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「お、おはよー」

「ユウシくん、おはようございます」

「あれ?ユウシ、テイガは?」

「えーっと。なんていうか、またシガナ探しに行っちゃった」

「なによ、まだ諦めてなかったの?」


 春後月2日の朝。食堂前にて合流したユウシ達だが、そこにテイガの姿はない。それもそのはず、テイガは昨日に引き続き、ユカへの手掛かりを求めてシガナを捜索していた。具体的には、半ば脅すようにして聞き出したユウシの証言から、早朝の食堂へ先に言ってしまい、その後は行方しれずである。


「せっかく今日は1日中晴れやかな気持ちで観光できると思ったのに、ね、フーシュ」

「そうだねモモコちゃん」

「あはは……」


 一昨日の観光ではモモコやフーシュが望む店を回り続け、ユウシとテイガは荷物持ちにさせられた挙句、結局それは買わなかったという、ユウシからすればあまり楽しめない疲れるだけのものだった。そのため2人の提案には賛同しがたく、どうせなら使えるようになったばかりの魔法の練習でもしたいと考えていた。


「ってか、もしかしてあのバカ、食堂で待ち構えてたりするんじゃないの?」

「え?でも先に出かけてからもう1時間以上経ってるよ?」

「流石にそんなことはないよね?」

「それじゃあ入ってみる?」


 疑うユウシとフーシュだが、モモコを先頭に3人が食堂に入れば。


「げ」

「ふぇええ!?」

「ほらいたわ。はぁ……」

「え、テイガ、なにしてるの……?」


 食堂の一番出入り口に近い席にて、ずっと生徒の出入りを監視しているテイガの姿がそこにあった。テイガはモモコと目が合うとすぐに立ち上がって逃げ出そうとしたが、食堂の出入り口は今ユウシ達が立っている1つしかなかった。テイガは少し固まったあと、ゆっくり腰を下ろした。


「ま、まあここに座れよ。席、ちゃんと確保しといたぜ!」

「「「……」」」


 怪しさ溢れるテイガの周囲は確かに空席しかなかったが、笑顔を取り繕うテイガを、3人はジト目で見つめる。笑顔じゃ誤魔化しきれないと分かったテイガは無理矢理理由を作ることにした。


「いや、さ?シガナがいれば街の外に出て魔物討伐に行けたんだろ?それなら俺らも1回は講義の前にやっときてぇなって思ってよ」

「じゃあユカのことは関係ないのね」

「そんなわけねえだろ!」

「知ってるわよ!」


 本当に誤魔化す気があるのか分からないが、しかしテイガは自分の気持ちに嘘はつきたくないようだ。逆ギレするかのように大声をあげたテイガにモモコは深くため息をつく。


「……でも、アンタに賛成したいわけじゃないけど、確かに討伐がどんなのかは体験しときたいわよね」

「だよなぁ!?」

「アンタは黙ってて!」


 苦い顔をしつつも、モモコは魔物討伐に興味を示していた。これにはテイガは黙らされてしまったが、ユウシにとっても荷物持ちを回避でき、魔法の練習をするチャンスと言えた。この機を逃したくはなかったため、少し嫌ではあるが、テイガの味方をしようと魔物討伐の楽しさをアピールした。


「スライム倒すのは、自分の力をめいっぱい使ってやるから、スッゴく面白かったよ!それに、倒したらどんどん強くなった気がして、スッゴく嬉しかった!」

「ちょっと!そんなこと言われたら、ますます気になるじゃない!」

「でも、私は魔法じゃ倒せないし、うまくできるのかな」

「大丈夫よ、ユウシができたんだし!」

「間違ってないけど、その言い方はヤダっ」


 ステータス的にも確かにその通りではあるし、ユウシも反論はできない。だから頬を膨らませていた。


「じゃあ!今日はこのあと、シガナを探して頼み込もうぜ!」

「魔物討伐のことを、ね!ちゃんとそこまで言え!」

「チッ。分かったよ。マモノトウバツノタメデス」

「分かればいいのよ」


 再三釘を刺されれば、テイガとしても魔物討伐自体はやってみたいことであるために一旦は諦めたことにした。しかしその喋り方には説得力が全くなかった。


「でも、今まで学校で見つけたことないのに、今日は探したら見つかるってこと、あるの?」

「そうよね、それなら時間を決めて探して、見つからなかったら街に買い物しに行きましょ?」

「えっ」

「いいぜ、見つければ関係ないしな」

「そ、そうだね」

「じゃあ決まりね!」

「ユウシ、頼んだぞ!」


 こうして午前中までに見つけなければユウシは荷物持ちとなることが決まってしまった。テイガはユウシを頼りにしているが、ユウシは基本食堂以外でシガナを見たことはない。魔物討伐を提案された日や午後から討伐に行った日は別の場所で会ってはいるが、どちらもシガナがユウシを見つけて話しかけていた。また森に向かう途中で普段どこで何をしているかを質問したことはあったが、具体的な回答をはぐらかされてしまったこともあり、いずれにせよユウシの知るところではなかった。


「(なんかこう、運の良さがいいかんじにはたらきますように!)」


 もはやユウシには持ち前の幸運さに頼る他ない。この時点でユウシは半ば見つけることを諦め、午後の荷物持ちをどうにかやり過ごす方法がないか考え始めていた。と、ここで1つ確認しておかなければならないことを思い出した。


「そういえば、座学の結果が貼りだされるの今日だから、食べ終わったら見に行っていい?」

「あっ、私も見なくちゃ」

「そっか、フーシュはCに上がってるかもしれないし、見なきゃダメよね」

「ねえ僕は?ねえ、僕は?」

「「ははっ」」

「ひどいよっ!!」


 初回のテストで一番低い点数を取っているユウシに対して、テイガとモモコは全くと言っていいほど期待していなかった。そんな2人の乾いた笑いに怒るユウシの頭の中には既にシガナを探すことなどもうなくなっていたのだが。


 十数分後、全員が朝食を終え、各々荷物を準備してから試験結果の貼られた掲示板を見に行くと。


「あ、いたいた、ユウシ、おめで……」

「「「いたーーーっ!!」」」

「え?」


 テイガが全力で探しても見つからなかったシガナはこちらに手を振っていた。フーシュ以外の3人に指をさされ、身に覚えのないシガナは半歩下がり、何事かと多少警戒した様子を見せる。だが彼らがユウシの友達であることを思い出し、ふと目に留まったユウシの杖から全てを察してユウシに話しかけた。




「あー、もしかして喋っちゃった?」

「うん、ほんとは隠そうとしたんだけど、だめだった……」

「あはは、なんていうか、薄々そうなる気はしてたよ。とはいえ、ここまで早いとは思ってなかったけど」


 シガナはユウシと知り合ってから実質1週間程度ではあるが、既にユウシの人となりは概ね理解していた。そのためどこか抜けている彼がいずれ秘密を漏らすだろうとは考えており、その相手さえ端的に言って悪い人でなければいいと考えなおしていた。


 シガナはユウシに怒っていないことを伝えると、テイガ達3人を一瞥する。テイガとモモコはテラス席でイアンを圧倒した彼を思い出して息を呑んだが、すぐにシガナは微笑みを取り戻した。


「まあ一旦それは後でいいかな。それより、4人は成績見に来たんでしょ?」

「あ、そうだった!」

「まあ、俺は違うけどな!」

「ユウシとフーシュね」

「フーシュ?……ああ、あなたか」


 視線に気圧された後、目的を問われて自分のすべきことを思い出したテイガは周囲をくまなく見渡しながら答える。そんな彼の挙動不審な動きを鬱陶しく思いつつも返事をするモモコの言葉で、シガナは見慣れない女子生徒の名前を知った。名前を呼ばれたフーシュは礼儀正しくお辞儀をした。


「こんにちは、私はフーシュです」

「ご丁寧にどうも、聞いてると思うけど、自分はシガナです」

「お話は聞いてました!座学でAランクなんてすごいです!」

「そういうフーシュさんも一番左の列にいるし、十分トップクラスだよ」

「ふぇ?知ってたんですか?」

「Cランク以上の人は一通り、ね」


 シガナの発言を聞いてテイガとモモコが掲示板を見れば、確かにそこにはフーシュの名前があった。初回に確認したときは上位数人の名前のみしか見ておらず、前回はそもそも見てすらいないため、テイガ達がフーシュの具体的な成績を知ったのは今が初めてであった。また成績をよく見れば、フーシュがCランクの点数を取ったのは今回が初めて。それに気づくと2人は祝福した。


「フーシュ、すげぇじゃねえか!」

「Cより上の人、まだ全然いないし、やっぱり頭良いのね!」

「えへへ、2人ともありがとう!」

「そう、C以上なら十分優秀だよ。本来ならDかギリギリEランクが普通だし。もちろん、ここまで行ってない生徒は焦るべきだけどね」

「「ん?」」


 補足するようなシガナの言葉に棘を感じたテイガとモモコ。しかしそれが気のせいではないと強調するように、どこか悪い笑みのシガナが話を続けた。


「知ってた?夏になったらEランクの生徒は週の休日の片方を使って補習が始まること」

「マジか」

「なにそれ、聞いてないわよ?」

「おかしいなぁ、講義に出てれば、いや、講義を聞いてれば、説明されてたはずだけど」

「うっ」


 そう言われれば、普段講義の8割方聞こえていないモモコは何も言い返せない。ユウシから困った友達として話を聞いていたシガナは敢えてそこに触れてからかうと、更に続ける。


「中でも成績や普段講義を受ける態度が悪い生徒は、夏中月の実質夏休みになる特別日程で毎日補習が入るよ」

「うそでしょ!?」

「おいユウシ、俺らもそろそろ本気出さなきゃいけねえぞ」

「え?そんなぁ、僕を仲間に入れてもらっちゃ困るよ、テイガくん」

「は?」


 ただでさえ苦しい勉強が夏休みにも続けられると知って絶望的な表情を浮かべるモモコ。これにはテイガも焦りを覚えてユウシに注意を促すが、ユウシはどこか挑発的な態度で掲示板を指差した。


 一瞬テイガはユウシが何を言っているのかわからなかったが、ユウシが指差した列を上から辿っていく。そして下の方まで名前を読み進めたとき、そこにあったのは。


 ユウシ 026点 E→D E→D E


「どやあ」

「ユウシくん、おめでとう!」

「「はあああ!?」」


 昇級条件の20点を上回り、魔法と共に無事座学もDランクに昇格したことを示すユウシの名前と点数。フーシュはユウシの努力を知っているために素直に褒め称えたが、テイガとモモコは見間違いかと疑ってなんども目を擦り、それが紛れもない事実であると受け入れるまでに長い時間を要した。


「だって、お前、全然俺らより下だったじゃねえか!」

「しかも、今回も自信無いとか、言ってなかった!?」

「でもできてたもん、ほら、ほらほら」

「いやそうだけど!」

「うわ、認めたくねぇー」


 もちろん、テイガもモモコもフーシュ同様、ユウシの努力を知らない筈がない。また、勉強嫌いな2人が、真面目に講義を受けていない2人が点数を抜かされるのは時間の問題であると分かってはいた。


 ただ常日頃から子どもっぽいとからかっているユウシよりも成績が低いと大々的に示されると、心に来るものがあるのは確かである。かといってこれを抜き返せる見通しもなく、2人は肩を落とさずにはいられないのだった。


「まあまだ次の試験までは1ヶ月あるし、なんとでもなるんじゃないかな。それじゃユウシおめでとう、またね~」

「うん!」

「はぁぁ、憂鬱になるわ……って!」

「いやシガナちょっと待ったっ!」

「勉強は教えないからね~」

「「それじゃねぇ(ないわ)!」」

「えぇ……、分かったけど、何の用?」


 落ち込む2人を面白そうに見ていたシガナは頃合いを見計らって去ろうとしたが、なんとかそもそもの目的を思い出したテイガとモモコが呼び止める。話の流れから座学の勉強の話かと思ったシガナは歩みを止めなかったが、テイガとモモコは息を合わせてシガナの前後を包囲した。


 シガナは2人の余りに必死な様子に流石に足を止め、若干引きつつも理由を尋ねた。テイガとモモコは視線を合わせて頷き、順番に答えていく。


「話は最初に戻るんだけどよ、ユウシから討伐の話聞いたんだよ」

「ずいぶん楽しそうなことしてたみたいじゃない」

「あぁ、そういうことね……」


 シガナは2人の要求を察して頭を掻いた。その様子は要求に対してかなり否定的に見える。テイガとモモコはそれを感じ取り、しかし逃がすまいとシガナに近寄っていく。


「もちろんユウシのためだってのは知ってるけどな?」

「でも良い経験ができたみたいだし、私たちもできないかって思ったのよ」

「うーんちょっと嫌かもなぁ」

「まあまあ、最後まで話は聞けよ、な?」

「なんかテイガ達が悪い人に見えてきた」

「うん、ちょっと怖いかも」


 見たままの感想を言うユウシとフーシュだが、かといってシガナを助けようとはしない。申し訳ないとは思っているが、2人も協力してほしいとは思っている。シガナが前から迫りくるモモコを躱そうとしたが、その先には既にテイガが待ち構えており、腕を掴んで離さない。シガナの頬に冷汗が伝う。


「教えてくれよ、」

「私たち3人にも、」

「っ!」


 腕を振りほどこうとしたが、その前に反対の腕もモモコが掴んで捉えた。シガナは逃げることができない。2人は息を合わせ、シガナに頼み込む。


「魔物討伐のやり方を!」「ユカさんの居場、やり方を!」

「「「……」」」

「あー、もっかいやり直さね?」

「バカテイガ!」

「ぐはぁ!?」


 一瞬の静寂。テイガの視線がモモコと合い、テイガが笑顔で提案するも許されるはずもなく。モモコの強烈な一撃でテイガは地に倒れ伏した。


 ユウシとフーシュがテイガに呆れた視線を向け、モモコが深いため息をつく中、シガナは頬を引きつらせてその場を離れようとする。しかしギリギリ見逃さなかったモモコが再びその手を捉えた。


「一旦もうアイツはどうでもいいわ。だから私たち3人だけでも!」

「えっと、一旦離してくれると嬉しいな」

「でも、離したら逃げるじゃない!」

「分かったよ、もう逃げないよ」

「言ったわね?」


 シガナが頷くとモモコは離し、解放されたシガナは苦い顔で深くため息をついた。そんな姿を見れば流石に申し訳なさが勝り、ユウシは不安そうにシガナに謝罪する。


「ごめんね、もしかしてなにかやることとかあった?」

「モモコちゃんも、困らせちゃったのは謝ろ?」

「え、まあ、確かに嫌だったなら謝るわ」


 それぞれ頭を下げるが、シガナはすぐに気にしなくていいと首を横に振る。


「なんていうか、ほぼ初対面なのに距離感が近すぎないかって少し驚いただけだよ。それにちょっとした悪戯気分で帰ろうとはしたけど、もともとユウシには提案するつもりだったから」

「え、もしかして、スライム討伐?」

「メインは"あれ"の使い勝手の調査だけど。まあ対象があるほうが練習しやすいし、いいよ、みんな一緒に連れて行ってあげるよ」

「「やった!!」」

「ありがとうございます、シガナくん!」


 モモコは初めての魔物討伐に胸を躍らせ、ユウシも親しい友人達と一緒に討伐が出来ないことが心残りではあったため、シガナの心遣いに感謝した。


 早速3人がどんな風に魔物退治を行うのか、情景を頭に思い描いていたユウシだが、急に足首を締め付けられるような感覚を得て飛び跳ねかける。もっとも、下を見れば実際に足首に手が伸びていたために飛び上がれなかったが、掴んでいるテイガの意図を測りかねてユウシは戸惑った。だがそれまでの流れから、 シガナは地を這うテイガの主張を察する。その上で、また彼本来のペースが戻ってきたのか、悪戯な笑みを浮かべながら、倒れるテイガの横でしゃがみ込んだ。


「で?君は結局行くの?置いてかれるの?」

「……そりゃ、行くに決まってるだろ」

「ユカさん探しはじゃあ」

「諦めねえ!俺は!決して!」

「諦めろ!」

「ふぎゃっ」


 確固たる意志と共に立ち上がろうとしたところを襲う一撃に、テイガは再び倒れ伏すのだった。


 - - - - -


「なあシガナ、ほんとに何も知らねえのか?」

「アンタもホンットしつこいわね」

「そりゃ本気だからな!」


 テイガは立ち上がり、外へ出るために一同ラルドの門へ向かう最中もシガナにユカのことを尋ねていた。これにはモモコも怒りを通り越して呆れており、もう殴って黙らせることはしなかった。質問されたシガナは少し悩んだ素振りを見せ、テイガに期待させる。しかし結局情報を教えてはもらえなかった。


「例えば君はストーカーに追われる友達がいたとして、ストーカーに友達の家とか居場所を教える?」

「そりゃ教えるわけないだろ」

「そういうことだよ」

「おいそれはどういう意味だ!」


 例えの中に気になる点があるテイガはその詳細を求める。ユウシとモモコはテイガがストーカーと例えられていることに笑っていたが、テイガが聞きたいのはそこじゃなかった。


「それはつまり、お前はユカさんの部屋とか居場所まで知ってんのか!?」

「おっと、その捉え方は想定外だ」

「どうなんだ!答えろ!」

「はいはーい落ち着いてね~ゆっくり息を吸って~」

「ふぇええ、テイガくん、ちょっと怖いよ?」


 今にもシガナに飛び掛かりそうなテイガをユウシが泣く子をあやすように落ち着かせようとするも、ほぼ効果は無いようである。


「流石に部屋は知らないよ。知ってたら捕まりそう」

「部屋は、な!じゃあ居場所は!?」

「ご想像にお任せしまーす♪」

「ふざけんなちくしょう!!」


 事実、シガナは朝食時の世間話でユカがやろうとしていたことは聞いていた。しかしユカ本人が、テイガはできることなら一番会いたくない男子生徒と称していたことをシガナとユウシは知っている。2人は地面に膝をついたテイガを憐みの目で見つつ、今日何度目かわからない程ため息をつくモモコと、まだテイガへの対応に困っているフーシュと共に、テイガを置いて門へと向かった。


 ただ門に近づく前、フーシュを除いた3人は目を丸くした。まさに今、特徴的な髪色をした女子生徒が周囲を見渡し、目立たないようにしながら外に出ようとしているところ。すぐさまモモコはテイガの所在を確認し、姿が見えず、まだ心が折れているであろうことに安堵して胸をなでおろした。


 そう、そこにいた女子生徒とはユカのことである。ユウシがシガナの方を向けば首を横に振っており、これが本当に偶然のことだと示していた。ユウシはこれも自分の運が導いたことなのか、と驚きつつ、せっかくなら昇級の報告とお礼をしたくはあったが、今さっきの一連の流れもあり、声をかけることを提案することすら憚られた。


「ユカさん、待ってください!」


 だがその相談を3人にする前に、ある男子生徒がユカを呼び止めた。その声ははっきりとしていて遠くまで届き、まちがいなくユカの耳に入るとともに、単に何事かと気になった生徒、ユカの名前と成績の良さを知っていた生徒、姿に見とれていたものの名前を知らなかった生徒、噂を聞きつけて気になっていた生徒など、男子生徒を中心に野次馬が集まり始めた。


 ユカは今までのように不躾な態度をとってすぐにでも離れようする。しかし相手が片膝をつき、恭しく一礼する姿はとても様になっており、彼の格式ばった挨拶を、ユカはその性格から無下にすることはできなかった。一礼を終えた彼はゆっくりと顔をあげ、優しい微笑みと共に自己紹介を始める。


「こんにちは、私の名前はクロアス。私の声に応えて頂き、こうしてお時間を頂戴できることを喜ばしく思います」

「そう、ですか」

「はい!ただ余り時間をとらせてしまっても申し訳ないので、ご挨拶もここまでに、早速ですが本題に入らせてください」

「は、はあ」

「ありがとうございます」


 礼儀正しい彼への対応に悩むあまり、ユカは話を続けることを許してしまった。これは今まで話しかけても見向きもされなかった生徒や、それを見て話しかけることを戸踏みとどまっていた生徒達にとっては快挙といえる出来事であった。公の場でユカに拒絶されなかった初めての男子生徒であり、街に出向くために近寄った男子生徒たちは揃いも揃って足をとめていく。


 またこのクロアスという生徒は成人を迎えたばかりの少年少女より少し年上で大人びており、顔立ちもよく清潔感のある彼は多くの女子生徒から好印象を持たれていた。加えて勉強もでき、教えるのが上手な彼は男女を問わず、杖の扱いがうまくいかない生徒に優しくアドバイスをしており、彼のおかげで昇級試験を合格できた生徒もいるほど。そのことから多くの生徒の間で人気となっていた。


 そんな彼がいると伝わったことで、この場には女子生徒も増え始めている。そんな周囲の喧騒に、クロアスはさして気にした様子はない。


「私は午後に魔法の講義を選択していて、自慢ではないですが、杖を受け取ったその週に光を灯すことができ、先月も第二週を終える頃には、指定された初級の魔法を全て実戦レベルで扱うことに成功していました。先生にも未経験者の中では上から数える程に腕がいいとお褒めの言葉を頂いて、恥ずかしい話、優越感に浸っていたんです」

「……はあ」

「ですが、ある日の講義であなたの魔法を見たその時から世界が変わりました。聞けばあなたも未経験者の1人。にもかかわらず、数多の火球を一切の乱れなく操っていた。火球にこめられた魔力量にも差はなく、全てが美しい形で宙を漂っていた。あれはもはや芸術品の類。私の目には、そう映りました」

「……そうですか」


 ユカは無表情を貫いていたが、内心では魔法を褒められていることに、正直なところ悪い気はしていなかった。その証拠に、頬が緩むのを我慢しようとして、この場を離れることを忘れている。そうしている間にも人は増え続けており、いつの間にか門への通行が困難となる程に人混みができることとなった。


「正直私は悔しかった。あれからあなたの魔法を見てから真似しようとしても、その美しさを再現することはできなかった。もちろん属性が違うということもありましたが、それは些細な問題で、魔力のこめ方、操作の意識等、私にはまだまだ足りないものがあることを自覚させられました。私はこの驕った心を正していただいたこと、より成長させていただいたことにお礼を言いたかったのです」

「……その、気持ちは分かりました。私の魔法があなたのためになったのならよかったです」

「!、はい!」


 男子生徒の間に衝撃が走った。ユカに逃げられなかっただけでなく、会話を成立させたこと。これまた公の場では史上初である。女子生徒の間でも、クロアスが律儀に感謝を伝える姿が良かったらしく、男女ともに賑わいを増している。ここでユカはようやくその場から逃げなければいけないことを思い出した。しかし周囲は包囲されている。


 ひとまずはクロアスとの話を終わらせよう。そう思ってクロアスを見たユカだが、すっと視線が逸らされる。様子がおかしい。嫌な予感を感じたときにはもう遅かった。胸に手を重ね、何かを確信したらしいクロアスは1つ頷いてから口を開いた。


「もしかしたら勘違いかと思ったけれども、そんなことはなかった。実はさきほどの話、少し足りない部分がありました。宙を舞う数多の火球が芸術品のようだと口にしましたが、もし火球だけならただ悔しいだけで済んだでしょう。しかし、その魔法を操っていたのは他ならぬユカさん、貴女です。紅き炎の中に佇む青と白の髪の少女。揺れる炎に照らされた貴女は可憐な微笑みをみせてくれて……私は、いつの間にか心を奪われていたみたいです」

「え」

「「「おおおおお!!」」」


 それはもはや告白といっても過言ではなかった。実際そのように受け取った生徒がほとんどで、男女問わず多くの野次馬が歓声を上げた。その声量は並大抵ではなく、歓声の中心地であったユカはビクッとその身を震わせる。クロアスもクロアスで、歓声を受けて気持ちが昂ったのか、覚悟を決めたように頷いて、一歩、その足をユカに近づける。


「その日から、私は貴女のことを考えない日はありませんでした。初めこそどうすれば貴女の魔法に近づけるのだろう、とその気持ちは魔法に傾いていました。しかし日が経つにつれ、貴女の魔法を再現したい、貴女の魔法に感動したことを、影響されたことを伝えたい、貴女に魔法を認められたい、……そして貴女に認められたい、と。貴女の隣で、魔法を使いたいと、そう思っていました」


 恋物語のような想いを聞かされ、ユカに、クロアスにそこまで傾倒していない生徒を中心に更に盛り上がる。どちらかを好んでこの場に集まっていた者でも、自分より可憐なユカなら、格好が良いクロアスなら、と諦め始める生徒もいた。クロアスは周囲の、なにより自分の熱が高まるのを感じ、更に一歩、もう一歩とユカに近づいていく。


「私は今すぐにでも貴女にお付き合いを申し込みたいと、貴女と特別な関係になりたいと、心の底から願っています。とはいえ、貴女からすればまだ私は無数にいる男子生徒のうちの1人だと思います。それでも、今日この日を持っていくらか私の印象が変わったことでしょう。であれば、まずは是非、友人関係から始めさせていただき、毎日の学校生活を送る中で親愛を深め!やがては」

「すみません、用事があるのでもう行きますね」


 シン、とその場が静まった。あと数歩で握手を交わせそうな距離まで近づいていたクロアスは既に手を伸ばしていたが、今、ユカが一歩離れた。もう、その手に愛しい少女の手が近づくことはない。クロアスは掴むものを失った手を見つめる。小刻みに震え、まだこの現状を拒否しているようだったが、聡いクロアスはもう、ユカに拒絶されたことに気が付いてしまっていた。揺れる視界、荒れる息。なんとか平静を保とうとして、クロアスは冷静に自己を分析する。


「まさかこの私が友人になることすら拒まれてしまったのか?この私が?事前に私が勉強ができて魔法もできて分かりやすくアドバイスをくれる大人びた好青年であるという噂が広く回っているのは確認していたし流石に一度も話したことがない状態で恋仲になろうとするのはまだ早いかと思ってまずは友人になろうと提案したのに何故受け入れてもらえない?いったい何が悪かった?いや待てクロアス、拒絶と決めつけるのはあまりに早計だ。思い出してみろ、ユカさんは用事があっただけ。駄目だとも嫌だとも無理だとも言っていないじゃあないか。そうか分かったユカさんもこんなに人に囲まれた経験がなくて驚いて焦って混乱してしまったんだ。姿を見かけて思わず声をかけてしまったからこんなに人が集まるとは思っていなかったんだ。それは悪いことをした。クロアス、君は自分の気持ちに正直になりすぎた。……すまない、ユカさん。少々取り乱してしまいました。ただそれは貴女も同様でしょうし、どうでしょう、ここは1つ、日を改めさせて頂いて」

「おい。ユカ様はもう行ったぞ」

「は」


 野次馬の1人に声を掛けられ、錆びた人形のように顔を上げたクロアス。視線の先は街につながる門。さっきまでそれを遮っていた野次馬の壁は綺麗に半分に割れ、クロアスの目に映ったのは愛おしい少女が街の路地へと消えてゆく様。やがて建物の陰に入り、その姿はすっかり消えて見えなくなった。しばらく立ち尽くすクロアスと、次第にばらけ始めた野次馬達。そしてクロアスはその顔を手で覆い、力なく笑った。


「……ハハッ、流石はユカさん、いやユカ様。その後ろ姿もとても美しい……」


 この日、クロアスの女子のファンが半減し、代わりにその半分ほど、同情からか応援からか、男女のファンや友達が増えたらしい。そんなことは全くもって興味がなく、そもそもクロアスの名前を初めて聞いたモモコやユウシ、聞いたことぐらいはあっても会ったことはないフーシュ、シガナも野次馬の群れを離れて隅に寄る。


「なんていうか、ユカって恐ろしいわね」

「そんなことなかったよ、スッゴく良い人で、魔法が強くて、とにかく良い人!だからモモコもフーシュさんも、きっと仲良くなれると思うんだけど」

「アンタがそこまで言うんなら、まあ、会うのは全然いいけど」

「ユカちゃんも勉強できる人だし、私も話してみたいな」

「いずれにせよ、今からユカさんのところに行くのは確定かもね」


 以前からユカにモモコやフーシュを紹介しようと思っていたユウシ。その言葉に2人とも悪くはない反応を示すが、シガナはそれどころではないとある方向を指差す。ユウシ達が揃ってそちらを見れば。


「アイツっ、もう、ホンットに世話が焼けるんだからっ!」

「え、ちょっと、モモコ待って!?」

「ふぇええ!?お、置いてかないで、モモコちゃん!」

「ま、こうなったら仕方ないよね~」


 ユカと話すチャンスを狙う野次馬達に混ざり、テイガが街に向かって駆け出す姿があった。モモコは視認すると彼が蛮行を行う前に食い止めるべく走り出し、ユウシとフーシュも慌てて後を追いかけるが、ステータスの差もあって全く追いつかない。そんな2人をシガナは呼び止め、3人は別行動でとある店に向かうのだった。

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