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「歩けるか、ユウシ?」

「うん、だいぶよくなったかも」

「それは良かった。もし辛かったら念のためこれを飲むといいよ」


 4匹のギガスライムを倒した代償に保有する魔力のほぼ全てを失っていたユウシは十数分の休憩の末、テイガに肩を貸してもらってようやく立ち上がれるようになった。しかし体調は本調子から程遠く、そんな彼にトルクトは黄緑色の液体の入った小瓶をいくつか手渡した。


「これは回復薬。下級ではあるけど、ある程度は欠乏症にも効くはずだよ」

「え、いいんですか?」

「討伐は君のおかげだからね。それと……はい、君の鞄」

「あっ、ありがとうございます!」


 トルクトは戦闘の前にユウシが落としていた鞄をユウシの前に置いた。ユウシはまだ自由に歩けない自身を気遣っての行動だと考え、素直に受け取って感謝するが、トルクトはすぐに後ろを向いてしまった。


「まだ辛いところ悪いけど、魔核を拾ったらすぐにこの場を離れよう。いくら近くに魔物がいないとはいえ、長居するのは危険だからね」

「はい!」


 長居して危険なのは、はたして魔物による襲撃だけなのか。しかしユウシもテイガも全く疑うことなく指示に従い、魔核を拾う2人の背中を見てトルクトは再び微笑み、手を固く握りしめた。そんな彼だが、想定外の声に慌てふためく。


「ん?……あーっ!!」

「どうしたユウシ、魔核踏んで壊したか?」

「違うよ!見てこれ!」

「あ?……はぁ!?また『魔女の涙』出たのかよ!?」

「っ!?」


 ユウシが見つけた小さな小瓶。中にはまたもや薄く輝く水色の液体が入っている。だが小瓶の形は以前見つけたものとは異なっており、それが新たな魔女の涙であることはすぐに分かった。


「マジかよ、おいユウシ、お前のその運のステータス俺に分けろ」

「やだ!あーげない!」

「じゃあそれ売った金の半分でいいからさ」

「それもダメ!」

「はー?」


 トルクトの胸中を暗い感情が渦巻いた。こうも希少なものを容易く手に入れることができるのなら、今まで自分や仲間がしてきた苦労は一体なんだったのか。たった1つを狙って盗ろうとして抱いた罪悪感も馬鹿みたいではないか。トルクトは緩めた手を、もう一度強く握りしめる。しかしその手に込められた感情は全く異なっていた。激しい情動のままにその手をユウシに向けようとして、トルクトはユウシがこちらに小瓶を突き付けていることに気が付いた。


「これはトルクトさんへのお礼にするの!」

「……え」

「だって怪我をして大変なのに、僕が戦えないからって1人でスッゴく頑張ってたもん!それに僕たちをここに連れてきてくれたし!」

「はは、そりゃそうだな」

「だから、ほら!……あれ?トルクトさん?」


 トルクトは動くことができなかった。言われたことを頭が理解するまでに時間がかかり、ようやくそれを理解して、トルクトは気付けば涙をこぼしていた。


「え!と、トルクトさん!?」

「あ……いや、すま、ない」

「ユウシ、ほっとけよ。きっと戦いの傷が痛んだんだろ」

「え、っと、じゃあこれは帰ったら渡しますね?」


 ユウシは困惑しながらも魔女の涙、残りの魔核集めに戻る。そんなユウシを見ながら、トルクトは自分の心が恥ずかしくてたまらなかった。


 なんと大人げない幼稚な考えだっただろう。なんと自分勝手な我が儘な行いだっただろう。彼は顔が熱くなるのを感じるとともに、自らの行いを、もう許すことができなかった。


 ただ、いくら自分で自分を許せなくとも、目の前の少年はきっと正直に謝れば許してしまうだろう。それなら、自分の罪は自分で償おう。この森を無事に抜け、街に戻り、ギルドへと辿り着いたあとは……


「あれ、あそこの草揺れてる?」

「ん、小動物かなにかか?」


 何はともあれひとまず謝罪を、とトルクトはポケットに手を入れてユウシの方を向くと、彼らは少し離れたところで最後の魔核を拾っており、その先の不自然に揺れる草むらを見ていた。


 間もなくして草むらから飛び出てきたのは両手で抱えられそうな大きさをした、緑色のスライム。元から草むらが小さかったこともあってあまり警戒していなかったユウシとテイガだが、その姿を見て安堵の息をつく。


「なんだ、スライムかよ」

「わ、この子ちょっと怖い顔してるね」

「っ!?」

「だな、それに普通にこっち近づいて」

「離れろっ!」

「「え」」

【~!】 


 ユウシとテイガが振り向き、駆け寄ってきたトルクトは2人を突き飛ばした。突然の行動に訳の分からない2人。倒れた拍子にぶつけた頭を抑えつつ、テイガはトルクトに文句を言おうとするが、その表情はギガスライムと出会ったとき以上に険しかった。


「テイガ君、ユウシ君を連れていますぐにこの場を離れろ」

「え?そんな、スライム如きに……あれ、どこ行った?」

「て、テイガ……」

「どうした、ユウ、シ」


 名前を呼ばれて振り返るとユウシの表情がどんどん青ざめる様子が分かり、その指差した先を見て、テイガは口をあんぐりと開けて閉じることができなかった。


 視線の先、大木の根元には先ほどの緑のスライムがいて、少し上を見れば、大木の幹に大きな窪みができている。そして間もなくして、窪みが元からあるものではないと示すかのように、大木は半ばから折れて地に倒れた。擦れた木の葉と幹が大きな音を立てる中、ユウシは押されて転ぶ寸前、頭上を何かがかすめた感覚を思い出し、木の窪みがスライムとほぼ同じ大きさであるのに気づいて震えあがった。


 最後まで視線をスライムから外さなかったトルクトには見えていた。あのスライムはギガスライムのように収縮し、直後、テイガとユウシの頭があった付近を超高速で通過していくのを。その後背後でなった大木が穿たれる音を聞き、トルクトは自らの推測が残念なことに外れていなかったことを思い知らされ、スライムから隠すようにユウシとテイガの前に立った。


「2人とも、すぐに来た道を帰るんだ。あれは2人が敵う相手じゃない」

「あ、あれは」

「ゲルセル。討伐ランクはおよそC。君たちが倒したギガスライムの2つ上だ」

「え!?」


 ゲルセルはスライムの上位種とされ、スライムの身体的特徴を有しながら臆病なスライムとは異なり、例え敵が竜であっても襲い掛かるような高い攻撃性を持つ。また討伐ランクは魔物や魔獣の強さを表す指標であるが、Dより上になるとその攻撃が致命傷となり得る危険性を持つことを意味する。ゲルセルは高い攻撃力に加え、その獰猛な性格や攻撃が通りにくい性質からCランクに定められ、それでいて世界各地に広く生息していることから、多くの冒険者に恐れられてきた。


 そんなゲルセルを前に、ユウシは大木をも倒す威力を持った攻撃を行った事実に腰が抜けてしまい、立ち上がることができなかった。トルクトはそんな様子を察すると、剣を構えて真横に走り出した。すると2人は当然ゲルセルと目が合うこととなるが、2人が覚悟をする前に、ゲルセルはトルクトを追いかけるように視線を移す。そしてすぐに身を縮め、弾けたと錯覚するほどに素早くトルクトへ襲い掛かった。


【…!】

「ゲルセルは動く獲物を狙う特徴がある!僕を狙う今のうちに逃げろ!」

「……よし、行くぞユウシ」

「でもっ、トルクトさんが」

「いいから!」


 木々に隠れるようにして攻撃を躱したトルクトに指示され、テイガはユウシを無理矢理立たせて帰路へ走った。ユウシはトルクトがこちらへ頷いたのを最後に反対方向へ走っていくのを見て、ようやく自分の力で走り出した。


「なんだよあれ、あんなのがこの森にいんのかよ!?」

「ねえ、トルクトさん大丈夫なの!?」

「知らねえよ!」


 逃げる2人の背後で、今なお戦いの音は響いてくる。既に数本新たに木が倒れているようで、心配したユウシだが、テイガはぶっきらぼうに返事を返した。


「なんでよ!トルクトさんが心配じゃないの!?」

「だとしても、俺らにはどうすることもできねえよ!ならせめてさっさと森を出て、助けを呼びに行く方がいいだろうが!」


 テイガもテイガで何もできない自分が悔しく、そんな気持ちを知らないユウシの言葉についつい怒鳴り声をあげてしまう。しかし言っていることは間違っておらず、ユウシは言い換えずことができずに2人はしばらく無言で駆け抜ける。


「……トルクトさんはBランクの冒険者だったんだ。ユウシもその戦いを見てたろ?」

「そう、だけどさ」

「大丈夫だろ。なんならあっという間に勝って、こっちに追いつくかもな」


 テイガは半分はユウシを元気づけるための冗談で、半分は本気でトルクトが勝つかもしれないと思っての発言だったが、対ギガスライム戦の最初しか見ていないテイガに対し、ユウシはどんどん追い詰められ、やがてユウシの最終手段に頼らざるを得なくなったトルクトの苦しい表情を知っている。また怪我をした彼がBランク相当の力を持っていないことは彼自身が言っていたことであり、どうしても不安を拭うことはできなかった。


「……え?」

「あっ、ほら、早速来たんじゃねえか?」


 走る2人は後ろから、こちらに1つ近づく音を聞き取った。ただそれが単なる希望的観測でしかないことはすぐに分からされる羽目になる。音は不定期かつ近づくにつれて明らかに大きくなり、やがて立ち止まって振りむいた2人の前に姿を現した。


「て、テイガぁ!」

「マジかよ……!」

【-】


 それは言うまでもなくゲルセルだった。それだけでも軽く絶望に足る感情を2人にもたらしたが、それ以上に、ゲルセルの体内に滲む色に彼らは血の気が引くこととなる。


 ゲルセルの一部が、紅く染まっていたのだ。


「に、逃げなきゃ、逃げ」

【~!】

「伏せろっ!」


 ゲルセルが縮んだのを見てテイガは反射的にユウシの服を引いて倒し、自らもまた屈んで頭を覆う。直後、頭の上を突風が通り抜け、ゲルセルは背後の岩に激突した。


「流石にこれならコイツも……」

【~】

「っ、だよなぁ!」


 振り向いてみれば岩は四散し、上には何事もなかったかのようにふよふよとゆれるゲルセルが。テイガは思わず後ずさりしたが、隣には涙が目の端に浮かぶユウシの姿。息を吐いたテイガは覚悟を決めて鞄を下ろし、杖を腰に差し、剣を鞘から引き抜くと横へ走った。


「テイガ!ダメだよ、無理だよ!」

「どうせ逃げても追いつかれるだけだ、そんならやるだけやってやるよ!」

【~!】

「っ!」


 テイガは自身に視線が向いたのを確認して立ち止まる。そして腰を下ろして剣を構え、ゲルセルが飛び込んでくる瞬間、身を横に逸らし、剣をゲルセルの軌道に置いた。


 命の危険を背後にして、テイガはギガスライムとの戦いである程度飛来する高速のスライムに目が慣れたこともあり、テイガは奇跡的に攻撃を避けるとともに、ゲルセルに剣を当てることに成功した。


 両手で支える剣に走った衝撃を殺しきれず、テイガはその場で尻餅をつく。しかし斬った感触はギガスライムのときと何ら変わらず、やってやったとゲルセルを見れば、そこには何も変わった様子の無い敵がいた。


 スライムの上位種たるゲルセルは、高い斬撃耐性を持つ。ギガスライムは身体の中心を斬りかかった際、途中で端から再生が始まったが、ゲルセルは斬ったそばから即座に再生が始まる。そのため、ゲルセルの体格よりも幅が広い大剣もしくは再生速度を上回る程の速撃でないと意味をなさず、今のテイガでは剣で立ち向かうことができなかった。


 テイガはそれでも再び剣による迎撃を試みるが、奇跡は2度は起こらず、躱すことは出来たものの、当たり所が悪かった剣を支えきれずに吹き飛ばされてしまった。


「……ハッ、そもそもギガスライムを剣で倒せなかった時点でそんな気はしてたんだ、だから俺は魔法で挑むぜ!」

【!】


 テイガは剣を拾う選択肢を捨て、立ち上がるとすぐに木の裏に隠れる。そして比較的安全にゲルセルの攻撃を躱すと、光り輝く杖をゲルセルに向けた。


「行くぜ!-俺の魔力、その力を風に変え、数多の刃を作り出し、撃ち出せ!『風刃乱舞』!」

【!】

「い、いつの間に!?」


 先ほどの1回で感覚を掴んだテイガは再び魔法を成功させ、初めて見るユウシが驚く中、ゲルセルに風の刃が襲い掛かる。


「うおおおお!!」

【~!】

「がんばれ、テイガ!」


 しかしゲルセルは収縮運動を行わずとも、身体が削れたギガスライムより速く、小回りの利いた動きを可能としていた。そのためテイガの風の刃の雨を、掠ることなくゲルセルは避ける。幸い動きながら収縮することはなく、強烈な体当たりを繰り出すことはできないようで、1人と1匹は膠着状態に陥った。テイガは魔法が当たるまで続けようと魔力を込め続け、ユウシもそんなテイガを応援した。


 だが、先に限界が来たのはテイガの方だった。ギガスライムとの戦いでも少なくない魔力を消費していたテイガは突然、糸が切れた操り人形のように立てなくなり、地面に膝をつき、杖を落としてしまう。魔法も供給が止まったことで霧散してしまい、テイガは自由になったゲルセルが縮むのを見た。


「これが、欠乏症かよ、くそっ」

【~!】

「流石に次は避けらんねぇ……っぐ!?」

「テイガぁっ!?」


 震える腕でなんとかガードを試みるも、ギガスライムの攻撃は腹部に直撃し、テイガはギガスライムとは比べ物にならない衝撃を受けて吹き飛ばされ、後ろに会った木々へと叩きつけられた。欠乏症で薄れた意識を激痛が強制的に引き戻したことでなんとか意識は保たれたが、激しく咳き込むテイガが受け止めた手には赤い飛沫が見えていた。


「テイガ、テイガ!」

「ごほっ、ゆ、ユウシ、逃げ、ろ」

「そんな、できないよ!」

「いい、から!」


 しかしユウシはテイガの言葉を無視して鞄を漁る。幸か不幸か、動きを失ったテイガにゲルセルが追撃することはなかったが、その視線がユウシに向いたことでテイガは痛みを忘れて大声で叫ぼうとする。


「ユウっ、ゴホゴホッ」

「あった!テイガ、これを受け取って!」


 鞄からユウシが見つけたのは、先ほど気休め程度としてトルクトからもらった回復薬。既に収縮を始めたゲルセルを見ていたテイガにしてみればそれどころではなかったが、ここで予想外の出来事が続けて起きた。


「行くよテイガ、それっ!」

「はぁっ、投げっ!?どこに!?」

【!!】

「えっ、ゲルセルが!?」


 まずはユウシが回復薬を投げたこと。ユウシは焦るあまり忘れているが、回復薬は瓶の中に入っている。つまり着地と同時に割れる可能性が高く、破片で逆にテイガが傷つく恐れがあった。


 次にユウシが明後日の方向に投げたこと。ユウシはいたって真面目だが、なぜかテイガのいる方向とは直角と言って良いほど真横方向に薬は飛んでいき、テイガは受け取る準備も取ろうとしなかった。


 最後に、ゲルセルがユウシではなく薬に向かって飛んで行ったこと。これはいくつか理由があるのだが、そのうちの1つはそれまでどおり、動きが大きいものを敵と認識していたから。これにより、明後日の方向にユウシが投げたことで、ゲルセルも結果的に離れた場所に飛んで行った。


「よ、よくやったユウシ」

「え?なんでそっちに?」

「こまけえことは後だ……とにかく、薬をなげて、そのうちに逃げるぞ」

「え、でもさっきので薬最後だよ!?」

「マジかよ……」

「あ、でも」


 光明が見えたと思ったテイガだが、既にユウシが回復薬を飲んでおり、手元に残された回復薬はもう無かった。ここで早くも帰ってきたゲルセルに対し、ユウシが取り出したのは、先ほど拾った『魔女の涙』。


「これならあるよ!」

【!?】

「ゲルセルの反応が違う!よし、ユウシ、それを投げろ!」

「でも、これはトルクトさんので……」

「はやく、ゴホゴホっ!」

「う、うん!」


 苦しむテイガを見てそれどころじゃなくなったユウシは後ろを向いて魔女の涙を放り投げる。幸い多少上寄りではあるが前にそれは跳び、ゲルセルはそれを逃さぬようにと大きく縮み、地面が軽く凹むほどの勢いをつけ、魔女の涙をしっかり捕獲しながら、森の奥深くに消えていった。


 ゲルセルが回復薬を追ったもう1つの理由、それは回復薬に多分に魔力が含まれていること。とある薬草を煮詰めて作られる回復薬。そのもととなる薬草は他の野草よりも魔力を含む性質を持ち、回復薬はその魔力を用いて回復作用を引き起こしており、ゲルセルは純粋に魔力を求めて回復薬に飛びついた。


 ではその回復薬が『魔女の涙』に変わったらどうなるか。光輝くほどに魔力を含んだそれは、ゲルセルからしてみればご馳走である。ゲルセルはそれまでの戦闘で動力源である魔力を欲していたのか、餌場を侵す外敵の駆除よりも目の前のご馳走を優先し、結果、ユウシとテイガはひとまず危機を脱した。ユウシは胸をなでおろしたが、テイガが再び咳き込むのを見て慌てて駆け寄った。


「テイガ、大丈夫!?」

「あぁ、なんとか、な。咳は出るけど、どっちかっつーと欠乏症の方が辛ぇかもな」

「そっか、じゃあほら、捕まって」

「おんぶは無理だろ。けど、肩は借りるぜ」


 ギガスライムの討伐後とは逆に、テイガはユウシに支えられて歩き出す。森の外まではそこまで遠くはなく、今いる場所からでも木陰のない日向の草むらが遠くに見えていた。2人は今すぐにでも走って逃げだしたい気持ちではあったが、しかし頭がふらつくテイガにはそれが叶わず、ユウシもテイガを捨てていける筈もなく、気持ち僅かに早歩きをする程度にしか急ぐことはできなかった。


 道中ユウシは何度か話しかけようとしたが、テイガには受け答えする余力はない。辺りに木々が鳴る音だけが響き、2人は息を潜めて前に進む。


 一歩、二歩。再びゲルセルと出くわす緊張感と戦いながら、彼らは確かに前に進む。恐怖で足が竦んでしまいそうだったが、今のユウシには心の支えがあった。


「もしももう一回ゲルセルが来ても、もう1つ魔女の涙はあるからね」

「ああ」

「だから大丈夫だよ、テイガ」


 ユウシはテイガを支える逆の手で鞄を抱きしめて進み、やがてあと数メートルで森を出るところまでやってきた。ようやくテイガも1人で歩けるようになろうといったところで、背後から不穏な接近音。2人はそれを聞くと顔を見合わせ、森の外まで駆け抜けた。


 結果、彼らは森を抜けることに成功した。だが、心のどこかで願っていたゴールは、全くゴールなどではなかった。森を出て振り向く2人の目に映ったのは、続けて森を飛び出したゲルセルの姿だった。


「ゲルセルも森から出てくるの!?」

「そりゃ、そうだよ、な」

【~】


 これが普通の場合であれば、ゲルセルは途中で諦め、餌場を新たな縄張りにするために戻ったかもしれない。しかし、ゲルセルはそれ以上の餌を見つけてしまった。であれば、平原よりも魔力が多少多い程度の森にこだわる必要もない、とユウシ達を追いかけることを本能的に行っていたのだった。


 まさか森を抜けるとは思わなかったユウシだが、息をのむと鞄を開いて漁り始める。とても希少であり、できればどんなものなのか飲んでみたい気持ちはあったが、それでも命には代えられない。ユウシは鞄の中を探し、探し、探した。


 だが、目当ての小瓶はどこにもなかった。


「……ユウシ?どうした?」

「ない。全然見つからない」

「は?まさか、落とした?」


 ユウシ達は知る由もない。トルクトが何故ユウシ達に協力したのかを。

 ユウシ達に知る術はない。もう1つの魔女の涙がどこにあるのかを。

 ユウシ達が疑う訳がない。トルクトが既に、魔女の涙を盗んだ後ということを。


 ユウシは気付くことができない。鞄を漁るのに夢中で。縮小するゲルセルに。


「ユウシ!避けろーっ!」

「え?」

【~!】


 ゲルセルは弾け、ユウシの鞄に命中し、鞄の中に入っていたユウシの手は、鈍い音を立てて砕けた。

 

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