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「はぁ、はぁ、……ふー……」


 少女は細い道を出て、荒れた息を整える。途中までうっすらと聞こえていた騒ぎ声はやがて全てが消えていき、今はいつもの街となんらかわりのない、行きかう人々の話し声で賑わっていた。もうどこにも自らの名を呼ぶ声は聞こえない。少女はもう一度は深く息を吐き、ようやくその身を落ち着かせた。だが間もなくして近くを歩く冒険者らしき男性の視線を感じ、慌てて元の道に逃げ込む。そして目を瞬かせた彼が首を傾げつつも歩き去るのをみて、少女-ユカはその場にしゃがみ込んでため息をついた。


「これじゃあ、1人で歩くこともできないよ……」


 くたびれた声で呟いたその口調にはいつもの他人行儀な丁寧語はなく、彼女の本来の姿が現れているようだった。


 実は1人で街を歩くのが初めてなユカ。元々行けるのかどうか悩んでいる最中だったが、逃げ出したいという気持ちのあまり、そのまま街に繰り出してしまった。それがクロアスの一件の後ということもあり、ユカはいつも以上に自らに向けられる視線を多く感じてしまい、大通りを歩くのが少し怖くなっていた。


「このあとどうしよう。大通り通らずに今帰っても魔法の練習とか、出来そうにないし……はぁ……」

「お疲れだね、ユカさん」

「ッ!!」


 つい気が抜けて周囲の警戒を怠っていたユカ。急に話しかけられたことで、反射的に跳ねるように立ち上がり、腰の杖を抜き、光を灯してまでみせた。そこまでして、ユカは相手の顔を見る余裕ができ、それがシガナであることが分かった。途端、力が抜けたように杖を下ろし、ユカは胸をなでおろした。


「すみません、杖を向けてしまって」

「いろいろ大変そうだったし、警戒心が高まるのも無理はないよね。見てる分には面白かったけど♪」

「………………」

「コツは人前で目立ちすぎないことだよ。ま、今更だけどね~」

「………はあぁ」


 本当に苦労しているユカは、魔法で攻撃されそうだったのに全く気にした様子もなく、上機嫌で自身の不幸とまで言えるような現状を楽しんでいるシガナを、いくら恩があるとはいえ、一発杖で殴りたい気持ちに駆られていた。もちろん大切な杖でそんなことはしないが、更に傷口に塩を塗るようなアドバイスを口にするシガナに、ユカはもう疲れて怒る気もしなかった。


「さて、冗談はこれくらいにして、ユウシからユカさんに紹介したい人がいるってさ」

「ユウシさん?……あっ」

「どうせ小さいし地味で目立たないよ、うん。泣いてないし、ぜんぜん」

「す、すみません、見えてなくて」

「うぐっ」

「ゆ、ユウシくん、元気出して」


 ユウシもフーシュもシガナから手を伸ばして触れられるぐらいの位置で待っていた。にもかかわらずユカはシガナの言葉でやっと2人に気づいた。これには悪気の無い追い打ちも重なってユウシも道の途中で膝を抱えて蹲り、フーシュは顔まで埋めたユウシを励まそうとした。


 その後なんとかユウシを立ち直らせたフーシュは、改めてフーシュと向き合い、小さく頭を下げて自己紹介をした。


「私の名前はフーシュです。ユカちゃんの名前は掲示板で初めて見て、とっても勉強ができるのがすごいと思ってました!」

「補足すると、フーシュさんも今回で座学がCランクだから、詳しい人柄はほとんど知らないけど、ある程度気は合うんじゃないかな」

「そうなんですね」

「フーシュさんは優しくて、スッゴく頑張り屋さんだよ!」

「そ、そんなことないよ!でも、勉強は好きだから、一緒にお話できたら嬉しいなっ」


 シガナやユウシの言葉に照れるフーシュの頬は赤くなる。しかし否定はしつつも、共に学べる友達がいてほしい気持ちは強く、フーシュはユカにまっすぐ手を伸ばし、ユカもまた、微笑んだ。


「こちらこそ、よろしくお願いしますね」

「!うんっ、ユカちゃんって呼んでもいい?」

「もちろんです」

「よかった~、あとはモモコと……、モモコだけだね!」

「お、噂?をすれば」


 嬉しそうな2人を見て、ユウシは会ってみてほしいと話したことを思い出す。ただ話をした数日前はテイガとも話をしてみてほしいと思っていたユウシも、昨日や今日の反応を見れば紹介する気も失せるというもの。しれっと名前を除外するが、もう1人は偶然か、ちょうど近くを走っていた。シガナがそれを見つけ、ユウシが手を振って声を掛けるとモモコは気が付き、目を丸くして駆け寄ってきた。


「アンタ、ホントに男嫌いのユカと仲良かったのね」

「そういうわけではあり」

「え。ちが、違ったの……?」

「……なんというか、話しても大丈夫だとは思いました」


 モモコの問いに否定しようとしたユカ。しかしユウシの怯える小動物のような表情を見て、完全な肯定とまではいかずとも、ユウシが他の男子生徒とは違うことは認めている旨を話した。それを聞いて納得したのか、モモコは笑ってユウシの背中を叩く。


「確かにユウシはちっさいし」

 グサッ

「足遅くて弱弱しいし」

 グサグサッ

「基本いつもは頼りないし」

 グサグサグサ……バタン。

「男らしさの欠片もないから、気持ちは分からないでもないわね」

「ふぇええ!?ユウシくん!?」


 容赦のない言葉の暴力がユウシを襲う。かすり傷では済まされない急所を狙った攻撃の数々に、ユウシは耐えきれずに地に伏した。震える手でダイイングメッセージを記そうとしたユウシだが、生憎レンガの舗道で、露出した地面は付近になかった。


「どれどれ……うん、もう助からないね」

「ふぇええええ!?お、起きてください!!」

「誰か~治療師の方はいませんか~」

「た、試してみますっ!」

「おっと」

「待って待って」


 倒れたユウシの首元を触り、冗談で話を進めていたシガナだが、彼はフーシュが癒属性の魔法使いということを知らなかった。本気でユウシを心配し、慌てながらも桃色の杖を取り出したフーシュに、なんだかんだノリノリだったユウシが思わず立ち上がる。そうすれば数瞬の沈黙の後、フーシュが頬を膨らませて怒りを露わにし、ユウシは平謝りするほかなかった。


 そんな寸劇にどんな反応をすればいいのか分からず、ただ立ち尽くしていたユカだが、ふと嫌な気配を感じてその違和感を探す。そして目を見開いてモモコを見れば、本人はポカンとしているが、ユカの頭には警鐘が鳴り響いた。


「……モモコ、さん。その、あの男性の方は……」

「あっ!そうなのよ、アンタめがけて走り出したから追いかけてたのに、細い道に入って見失っちゃって」


 ユウシがいて、モモコがいて、テイガも自分を探していた。もしかしたら、また警戒が薄れていた今。そのとき、背後の細道から突然の足音。


「やっと!見つけたあ!ユカさ」

「-私の魔力!放てッ、『火球』!!」

「んなあああ!?」


 飛び込む勢いで接近していたテイガは既に至近距離にいた。その形容しがたい表情はユカにとって恐怖以外の何物でもなく、先ほどはなんとか思い踏みとどまれた魔法の行使を、もう止めることはできなかった。


 あっという間に眼前で形成されてゆく球弾の魔法。急いでブレーキをかけるも勢いはすぐには止められず、静止したときには揺らめく火球は完成しており、逃げる判断をとる前に、それはテイガの顔目掛けて射出された。


 唖然とするユウシ達。テイガも迫りくる火球に対し、できたのは両手で顔を覆うことのみ。その熱が到達し、やがでテイガを焦がそうかというとき。テイガは側方から突き飛ばされ、間一髪直撃を免れた。ユウシはすぐに横を見る。そこには先ほどまで一緒にふざけていたシガナの姿がいつの間にかなくなっていた。


「待って、ものが燃えちゃう!」

「!あ、ああっ」


 テイガに避けられた火球はそのまままっすぐ飛んでおり、着弾点の近くには乱雑に積み重なれた荷物の山があった。フーシュの言葉に我を取り戻したユカだが、何の工夫もなく繰り出されたこの魔法は既にユカの支配の外にあり、どうすることもできなかった。


「-綻び、散れ。『霧散』」


 あわや大惨事かと思われたが、既にシガナは準備していた。グローブを嵌めた手を前に伸ばし、静かに詠唱をすれば、うっすらとシガナの手が光を纏う。かと思えば、火球の炎が遠近法の効果以上に小さくなり、何にも当たることなく、やがて空中で消えてなくなった。


「ふー、一件落着」

「お、おお、助かった、ぜ?」

「……ユカ、今アンタ」

「……ごっ、ごめんなさい!!」


 シガナが壁にぶつかって転んでいたテイガを引き起こし、モモコはハッとしてユカに詰め寄ろうとした。いくらなんでもやり過ぎだと。親友が傷つけられようとすれば、流石に見過ごせるものではない、と真意を聞き出そうとすれば、ユカは聞いたことのないほど大きな声の謝罪と共に頭を下げていた。


 その顔は血の気が引いて青くなっている。杖を握りしめる手もカタカタと震えており、振動が伝わる杖がその心情を見る者全てに悟らせていた。


 当然なことだが、魔法の多くは危険を伴うものであり、威力のある魔法を人に向けて放つことはもちろんのこと、街中にて無許可で魔法を使用することは基本的に禁じられている。


 このことを座学でCランクをとる程によく勉強し、魔法が好きで教本を読み込んでいるユカが知らないわけがない。自衛のためとはいえ、過剰な攻撃をしてしまったことに対する自責の念が今のユカの心の全てを占めていた。


 もしも今の魔法で怪我させてしまうことがあったら。避けた先で火事を起こしてしまったら。考える程にユカの震えは大きくなり、その目に涙が浮かんでいた。一応被害者ではあるテイガは、自分のせいで泣かせてしまっていることに対して気まずさから何も言えず、ユウシ達も、それぞれ思うところがあったが、なんといって話を切り出せばいいのかわからなかった。


「あ、自分はこれが問題になったらユカさん側につくからね?」

「……ん?えっと?」


 この静寂を破ったのは、誰もが動けない状況を変えたのはまたしてもシガナだった。テイガの手を離したシガナは細道を抜けて大通りに出る。幸い付近には目撃者はおらず、いたとしてもユカの声を聞いてやってきた、状況を知らぬ者だけ。シガナは静かに息を吐いた。


「例えばこのあと、テイガが先生に告げ口するとしよう。ユカさんが俺を狙って街中で魔法を使用した、と」

「……まあ、事実ではあるわよね」

「っ」


 2人の言葉に、ユカがビクッと肩を揺らした。


 違う、そんな表情をさせるつもりはない。俺はただ、仲良くなりたかっただけなんだ。そういった想いを胸に、告げ口なんてありえないとテイガが声を大にして主張しようとしたとき。


「そしたら自分は先生に、テイガが来ないでと怯えて逃げる少女に、気味の悪い笑みで近寄って何かしようとしてたって告げ口しようかなって」

「ちょ、いや、はあ!?」

「まあ、それもまた事実ではあるか」

「うん……」

「確かにそうね」

「ユウシ!?フーシュ!?モモコ!?」


 最悪牢屋に放り込まれそうな悪行を連想させる告げ口の内容は、しかし残念なことに事実である。テイガも状況が状況であるために否定しきれず、友人達もどうやら味方ではないようだ。1人細道に佇む姿も相まって、今のテイガは相当悪役に見える。そんなことをされてはこの先の人生が転落しかねないため、当然テイガも反対せざるを得ない。


「おま、シガナァ!その言い方は悪意こもり過ぎだろ!?」

「そう、です。この方は、悪くない、です……」

「いーや全部俺が悪かった!え?」

「えっ」

「「「……」」」

「らしいよ」


 孤独かと思われたテイガの味方についたのは他ならないユカ。だが、恋する人に涙声でそんなことを言わせる人間は悪でしかない。そう思った次の瞬間、テイガは自らの非を認めて手を突き出し、行動して自分で驚くというなんとも滑稽な真似をしていた。


 話の終着点が迷子になりつつある中、立ち止まる通行人が増えてきたのを視認したシガナは、これ以上話が大きくなる前に手を叩いて5人の注目を集め、無理矢理結論づけに入ることにした。


「まずはユカさんだけど、テイガ、まあ男性にしておくか、が嫌で離れてほしかった。しかし、相手を傷つける意図はなかったにせよ、反射的に魔法を放ってしまったことは悪いと思っている」

「……はい」

「で、テイガは驚きはしたけど、怒ってはいないし、むしろ自分で悪いところを自覚してるから、そこまで気にしないでほしい」

「ああ、お前のおかげで怪我すらしてねえしな」

「じゃあさ、もうお互いに謝って終わりでいいんじゃない?」

「そうだよ!ごめんなさいで終わり!」


 シガナの提案にユウシも賛同する。テイガがユカを、ひいては女性を、他人に見られたときの評価を知ってなお追いかけ続けようとする意欲も。ユカの、過去になにか嫌なことがあったのかもしれないが、異性全てを嫌なものだとして関わらないようにする行動も。ユウシにとってはどちらも分かったつもりにはなれるが、はっきりと理解したとは言い切れないし、出来る気もしなかった。


 ただ、2人はどっちも仲のいい友達。主にユカにとって、あまり仲良くなれない相手なのかもしれないけれど、それでもこんな気持ちのすれ違った状態を直したいのはもちろんのこと、できれば気軽に話せるぐらいには仲良くなってほしいと思っていた。


 2人の言葉を受け入れ、先に謝罪をしようとしたのはユカ。杖をしまいこみ、こぼれそうになっていた涙をぬぐうと、テイガと視線をまっすぐ揃えて、深く頭を下げた。


「あなたを害する行いをしてしまい、申し訳ありませんでした。……もしも、あなたが今回の私の行為を、許せないと思うのなら」

「いいって、思わないって。シガナに言われた通り、なんとも思ってねえよ。……あー、でも」

「……なんですか」


 そう聞き返すユカはいつもの無表情を取り繕ってはいるものの、やはり内心は罪悪感に満ちており、次の言葉で何を言われるのかが相当不安であった。それに対し、テイガが思っていたのは。


「やっぱ、仲良くなれると嬉しいよな、って」

「うーわ、テイガ、断りにくい状況でそれもちかけるの卑怯だね」

「ち、ちっげーし!」

「そうなの!?テイガ、見損なったよ」

「サイテーね」

「おいやめろっ、そういう意味じゃねーって!」

「テイガくん、それなら今じゃなかったよ……」

「それはそう、じゃなくて!っだー!」


 クロアスにしろ他の男子生徒にしろ、結局行きつくのはそこなのである。照れ臭そうに友達になりたいと言うテイガだったが、ユカが謝罪の言葉を口にした時も、立ち姿がきれいだな、と思っていたり、目があったときには嬉しさのあまり、拳を作ってひっそりガッツポーズをしていたりしたことを加味すれば、その言葉はなんとか理性が働いた方だとよくわかる。


 もちろんそれは聞いているだけのユウシ達に分かるはずもなく、テイガは柄でもない言動を繰り返したことへの恥ずかしさが今となって蘇り、頭を抱える。


「……分かりました」

「え、ま、マジ!?」

「ですが条件があります。まずは手の触れる範囲まで近寄らないこと」


 ユカの了承を聞けば、あっという間に羞恥心は飛んで無くなり、テイガは前に足を踏み出していた。しかしユカにその倍の歩数分後ろに下がられ、少ししょんぼりした。


「人前で必要以上に話しかけないこと。気分を害する発言をしないこと」

「しつもーん。ユカさんが気分を害する発言って、例えばどんな?」

「……常識的に恥ずかしい発言をしないこと」


 半分悪戯心、半分本心からの質問をしたシガナだったが、言いたくなかったのか、すぐには思いつかなかったのか、ユカは訂正した。


「……とりあえずこんなところですね」

「分かったぜ!これからよろしくな!」

「ユカ、もしも嫌なことされたら教えなさいよ。私がコイツのこと懲らしめに行くから」

「いや、別にお前は関係」

「分かりました、是非お願いします」

「ユカさん!?」


 食い気味なユカの即答に、本人たちを除いて思わず笑ってしまうのだった。


 - - - - -


「で、すっげぇ俺ら、いい雰囲気だったよな?」

「テイガからすれば、うん、そうだね」

「なのにこの仕打ちはあんまりすぎるだろ……!?」


 今度こそ一件落着といった様子で落ち着いたユウシ達だが、元々は魔物討伐のために街の外を目指していたところであった。そこに出会ったユカは、聞けば街の魔導具屋に行きたかったらしく、かといって少なくとも今日は1人で行く勇気が持てず、学校に戻っても今はユカがクロアスを振ったという噂で持ち切りであることが予想された。


 そこでテイガが午前中に共に魔物の討伐、午後に魔導具屋に行くことを提案すると、ユカは少し悩んだ後に了承していた。では何故テイガはとても悲しそうな声を出しているのか。答えは簡単、ユカが近くにいないからである。正確には女子3人がこの場におらず、つい先ほど、街を出てから男女別行動として別れていたのだった。


「いろいろ不運が重なったし、しょうがないよ」

「不運のほとんどはシガナ、お前の言葉だったけどなぁ!?」

「えー、間違ったことは言ってないのに。不満なら自分、帰ろうか?」

「テ、イガ?」

「分かったって、もう言わねえから!」


 シガナがいなくなれば討伐自体できなくなるため、ユウシからの圧を受け、テイガは最後に肺の空気を出し切る程、深いため息をついた。


 元々二手に別れた理由としては、その方がスライムを探す上で効率的だったからである。仮に見つけるのが早かったとしても、1人が討伐している間は他の5人は見ているだけであり、魔物討伐という観点で考えれば時間の無駄だというのはシガナの言葉である。


 そこで男女で別れることを提案したのはモモコ。ユカとはフーシュもモモコも初対面に等しく、男がいない方が仲良くなりやすいから、とテイガの気持ちを全く考えない提案だったが、もちろんテイガを除く全員が賛成する。


 そこにシガナが、テイガはまだ先ほどの騒動の罰を受けていないと話した。ではユカが受けた罰とはなんだという話になるが、シガナはテイガと友達になることと話し、テイガがシガナに襲い掛かり、モモコに絞められ、ユウシに引きずられて今に至る。


「ポジティブに考えなよ。ユカさんは自分が受けた罰の内容に頷いてたってことは、テイガが明確に言葉にしようとしなかった友人関係を認めたってことだよ」

「はっ、確かに。お前、天才か?」

「天才、ねぇ。確か自分に頭を下げてきたときもそう言ってたっけ?」

「ちょっ、それは内緒にしろって!」

「ん?頭を下げた?」


 シガナを崇めるように手を合わせた、かと思えば不都合を隠そうとするようにシガナの口を塞ごうとするテイガ。ユウシはその行動にまたもやテイガをジト目で見つめるが、シガナの口から出てきたのは予想だにしていないことだった。


「ユウシは前に、どうして自分がユウシに時間をとってまで魔法を教えてくれるのかって聞いたよね?」

「うん、そのときは僕の魔法が気になるって言ってたっけ」

「そう。だけど、本当のところは、テイガに頼まれたからでもあったんだよ」

「……え?」


 理解が追い付かないユウシ。しかしテイガを見れば何とも言えない表情で否定もせず、どうやら事実のようである。詳しい話を聞こうとしたが、詳細も何も、内容は言葉のとおりである。


「確か先月第2週の休日だったかな。借りてた本を返しに図書室に行ったらテイガが入り口でうろうろしてて。気にせず通り過ぎようとしたら止められて、ユウシを助けてやってくれって言われたんだよ」

「そう、なの?」


 このままではユウシは誰にも頼れずに、いつか挫けてしまうだろう、と。それを危惧して手伝おうとしても、自分やモモコじゃ解決しない上に、余計にユウシが罪悪感を抱える原因となりかねない、と。だから入学早々Aランク入りするほど頭が良いシガナなら、ユウシを救うことができるのではないか、と。


「なんでもするから声だけでもかけてやってくれって、そんなことまで言ってたね~」

「ほ、ほんと……?」

「す、過ぎた話だ、覚えてねえよ」


 そう言って後ろを向くテイガの耳は赤く染まっている。ユウシは自分が気付かないうちから、ずっと心配させていたことを申し訳なく思うが、それ以上に。テイガにとって、自分がそこまで大事に思われることを再確認し、熱くなった胸を深呼吸でなんとか冷まし、うるっときた目を擦って涙を引っ込ませると、明るく元気ないつもの調子でテイガの背中に飛びついた。


「ほんとにほんとにありがとう!おかげで僕、前に進めたよ!」

「いや、なんもできてねえよ」

「そんなことないけど!そうだとしても!テイガは僕の、いっちばんの大好きな友達だよ!」

「……!ああ、俺もだよ」


 そっと下からテイガの表情を伺うと、それに気づいたテイガは慌てて手で覆い隠したが、口角の上がった口は全く隠せていなかった。


「テイガが嬉しそうで、僕も嬉しい!」

「あーもうこの話終わり!シガナ、早くスライム探すぞ!」

「えー、せっかく気を遣って、門番さんに事情を説明して許可を取ってまで他の人がいない場を作ってあげたのに、そんな言い方なの?」

「それは、そこまで考えてたなら、いや、だとしても感謝はしづれぇな!?」


 テイガがそんな頼み事をしていたことはモモコもフーシュも知らないため、2人にはばらさないでくれたことはありがたかったが、それとユカと共に行動できなくなったことは別の話である。


「それに、こっちはもう近くに5匹ぐらい見つけてるから、君たちが話し終わるのを待ってたんだよ?」

「それを早く言えよ!よしユウシ、まずは俺からだ!」

「うん!あ、これ使う?」

「ん?」


 シガナからスライムが近くにいると聞けば、すぐさま準備に取り掛かるテイガ。背中に引っ付いていたユウシも離れ、自分が後半のスライム討伐に愛用していた木の棒を差し出せば、テイガは苦笑いして首を縦に振った。


「確かに魔法だけで倒すのはちょいと不安だし、俺も使わせてもらうわ。……で、シガナ、一番近いのはどこにいるんだ?」

「テイガの左前方十メートルぐらいかな。ただもうこっちに気付いて逃げそうだけど」

「いや、特に問題はねぇ、よ!」

【!?】


 鞄を置いたテイガは揺れる草むらの陰にスライムを視認すると、軽く屈伸をして走り出した。驚くスライムは身を翻して反対方向に走り出すが、ユウシと異なり、テイガはどんどんスライムとの距離を詰めていく。


「それじゃあ初めてのスライム……っと!?」

【!】

「あー残念。僕もその動きに数えきれないくらい苦労したよ」


 あと少しで届くというところで踏みしめる足に力を入れ、大きく距離を詰めつつ棒を振り下ろしたテイガ。だがちょうど足が離れたタイミングでスライムが横方向に方向転換したことで、テイガの木の棒は空振りしてしまう。足の遅いユウシはその動きをされれば次見つけるまでに数秒を要し、ほとんどの場合で距離が開きすぎてしまったことで、その個体の討伐を諦めざるをえなかった。


 テイガはすぐに体勢を立て直してスライムを追いかけ、二、三度同じように振り下ろされる棒を回避される。ユウシとしては、テイガもスライム相手にうまくいっていないことに多少の安心感を得ていたが、今のテイガは全力で倒そうとはしておらず、スライムの倒し方の検証をしていただけだった。


「なるほどな、お前のクセ、もうわかったぜ!」

【!?】


 棒を振り下ろそうとしたとき、スライムはずっと見ているかのようにタイミングを合わせ、進行方向を左右に変える。その判断基準は地面の振動。大きく距離を詰めるため、力を込めて確実に倒すため、強く地面を踏みしめたとき、スライムは必ず左右のどちらかに跳ねた。理想を言えば左右のどちらに跳ぶのかも分かるのかもしれないが、今はそこまでする必要はない。


「タイミングさえ分かれば、もう勝ったも同然だ!くらえっ!」

【~!?】


 テイガはある程度接近してわざと足を踏み鳴らし、スライムは来るであろう攻撃を避けるために左へ跳んだ。跳んで着地し、上から迫る黒い影に気付いたときにはもう遅い。スライムはその柔らかい身体で打撃に抵抗することはできず、身体を潰され、薄く平べったく広がり、テイガの討伐は成功した。


「おめでとうテイガ!」

「ああ、まあスライム相手だし楽勝だったな!」

「止めてあげなよ、そのスライム1匹倒すまでに1時間かかった人もいるんだよ」

「マジで?でもそりゃあ大人とかじゃな……お前かっ」


 危うく子どもの話だろうと言いかけたテイガだが、隣で震えるユウシに気付き、なんとか言いきらずに済んだ。それでもユウシは無言のままだったため、テイガは魔核を拾うと、視界に偶然入ったスライムを指差した。


「ほ、ほら!俺は終わったから次はユウシの番だ!魔法、試してみたいんだろ?」

「!うん!あ、そうだ!テイガにも見せてあげるね!」

「お、おう?……うお、な、なんだそれ」


 テイガはユウシが取り出した杖を見てぎょっとする。あの見慣れない白い魔導石の杖を取り出すとばかり思っていたが、ユウシが取り出したのは少し色が暗くなった代わりにとても透き通って見える灰色の魔導石の杖。だがテイガが驚いたのはそこではなく、杖の全体を構成する柄の部分。元々学校で支給された杖は明るい茶色の杖だったが、今ユウシが手にしているのはくすんだ黒色の杖であり、全体的に禍々しい形状をしている。


「その杖、どうしたんだ?」

「シガナがお祝いにってくれたんだ!」

「うん、その杖の元の木は特殊な性質を持っていてね」


 元の木は触れた者の魔力を吸収して成長する性質を持ち、時には濃密な魔力を受けて魔物化し、触れた生き物に絡みつき、魔力を奪いつくして死に至らせることもあった。そんな木を材料に作られた杖は持ち主から魔力を必要以上に吸い上げ、気をつけないと魔力を使いすぎて倒れてしまうなど、いわくつきの品として名が知られていた。


「……いやいやいや、は?そんな危なっかしいもんが、祝いの品?」

「本当は最終手段だったんだ。どうしてもユウシができないと思い込んで失敗するようなら、杖の方で魔力を強制的に吸い上げてしまおうかなって」

「じゃあもういらねえじゃねえか」

「確かにこの杖は扱いが難しいけど、元々が魔力を吸い上げる性質があるからか、杖の材質としては最高級なんだよ。加えて何故かユウシが持ってた魔導石も同じく最高級品質で、ユウシが触れて試した結果、属性も偶然、かなり音に近しい。それなら、是非2つを組み合わせた上で使ってほしいなって」

「そういうこと!」


 黒の杖に取り付けられていた魔導石はユウシがスリミレから貰ったもの。以前シガナがユウシの鞄の中に入ったそれを見て性能を気にしており、魔力を認識した後にユウシが触れると、元々の杖以上に魔力を込めやすいことが分かった。その結果、シガナが購入していた黒色の杖について話し、組み合わせて最高級の杖が完成したのだった。


「どうせならすごいものを仕立てようと、杖とユウシの魔力適合だけじゃなくて、柄と魔導石の魔力適合も済ませたし、スライムを中心とした魔物の素材を使って魔力の魔素分解の抑制の仕組みもある程度」

「それが良い杖ってことは分かったよ!」


 ここで杖の役割について。魔法使いが魔法を行使するのに用いられる杖は主に魔導石と柄の2つに分けられる。魔導石の役割はゼイドが述べた通り、特定の属性を強化することに加え、宙を漂っている誰のものでもない魔力である魔素を取り込み、微々たる量ではあるが、魔法に用いる魔力の補助をする。そして柄の部分は安全の意味合いが強く、魔力を貯められる魔導石に魔力を伝達し、ある程度魔法に方向性を持たせる。


 それを踏まえてそれぞれの品質について、魔導石は元となった魔核を有していた魔物の強さや、魔石の魔力の濃度などによって品質が分けられており、その透明度によって判断が可能となる。品質が高い魔導石ほど透き通っており、一度に多量の魔力を許容して高難度の魔法の行使を可能とする他、所有者の魔法適性に上昇補正をかけたり、取り込む魔素の量が増加したりする。


 杖の品質は見て判断することはほぼ不可能ではあるが、品質による性能の影響は魔導石と並んで大きい。品質の良い杖は魔力の伝達性能が高く、魔力の流しやすさ、一度に流せる最大量など、特に魔法の構築速度に多大な影響を及ぼす。


 ただし杖の性能を良くしようとして魔導石以上に高品質なものにしてしまうと、魔力の飽和で魔導石が砕けてしまう恐れがあり、またもし仮に魔核から魔導石への加工が不十分だった場合、希少なケースではあるが、その場で魔導石を核とした魔物が生まれかねない。品質の低い杖は魔導石の損壊や万が一の場合が起きないストッパーとしての役割も持っていた。


 では、まだ魔法を使ったことのないような者が最高級の性能を持った柄と魔導石からなる杖を手に、持てる全力を籠めて魔法を使おうとすればどうなるのか。ユウシはこれまで聞いてきたユカの詠唱を参考に、詠唱を口にした。


「-僕の魔力!その力を音に変えて、えーっと」

「おい、ユウシ?滅茶苦茶強い光放ってるけど!?シガナ、大丈夫なんだよな!?」

「あはは。しーらない♪」

「シガナぁ!?」

「-えっと!いい感じに、真ん丸で、どーん!『音球』!」

【?】


 詠唱よりも魔法そのものへの興味が強かったユウシはうろ覚えながらに頭に思い描きながら魔法を実行し、何度も間近で見てきたこともあり、初級基本魔法の球弾を、不格好ながらに成功させた。しかし明らかにそれは形が歪で大きく見た目はまるでシャボン玉のよう。強い光を放つそれを、ユウシは杖を振って飛ばしてみたが、それは狙いと大きく逸れて、山なりに明後日の方向に飛んでいく。


「シガナ!さっきみたいにあれ、消せよ!」

「……うん、無理かな。よしみんな、耳を塞いでおこう」

「はああ!?」

「あれぇ、なんだか力が入らない」

「ユウシ!?」


 後ろを向いて両耳を塞いだシガナ。最後にそう言い残して地面に転がったユウシ。テイガは原因を察してなんとかユウシの手を動かして耳を塞がせ、自分もまた手で耳を覆った時。


 ユウシの音球が地面に触れて消えた直後、巨大な爆弾が爆破したような炸裂音が響き渡り、地震を思わせる振動が伝わった。

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