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「えっと、ユカさんは」

「あまり馴れ馴れしくしないでもらってもいいですか」

「はい。……シガナはどうしてユカさんと仲が良い」

「魔法を教えてもらってるだけです」

「はい。……どうして話すようになったの?」


 休学届がそれぞれ受理された後、まだ生徒がまばらなうちに学校を出て、3人は早速森を目指して街を歩いていた。道中、シガナとユウシはそれなりに世間話を繰り広げていたが、ユカが無言でいることが気にかかり、ユウシが声をかけた結果が先ほどの会話である。ユウシは粘ることなく、すぐに謝罪、訂正と共にシガナに対象を変えた。


 シガナはユウシの反応に笑みをこぼしつつ、ユカと最初に出会ったときのことを思い返した。


「最初に見たのは図書室だったけど、そのときは互いに無視してたな~」

「そうなの?」

「どっちも他の人とあまり関わらないようにしてたからね」

「図書室は本を読むための場所ですし、私は勉強を優先していただけです」

「らしいけど」

「そ、そうなんだぁ」


 それなら友達も少なく、人数も自分とそう変わらないのでは?と考え、あえて質問しないことで、ユウシは心の平穏を保った。もし質問して数が多かったときは悲しい思いをするだけだから。突然胸をなでおろしたユウシに2人は首を傾げた。


「それで、いつ話すようになったの?」

「えーと、確か春中月の初めぐらいだったかな?その頃には自分もユカさんもテラス席を占有」

「人がいなかっただけです。変な言い方しないでください」

「してたんだけどさ、まだお互い無言で」

「……」


 本当にユカが訂正したように仲は良くないのかもしれない、ユウシはそう思い始めており、この後の討伐は楽しく出来るだろうか、と不安になっていた。


「ある日、少し遅れていったらユカさんが独り言呟いててね~。魔法について悩んでたみたいだから、ちょっと興味を持って、思わず聞いてみたのが始まりだね」

「結果的には良かったとはいえ、今でも恥ずかしい話です」

「口調もわざわざ距離を置くように作ってるって分かったしね~」

「止めてもらえますか」


 まるで弱みを握られたかのように苦々しい顔でため息をつくユカと、悪戯な笑みを浮かべているシガナ。ユウシは喧嘩になってしまわないのかと心配するが、会話はここで途絶えてしまった。偶然ユカとシガナがそれぞれ反対方向を向いていたこともあり、ユウシは1人わたふたしていたりする。


 と、ふと道に視線をやれば、こちらを見てひそひそと囁き合っている通行人の声が耳に入る。その男性二人の視線はユカに向いていて、意識して見渡せば、そういった人は何人も見受けられた。そんな道を見渡すユウシの様子に気が付いたのか、シガナが同じように見渡して考えていたことを察する。


「ユカさんは学校の外でも人気だね~」

「全然嬉しくはないです」

「まあでも事実だし、ね、ユウシ」

「え、う、うん」


 話を振られればユウシには正直に答える以外の選択肢はなく、ユカは不機嫌そうにため息をつき、ユウシは怒らせたのではと誤解する。


「これだけ注目を集めるのなら、ユカさんだけで街に出たら、変な大人に絡まれて満足に買い物もできなそうだね」

「……そう、ですか?」

「え、想像してなかったの?実際お世辞でもなくそうなりそうだけど。試しに今、離れてみる?」

「嫌です」


 言われてみれば、と周囲に視線を向け、一瞬目が合っただけなのに喜ばれてしまっては、否定することはできそうもない。ユカは魔法屋や魔導具屋など、訪れてみたい場所がたくさんあっただけにその事実に悲しくなった。


「ま、そういった声掛けに負けない、強気な女子友達でも作れば大丈夫なんじゃない?もしくは今週とか討伐後に時間作って行ってもいいけど」

「……考えておきます」

「あ、そこ悩むとこなんだ?」


 冗談で言った後者の提案も含められたことで、交友関係が狭いかもしれないというユウシの考えが現実味を帯び、ユウシは仲間意識を持ってか否か、とりあえずモモコでも紹介しようかと思っていた。

 再び会話が途切れようとしたところで、3人は街と外をつなぐ門にたどり着く。歩いて近づいていけば、昨日同様門番が近寄ってきて、それぞれ顔を確認される。


「おおシガナ君、今日は3人で揃っていくのか?」

「はい、今日もスライムを倒そうと思います」

「分かった、遠くには行かないようにな」

「気をつけますね」

「「……」」


 笑顔で見送ってくれる門番に笑顔を返すシガナ。後ろの2人は罪悪感を抱える。そうして3人がある程度門から離れたとき、ユウシが深く息を吐いた。


「ねえ、やっぱりちゃんと森に行くって言わなくていいの?」

「止められるよ?」

「うう、だけどぉ」

「大丈夫だよ、気をつけますって言ったし、倒すのは同じスライム種。嘘はついてないよ」

「そういう問題ではないと思いますが」

「あはは」


 シガナは笑ってごまかした。ただそこを追求しても何も意味が無いことをそれぞれ知っているため、気持ちを切り替え、森を目指して歩きつつ、3人は具体的な討伐方法について話し始めた。


「まずは自分がギガスライムを見つけるから、ユウシがギガスライムの注意を引き付ける。そこにユカさんが魔法で攻撃して倒す。作戦って程じゃないけど、流れはこんな感じかな」

「使う魔法はどうしますか?」

「最初は慣れるまで時間もかかるだろうから、球体魔法単発でいいよ。それならもう失敗もないだろうし」

「そうですね」

「あとは地形と相手の動き次第かな。木々が多い場所は制御優先で単発維持、広い場所なら大球、連弾もどんどん使っていい。ギガスライムが意外と素早いのなら単発の魔法操作で追尾意識、もしくは弓矢で怯ませて、その隙に球体とかね。相手が遅いのなら、まあなんとでもなりそうかな」

「なるほど、他にはありますか?」

「ユウシの動きの意識かな。最初は誤射しないように大げさに距離を空けて魔法を使って、これも慣れたら当てない範囲で自由に、かな。本当はコミュニケーションはあったら良いんだけど、まあユカさんだし」

「……」


 配慮が助かると感謝すればいいのか、それとも事前にできないと思われたことを不服に思えばいいのか。ユカは何とも言えない気持ちになった。ユウシもユウシで知らない魔法の用語が複数出てきたことで少々悔しい思いを胸に抱いたが、その気持ちを無くすためにも今は頑張ろうと心を切り替え、やるべきことを尋ねに大きく手を上げた。


「はいはい!僕は?僕はどうすればいいの?」

「ユウシはさっきも言った通り、ギガスライムを引き付ける役割だね。石や枝とか、落ちてるものを投げて怒らせて、ユカさんに攻撃が向かないようにするのが中心かな。ただ、ユウシのステータスだとなかなか大変なこともあるだろうし、まずは自分がお手本を見せるよ」

「ありがとう!ねえ、シガナはいろいろ教えるのが上手だけど、そういうのも勉強したら身につく?」

「そうだよ~」

「そっか!いよーっし!僕も魔法が使えるようになったら、座学のテストで点をとれるよう頑張るぞー!」

「シガナさん、嘘は良くないですよ」

「えっ」


 健気なユウシに嘘をついて反応を見ることが面白くなってきたシガナの悪ふざけにユカは呆れ顔である。

 そんなこんなで今度は話が長く続き、自らがやるべきことや他2人の動きをだいたい把握し、各々立ち回りを頭の中で整理しながら歩くこと1時間。道中ユカが体力不足で休憩を申し出るなどの小さな問題もあったが、無事に森までたどり着くことが出来た。


「はあ、はあ、ついたー!!」

「元気だね。筋肉痛は治ったの?」

「え?……うん!なんとか!」

「それはよかったけど、無駄に疲れて討伐に支障が出ないといいね~」

「うっ」


 遠くの森が近づいてくると、待ちきれなかったユウシは勢いよく走り出し、結果、途中でばてて、森についたのは3人同時だったりする。そんな子どものような元気な様子を見て、ユカが羨ましそうに呟く。


「体力があるっていいですね」

「ユカさんは体力のステータスだけ低いんだっけか」

「いえ、魔法以外は平均以下ですね。その中でも体力は特に、といったところです」

「そ、そうなの!?」


 ユカのステータスはとても極端に偏っており、中でも目立つのは魔力量と体力。対照的なそれらはそれぞれAとGという上下から2番目となっており、本人は魔法が好きで魔法を選択したが、才能から判断しても、その選択は正しかったと言える。

 とはいえ体力の低さを無視できることはなく、今回のように体力の低さが足を引っ張ってしまう事態に直面すれば、ユカもその体力の無さを克服したいと思わずにはいられなかった。


「これからユカさんに助けてもらうことになるんだし、全然気にしなくてもいいよ」

「そうかもしれませんが……」

「まあどうしても気になるのなら、討伐してレベル上げて、体力を改善すればいいよ。さて、そろそろユウシも準備はいいかな?」

「うん、もう大丈夫!」

「それじゃ、森に入りますか」

「おー!」「はい」


 掛け声は揃わなかったが足並みを揃え、3人は緑が生い茂る森の中を進んでいった。


「あ、ちなみに同じく討伐しに来てる冒険者に出会ったら、最悪学校に報告されてなにかしらの罰を貰いかねないから気をつけてね~」

「「!?」」


 ー ー ー ー ー

≪常緑の森≫――自生する木々の大半が常緑樹で占められており、一年中緑が絶えないことからその名がつけられた。程よく日差しの差し込む森の中では低木や雑草も青々と育ち、数多の野生動物が生息している。また森はアトイミレユの街によって管理されており、命を脅かす魔物や魔獣は率先して討伐されている。そのため一番討伐ランクの高い魔物はEランクのギガスライムとなっており、街の素人冒険者の討伐対象として、良い練習相手になっている。


「わぁー、スッゴイ空気が美味しい!」

「良い場所ですね」

「ね。散歩するのにちょうどいいよね」


 3人、特にユウシは近頃ずっと息をつめて勉強していたこともあり、自然の透き通った新鮮な空気に癒されていた。しかし野生動物の中にスライムの姿が見え始めると、緩んでいた気持ちも自然と引き締まる。これもまたユウシは自身に戦闘力が無いことが分かっているために、せめて出来る限りのことを、としきりに周囲を見渡していた。


「ユウシ、そんなに気を張ってたら一日持たないよ」

「でも、うーん……やっぱりもう一回練習しない?」

「いや、さっきで分かっただろうけど、もう本番じゃなきゃ意味ないよ」


 あまりにユウシが緊張したため、3人はギガスライムの前に森の中でミドルスライムを見つけて動きの確認を試みた。しかし結果はユカの最初の魔法で討伐を終えるという、全く練習にならないものだった。


「これを言うと逆に油断するかと思って迷ってたんだけどさ、ギガスライムは温厚で攻撃もそこまで強くないんだよね。討伐ランクがEランクなのは物理攻撃への耐性がBランクでも通用するぐらい高いからであって、魔法耐性も多少はあるけど、弱点の属性で戦えば割と余裕をもって倒せるよ」

「そ、そうなんだ……」

「たぶん。さ、遠くに見えたからそっち行くよ~」

「えぇ!?」


 最後の最後で不安を煽り、落ち着く暇なく見つけたギガスライムのもとに歩みだすシガナ。ユカも後ろをついていってしまえばユウシは1人で残るわけにもいかず、心音を響かせながら2人の後を追いかけた。


「ほら、あれがギガスライムだよ」

「ス、スッゴい大きい」

「少し不安になりますね……」


 少し開けた場所で、身体を引きずって移動していたギガスライム。その高さはユウシより大きく、横幅で言えば優に2メートルは越している。今まで倒してきたスライムとは明らかに強さが異なるのが一目瞭然であり、透けた緑色の身体の中に落ち葉や木々の枝が溶け込む様子を見て、ユウシは息をのんだ。


「おー、最初から当たりっぽいね」

「スライムに当たり外れがあるんですか?」

「ギガスライムはミドルスライムがユウシの身長ぐらいになった時点でそう呼ばれるようになるんだけど、周囲に栄養が豊富だと、そこから魔力を蓄え続けてどんどん肥大化する。大きければ大きいほど魔力を蓄えてるわけだから、多少倒しにくくても、貰える経験値が美味しいんだよね」

「そうなんですね、初めて知りました」

「じゃ、ユカさんの好きなタイミングで始めていいよ。ユウシは心を落ち着かせつつ、静かに見ててね」

「う、うん」


 緊張して震える心を読んだようなシガナの言葉にユウシははっとして頷き、深い深呼吸を繰り返す。ユウシ程ではないが緊張していたユカも合わせて一度息を大きく吸って吐くと、杖を前に構えて魔力を込めた。先端の赤い魔導石に、あっという間に光が溜まり、ユカは詠唱する。


「-私の魔力。その力を炎へと変え、球を成し、放て。『火球』」

【!?】


 繰り出された球体魔法は通常よりも少し大きく、しかし的確な操作のもと、ギガスライムへ打ち出された。のんびりと揺れていたギガスライムは不意に身体に受けた熱に驚いてその大きな身体を歪ませる。


 見るからに効果覿面ではあるが、流石はEランクの魔物といったところ。初級魔法の一撃では倒れるようには見えず、ユカは追撃の魔法を準備する。しかし、次の準備はシガナによって止められた。


「ユカさん、前に話した発動継続、魔法破棄は覚えてる?」

「……?はい、練習して覚えましたが」

「じゃあ次からそれもよろしく」


 発動継続とは手元を離れた魔法にも魔力を込め続けることで任意の操作を可能とする技術、魔法破棄は発動中の魔法の中断、もしくは発動後の魔法を、込められた魔力がまだ残っている状態で消失させる技術のこと。ユカは知ってはいたが、問われた意味を尋ねようとして、その前にギガスライムが動きを見せた。


 ユカの魔法はギガスライムの身体を焼き、ギガスライムの内包する魔力を燃料に燃え広がろうとしていた。それが叶う前に、ギガスライムは身体を変形させ、燃えた身体とその周囲を、もう1つの小さな身体を構成するかのように分離した。


【~!】

「え」


 ひとまずの危機を脱したギガスライムは、魔物の言葉は分からなくても明らかに怒っていることが見て分かる程に揺れ、地面を響かせていた。多少険しくなったつぶらな瞳が2人を視認すると、分離させた身体を、いつの間にか前に出ていたシガナに向けて射出した。


「『霧散』」


 飛んでくるスライムの一部は未だにユカの魔法で燃えている。驚いて固まるユカに対し、シガナはグローブを着けた手を前にかざして一言呟いた。すると燃えていた炎が小さくなって消え、後にはただの分裂体が残る。シガナはそれを確認すると、飛んでくるスライム体を落ち着いて避けた。そしてこちらに迫ってくるギガスライムに小石を投げて気を引きつつ、シガナは横に歩き出した。


「というわけでユカさん、ここからが本番だよ」

「!」

「火属性を使う際の心構えを教え忘れてたけど、森や草木の生い茂った場所では延焼が厳禁。弱い魔物は広がる前に倒しきれるけど、今回みたいにそれなりに強い魔物相手は、適宜魔法破棄を使って延焼を防ぐ必要がある。まあ万が一は今みたいに自分がなんとかするから、次からは意識してやってみて」

「はい、分かり、ました」

「さーて、この高度な魔法意識にユカさんはついていけるかな~?」


 そもそも街の外での魔物討伐は想定していないため、講義ではこういった練習はまだ始まっていない。ユカはシガナから2つの技術を聞いてはいたが、使える豆知識程度にしか考えておらず、この瞬間まで、一撃で魔物を倒しきれていたために特に問題はなかった。

 そんな中突然訪れた、1つ間違えると大惨事を招きかねない状況。頬に冷汗が流れ、鼓動が早くなるのを感じたが、シガナの言葉に、気付けばユカの口角は僅かに上がっていた。


「なるほど、こういうことだったんですね……!」


 ただ初級魔法を練習しているより、格段上に意識が高まる自分に気付く。己の成長を予感して、ユカは他ならぬ自身のためにもなるのだと知り、協力して良かったと過去の自分を褒め称えた。


「……すっごいなぁ」


 その後は何も詰まることがなかった。シガナが気を引き、ユカが魔法を打ち込む。スライムも慣れからか魔法への対処が早くなったが、シガナが至近距離で的確にスライムの目を狙って小石を投げていたこともあり、ユカに攻撃が向くことは無く、ユカは魔法に集中できた。


 木の陰に隠れていたユウシもいつの間にか前に出ていて、2人と1匹の戦いに目が釘付けになる。冒険者になって魔物と戦う時もこんな感じなのかな。そういえば馬車の冒険者さんたちもこんな感じだったな。テイガやモモコともこんな感じにできるかな。……そんなの、僕にできるのかな。


 首を大きく横に振る。できないから、できなかったからできるようになりたい。できるようになるために、今、頑張るんだ。今の僕にできることを、全力で。


 今一度覚悟を決めて前を見れば、無数の光の粒が上がっていた。時間にして数分かかったかどうか。シガナが討伐の証となる手のひらサイズの魔核を拾い上げれば、ユカもただのスライムを討伐したときとは比べ物にならない達成感からか、いつもは不愛想な表情にテイガが見れば胸を抑えて倒れそうな笑顔が浮かんでいる。


「ユカさん、たぶん問題ないだろうけど、魔力切れとかは大丈夫だよね?」

「はい。といっても、経験したことないので分かりませんが」

「Aだもんね。なら時間も惜しいし、次の個体を探しに行こうか。どうするユウシ、あと何回か動き見る?」

「いや、やってみる!」

「了解」


 それから次のギガスライムを見つけるまではそう時間はかからなかった。ギガスライムの体躯は先ほどよりも二回りほど小さいが、それでも身長より大きい身体はそれなりの威圧感があり、それは先ほど遠くから見ていたユウシからすればなおさらだった。


「それじゃあユウシ、念のため一つ一つ丁寧にやろうか。初めのうちは自分も陽動に加わるよ」

「うん」

「まずは投げられる小石を持って木の横に立って、視線がユウシに向いたら木の陰に隠れよう。ユカさん、始めていいよ」

「分かりました」


 ユカが火球をぶつけると、今度のスライムは身体を切り離すのではなく、慌てふためきながら燃える身体を地面との接触位置に動かし、擦りつけるようにして消していた。身体が小さいために切り離すことに抵抗があったためなのか、しかし結果的にはより広範囲にダメージを負っている。


「次の魔法、いきます」

【~!?】

「わわっ、逃げた!」

「待って二人とも、今回は逃がそう」


 苦手な魔法を恐れ、器用にも木々の隙間を変形しながら潜り抜けていくギガスライム。ユウシはすぐに後を追いかけようとしたが、シガナはそれを制止した。


「倒したくなるのは分かるけど、まだ何も準備が出来てなかったからね。それに離れれば離れるほど、ユカさんの負担が大きくなるし」


 基本的に戦いに慣れない魔法使いは魔法にのみ集中するために動かないことが望ましい。増して森での火属性の使用でより制御が求められるのと、そもそものユカのステータス的にも、動くとしてもかなり慣れていないと不安要素が大きすぎた。


「逃げる敵を封じるには普通は一般初級魔法の防壁を使うんだけど、これまた火属性じゃ難易度が高くてね。逃がさないようにするのはユウシが1人で陽動をできるようになって、自分が足止め役に回れるようになったらかな」

「分かった!」

「それじゃ、次の個体は……あれかな?」


 シガナが指差した方向はぱっと見では何の変哲もない光景だったが、よくみれば、低木のようにも見えたものの輪郭が不自然に揺れ動いている。


「ほんとだ、気付かなかった」

「よく見えますね……」

「まあね。さて、さっきはああは言ったけど、逃げてほしくはないから、多少の細工はしてこようかな~。ちょっとこの辺で待ってて。あ、スライム倒しててもいいよ、そこの」

「わっ」


 すぐそばの低木の下に視線を移せば、確かにそこにはスライムがいた。ユウシは驚きながら、眠るスライムと遠ざかるシガナとで交互に視線を行き来する。


「どうやってこんなすぐに見つけるんだろ……」

「不思議ですね」

「うぇあっ」


 独り言のつもりが、予想外の返事をもらってしまい、ユウシは小さく飛び跳ねる。スライムは目を覚まし、どこかに消えてしまった。


「どうかしましたか?」

「いや、あの。なんていうか、話さないほうが、いい、のかなって」

「それは、その。……」


 ユウシが恐る恐る尋ねたが、答えはなかなか帰ってこない。それもそのはず、ユカもまた朝自身が言った突き放す言葉を思い出し、返答に困ってしまったためである。その沈黙はどうしていいのかわからないユウシにとって苦痛にすら思い始めていたが、やがてユカが口を開いた。


「そういうのは、今は気にしないほうがいいと思って。その、男性の方と話すと、視線をや言葉の端端に嫌なものを感じてしまって。だから関わりたくなかったんですが、あなたからはそういったものをあまり感じなかったので」

「そ、そっか」


 ユウシはあまり注目されたことがなかったために、ユカの言っていることは正確には分からない。ただ悪いことを言っているわけではないことは伝わっているため、少しは仲良くなれたのかな、と下を向いて笑みをこぼしていた。


「あ、えっと。じゃあシガナもそうなの?」

「……シガナさんは、よくわかりません」

「よくわからない?」

「シガナさんとは視線が合わない、というか、ほとんど私を見ていないので」

「え?それなら……」

「準備終わったよ〜。2人で話してたの?いいじゃん、なら声掛けも組み込めそうかな」


 ユカのシガナに対する印象を詳しく聞こうとしたとき、ギガスライムのもとからシガナが戻る。シガナは満足そうに頷きつつ、ギガスライムのもとまで2人を先導する。ユウシは話の続きが気になったが、シガナのいるところで聞くことでもない、とひとまず忘れ、目の前の討伐対象に専念することにした。


「対策といっても木々の間にそこらへんのツタを軽く結んだだけだから、まあ気持ち程度に思っておいて」

「ど、どうやって結んだの?」

「普通に、だよ。言ったでしょ?ギガスライムは温厚な魔物って」


 少し見渡せば、確かにギガスライムの逃げ道になりそうな木々の間隔が広い場所はツタによって封じられている。とはいってもツタは細く、巨体で通ろうとすれば簡単に千切れそうであり、本当に気持ち程度にしかならなそうである。


「まあ1つの実験みたいなものだね。失敗したら今回もそのまま逃がそう」

「分かった!」

「それじゃあ始めようか」

【~】


 堂々とギガスライムの前で作戦会議を行うも、ギガスライムは悠々自適に野草を食べている。ユウシは太い木の横に立ち、ユカが火球を打ち出した。


【~!】

「……うん、逃げなそうだ。食事を邪魔されて怒ったのかな?ユウシ、目を狙って」

「……」

「ユウシ?」


 ギガスライムの動きを見て、シガナは冷静に指示を出す。しかしユウシが動く気配はない。

 ユウシはすぐ目の前で暴れるスライムに脚が竦んでいた。命に危険を及ぼさない討伐ランクの魔物とはいえ、その巨体で押しつぶされたらどうなってしまうのか。怯えたようなユウシの顔を見て、シガナはまずギガスライムへ石を投げた。


「ユウシ!」

「っ!」

「一旦隠れてても良いよ、どうする?ユカさんは魔法破棄!」

「はい!」


 投石と声でギガスライムの意識を引き付けたシガナは、飛んでくる分裂体をひらりと躱す。途中、ユカに指示を出し、火の延焼を防ぐことも忘れない。ユカは落ち着いて制御に成功し、分裂体が木にぶつかる前に火はかき消えた。


 ユウシはしばらく返事ができなかったが、戦闘はつつがなく続いている。それは先ほど見たのとなんら変わりはない。……ならそれでもいいのではないか?


 良いはずがない。ユウシは否定する。手の内にある石を固く握りしめる。思い出せ、自らの願いを。思い出せ、夢を。


 ギガスライムを見た。今も激しく動いているが、あれはユカの魔法が効いている証拠だ。それに、あれは所詮スライム。竜の目の前に立ったときと比べれば、なんということはない。ユウシは大きく息を吸う。その息を吐きだす頃には、もう脚の震えも落ち着いていた。


「シガナ、ごめん!もう大丈夫!」

「了解、それじゃあ次のユカさんの魔法で!」

「うん!」


 間もなくして、ユカの火球がギガスライムの頭上に命中する。ギガスライムは慣れ始めたのか、先ほどよりも無駄を省いた動きで分裂を行う。


「今だよ、目を狙って!」

「分かった!ていやぁ!」


 ただ見てるだけなんて嫌だ。僕も討伐したいんだ!そんな思いを石に込め、ユウシは手に力を籠め、身体を捻り、振りかぶって、石を放り投げた。至って真面目に全力で投げた結果。


 石は真上に近い方向へ飛んでいき、数歩進んだ程度の位置にぽとりと落ちた。


「……え?」

【~!!】

「ユウシ、隠れて!」

「え?わわっ!?」


 盛大な失敗に頭の中が真っ白になったが、ギガスライムは大きな声を聞きつけたのか、視線はユウシに向いていた。分裂体をユウシに飛ばし、ユウシは慌てて木の裏に逃げ込む。ユカは石こそ想定外に飛んで行って目を丸くしたが、魔法破棄の意識は忘れておらず、火の消えたスライム体は木の幹にべったりと付着する。思わず笑ってしまいそうになったシガナだが、なんとかこらえ、頭を切り替えてユウシに指示を出した。


「オッケーユウシ、作戦変更。持ってる石を全部捨てて、木の棒に持ち替えて。あとは指示したタイミングで大きな声を出しながら身体を叩いてすぐ離脱。木の裏に隠れて次のユカさんの攻撃を待っての繰り返しで」

「わ、分かった!」

「ユカさんは狙われやすくなるから隠れやすい場所に移動して。あと、できれば射出した魔法は操作してユウシの方向から当てて。その方が狙われにくくなるから、もちろん他の大事なことを最優先で」

「分かりました!」


 ギガスライムはそこまで知能は高くないが、それでも魔法を放った相手の判別は可能である。先ほどまでは投石で視界を遮り、不快にさせることで意識を強引に誘導していたが、声と威力の無い攻撃だけでは効果が薄い。


【ー!!】

「ユカさん、慌てず目に弓矢」

「はい!-私の魔力。その力を炎に変え、矢を成し、放て。『火矢』!」

【!?】


 数回ユカが魔法を放てば、すぐに分裂したギガスライムは、近くで呼ぶ声を無視してユカの方に近付いていく。ユカは思わず後ずさったが、落ち着いたシガナの声を信じ、瞬時の魔法準備の後、数本の火矢を放った。

 弓矢魔法は球体魔法に比べ、貫通力と時間短縮の点で優れている。その分使われた魔力量が少なく、スライムが咄嗟に目を体内に引っ込めたこともあって目くらましにしかならなかったが、ユカが木の裏に潜むのには十分だった。


「こっちだぞー!こっちー!」

【!】


 そうなれば、次に狙われるのは身近で騒ぎ立てているユウシ。スライムの目がユウシに向いたところでユウシは身体を叩いてから、木の裏に逃げ出す。


【~!】

「ユカさん、いいよ!」

「はい!」


 ユウシはユカに声をかけ、ユカは詠唱とともに魔法を放つ。やることが単純明快なこともあり、ユウシの動きにぎこちなさはすでに無い。その後は失敗することなく順調に進み、ギガスライムはみるみるうちに小さくなっていった。そして。


【~~~!】

「これで決めましょう。―私の魔力。その力を炎に変え、数多の火球となれ。宙に漂い、私を護れ。空に舞い、かの者に降り注げ。『火球乱舞』!」


 強い輝きを放つ杖から放たれたのは今のユカに扱えるもっとも威力の高い魔法。一般初級魔法の球体の応用、連弾をユカなりにアレンジしたもので、自らの周囲に火球をいくつも漂わせ、攻防に任意に利用する。森での戦いに慣れたと判断して使用を決め、連続で打ち出せば、弱っているギガスライムは対応することができない。


【~~~……】


 全身が黒く焦げたギガスライムはゆらりと大きく揺れたのを最後に、全身が水のように薄く潰れて広がり、やがて小さな光の粒となって宙に溶けて消え始めた。


「二人とも、お疲れ様。ユカさんは制御が安定してたし、ユウシもトラブルはあったけど、大きくは問題も無くなんとかなったね」

「そうですね、うまくいってよかったです」

「…………はぁぁああ」


 討伐が終わってユウシにまず訪れた感情は喜びではなく安堵だった。派手に失敗してから気が気でなく、途中から思い出したかのように筋肉痛を感じていたこともあり、今、一息つけるようになって脱力し、地面にへたり込んだ。そんなユウシの様子を見て、シガナは隣にしゃがんで肩に手を置く。


「ほら、討伐の証落ちてるよ。拾ってきたら?」

「え、……うん!」


 ユウシはゲルセルが潰れた場所に落ちている魔核を見つけると、悲鳴をあげる身体をなんとか動かして、魔核が手に届く位置まで歩み寄る。それは緑色の宝石のような輝きで、拾い上げれば討伐した実感がわいてくる。しかし、それと同時にいくつか浮かんでくる思いもある。


 僕はうまく陽動ができていたかな。そうだといいな。でも、本当は僕も、魔法で戦いたいな。シガナとユカさんと戦うのも楽しいけど、テイガやモモコとも、この楽しさを分け合いたいな。


 ユウシは首を横に振り、筋肉痛を無視して飛び跳ねる。


「やったね!スッゴイ!この調子で次も頑張ろー!」

「そうですね、まだ始まったばかりですし」

「……それじゃあさっきの戦いを振り返ってから、次に移ろうか」


 弱音を吐いてはいられない。願いを叶えるために、せめて迷惑をかけないように、僕は頑張らなくちゃ。ユウシは手を固く握りしめ、シガナのアドバイスに耳を傾ける。シガナはそんなユウシの隠れた思いを察しつつ、気付かない振りをして話を進めた。

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