25
「ねえ今月末、なんか大会あるらしいわよ」
「大会?」
春後月第1週2日目の昼食時。ユウシが昇級したことで監視者がいなくなり、口を滑らせて座学の講義で居眠りしていたことを話してしまい、フーシュから凍てつく視線を貰ったモモコが苦し紛れに試みる話題の変更。モモコは講義が始まる直前に大会の存在について話す同級生の会話を聞き、少し気になったはいたが気付いたときには講義が終わっており、話を聞き逃していた。
「モモコちゃん?それってつまり、講義を全部聞いてなかったってこと?」
「そ、そんなことは、まあなんていうか!」
「モモコちゃん、座学の講義っていうのは将来の自分のためになることで……」
衝撃の事実の暴露に加えて言い訳が始まろうとしていたモモコに、フーシュはお説教を始めた。ユウシもテイガも大会がどんなものか気になって予想でもしあおうとしていたのだが、2人にはフーシュを邪魔することはできなかった。
助けを求めるモモコの視線から目を逸らし、余所見するモモコにフーシュの声のトーンが一つ下がる。その結果、説教が終わってもだれも一言も発することができず、一同は冷えた空気感のまま、食堂を後にすることとなった。
そんな訳で静かに午後の講義の場所へと移動する途中、いざ大会の存在を知れば、すれ違う生徒達の会話の中にも大会の言葉が多く含まれていることに気がつく。そのうちのいくつかを注意して聞けば、大会のある程度の詳細を知っている生徒はいて、ユウシ達は『魔物討伐大会』の存在を知った。
「魔物を倒して、討伐した魔物の魔核の質と数を競う、ねぇ」
「スッゴい楽しそうな大会だね!」
「ああ、俺らの特訓の成果がそこで現れるってことだな!」
「数を競うってことは、もしかして今のうちから始めれば有利ってことね」
「モモコちゃん、それはないよ……」
ふと冗談を口にした程度だったが、今のフーシュにはそれが本当に思っていることだと伝わってしまうほどにモモコへの評価が低い。次いでテイガとユウシにも軽蔑したかのような視線を送られ、男2人についてはふざけていることは分かっていたが、フーシュの機嫌の悪化はまちがいなく本心から来ていることが分かったため、もうモモコは講義開始前までずっと謝ることしかできなかった。
「さて、今日も魔法の講義を始めよう、といいたいところだが。どうやら大会についての話題が出てたみたいだから、俺からも伝えておこう」
なんとかモモコが許されて数分後、ゼイドは生徒達の雑談から大会の話題に触れた。
「今月の第4週の4、5日目の2日間、魔物の討伐大会が開かれる。これはその名の通り、魔物を討伐する大会なんだが、まあその詳細はもう少し後になってからだな」
そこまでの情報は既に多くの生徒が知っており、まだ半月以上先とはいえ、情報を与えてもらえずに焦らされることに不服な生徒達。だがそんな彼らを黙らせる話を、まだゼイドは残していた。
「ただ、魔物を討伐する大会ということは、魔法なり武技なり、戦闘経験があることが望ましいよな。ところで、この学校には魔武戦と呼ばれるイベントがあるのは知ってるか?」
魔武戦、それは生徒同士が魔法や武技を使って実戦形式で戦う模擬戦のこと。例年は夏の時期から始まり、戦う側も観戦する側も白熱して盛り上がる、この学校を代表するイベントとなっていた。
「本当であれば来月の第2週5日目からおよそ毎月行われるイベントなんだが、今年の生徒は優秀でな、俺は現段階で少なくない生徒が魔法で最低限の戦いが出来るだろうと判断した。また、武技の主担当をしているレシーナ先生も武技について同様の見解を示していた」
この時点で察しの良い生徒はゼイドが言わんとしていることに気付いて声を荒げており、近くの生徒もその予想を聞いて盛り上がる。ゼイドもその予想が正解だと示すように、声を大にして告げた。
「そういうわけで!今年度は1ヶ月前倒しにして、来週の5日目に魔武戦を行うことに決まった!参加したい生徒はそのときまでに魔法で戦えるように、各々精度を上げたり、自分だけの魔法を作ったりしてみてくれよな!以上、各自練習を始めてくれ!」
サプライズ告知が為され、生徒達のやる気は急上昇する。せっかくの魔法を使う機会を無駄にしたくない、魔武戦をきっかけに人気者になりたい、戦う以上は勝利したいなど、動機は様々だが、ほぼ全ての生徒は今まで以上に熱心に練習を始めた。ユウシ達もその例に漏れず、移動する前から杖を握る手に力がこもっている。
「マジかマジかマジか!そんなん、楽しみ以外の何物でもねえよな!」
「当たり前よ!ゼッタイ勝ってやるんだから!」
「私はみんなを応援するね!」
「僕も!僕も!出たいし勝ちたい!」
「ユウシ、アンタ間に合うの?魔法使えるようになるの?」
「た、たぶん!」
フーシュは癒属性で戦える属性ではないために参加を諦めているが、今安定して魔法が使えないだけのユウシはやる気に満ち溢れていた。とはいえモモコが心配したように、ユウシが当日までに魔法を使えるようになる保証はない。実際テイガとモモコは杖に光を灯せるようになってから、およそ狙い通りに魔力を込めることができるようになるまでだけで2週間はかかっている。
もちろん使える時間全てを集中したわけではないからだが、発動準備は杖に魔力が流れる時点で、魔法を発動せずとも魔力を消費する。であれば1日に練習できる時間も限られるわけで、ユウシがいくら頑張ったとて、限界を超えた短時間での習得は見込めない。なんとか2週間以内に習得できたとて、その後に対人戦で使えるような魔法が使えるようになるとは限らない。
「諦めないもん!諦めない、けど、うーん。何かいい方法とかないのかなぁ」
「いや、そんなんあったら先生が教えてくれてるだろ」
「そうだけど……あ、シガナとかいい方法知ってるかも!」
「残念だけど、こればっかりは地道に頑張るほかないかな~」
「うおっ、いるのかよ」
頼みの綱であるシガナを探そうかと思ったとき、丁度彼の方からユウシに会いに来ていたところだった。いつもは行方の知れないシガナが何故今会いに来たかと尋ねれば、一昨日有耶無耶になった魔核売却の件をユウシ達に伝えに来たとのことで、ユウシ達が既に今週末に売りに行くことを伝えるとそれはよかったと頷いた。
「自分が倒す前に帰ることになったから、手元に魔核がなくてすっかり忘れてて。ユカさんに言われて気付いたよ」
「そっか。じゃあ今週末、シガナとユカさんは一緒に行く?」
「自分は行ってもいいけど、その後予定があるから外には行けないかも。ユカさんは」
「待てぃ!シガナ、おまっ、何普通にユカさんと話してんだ!」
「何って、毎朝顔合わせるから、まあ世間話程度はって感じだけど。何かあるなら今そこにいるし、直接聞いてみたら?」
「「え」」
ユカとユウシ達、双方が驚く声が重なった。ユカの声が届いたことから距離は全く遠くなく、立ち並ぶ植木の陰から顔を覗かせていた。そんな仕草の愛くるしさにテイガが胸を押さえて膝をつく。ユカは居場所をばらしたシガナにジト目を向けるが、フーシュが手を振ると、小さく振り返して歩み寄った。
「ユカちゃん一昨日ぶりだね!」
「はい、皆さんこんにちは」
「くっ、今日もまぶしいぜ……」
「このバカはほっといていいわよ。で、ユカは魔武戦?の話、聞いてたわよね!」
「ええ、聞きましたが、それがどうかしましたか?」
何やら呟いているテイガを冷ややかな目で見下しながらも、ユカはモモコの質問の意図がいまいち掴めずに聞き返す。
「当然ユカも出るつもりで、それで今から魔法の練習してたのよね?」
「出るかどうかは分かりませんが、そうですね。Cランクに上がったので、新しい魔法を模索中です」
「それなら一緒にやらない?1人じゃ寂しいでしょ?」
「モモコ、ナイぐぇっ」
せっかく仲良くなったのなら、と提案し、テイガが喜ぶと同時に腹に蹴りを入れるモモコ。テイガは沈黙する。魔法が好きなユカとしては寂しいと思ったことはなかったが、女友達と一緒に魔法の練習をしたことはまだなく、気づけば頷いていた。
「テイガさんが邪魔しないのならいいですよ」
「分かったわ、このバカは私が締めとくから!」
「そっか、じゃあ後は頑張ってね~」
「え、シガナは一緒にやらないの?」
しれっと帰ろうとしたシガナを引き留めようとするユウシ。そこに加勢したのは意外にもユカである。
「そうですよ、私よりも教えるの上手なんですから」
「そんなことはないぜ、絶対ユ」
「あなたは黙っててください」
いつの間にか復活していたテイガ、再びの沈黙。その顔は近くでユカを見られて幸せそうである。
「テイガの言う通りじゃない?ほら、ユカさんの方が丁寧だし」
「シガナが教えてくれたのスッゴい分かりやすかったよ!」
「そもそも私の魔法が上達したのはあなたのおかげですよ」
「そうなの!?そんなの、もう逃がせないわね!」
「あれ、ユカさんもしかして怒ってる?」
シガナの想像通り、ユカはテイガがいる中に呼び出されたこと、そしてシガナ自身はどこかに行こうとしていたことが少し気に入らなかったようである。その後はユカの魔法の上手さが記憶に新しいモモコにロックオンされたシガナは特に予定もなかったことから立ち去るのを諦め、その深い知識量を生かして5人にアドバイスをすることになった。
「じゃあ最初は誰から?」
「はいはい!僕から!」
ユウシは真っ先に手を伸ばし、発動準備を手早く上達させるコツと、魔法の安定性を同時に練習できる方法はないかを尋ねる。その悩みはシガナも一昨日ユウシの失敗を目撃していたことから予測出来てはいたが、回答は決して明るいものではなかった。
「発動準備は慣れだからな~。試行回数稼ぐために魔力の回復を促す方法としては魔力の体内外流動による回復作用の活性化とか、魔素密度を強制的に上昇させることによる魔素吸収量増加とか、ポーション乱用とかいろいろあるけど、どれも時間がかかったりお金がかかったり危険だったりでメリットに見合ってないし、うーん」
「そ、そっかぁ」
「すごいわね、何言ってんのか全く分からなかったわ」
「わ、私も知らない言葉があったよ」
講義では習わないような難しい知識が披露され、この場ではユカ以外は聞きなれない方法に目を瞬かせるが、ひとまず魔物討伐のように上手い方法があるわけではないことを知る。
「あとは魔法も練習したいって話だけど、強いて言うなら魔力量を極力減らして魔法を使うことかな~。魔力を込めすぎる失敗をできるだけ少なくして、どうしてもできないなら気持ち少しだけ魔力量を増やす。これなら迷惑かけることもないし、魔法も長く練習できるよ」
「そっか……うん、まずはそれで頑張ってみる!」
「お、じゃあ次は俺で!」
「なんでよ、私が先よ!」
「お前はもう俺よりうまいんだろ?」
ユウシが杖を手に集中し始めたのを見てテイガとモモコがほとんど同時に手を挙げる。しかしテイガの言葉を聞いて少し機嫌がよくなったモモコが先を譲り、テイガが杖を見せつつ質問した。
「シガナ、俺の属性は風なんだけどよ、球弾の魔法がうまく制御できねえんだよ」
「なるほど?まあひとまずは見せてもらおうかな」
「いいぜ」
テイガがそうして先ほどのように詠唱を唱えれば、やはり風球はある程度進んだところで方向が逸れるとともに崩れて消えてしまう。テイガは予想通りの失敗に頭を掻く。
「ここまではなんとかうまくできたけどよ、この先はどうしようかって悩んでんだよな」
「魔適性のステータスは平均ぐらい?」
「ん、平均の1つ下だな」
「それならおススメは、魔法を2つに分けることかな」
「魔法を分ける?」
言葉だけではイメージのつかないテイガのために、シガナは実践しようと杖を手にした。その杖の魔導石は白く濁った色をしており、ユウシが今手にしているものと似通っている。2人の杖を見比べる視線にシガナは気付いていたが、今はアドバイスを優先することにした。
「言葉で説明すると、今テイガが使ったのは魔力で球体を作り出して撃ち出す魔法で、球体を作ることにもまっすぐ撃ち出すことにも苦労して、結果的にどっちも失敗してるって感じだね」
「そうだな」
「だからこうする。-我が魔力、球を成せ。『魔球』」
杖に白の光を灯したシガナは詠唱と共に、白い半透明な球体を作り出す。その形は最初は歪だったが、シガナはそのまま撃ち出すことはせず、杖先を球体に向け続け、次第に球体は美しく整った曲面を得る。そしてゼイドが見せた水晶玉のように綺麗な魔球ができあがったあと、シガナは再び杖に光を灯した。
「完成したら、撃ち出す。-我が魔力、放て」
シガナが杖を振るうと魔球は弾かれたように飛んでいく。それは敷かれたレールの上を進んでいるかのようにまっすぐと飛び、ある程度離れたところでシガナが杖を振るうと弾けるようにして宙に溶けて消えていった。
「ようするに、球を作る過程とまっすぐ撃ち出す過程に分けるっていうことだね。今のテイガがやってるみたいにまとめて練習するのはいいんだけど、魔適性がそこまで高くないんだったら、まずは1つ1つ集中して成功させるのがいいんじゃないかな」
「その方が確実にできるし、結果的には早いってことか。分かった、ありがとな!……で、気に」
「次は私ね!」
シガナの持つ白の杖、そして全く属性を帯びているように見えなかった球弾の魔法について尋ねようとするも、待ちきれなかったモモコによってその問いは阻まれてしまった。テイガのなんとも言えない視線にも気づかず、モモコはシガナに詰め寄った。
「私は一通り完成したから、さっき先生が言ってた自分だけの魔法ってのを試してみたいのよ」
「うん、じゃあアドバイスは固有魔法の考え方とかかな?」
「そういうこと!」
深く説明せずとも考えを理解して進めるシガナ。モモコは話が早くて助かる、とすっかり上機嫌である。
「固有魔法は基本魔法に手を加えるか、全く新しいものを考えて作るかの大きく2つの方法がある。なんだけど、一番大事なのは、自分が魔法でどんなことをしたいのか、想像を明確化することかな。それで、モモコさんはどんな魔法を使いたいとか、理想はある?」
「呼び捨てでいいわよ、堅苦しいわね。……そうね、あんまり考えなくても当たる魔法がいいかしら」
モモコはさらに自身の考えを説明する。モモコが思い浮かべていたのはスライムを狙って草球を放った場面。遠く離れたスライムに確実に当てようと狙いを定めることも、他のことをやりながら魔法を制御することも、モモコはあまりやりたくなかった。
「勉強もそうだけど、細かいこといろいろと考えるのは嫌ね。もっと簡単にできて、これを使えばなんでもできるってのがいいわ!」
「そんな万能な魔法、あっても簡単なわけねえだろ?」
「そうかもしれないけど、せっかくだし聞いてみてもいいでしょ!それでシガナ、どうなのよ!」
「んー、期待にそえるかはわからないけど、思いついたのはあるよ」
「ホント!?」
自分でも少し欲張りな質問だと分かっていたために否定されると思っていたモモコだが、シガナはモモコの属性を聞いたうえで1つ考え付いた魔法の案があった。
「まずは最初の希望について考えたんだけど、当たる攻撃っていうのは、相手の動きに合わせて動くか、避けられないぐらい数を増やすかだと思うんだ」
「その2つなら、数を増やす方が簡単かしら。……あ!待って、いいこと考えたわ!ちょっとシガナ、こっち来て!」
「え、ここじゃ駄目?」
「せっかくの私だけの魔法だし、ユウシ達にはヒミツにしたいじゃない!」
そうしてモモコとシガナは2人で離れて小声で構想を練る。数分の後、帰ってきたモモコの顔は底知れないやる気に満ちており、帰って来るや否や、地面に置いていた荷物をまとめて背を向ける。
「それじゃ、私は魔法が完成するまで1人で練習するわね!」
「おい、そりゃ自分勝手が過ぎるだろー、って言う頃にはもう遠いってな、知ってたわ」
「モモコ、頑張ってね~」
「ふー。さて、次はフーシュさんかな?」
「はいっ、お願いします!」
モモコが去り、続いてフーシュがアドバイスを求める。フーシュの質問はやはり防壁の魔法のことであり、癒属性を用いても攻撃を防げる想像ができないことを伝えたが、シガナもそれを肯定した。
「そうだね、というか。癒属性自体攻防に向いた属性じゃないし、そもそも試験方法が違うと思うんだけど、それは先生に尋ねた?」
「ふぇ?」
「……確か歴代の昇級試験の試験内容一覧の資料で、癒属性に限らず、治療師を目指す生徒は例外的に、試験問題が異なるといった内容を読んだ覚えがありますね」
「お、おお。さすがユカさん、そんなことまで知ってんのか」
「……」
「え、今のも駄目なのか!?」
特に邪な気持ちが籠っていたわけではないが、既に根付いてしまったテイガの悪印象はかなり深そうである。睨まれて地に手をついたテイガの横で、フーシュもまた数週間の間無駄な努力をしていたことに気付いて肩を落とした。
「私、今から先生に聞きに行ってくるね……」
「まあ放出はもちろん、球弾の魔法はいつか使う機会が来るかもしれないし、悪いことばかりじゃないさ」
「うん、シガナくんありがとう」
シガナの励ましの言葉を背に受けて、フーシュはゼイドの元へ向かった。遠目に見えるゼイドの周囲には相変わらず多くの生徒がいて、フーシュが帰ってくるまでは時間がかかりそうである。ここでふと、テイガは周りを見渡し、杖を構えていたユウシのそばに駆け寄った。
「(おい、モモコもフーシュもいなくなった今、ユカさんと仲良くなれるチャンスじゃねえか!?)」
「え?2人がいるとかいないとかって関係あるの?」
「(大ありだろ!あいつらがいるときは女子同士で話してばっかりだし、特にモモコがいたらまともに話もできねえよ!)」
「んー。僕は別に止めないけどさぁ」
「さすがユウシ!俺の親友はちげえな!」
「う、うるさいよっ」
親友の言葉が照れくさかったのと、単純に耳元で急に声量が大きくなったのとでテイガを突き放したユウシ。だが止めはしないとはいうものの、今テイガがユカと仲良くなれるとは思っていない。
「でもテイガさぁ、あの中に入って会話できる?」
「ん?」
「癒属性の試験と言えば、やはり回復魔法に重点を置いた魔法の出来を問われるのでしょうか」
「それもあるけど、癒属性だけで言えば属性別の回復魔法を個別に問われることもあるかもね」
「それなんですが、はっきり癒属性についてまとめられた資料がなくて。基本六属性に対応しているんですよね」
「それと発展の光と闇だったかな。えーと水属性が外傷、火属性が回復促進……」
シガナとユカは先ほどの話題の延長線上で会話を繰り広げていた。フーシュがいれば喜んで質問に参加しそうではあるが、残念ながらテイガはいくらユカが好きといえども、この話題に混ざりに行って好印象を残せる自信は全くない。いつもなら飛び込んでいきそうな足も、不思議と前に歩こうとしなかった。
「ほらテイガ、行かなくていいの?」
「いや、今行ったらお前が1人になって心配だろ?」
「もー、子どもじゃないんだし、そんなことはな」
「待て待て待て、おま、魔力込めすぎ!」
「え」
気づけば眩しいぐらいに光を放つ杖を見て、テイガは冗談ではなく本当にユウシが心配になり、この週はユウシのそばを離れることはなかった。
そしてシガナとユカはいたりいなかったりする中で毎日の講義は進んでいく。テイガは段階分けして球弾魔法を上達し、モモコは固有魔法の習得に励み、フーシュは新たな目標を得て黙々と癒属性魔法に勤しむ。そんな中、ユウシはこれといった目立った進歩はない。
ユウシの魔力量の調節具合は10段階評価するのなら、杖がほとんど光らない0か、光が僅かに漏れる1、そして眩い光があふれる10といったところ。1ヶ月の間に広がった実力差はやはりそう簡単に埋められるものではないことを、ユウシは改めて理解させられる。それでも、魔法が全く使えるようにならなかったあの頃と比べれば、現状の困難なんて苦しくもなんともない。
「来週には、なんとか成功させたいなぁ」
翌日に休日を迎える日の夜、ベッドに横たわり、布団にくるまったユウシは静かに呟く。いざとなれば『爆音』と名付けた、魔力を込めすぎて失敗したあの魔法を使ってでも魔武戦に出たいなどと考えながら、ユウシはすやすやと寝息を立てた。
- - - - -
- - - - -
「……ぐっ!」
獲物を追いかけ、走っていた彼は脚に走った鋭い痛みによりふらつき、それでも痛みを無視して足を強く踏み出すが、運悪く足元には太い木の根が伸びており、絡めとられるように躓いて転んでしまった。
「あっ、おい、待て……!」
【~!】
「待てよっ!」
彼が走ってきた道なき道には、ところどころに獲物の体液が散っていた。その量からも、獲物が逃げていたことからも、彼の戦いは決して悪いものではなかったことが伺える。だが倒れた彼が手をついて身体を起こそうとしてもその腕は震えていうことを聞かない。そうしている間にも、獲物は重い巨体を何度も跳ねさせ、彼からあっと言う間に離れていく。手放していた剣を手繰り寄せ、木の根を切り裂き、膝をついて顔を上げた彼の視界には、もう獲物の姿は見えなかった。
「クソっ!クソっ!クソったれっ!」
これで三度続けて獲物を逃したことになる彼は手を強く握り、落ち葉の積もった柔らかい地面が固くなっても、繰り返し何度も殴りつけた。
「クソっ!クソっ、クソっ……」
怒りの籠もった拳は泥に汚れていたが、それはこの行為のみが原因ではないことは、全身が泥だらけであることから一目瞭然だった。
「クソっ……クソ…………」
やがて彼は力無く項垂れ、片方しかないその手を開いた。いくつもの豆が潰れ、黒く汚れたその手にぽとぽとと雫が垂れる。
「後少しで……一流になれた筈なのに……なんで!なんで僕なんだッ!?」
涙を流す彼の叫びはしかし、日が沈もうとしていた薄暗い森の中で、ただ虚しく消えて行くばかりだった。




