにはもう遅い。蛇はその目でゲルセルを補足し、炎の舌が口の間から顔を出す。そしてユカは詠唱を終え、今、魔法を野に解き放つ――


「-私の魔力!集めた力を今こそ放て!火炎を纏ったその名は『紅炎大蛇』!」

【ルゥァアッ!!】

【~!!】


 ユカの詠唱が終わると同時にゲルセルは翻り、杖を振り下ろすと逃げ出した。だが命令を下された炎の蛇は止まることを知らず、甲高い鳴き声と共に獲物目掛けて舞い降りる。ゲルセルは右へ左へ方向転換を繰り返すが、蛇は惑うことなく距離を詰め、やがて大きく口を開いた。


「-喰らえ!」

【ルゥア!】

【⁉】


 ゲルセルが跳ねた隙に加速した蛇はゲルセルの身体を丸ごと口に収めた。揺らめく炎の隙間から見えるゲルセルの身体が黒く焦げており、分裂体を自らを守る殻にしようとするが、切り分けた途端に燃え尽きてしまう。するとなんとか耐え抜こうとしたのか、ゲルセルはその身体を再び極限まで縮ませる。そうすればそこには表面だけが焼け焦げた黒い球体が残っており、かといってまだ倒しきれていないようにも見える。


 これでも耐えるのか、と歯ぎしりをするテイガだが、ユカは全く焦っていない。その口元は笑みを浮かべており、自らが作り上げた魔法に満足して見とれていた。


 そんな支配者の思いに答えようと、蛇はゲルセルを飲み込んで身体の奥へと運び、とぐろを巻いて内部の火力を上昇させる。やがて熱が高まり、ゲルセルが状態を維持できなくなったとき、ユカは蛇と視線を合わせ、頷いた。


「-『紅炎大蛇』、弾けろ!」

【ルアアアッッ!!】

【~⁉】


 ユカが杖を振り上げれば、蛇は空高く昇っていき、ゲルセルの位置を中心に身体を巻いて大きな火球へと化す。最後に肌を照りつける赤い輝きを放った後、火球は爆ぜてユウシ達に熱風をもたらした。


 蛇がいた場所にはもう、何も残されていなかった。ゲルセルだったものも全て燃え尽き、唯一残ったものは地上に落ち、杖を下ろしたユカが屈んで拾い上げた。


 それはゲルセルの魔核。他のスライムの魔核よりも澄んでおり、魔核を挟んで反対側が薄く見えるそれを太陽に透かして見ながら、ユカは微笑んだ。


「ゲルセル……討伐完了です!」


 杖を抱きしめて喜ぶユカ。その学生とは思えない魔法の腕前を間近で見て大興奮のフーシュとモモコはユカに駆け寄り、全てが終わったことでようやく安心できたユウシとテイガは力が抜けてその場にへたり込んだ。


「終わったね、テイガ」

「そうだな、流石ユカさん、だな」


 呟くように小声のテイガは視線こそユカにくぎ付けだが、それでもいつものような激しさはない。まるで夕暮れに流れる川を見ているように落ち着いたテイガだが、それは決して疲れているからだけではなかった。


「僕たち、なにもできなかったね」

「ま、俺らは全く戦う準備できてなかったし……いや、言い訳だな」


 ユウシはじんわりと痛む腕先を抑え、テイガも慰めるようにユウシの背中を叩く。もしもユウシが欠乏症でなかったとして、果たして魔法を使わせてもらえただろうか。もしもテイガが元気な状態であったとして、未熟な剣技と雑な魔法で戦えただろうか。……否。


「まだまだ遅くはねえさ、これから強くなろうぜ」

「……うん、そうだね」

「……うし!くよくよしてんのも止めだ!……な!ユカさんかっこよかったぜ!」

「……あなたに褒められても」

「お!今確かに笑っていだぁ!?」

「近い、ウザイ、うるさい!」

「はは……、モモコ、そこらへんで……っ!?」


 それでもテイガは心を切り替え、ユカに突撃してモモコに倒された。そして追い打ちをかけようとするモモコを見て、ユウシも何とか止めようとして、視界の端のスライムに気付いて心臓が跳ねる。


【?】

「あ、スライム……」

【~!】


 丸いつぶらな瞳のそれはただのスライムであり、ユウシと目があえば、こちらに近づくことなく逃げていく。それでもユウシの心臓はうるさく響き、彼から平常心を奪う。


「ユウシ?」

「!ど、どしたの」

「アンタが名前呼んだんじゃない」

「あ……それは、ほら、喧嘩はよくないよぉ、って」

「手遅れね」

「ざっけんな……」


 既に新たに拳を数回貰っていたテイガがゾンビのように這いずり、モモコは爆笑しながら、フーシュは心配そうに、ユカは呆れた目で彼を見ていた。ユウシも苦笑して会話に加わるが、その頭の隅では恐ろしいゲルセルの鋭い目が、こびりついて離れなかった。


 ー ー ー ー ー

 ー ー ー ー ー


「…………う」


 目が覚めた片腕の青年は辺りが木々に囲まれた森の中であることに気が付く。身体を起こそうとしてズキズキと痛む頭を抑えれば、気を失う直前に何があったのかを思い出した。


「……そっか、ゲルセルに負けたのか」


 1人で数匹のゲルセルを相手に圧勝していたのは僅か2週間前だったか、それとも夢だったのだろうか。彼-トルクトは、冷たい土の上で大の字に寝転んだまま、独り言を呟く。


「僕は……もう、駄目だな」


 ユウシを庇いながら戦っていたことや、途中で新手のギガスライムが来たこともあるが、彼は結局1匹もギガスライムを倒すことができなかった。昨日までは追い詰めればギガスライムが逃げてしまったため、倒そうと思えば倒せると言い訳できたが、今回はミドルスライム程まで削った段階で攻撃が追い付かなくなり、自身の限界を思い知らされた。それほどに、劣竜によって失われた利き腕と損傷した右脚の影響は大きかった。


 彼はもともとありふれた普通の学生だった。秀でた才能もなく、成績も普通で、それでも英雄になりたいと必死に勉強した。


 やがて卒業する頃には仲の良い仲間もでき、共にパーティーを組んで冒険者となる。成り立ての頃は失敗も多く、生活に苦労することもあったが、先輩冒険者の技術を見て盗み、分からないところは資料室や図書館で復習した。


 そうして日々を励んでいるうちに、やがて人から頼られるようになり、スキル〈捜索〉の存在に気付き、有効活用できるようになってからは将来有望な期待の新人として注目を浴びるようになる。そうして数年間精進し続け、Bランク冒険者となって初めての護衛依頼が2週間前の劣竜襲撃の日だった。


 なんとか商隊を守り抜き、死者を出さずに守り抜いたものの、腕を失った影響は大きかった。幸いといえるのか、助けた商隊の上級回復薬を頂くことですぐに活動を再開することは出来たが、もう彼はそれまでのように魔物と戦うことができなくなった。


 それからは彼を見る視線に込められた感情が、尊敬から憐みへと変わり、かけられる言葉も変わり始め、ついには数日で仲間から引退を勧められてしまう。英雄の夢を諦めきれなかったトルクトはパーティーを解散し、他のパーティーに参加しようとするが、頼りなくなった彼を引き入れようとするところは大きく下のランクのパーティーだけだった。そしてついには1人で森で魔物に挑むようになり、今日、出来心から冒険者として、人間として、禁忌に手を出してしまった。


「……冒険者、辞めるか」

「ふむ、それは丁度いい」

「っ!?」

「ああ、安静な姿勢で構わんよ、トルクト君」


 先ほどまで人気のなかった森の中で、気づけばすぐ横に漆黒の外套に身を包んだ人物が立っている。顔は陰に隠れて判断できず、低いその声もトルクトには聞き覚えがない。増してこのような森の中で話しかけられるような心当たりはなく、トルクトの警戒心は高まった。


「どなたですか、こんな森の中で何の用ですか」

「俺の素性か、あまり大々的に明かせたものではないが……そうだな、裏の組織【殲滅】の一員と名乗っておこう」

「殲滅?……聞いたことがない」

「そうでないと困るのだよ、なにせ裏の組織、だからな」


 知られたくないはずなのに、わざわざ先に明かしてくる相手の意図が分からず困惑するトルクト。だが決して碌なものではないと直感にささやかれ、ゆっくりと身を起こした彼は目を細め、自らの剣を探す。だがその考えは読まれているようで、外套の男性はトルクトに肩を竦めつつも彼の剣を差し出した。


「まあそう警戒するな。これは商談のようなもの。君にも得のある話だ」

「得、だと?」

「ネマちゃん、だったかな」

「ッ!?」


 その名前を聞いた途端、トルクトは身体の痛みを無視して跳び起き、男性が手にする剣を奪い取って首元につける。呼吸が荒くなるトルクトだが、剣を突き付けられた男性は微動だにしない。


「その子に何をするつもりだ」

「何も。落ち着きたまえ、言ったろう、これは商談のようなものだと」


 男性が両手をひらひらと挙げれば、トルクトはその言葉に隠された意図を探しつつも、ひとまずはと剣を下ろす。


「……何が望みで、何を寄越す」

「話が早いね。こちらの望みは君自身さ」

「なんだと……いや、スキルか?」

「察しが良い」


 男性は褒めるように拍手をすると、トルクトに手を差し出した。


「君を我らが組織、【殲滅】へ招待したい。その報酬は何でもくれてやれるが、今の君が欲しいのは単純に金だろう。なにせ元Bランクの冒険者と言えども、片腕を失い、片足を引きずるような状態ではまともに働けないからな」

「っ、どこまで僕のことを」

「調べたさ、君を捨てた冒険者達に聞いて、ね」


 そう言われれば、トルクトは何も言い返すことができずに黙り込んでしまった。その胸中は悔しさか、憤りか、はたまた寂しさか。そんなトルクトの様子を見て、男性は隣に立ってそっと肩に手を置いた。


「【殲滅】はそのように君を見捨てることはない。癖の強い連中は多いが、誰もが己の役割を持ち、組織のために行動している。中にはお前みたいな訳ありも少なくない。そしてお前が望むのなら、表の世界で真っ当な生活を送れることも保証しよう、仮にどんな犯罪に手を染めていようと、だ」

「…………」


 聞けば聞くほど怪しい組織で、冒険者としてのトルクトの心は反発しており、この場を逃げ出し、ギルドに報告すべき案件であると強く告げている。だが、ここ数日仕事のないトルクトは確かに収入がなく、黒い行いに手を染めてしまっている。そしてなにより、守らなくてはならない大切な存在がいて、そのためにも安定して稼げる手段を見つけなければならなかった。


「……詳しい話は聞かせてもらうよ」

「当然だ、では今日より丁度一週間後、街の中で俺を探し出せ」

「それは……」


 トルクトは目を丸くした。瞬きの間に男性はいなくなっていたのだ。辺りには既に呼吸も足音も聞こえない。先ほどまでの会話が夢だったと錯覚するが、手元には組織についての注意書きが為された紙が残されていた。


「組織については他言無用、か」


 そのような話が怪しくないわけがない。しかしギルドでの今の自らの扱いを鑑みれば、トルクトにはその組織に頼る他なかった。トルクトはしばらくその場で考え、やがて小さく頷くと、スキルを発動し、脳内に浮かび上がる矢印に従い、アトイミレユの街に帰還するのだった。

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