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「ーっ!ユウシ、君は後ろの広場に逃げ込め!」
「わ、分かりました!」
【【!】】
討伐を決心したトルクトはユウシに指示を飛ばし、自身もまた剣を左手に広場へ走る。そして先に走っていたユウシに体当たりしようとしていた個体に剣を突き刺して動きを止め、剣を引き抜くと自身に迫るもう1匹の攻撃を躱しつつ、相手の勢いを利用して身体のごく一部を切り飛ばした。
「あれで利き手じゃねえのか……!」
「テイガ!君は帰路の1匹を!」
「!ああ、任されたぜ!」
【ー!】
トルクトはの身のこなしに魅入っていたテイガだが、目の前のギガスライムが体当たりをしようとしているのに気づく。壁とも錯覚する黄緑の巨体が迫ることに前身の鳥肌が立ったが、それでも頼もしいトルクトの指示を背中に受け、テイガは脚に力を込めて横に跳び、間一髪攻撃を回避した。
【~!】
「そっちじゃねえ、お前の相手は俺だっ!」
【!】
ギガスライムはテイガなど眼中にないと言わんばかりにユウシ達の方へ跳んでいこうとする。テイガは鞄と剣の鞘を道の端に投げ捨てると、威勢を上げ、先ほどのトルクトを真似るようにして、身を収縮させていたギガスライムに剣を突き刺した。ギガスライムの身体は柔らかくも奥に進むにつれて抵抗が増し、テイガの剣は鍔に達する前に奥まで進まなくなった。
それでもギガスライムは動きを止め、最低限役割は果たせたようである。ギガスライムの目がこちらを向いたことを確かめ、テイガは剣を抜き、体勢を整えようとした。しかし手に力を込めても、剣は全く動かない。
「なんだこれっ、かてぇっ」
【ー!】
「テイガっ!危ないっ!」
「マジかよ……ぐっ!」
テイガが剣を手放して回避しようと思ったときには既に遅く、ギガスライムの身体が膨らんだかと思った次の瞬間、テイガは体当たりを正面から受けて吹き飛んだ。かろうじて頭を守り、飛んだ先も落葉が堆積していたことで衝撃の軽減を助けた。
「テイガ、大丈夫!?」
「ああっ、これならモモコの一撃の方がまだキツいな!」
【~】
立ち上がって埃を叩くテイガには、冗談を言ってユウシを安心させる余裕があった。その余裕が嘘でないことは、すぐに再び繰り出されたギガスライムの体当たりを躱したことで証明される。ただそれもまたギリギリの回避であり、少しでも反応が遅れれば攻撃を受けてしまいかねないものであった。
その原因はスライムの巨体に対する道の狭さ。その幅はギガスライムが2匹横に並べるかどうかといったところで、木の根がところどころ飛び出していることも考慮すれば、足場の状態に左右されずに移動するギガスライムとの戦いはそれだけで不利となる。
泣き言は言っていられない、と落とした剣を拾って構え、テイガは今度はギガスライムが縮まる前に斬りかかった。身体の中心目掛けて振り下ろされた刃は水にいれるように簡単に入ったが、ある程度まで進むと斬れた身体の左右はゆっくりと近寄ってやがて元通りにくっついてしまった。
何一つダメージが入っていない様子のギガスライムに対し、テイガは速度を上げて斬りかかる。しかし身体がくっつく前に剣を振り切ることはできても、そもそも剣の長さが足りず、身体を両断するには至らない。
【~】
「マジかよ、そもそも剣じゃ倒せねえのか……!?」
「テイガ、端から小さく切り落とせ!」
「!」
全く手ごたえがないことに剣での討伐が不可能だと考えたテイガはチラリと放った鞄に視線を向けたが、トルクトの大声を聞いて振り返った。今も2匹のギガスライムを相手に立ち回る彼は片方の体当たりを躱し、もう片方が身を縮める間にテイガへ一瞬視線を向けた。そしてギガスライムが膨れる直前に横へ数歩踏み出し、元居た位置に跳ぶギガスライムを難なく躱すと、すれ違いざまにバケツに収まる程度の身体を切り飛ばした。
吹き飛んだ断片はやがて地に落ちて薄く広がる。それだけでは大した効果があるようには見えないが、テイガは辺りにいくつも同様に広がった断片があることに気付き、また、トルクトが相手している2匹のギガスライムの大きさに差が「右に跳べっ!」
「!はっ」
【ー!】
トルクトの方を見ている時間が長かったテイガは自身の目の前にいるギガスライムが収縮している動きに気付いておらず、トルクトの指示により、地面を転がりながらもなんとか攻撃を避けることに成功した。
「剣で身体を削いで弾き飛ばす感覚だ!あとは、慣れてくれ!」
「は、はい!」
「道を戻れば多少広い場所があった!そこなら指示は出せないけど、戦いやすいはず!」
「分かり、ました!」
今度は話を聞くことに集中し過ぎず、冷静に攻撃を避けたテイガは少し考えた末に鞄と鞘を拾うと、間違ってもギガスライムがユウシ達の方へ行かないよう
気を引きつつ、元来た道へ引き返した。
「テイガ、勝ってきてね!」
「そっちもな!」
端の方で落ちている石や枝でギガスライムの意識を邪魔するよう頼まれていたユウシと互いに声援を送りあい、テイガは追ってくるギガスライムと適度な距離を保ちつつ、安全な足場を選んで道を駆け抜けた。そんな背中を見て一抹の不安が拭えず、どうにか勝利まで行き着くことを願う、そんな思いを、トルクトは心の中で殴りつけた。
「(中途半端な偽善者め)」
危険な目に合わせておきながら守りたいと思う自分に、逃げ出せるのに逃げ出さない自分に悪態をつく。彼は失われた右腕と共に今なおズキズキと痛む右脚の痛みを歯を食いしばって耐えながら、2匹のギガスライムを視界に入れて深く息を吐く。頬を伝う汗を拭い、身を縮めるギガスライムを睨みつけ、飛んでくるギガスライムへ、彼は剣を合わせた。
- - - - -
「トルクトさん、流石は元Bランク冒険者って立ち回りだったな」
想定外に対して冷静に判断を下し、視野を広く持って指示を通す。それでいて自身は2匹のギガスライムを相手に攻撃を受けることなく、腕を失っていても着実にダメージを与える。テイガは自分との明らかな差を改めて実感していると、やがて木々の開けた場所に出る。後ろを見ればギガスライムとの距離はいつの間にかさらに空いていて、テイガはこのまま走れば逃げ切れるといった確信を得る。もう少し遠くまで連れていき、そこで撒いてからユウシ達の元へ戻るのが最適解だろうか。テイガはそう考えた。
しかしテイガは開けた空間の中央で立ち止まり、ギガスライムの接近を待つ。その胸を占めるのは高揚。スライムのような容易な相手でもなければ、劣竜のような挑む前に負けを確信する相手でもない。ギガスライムという、自分の全力を出し切って勝てるかどうか分からない、そんな強敵を前にして、またトルクトの戦う姿を見て、戦い方を教わって、テイガは負ける気がしなかった。
やがて小さかった地響きが少しずつ大きくなり、ギガスライムの姿が近づいてきた。テイガは準備運動をすませ、目を瞑って深呼吸をする。そしてギガスライムの音が止むと目を開き、収縮運動に合わせてテイガは動き出した。
「行くぜっ!」
【~!】
テイガは横方向に走り出し、ギガスライムの突進を余裕を持って躱すと身を翻し、ギガスライムに後ろから斬りかかる。身体の表面少し下を狙った一撃は目測通りに斬り進み、途中で手前に引いて身体を掬う。するとギガスライムの身体は切り分けられ、テイガはバットを振るうように剣で分裂体を遠くへ飛ばした。
【!?】
「よし、成功!……とはいえ、これ、何回繰り返せば倒せんだ……!?」
ギガスライムと目が合ったために一歩下がり、その身体の全貌を見るが、1回身体を切り分けた程度では見た目に変化は現れない。このとき、ふとミドルスライムを倒した記憶が蘇る。ミドルスライムは身体を半分に両断しても倒せず、そこから2度切り分けることで討伐に成功した。ではもしもギガスライムでも同じことが言えるのなら。テイガの視界にギガスライムの収縮が映り、テイガは横に走って回避した。
「そんな細けぇことは後でいいや、とにかく斬って斬って斬りまくる!」
【~!!】
先ほどと同じようにテイガはギガスライムの身体を剣で斬る。しかし今度は先ほどよりも中央に近い位置で斬りこんでしまい、くっつき始めた身体を見て慌てて弾こうとしたが、うまくいかずに剣と少量の分裂体のみ飛んで行った。加えた力は大きかったが、得られた成果は小さくなり、テイガは思わず舌打ちをする。そして今度はすぐに収縮せずに後ろに離れようとしたギガスライムの動きを見て、テイガは追撃に動いた。
繰り出された一撃は、深すぎないように意識をし過ぎたためか、逆に浅い位置を薄く斬る形となる。そのため剣はすぐに振り切ってしまい、分裂体はそのまま足元に落ちた。とはいえ深すぎて失敗したのに比べれば特に問題はなく、テイガはむしろ浅い位置で素早く斬る動きが力を込めすぎる心配もなく、効率が良いだろうと考えた。このときはまだ、その大きな代償に気付くことはなかった。
素早い攻撃を意識する内に、テイガはギガスライムが収縮する途中で後ろに回り込んで身体を斬ることも試した。すると水のように軽い身体が多少の弾力を有するものへと変わっており、斬り飛ばすのに若干の力を加える必要があった。しかし変化はそれだけではなく、収縮中の身体は多少流動性が失われており、斬られた部分が修復されるまでにより時間を要していた。
「なるほどな、収縮中を狙えば、一気に身体を削れるってことぐへっ」
【ー!】
「ぺっぺっ、くっそ、油断したぜ」
意気揚々と収縮中の身体に近づいたテイガは先に躱したつもりが、動きが早すぎてギガスライムが逃げた先に跳ぶ方向を変えており、テイガは再び巨体の体当たりを喰らう羽目になった。転がった拍子に口に入った土を吐き出しつつ、テイガはゆっくりと立ち上がる。平均以上の防御力を示すステータス表記は間違っていないようで、体当たりを諸に受けたのに対して身体にはそこまで影響を感じていない。それに気づくとテイガは不敵な笑みを浮かべ、続く動きがより攻撃的なものとなった。
「そうだよな、いくら固くなってもその身体じゃそこまで痛くねえよな!」
【!?】
「このまま全部細切れにしてやんよ!」
そう言って調子に乗りながらも、無駄に攻撃を受けない意識は絶やさない。テイガは収縮し始めてから膨れて跳ぶまでの時間を時間を測り、その半分を超えるまでは視界から外れるように動き回り、それから背後や側面を狙って身体を斬り飛ばす。そしてギガスライムが跳ぶのに合わせて走り出し、追いつくや否や飛び込むように斬りかかる。テイガはそうして順調にギガスライムの身体を削っていった。
ふと、違和感を感じたのは、ギガスライムが明らかに小さくなったと実感してから数分後。ようやく自身の身長がギガスライムと並ぶようになり、討伐に確かな期待が持て始め、跳んだギガスライムに追いつこうとしたとき。それまでギガスライムが収縮するのは早くてもテイガが1度斬り終えた後だったが、今回は剣を振るう前から既にギガスライムは身を縮め始めていた。そのときはギガスライムもようやく本気を出したのかと思っていたテイガは、しかしそれでも余裕を崩さず、後ろに回り込んで2、3度の攻撃を加えた。
【~!】
「いや、やっぱ、おかしい」
それからさらに数分後。ギガスライムが自身の首下の大きさにまで小さくなった辺りでテイガは変化を確信した。収縮後に跳んだ際の飛距離が伸びている。ギガスライムは小さくなったことで身軽になったためか、このときは最初の倍近い距離を移動するようになり、テイガは長い討伐により疲れ始めていたこともあり、ギガスライムが最短時間で収縮を始めたとき、次の跳躍までに攻撃を加えることができなくなった。
それでもなんとか攻撃を続けて数分後、ギガスライムは加速する。身軽になっても出せる力はほとんど変わりないのか、飛距離に伴って攻撃の速度が上がっていった。この頃になるとテイガは跳んだ先で追いついて攻撃を行うことがほとんどできなくなっており、攻撃の仕方を切り替える必要性が出てきていた。
【!】
「はっ、それでも、モモコの不意打ちと比べれば!」
その場で立ち止まり、跳んでくるギガスライムを迎撃する形で剣を構えるテイガは軽口で自らを鼓舞し、ギガスライムの初動からその軌道を推測して動き、剣を合わせれば、ギガスライムは自ら斬られる形で剣を受ける。そうすれば切り落とせない機会は増えたものの、逆に一度に多く斬れることもあり、走らなくなったことで乱れていた呼吸を落ち着けることができた。
「とはいえ、そろそろしんどくなってきたな……」
テイガはギガスライムが斬られてから次の収縮を行うまでの間、剣の切っ先を地面に下ろすようになっていた。それもそのはず、テイガはここまで長時間金属の剣を持っていたことはなく、まして休憩もなしにほとんど全力で振り続ければ、剣を持つ腕も重く感じていた。
早く討伐させてくれ。テイガはそう願いながら剣を振るうが、ギガスライムが本気を出すのはこれからだった。
【!】
「なんだ、攻撃が遅くなった……?」
【~!】
「っ!」
いよいよミドルスライムのような腰辺りの高さにまで小さくなったギガスライムは、急に体当たりの速度が遅くなったかと思えば、着地後に時間をおかず、跳ね返るようにしてテイガに襲い掛かった。これにはテイガも反応しきれず、なんとか転がるようにして避けるので精いっぱいだった。
ギガスライムは身軽になったことで余力を持って跳躍することが可能となり、素早い連撃を可能としていた。増して凶悪なのは、必ず連撃を行うわけではないことや、連撃が2回に留まらないこと。テイガは避けるのが困難な一撃か、避けるのは容易いが絶え間なく跳んでくる連撃を見極めて反撃しなくてはならなくなった。
判断を間違えても大丈夫なよう、大げさに避けることで被弾は避けられたが、攻撃を当てることは更に難しくなった。一撃と読んで連撃だった場合、横に動いてからの攻撃は空振り、体勢を崩して立て直した直後に次の攻撃に襲われることとなる。対して連撃と読んで一撃だった場合、剣を構えた直後に跳んでくるため、位置を合わせることなどできず、最悪切っ先に触れて剣を持っていかれないように力を余分に使うだけとなった。
そんな状況に追い打ちをかけるのは足場の悪化である。スライムを討伐した際とは異なり、分裂体は薄く広がってもすぐに消滅することはない。そんな分裂体は水分を多く含んでおり、土の上に広がった分裂体は足を取られるぬかるみを作り出していた。
これまでに幾度も分裂体を切り落としてきたことで、テイガの周辺一帯は長い雨が降った後のような、湿地帯を思わせる土壌となっていた。ぬかるんだ土壌は移動に負担をかけるだけではなく、ふとしたときに滑りやすくなっており、ギガスライムの動きばかりに気を取られていたテイガはそのことに気が付いていなかった。そのため、連撃を躱そうと大きく踏み出した1歩が滑ってズレたことに対し、何も反応することができなかった。
「はあっ、なんだこれ、いつの間にっ」
【ー!】
「っ!しまっ……がはっ!?」
転んで立ち上がれなかったテイガは防御の構えすら間に合わず、ギガスライムの体当たりを顔面で受け止めることとなった。連撃の最後でかなり威力が減衰していたとはいえ、頭に響くダメージは大きく、テイガは剣から手が離れ、地面の上に横倒しになった。
「はぁっ、はぁっ、やっべぇ、力、入んねぇ……」
起き上がろうと地面に手をつくと泥に手が埋もれ、身体を起こそうとしても震える手はなかなか身体を持ち上げることができない。先に追撃が怖いと思いなおしてギガスライムを見れば、明らかな隙に対して攻撃しようとせず、ふるふるとその場で揺れていた。
【~】
「……はっ、もう勝った気で、いるのかよ」
今の見た目がただのスライムにしか見えず、それにすら敵わないと示されているようで腹が立ったが、それでもその余裕はむしろ立て直すのにありがたくもある。テイガはなんとか身体を起こすと辺りを見渡すが、泥に埋もれた剣はなかなかすぐには見当たらなかった。
【ー】
「はやく見つけねえと……あっ」
ギガスライムの動きが変わったことで焦るテイガ。あるはずもないような遠い場所まで目を向けていたが、そのおかげでテイガは逆に見つけることができた。もしかしたら使うかもしれないと思い、持ってきていた自身の鞄を。
「……一か八か、だな」
【!】
「くっ!」
テイガはなかなか動かない足を無理矢理押し出して走り出し、ギガスライムは標的が動き出したことですぐに収縮を始める。そして跳躍したその動きは全力のいちげきだったが、テイガは既に鞄に手が届く距離にいて、飛び込むようにして躱しつつ、鞄を腕の中に収めた。
テイガは起き上がることもギガスライムの位置を確認することも忘れて鞄を漁り、見つけたのは黄緑の魔導石の杖。それを手にして身体を起こしたテイガは思わず笑っていた。一しきり笑った後、ふよふよと揺れ動くギガスライムに向け、輝きを放つ杖を向ける。
「もう、駄目でもいいや、とにかくぶっ放す。……駄目でもいいんなら、どうせならやるだけやってみるかぁ」
そういってテイガが思い出すのは馬車の中から見たローテナの魔法。今までは初級の球弾魔法ができないうちは無理だろうと決めつけていたが、幸い今のテイガにはそのような思考の邪魔をする余裕はない。テイガは2つの魔法を思い出し、そのうち1つを選択する。
「今は数、数で押す……っし、行くぜ!-俺の魔力、その力を風に変え、数多の刃を作り出し、撃ち出せ!『風刃乱舞』!」
【~!?】
薄れた記憶は直近で見ていたユカの『火球乱舞』で補強したテイガ。彼の杖の輝きはやがて宙に1つの球体を作り出し、テイガが杖を振り下ろす動きに合わすと、球体の中から無数の刃が飛び出した。
自身の風球の際は、どうしたら風で球を形成できるのかが不思議で仕方がなかった彼だが、今は難しいことを考えることはできない。ただ目の前のギガスライムを倒そうと記憶にある刃を思い浮かべて魔法を放てば、形は自然と出来上がっていた。
細かい制御が為されていない『風刃乱舞』は大きさも大小バラバラで、ほとんどがまっすぐ前に飛んでいかないが、逆にギガスライムの動きを牽制するのにつながった。やがていくつか命中した刃がその身体を斬り裂き、宙にスライムの断片が舞う。それでも刃はしばらく途絶えず、ギガスライムはどんどん小さくなっていった。
【……-】
宙に浮かんだ光の球が無くなり、刃の雨が止んだ後、ギガスライムはまだ動いていた。大きさは両手で持ち上げられそうなほどにまで小さくなり、全身を漏れなく切り刻まれたことで角ばった身体になっているが、身体を揺らすと次第に潰れた球体に戻っていった。
【ー?】
あと少しで倒れそうだったギガスライムは恐怖を感じたのか、すぐにテイガの元を離れようとした。そして小さく跳ねるようにして距離を取り、彼がいた場所を見ると、そこには彼の姿はない。どこにいったのかと周囲を見渡してもすぐには見当たらず、ギガスライムはふよふよと揺れた。
【?】
「どこ見てんだよ」
【!?】
突然上から声が聞こえたかと思えば、ギガスライムの身体を剣が貫いた。当然突き刺したのはテイガ。彼は魔法を放った後、薄々倒しきれないことは気付いていたのか、その場に杖を捨てて元居た場所に歩き、落ちていた剣を拾っていたのだ。
「俺が動いてないと思ったかよ。甘いな」
【~!】
「じゃあな、ギガスライム。お前は強かったぜ」
テイガは剣を引き抜き、ギガスライムが身体をつなげる前に、その剣を振り下ろす。相変わらず抵抗のない身体は両断され、半分になったギガスライムはとうとう限界が来たのか、最後に小さく揺れると形を崩し、分裂体のように薄く潰れて広がった。やがて小さな体は光を放って消えていき、後にはスライムのものとは比べ物にならない大きな魔核だけが残された。
「討伐、完了」
叫ぶ余力もなく、テイガは魔核を拾い上げると、そのまま地面に倒れ込んだ。全身泥だらけになりながらも大の字になる。
「あー、終わった終わった。マジつれぇー……けど楽しかったなぁ」
テイガは握りしめた魔核を見て、笑みを浮かべる。結果的に1人での討伐とはなってしまったが、自らの力で成し遂げた強い魔物の初討伐。剣技はところどころに粗が目立ち、魔法も無駄がかなり多い。それでも成功は成功である。全身動かすのが億劫なほどに重く、目を瞑れば眠ってしまいそうなほど疲れているが、その顔には確かな達成感があった。
テイガは夢に向かって大きく進んだことへの喜びを胸に、空いている手を高く掲げ、強く握りしめた。
「次はもっとうまくやる。その次はもっとうまく。さらに次はもっと!そして俺は」
ドォオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛ン゛!!!
オオオォォォン
ォォォン……
雰囲気をぶち壊すような爆音が森中を駆け巡り、振動と衝撃がテイガを襲った。何が起きたのか分からないまま意識は不明瞭になり、なんとか身体を起こせるようになったときにはひどい頭痛に見舞われ、視界はぐわんぐわんと揺れるようだった。
「い、一体何が……?…………あ」
しばらく頭痛と戦った後、呆けていたテイガに思い当たった1つの原因。連想されるのは親友の顔。
「あれ、最終手段って話だったよな?……行くか」
冷静に考えられるようになれればかえって底知れぬ不安を覚え、すっかり眠気も吹き飛んだテイガは剣を杖代わりに立ち上がり、鞄を拾って歩き出す。存外ダメージが大きかったのか、何度もふらついて木に手をつきながらも広場を目指し、やがてテイガの目に入ったのは仰向けに倒れるユウシの姿だった。辺りにはトルクトの姿も無く、テイガは自らの血の気が引くのを感じながらも、すぐにユウシに駆け寄って揺さぶった。
「おい!ユウシ、しっかりしろ!」
「うぇ?あ、テイガぁ」
「ユウシ!無事か!?」
「大丈夫だテイガ君、ただの魔力欠乏症だし、ギガスライムはみんな倒れたよ」
ギガスライムにやられて倒れたとばかり思っていたテイガだが、よくよく見ればユウシの服はほとんど汚れていない。そこにトルクトからの説明もあり、テイガはようやく胸をなでおろすと、張っていた気が抜けてその場にへたり込んだ。その音を聞いてユウシが首を回してテイガを見て、泥に塗れた服装に目を丸くする。そしてそのことを尋ねれば、テイガは誇らしげに手を挙げた。その手には魔核が握られていた。
「ああ、なかなか苦労はしたけど無事、討伐までやり遂げたぜ」
「わぁ、スッゴーい」
「剣だけで倒したのか、ギガスライムを」
「いや、最後はちょっと、魔法も使いましたね」
ギガスライムのみならず、ある程度強いスライムはその身体の性質上、軽い斬撃や打撃を受けても身体を修復してしまう。そのためスライムは基本的に魔法による討伐が推奨されており、ことギガスライムにおいてはその巨体を用いた攻撃の危険性から、遠距離の魔法で討伐することが常識であり、トルクトが行っていた方法はあくまで苦肉の策でしかなかった。
そんな方法で、冒険者でもなく、まだ前期も終わっていない時期に学生が、1人で討伐できた。対して、自分は。トルクトは固く手を握りしめる。
「トルクトさんの方はどうだったんですか?」
「ああ、あの後他にも2匹ギガスライムが帰ってきてね」
「はぁ!?」
「それまでの戦闘で身体が限界に近かったから、ダメ元でユウシ君の最終手段に頼った結果がこれ、さ」
トルクトが広場を指差し、テイガも辺りを見渡せば、大きな魔核が4つ転がっている。それはつまりギガスライムの討伐に成功した証拠である。テイガは頬をひくつかせた。
「俺が苦労して、ようやく1匹倒したのに?」
「それだけじゃない。あのあと、新たなギガスライムが近くにいないか、辺りを見回っていたんだけど……」
テイガが広場についたとき、彼がいなかったのはそういうわけであった。木々の間を抜け、周辺一帯をくまなく探したトルクトが見つけたのは、ところどころに散らばる小さい魔核や気絶した小動物。
「あの魔法は危険だね。スライムやミドルスライムは倒れていたし、生き物の気配はなくなっていたよ」
「マジか。そっか、それで欠乏症にさえならなきゃ完璧なのにな、ユウシ」
「わぁ、そうなのぉ?」
「駄目だ、完全に溶けちまってら」
脱力しきって頭も働いていない様子のユウシにテイガは苦笑するしかなく、テイガもまた、心地の良い森の中で半分意識が眠りにつこうとしていた。そのため、後ろにいるトルクトの憎悪とさえ思えるような強い視線に、2人が気付くことはなかった。
だが、ここは魔物が生息する森の中。たとえ周囲に気配はなくても、危険が消え去ったわけではない。もしもトルクトが平常心なら、この事態にも気づいていたかもしれない。一見和やかに見える森の広場に1つ、木々を打ち鳴らす強い風が吹き抜けた。
ー ー ー ー ー
≪常緑の森≫――年中緑で溢れたこの森にはいろんな野生動物と魔物が生息しており、アトイミレユの街によって管理されることで、命を脅かす魔物や魔獣は率先して討伐される。
ということは、命を脅かす生き物が、この森には現れるという事実に他ならない。そんな森の中を、ある1匹のスライムがふよふよと揺れていた。
【~】
オォォォン……
【!】
そう遠くない場所で鳴り響く炸裂音を感じ取り、その個体は警戒心を露わにする。少しして、音から逃げてこちらへと向かってくる生き物たちが通り過ぎていく。その流れが生んだ風は、そのスライムの元へ多分に魔力を含んだ空気を届けた。
【~!】
風が吹いた元には餌である魔素が豊富にある。魔物の本能がそう告げており、そのスライムは周囲の生き物とは反対に、音のなった元へと動き出す。その速度はただのスライムとは比にならない。まるで獲物を狙う肉食動物のような鋭い目をしたそのスライムはやがて、耳の役割も併せ持つその表皮で3人の人間の会話を感じ取る。
そのスライムは、温厚でもなければ臆病でもない。目にした外敵を排除するだけの力を持ち合わせている。敵と定めた生き物が動かなくなるまで、執拗に追い回す。そんなスライムが今、質のいい餌場を求め、森の中を飛ぶように跳ねた。




