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「もう夕方かぁ」


 午前中杖を持ち、ひたすら魔導石を光らせようと試みていたユウシは午後、気分転換と称し、図書室にて本を読んでいた。気分転換とは言えども手に取るのはやはり魔法使い用の教本であったが、今回は少し先の、杖に光を灯せるようになった後まで読み進めていた。とはいえ読んでいるとどれも遠い話のように見えてきてしまい、心が苦しくなってきたためにすぐに入門者用の場所まで戻ってきていた。


「……もうあと3日で今月も終わり」


 春中月の終わりが見え、ユウシは橙色の空を見上げて呟く。春中月は大半を無駄にしてしまったが、最後の週はシガナとユカの協力のもと、魔物討伐を経てレベル上げを行った。それは確かに自身のステータスの上昇にもつながり、ユウシは討伐中の動きからもその効果を実感できていた。


 しかし魔法を使えるようになることがそう遠くない話に思えてきたと同時に、一ヶ月の間についてしまったテイガたちとの大きな差が頭をよぎる。別行動し始めた際は追いついて見せると言いはしたが、当時はここまで時間がかかるとは思いもよらなかった。今となってはテイガたちにただ魔法を練習できるようになっただけの自分を見せることが恐ろしくさえ思えていた。


「僕、どうすればいいんだろう」


 新たな悩みは、テイガたちには勿論、魔法を使えるように協力してくれているシガナやユカにも話すことは当然できない、できるわけがない。


 ならばこれまで通りテイガたちとは離れて練習するのか。テイガたちの足を引っ張るのは嫌なのに、シガナやユカならいいのか。そんなわけはあるはずない。テイガたちとも話したいことはたくさんあるし、誰にも迷惑をかけたくはない。なら、どうすればいいのか。


「……そんなの、分からないよ」


 それでもなんとか考えようとして、しかし今のユウシの頭にはなにもいい方法は浮かばない。それどころか悪いことばかりがいつまでも頭の中から出ていかず、負の感情が溜まりに溜まっていく。


 このままではダメだ、今日はもう休んで、明日考えよう。ユウシには逃避することしかできなかった。フラフラとした足取りで自分の部屋の扉を開けようとしたとき。


「なんだこれ」


 俯いていたユウシは、地面に落ちている白い紙に目が留まる。それは誰かの落とし物なのかとも思ったが、紙は自分の部屋のドアの下に挟まるようにして落ちていた。ドアと床との隙間は狭く、ユウシは少し力を入れなければ引き抜くことができなかった。また抜き取った紙を見れば、無理矢理押し込んだような皺が複数できており、紙が誰かの落とし物ではなく、意図的に挟んであることが見て取れた。


「……え」


 折りたたまれた紙を恐る恐る開いてみれば、それは手書きの手紙。3つの場所に別れて書かれていて、差出人はそれぞれテイガ、モモコ、フーシュの3人だった。部屋に入って明かりをつけ、荷物を放って椅子に座り、上から順に目を通す。一番上のモモコの文章は、筆圧の強い殴り書きで書かれており、文字の大きさも揃っていなかったが、ユウシにとっては見慣れた字の一つだった。


『アンタが私たちに会おうとしないからテイガに無理矢理連れてきてってお願いしてるのに、テイガが全然言うこと聞かなかったのよ!だから仕方なく手紙を書くことにしたわ。

 アンタ、ホントーに大丈夫なの?魔法が使えるかとかはどうでもいいわ。ちゃんと楽しくやれてんの?こっちはアンタが心配で心配でそれどころじゃないわよ!アンタのことだから、一緒に練習すると足引っ張るとか考えてると思うけど、いないほうが困るし大変よ!

 でも、アンタが変なところで意地っ張りなのは知ってるわ。やろうと思えばアンタの部屋の前で待って会うこともできるけど、どうせそれじゃ会ってもアンタは満足しないでしょ?

 それならさっさと魔法使えるようになって、私たちに自慢しに来てよ!私たちもアンタより強いって自慢するし、今度こそ分かりやすく教えてあげるから!それでみんなで楽しくご飯を食べましょ!』

「……ふふっ、ご飯のことを書くのはモモコらしいな」


 手紙を書くことを決めたのはモモコ。書こうと思った理由こそ彼女らしい強引な一面が見えるが、ユウシはモモコが人に気を遣うのがあまり得意でないことを知っている。それなのに言葉を選び、なんとか自分を励まそうとしてくれている。ユウシは目を擦り、瞬きをして歪む視界をなんとかもとに戻すと、続くフーシュの手紙を読んだ。


『ユウシくんへ

 お久しぶりです。モモコちゃんが手紙を書くと言っていたので私もご一緒させていただきました。知り合ったばかりの私がとやかく言うのも違うと思いますが、それでも話したいことがあります。

 ユウシくんが来なくなってから、テイガくんとモモコちゃんの喧嘩が少し増えました。私は止められなくて、先生にも何回か叱られてしまいました。最近は大きな喧嘩がなくなりましたが、2人とも元気がなく、とても寂しそうです。

 そんな2人が一度、元気になった日がありました。それは夜遅くに図書室に向かうユウシくんの後ろ姿を見たときです。その日は先生に怒られた日で、2人とも機嫌が悪かったのですが、ユウシくんが頑張っている姿を見て、負けてはいられないと思って次の日は集中して講義に取り組めていました。ですがそれも長くは続かず、すぐにまた元気をなくしてしまいました。

 それからは勉強が嫌いなのに、モモコちゃんが突然図書室行こうって提案したり、勉強の邪魔になるからダメって言ったテイガくんも何度も図書室の方を向いていたり、2人ともユウシくんが心配でたまらないみたいです。

 この手紙を書いているのは第4週の3日目なんですが、昨日テイガくんが、ユウシくんが上手くいっているようだと言っていました。それを聞いたモモコちゃんは一人だけずるいってまた喧嘩をしてしまいましたが、それでもいつもより嬉しそうでした。

 他属性で使うのが難しい中、毎日頑張っているユウシくんはとてもすごいです。このまま努力が実って、魔法を使えるようになることを心から応援しています。そしてまたお話しできるようになるのをみんなで楽しみに待っています。私もこれからもっと仲良くなれたらうれしいです。 フーシュより』

「……まだちゃんと話せてなかったな」


 丁寧に、綺麗な文字で書き綴られた手紙。何度も書き直した跡があり、3人の中で一番関係が浅いのにもかかわらず、文章量は最も多い。しかし自身の努力を褒められ、成功を願われていることを知り、ユウシの目から涙がこぼれる。大事な手紙に涙をこぼさないように何度も拭い、鼻をすすり、上を向いて深い呼吸をする。そして最後、テイガの手紙を読み始めた。テイガの手紙は最初は読みやすいように気を遣って丁寧に書かれていたが、途中からは耐えられなかったのか、見慣れた乱雑な字に戻っていた。


『ユウシへ

 俺は部屋が隣で元気な声が聞こえたからなんだかんだ大丈夫だって分かってたけど、モモコとフーシュがあまりに心配だって言って聞かねえから、こうして手紙を書くことになった。どうしてこうも恥ずかしくなることを続けざまにやらなきゃいけねえんだ?とか書いてたらフーシュが怒ってるから真面目に書くから読んだら忘れてくれ。

 どうせお前のことだから、失敗もかなりしてるし、小さいことで悩んで同じところ行ったり来たりしてるだろ。ここ、会話してたらぜってー小さくないって文句いうんだろうな。でもな、俺からしたら魔法が使えるかどうかなんて小さいことだ。だって、そもそも俺は入学前からお前と冒険者やるって決めてたろ?

 お前は昔から1人じゃできねぇって自分を下げてたけど、俺が誘ったらだいたいついてきたし、なんだかんだちゃんとできてたことも多かったじゃねえか。それに、どんなときもお前は楽しそうで、俺まで気分が良くなってよ。そんなユウシを知ってるから、俺は一緒に冒険者をしたいと思ったんだ。

 ってのはあくまで俺の意見だし、お前がどうしても魔法を使いたい理由も知ってるつもりだ。それならもう諦めないでやり通せ!お前なら出来る、俺の自慢の"親友"だからな!』

「テイガ……ううぅ」


 ユウシは震える手で手紙を机の端に置き、それからはもう、何をしたか覚えていない。


 何も言うことができなかった。てっきりふざけたような文章で笑わせてくるかと思ったのに。ふざけながらもところどころに応援の言葉を含ませて、テイガらしい手紙になると思ってたのに。


 テイガの言葉は、今のユウシが求めていた救いそのものであった。成功しても失敗しても、1人で取り残されてしまうのではないかと恐れていたユウシの胸に響き、抱え込んでいた不安を取り除いた。


 またテイガだけではなくモモコとフーシュも、魔法を諦めたほうが良いとは言わず、そもそも魔法が使えるようになることを前提として想いを伝えてくれた。おかげで疑っていた自らの才能に改めて自信を持つことが出来た。


 ユウシは嬉しかった。自分の願いを否定せず、結果が出ない己の才能を信じてもらえたことが。ユウシは恥ずかしかった。こんなに優しい友達に見捨てられるなどと考えてしまった己の不甲斐なさが。


 ユウシは改めて心に決めた。自分のためにも、協力してくれるシガナたちのためにも、信じてくれるテイガたちのためにも、必ず魔法を使えるようになると。もう小さいことで迷うことはないと。頭の中で聞こえていた弱音も今は全く聞こえず、ユウシの胸は熱くなり、夢に突き進む力が無限に湧いてくるようだった。

 ー ー ー ー ー

 荒れていた心が晴れ渡り、安らぎを得たユウシは泣き疲れたこともあって、いつの間にか机に伏して眠ってしまっていた。外を見れば薄暗く、まだ日は昇っていないようだった。ふと思い立ったユウシは身なりを整え、鞄を手に取ろうと机の方に視線を向ける。そして置いてあった手紙に目が留まり、昨日のことを思い出して微笑んだ。


「ありがとう、みんな」


 ユウシは手紙に深く礼をすると、鞄と杖を手に取って、部屋を出て屋上に向かった。


 屋上に続く階段を上り、扉を開けると、涼しい風が吹き込んできた。しかし身を震わせるほどではなく、季節の移ろいを感じさせた。


 手すりに手をかけ、遠くの山々を見る。靄がかかって輪郭がぶれているそれらは赤みが差しており、時間が経つごとに輝きを増していた。


 そのまま眺め続けて十数分。ついに日の出が訪れる。真っ赤に燃える太陽が顔を出し、世界に朝がやってきた。


 吹き抜ける風が髪を揺らし、制服をはためかす。ユウシはふと鞄に手を入れ、中から学生証を取り出した。起動してステータスを見ると、前回からは変わらないステータスが表示される。


 いくらかあがったとはいえ、それでもほぼ全てが平均以下。加えて唯一高い運の項目も意味をなさず、1人だけ魔法が使えず、講義でも取り残され、魔法の練習は雨で邪魔されるなど、むしろ悪い方に働いている。そう、昨日の夜までは思っていた。


「こんなに力を貸してもらってて、応援されてて、運が悪いわけなかったよ」


 大きく手を開き、全身で風を感じる。空は雲1つない快晴。これならば今日は討伐にも行けるだろう。ただこの日は第4週5日目。春中月の平日最終日で、休日も合わせてあと3日。本当にできるのか。昨日消えたはずの声が蘇るが、ユウシの顔に浮かぶ笑み。


「できるし、やるよ。やってみせるよ」


 深呼吸をして新鮮な空気を吸い込み、頭が冴えたところで、ユウシは1人頷き、シガナとユカの待つ食堂へと駆けていく。相変わらず人気のない道中。今までは人の視線を避けることができて安心していたが、今は、またテイガたちとくだらない話でもしながらゆっくり歩きたいと思えるようになった。


 食堂に入り、テラス席へと向かう。そこには人影が無く、まだシガナもユカも来ていないようだった。初めてテラス席で1人となり、食事を机に置いたユウシは改めて外の景色を見渡す。


 夜は地上にまで広がる満天の星空が美しかったテラス席。朝にはもちろん星を見ることはできないが、その分街の営みを見下ろすことが出来た。朝早くで人はかなり少なかったが、それでも露店が売り物を並べていたり、屋台で食材の下ごしらえをしていたりする様子が確認でき、他にも冒険者らしき武器を背負った人達が門の外へ向かうのも見えた。


 思えば今週は初日を除いて毎日利用していたのに、景色に意識を割いたのは今日が初めてであった。ユウシは心に余裕ができたことを確かに実感しつつ、手を合わせて食事の挨拶を口にする。この日の朝食は、久しぶりに楽しく味わって食べることが出来た。


 - - - - -


「それじゃ、探しに行こうか」

「今日もよろしくお願いします」

「こちらこそ!……それと、ありがとう!」

「「?」」


 早めの昼食を終え、正午から街を出発したユウシ達。森に着き、ギガスライム探しを始めようというところでユウシはお礼の言葉を口にした。脈絡のない突然の感謝に首を傾げるシガナとユカ。その反応を見て照れ臭くなったのか、ユウシは説明することなく、我先にと森に足を踏み入れた。2人は疑問には思ったが、口にはしなかったものの薄々理由に気づいたため、そのままその背中に続いていくにとどめた。


「うーん、1日経ったとはいえ、やっぱり湿度は高いね。ユウシは滑らないように足元に、ユカさんは攻撃後の相手の反応の違いに気をつけてね」

「分かった!」「分かりました」

「それじゃああそこのギガスラ相手に頑張ってね~」

「見つけるの、はやっ」

「相変わらずですね」

【?】


 森に入っておよそ5分、シガナは最初のギガスライムを見つける。ここに来るまでにどうやって見つけているのかを尋ねたところ、肌に感じる魔力の雰囲気、と、本当かどうか分からないことを言っていたシガナ。彼は今回から主体的な戦闘への参加を控えるとのことで、ギガスライムの目の前に立ったユウシの身体に緊張が走る。


「行きますね。-私の魔力。その力を炎へと変え、球を成し、放て。『火球』」

【!?】


 ユカの火球を合図にギガスライムとの戦闘が始まった。遠距離から放たれる火球はギガスライムの顔付近に命中し、ギガスライムがのたうち回る。しかしやはり一昨日の雨の影響が残っているのか、ギガスライムへの火球の効果は薄い。その証拠に、ギガスライムはその身体を切り離す前に延焼は止まり、身体もほとんど小さくなっていなかった。


【~!】

「ユウシさん、気をつけてください!」

「うん!てりゃあっ!」


 ダメージが小さかったからと言ってギガスライムが怒らない筈はない。激しく弾んだ振動にユウシは耐えると、動き出そうとしたギガスライムに石を投げつけた。それはやはりギガスライムの上を飛び越し、山なりに消えていったものの、新たな魔法と勘違いしたギガスライムがユウシを視認する。目が合ったユウシは攻撃対象となったようで、ユウシは息を呑み、しかし怯えることなく、いつでも動けるように身構えた。


 数秒の沈黙ののち、ギガスライムは動き出した。ユウシは後ろに下がり、木の幹の後ろに回った。ギガスライムは木の幹を通り過ぎ、巨体を停止させ、引き返す頃にはユウシは元居た場所を過ぎて更に離れている。ギガスライムが大きく飛ぼうと身を縮ませたとき、誰もいない方向から火球が2つ、続けて命中した。


【!?】

「(この休日でユウシの身体の疲れも取れて、良い動きができてるね。ユカさんも軌道制御で居場所を悟らせないようにしてるし、このままいけば普通に倒せそうだね)」

「ってい!っていや!」

「(ただユウシの声にユカさんが笑いそうになってるから、もしかしたら笑い声でバレるかもしれないのは面白いね~)」


 ギガスライムが火球の火を消そうとする間、何かをしたいユウシが繰り返し明後日の方向に石を投げており、ユカは投げる姿勢が少々滑稽に見えてきたこともあって口元を抑えて震えていた。そんな無意味な笑いとの戦いがあることを知らないユウシは言われたことを思い出し、今のうちに逃げる場所を探す。とそのとき、ギガスライムが変形を始めた。


【ー!!】

「!ユウシさん、分裂体が飛んできます!気をつけてください!」

「あっ、そうだった……!」


 1回目で飛ばさなかったことで頭から抜け落ちており、ユカの指摘で気づいた頃には既に分裂体を飛ばす直前。急いでユカが魔法破棄を行うも、分裂体の攻撃自体はもとより防ぐことができない。タイミングが悪いことに、ユウシは周りを見ようとして近くに障害物のないところにいた。


 そんな中射出された分裂体を、ユウシは横に飛ぶようにして回避する。みっともない避け方にはなったが、なんとか回避に成功する。しかし攻撃はそれだけでは終わらない。ギガスライムは地面に這いつくばるユウシにのしかかろうと身を縮めていた。ユウシが膝をついて立ち上がろうとしたとき、ギガスライムは飛び上がる。


【ー!】

「うわあっ!?」

「ユウシさん!-私の魔力。その力を炎に変え、矢を成し、放て。『火矢』!」

【……!!】


 これまたその場に転がるようにして、ユウシはギリギリ回避する。視界のすぐ横にはギガスライムが見えており、伝わってきた着地の振動に背筋を冷やす。と、ここでユウシに逃げる時間を作ろうと、ユカが急いで弓矢の魔法を放つ。しかし急ぐあまり軌道制御を行わず、狙いが目元から逸れてしまったことでギガスライムにユカの位置がバレてしまった。ギガスライムは火の矢が身体に刺さるが、身体から染み出した水分ですぐに消してしまった。


 ギガスライムの目がユカを見る。先ほどから身体を襲う最大の脅威の出所を認識し、ギガスライムは標的に定めた。ユウシは狙いが変わったことに安心したのは束の間、今度はどうやってこちらに注目させるかを考えつかなければいけなかった。顔が反対に向いてしまった以上、目を狙った注意の引き方はできないし、かといって足の速さからしても、回り込んで攻撃することもできなそうである。悩んでいたのは少しの間だが、既にギガスライムは動き出そうとしていた。身を縮める動きを見て、ユウシのとった次の行動は、半ば無意識だった。


「う、うおおおおっ!!」

【!?】


 ユウシはギガスライムに向かって大きな声を出しながら体当たりした。感触は少しひんやりとして弾力があり、ユウシの身体が完全に沈み込む前に止まり、逆再生するように弾かれた。ユウシはバランスを崩して尻もちをつき、ギガスライムは突然の接触に驚いて移動を停止。その隙を見逃さず、ユカは火球を放っていた。


 ギガスライムは火球に対する対応に慣れ始め、すぐに分裂体を作って延焼を防いだが、その間にユカは身を隠し、ユウシは体勢を整えた。そうなれば、今度こそユウシは油断することなく、ユカと息を合わせてギガスライムに着実にダメージを与えていく。再び安定した二人の戦いを見て、シガナはその手に構えていた杖を下ろして息をつく。


「(本来スライムに体当たりすれば、最悪身体の中に取り込まれて窒息死しかねないんだけど……跳躍準備の収縮中だったから助かったね、ユウシ。まあ減点だけどね)」


 今度こそ大丈夫だろうと木に寄りかかって観戦するシガナ。数分後、ユカが最後に『火球乱舞』を放つことで戦いは終了し、ユウシとユカはギガスライムの討伐に成功した。


 - - - - -


 それから数時間もの間、シガナはギガスライムを探し、ユウシは注意を引き付け、ユカは魔法で討伐を繰り返す。1人で陽動をし続けたユウシの服は泥だらけになり、1体の討伐が終わるごとに肩で息をしていたが、ユウシが弱音を吐くことはもうなかった。それでもレベルはなかなか上がらず、ようやく17になったのは午後の4時。そろそろラルドへ戻らないと帰り道が危険になる時間だった。


「うーん、やっぱり20は厳しかったね」

「途中雨の日もありましたし、しょうがないと思います」

「でも、ユカさんはもちろんだけど、僕も大分いい感じだったよね?ね?」

「はい、正直最初は寄生行為などと言いましたが、今日の戦いを振り返れば全くそんなことはなかったですね」

「そうだよね!はー……よかったぁ」


 ステータスが低くても、才能がなくても、冒険者のように魔物と戦うことができた。以前も同じように思ってはいたが、シガナの助けがなくなっても戦うことが出来たことは、より大きな自信につながった。もちろんユカの魔法によるものが大きいし、まだまだかっこ悪い戦い方しかできないけど、ひとまずは形になった。あとはレベルが20になるまで。魔法が使えるようになるまで、もうひと頑張り。


 そう思っていたユウシに、しばらく考え事をしていたシガナが頷いて振り向いた。


「うん、1回ここで杖を試してみよう。持ってはきてるよね?」

「えっ、と……うん、あるにはあるけど……」

「20はあくまで平均的な基準だし、そもそもレベルが上がったり、ステータスでランクが上がったりしないと魔力量が増えないわけでもない。スライムを倒す前のユウシよりは着実に成長してるはずだよ」

「そっか、そうだよね」


 成長していることは自分がよくわかっている。スライムを倒すのすらままならなかった自分が30匹も倒せるようになり、補助されながらの陽動でも苦戦していたのに、今日は1人でやり通した。それならあとは、熟練度を上げるのみかもしれない。


「思い返せばまだ自分はユウシが試してるところを見たことなかったしね。それで何がダメなのか分かるかもしれないし。それに実は1つ、用意してるものがあるんだよね~」

「用意してるもの……?」

「そう、まあまずは自分の杖でやってみてよ」


 なんのことかは分からないが、ユウシは言われた通りに杖を取り出して構えた。深呼吸をして、杖に祈りを込める。胸から肩へ、肩から腕へ、腕から杖へ。光りますように。魔力が感じられるようになりますように。僕に魔法が、使えるようになりますように。


 ……そうして十三秒経つも、2人から何も反応が無いということは、つまりそういうことなんだろう。こればかりはいくらネガティブな自分が消えたとはいえ、そうそう明るい気持ちで受け入れられることではない。ユウシは目を開け、予想通り無反応な魔導石を見てから首を横に振った。


「やっぱりまだ駄目みたい」

「そっか、ちなみに杖を持ってるときはどんなことを考えてる?」

「えっと……」


 ユウシはフーシュから伝えられたことを意識していること、そして願い事をするように祈っていることを話す。シガナは頷くと、やんわりとその考え方を否定した。


「悪くはないし、実際原理的にはあってるけど、練習するときにずっとその考え方でやってるよね?」

「うん」

「だとしたら良くはないかな。もちろん他の人ができたから自分もできたってパターンもある。けど今はむしろ逆になってると思うよ。ずっと失敗してるから本当にそれであってるのかなって疑って、結果的にその考え方じゃできなくなってるんじゃないかな」

「でも、そういうものなの?」


 分かったような、分からないような気持でユウシは尋ねる。実際にフーシュが出来たやり方でモモコもテイガも成功している。確かに自分はできていないのが現状ではあるが、そんな思い込みで変わるものなのか。ユウシのそんな問いに、シガナはやはり頷いた。


「そもそも魔法っていうのは、思い描いた空想を現実にするものなんだよ。ユカさんの使ってる『火球』にしたって、炎を球体の形でまっすぐ前に飛ばすっていう光景を思い描いて、それを再現してるわけで。つまり言いたいこと分かる?」

「え、ええっと……杖を光らせたいって思えばいいってこと?」

「違うよ。杖を光らせる、だよ。さっきのイメージを使うなら、魔力を取り出して、肩から腕、手から杖に移動させる。杖に流れた魔力は先端の魔導石に辿り着いて、魔導石のはたらきで溢れんばかりの光を放つ!……とかかな。要するに、いつかできるようになるんじゃない、今この瞬間に自分の可能性を信じてできるようになる!ぐらいがちょうどいいってことだね」


 それを聞いて、ユウシは話を理解した後、ハッとして首を横に振った。なぜなら考えてしまったのだ、本当にそうすればできるようになるのかな、と。条件反射のようなもので、ユウシの頭にはすっかり失敗の経験が染みついてしまっていた。そのことを気付いてか否か、シガナは話を続ける。


「だから失敗する自分の姿を想像したり、上手くいかないと思ってる方法で試したりすると、できるものもできなくなる。だから今のユウシに必要なのは、考え方を変えることなのかもね」

「なるほど、魔法についてそのような捉え方もあるんですね」

「まあ、半分ぐらい自分の考察みたいなところはあるけどね。……さて、こうは言っても、ユウシも考え方をすぐに変えることはできないと思う」

「っ、そんなことは、……あるかも」


 そう聞かれてしまえば、今のユウシに強がることはできなかった。心を見透かされているのではと勘違いするほどに当たっている。原因が分かったかもしれなかったが、失敗することに慣れてしまった現状を改善することはできるのか。ユウシにはどうすればいいのかわからない。そんなユウシにシガナが示したアドバイス。


「だからユウシ、まずは君にとって思い入れのある出来事を強く心に思い浮かべよう」

「思い入れのある出来事……」

「なんでもいいよ。魔法に関係のないことでもいい。できれば強く印象に残っているものとか、大切な思い出とかがいいかな。説明しすぎると効果が半減しそうだから今度は軽くに留めるけど、人の魔力は感情に影響されやすいっていう話があるんだ。激情で昂ったり、落ち着いてるときは鎮まったり。魔力量の増えた今なら、なにか取っ掛かりを掴めるかも」

「急に言われても、なかなか難しい話じゃないですか?」

「まぁ、なかなかピンと来るものでも……ないのは、もしかしたら自分とユカさんだけかもね?」

「!」


 ユウシにとって、それは探すまでもなかった。言われた瞬間思い浮かんでいた。印象に残る思い出も、大切な思い出もたくさんあるが、今浮かんでいたのは、昨日受け取ったモモコ、フーシュ、テイガからの手紙。直近の出来事だったこともあるが、自分以上に自分を信じてくれた、大切な友人達の想いが籠められており、嬉しさや感動の余り、涙が零れ、胸が熱くなったのを時間が経った今でも鮮明に思い出すことができる。


 鮮明に思い出し、ふと引っかかることがあった。違和感に気づき、いざ探し始めれば思い当たるのはすぐだった。先ほどフーシュのアドバイスを思い返したとき、コツを尋ねてこう言われていたはずだ。適性診断のとき、じんわりと温かくなった感覚が魔力のそれであると。


「……うん、僕、もう1回やってみるね」

「うん、試してみて。きっとできるからさ」

「上手くいくよう応援しながら待ってますね」


 優しい言葉に涙がこみ上げそうになるがなんとか堪えて上を向く。


 ゆっくり大きく息を吸う。ゆっくり静かに息を吐く。両手で杖を握り、前に構えて目を瞑る。ユウシは心の中で、感謝の気持ちを述べる。


 ――シガナは先の見えない暗い道に光を灯してくれた。ユカさんは弱い自分に力を貸してくれた。モモコは強情な自分を気にして励ましてくれた。フーシュさんはあまり話せていないのに心配してくれた。テイガは一番の友達として、いつも自分を応援してくれた。


 前に構えていた杖をそっと胸に引き寄せる。大切なものを離さないように抱きしめる。


 ――困ってるとき、悩んでるとき、声をかけてくれてありがとう。助けてくれて、協力してくれてありがとう。僕なんかよりもずっと、僕の可能性を信じてくれて、ありがとう。


「……あ」

「ユウシ、そっと目を開けてごらん」


 日が傾き、薄暗くなり始めた森の中で、最初に声を漏らしたのはユカ。続くシガナの言葉に、ユウシが静かに目を開けば――


「……きれい」


 白色だったユウシの杖の魔導石が、橙の色を纏い、優しい光を放っていた。少しでも気が抜ければ消えてしまいそうな頼りないものだったけれど。魔導石が白くなければ分かりにくいような微かなものだったけれど。確かに魔導石は色づいていて、魔力が通っていることが確認できた。


「やったよ、みんな……僕、やっとできたよ……。遅くなったけど、杖、光らせたよ……っ!」


 もう、堪えていた想いは我慢できなかった。劣等感、罪悪感、重圧感、あらゆる重荷から解き放たれ、ユウシは力が抜け、立っていることもできない。地面には涙が零れ、木々の間を泣き声が通り抜けた。そこに込められていたのは歓喜、安堵、達成感。


 春中月第4週5日目の夕方頃。およそ半月に渡り、たった一人、最後の魔法ランクEの生徒として努力を続けてきた少年、ユウシの想いは実り、魔法使いとしての第一歩を踏み出した。

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