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「あれ、頼りない?結構知識はある方だと思うけど」

「あ、いや、そうじゃなくて」


 突然の申し出に驚き、沈黙していたユウシは首を横に振った。シガナの頭が良いことは以前、レイア達とテラス席で食事をした際に聞いていたし、その後掲示板で見てもいた。


 シガナは春中月、座学の試験を受けていた。その成績も学力診断テスト同様張り出されており、100点満点中94点と、相変わらず過去最高点を更新しつつの1位であった。


「僕に時間を使わせるのは申し訳ないよ」

「そんなことないけど……とりあえずさ、話だけでも聞かせてよ。自分、今日は暇だからさ」


 シガナはそう言うと対面の席に座り、ユウシの話を待つ。ユウシの目を見る視線は動かず、聞かないという選択肢は用意していないようだった。


 ユウシの心はある程度立ち直ったとはいえ、先が見えない状況に変わりはない。迷った末、シガナの親切心に甘え、ゆっくりと話し始めた。




「なるほどね~、相当苦労したんだね」

「うん……」


 話し終えたユウシは座ったまま俯いた。改めて口にすると、幾分軽くなる気持ちもあったが、逆に今まで見ないようにしていた現実を思い出し、総合的には落ち込む要素の方が大きかった。


「やっぱり僕に……魔法はできないのかなぁ」

「でも才能を自慢できるようになりたいんでしょ?」

「……うん」


 シガナに問われ、自信なさげながらもユウシはしっかりと頷いた。何も出来なかった自分から変わりたい。その思いは強く残っている。


「話をまとめると、ユウシは新規属性に適性を持つけど、魔法そのものへの適性は今なお杖に光が灯らないほどに低い。先生はユウシの将来を鑑みて、武技への路線変更を打診するけど、ユウシは稀有な才能を無駄にしたくない。これで合ってるよね?」

「うん……シガナ、僕はどうすれば良いと思う?」


 シガナはユウシの学生証を見る。ほとんど話したこともない相手にステータスを見せるのには抵抗はあったが、シガナは笑うことも、慰めることもしなかった。ただ静かに考え、やがて口を開く。


「そうだな~。なんていうか、答えは出てるんだけど。まぁ時間かけるだけ無駄だし、端的に言うか」


 ユウシは身震いした。口から息が漏れ、心音は耳にまで響いてくる。手汗が滲み、握られる制服のズボンは皺が出来ていた。


 その言い方は、僕に諦めろと言うつもりなのか。早く武技に移行するべきということなのか。答えを聞いてはいけないのではないか。聞けば今度こそ立ち直れないのではないか!


「君は」

「……っ!!」

「諦める必要は無い、けど……ん?」

「……今、なん、て?」


 ガタンと倒れる椅子の音を聞いてシガナは言葉を止めた。ユウシは自身が倒してしまった椅子の音が、自身の心音が響かせる雑音が嫌に大きく、聞こえた言葉に確信が持てなかった。


 ユウシは椅子を起こすのも忘れ、テーブルに手を突く。シガナもユウシの心情を知っているため、もう一度、優しく言った。


「君は諦めなくていい。心の底から魔法を望んでいるのなら、まだ、魔法が無理と決めつけるには早いかな」

「でもっ、先生は駄目だって!間に合わないって!」

「あー、そうだな、気分転換に外、なんなら街にでも出ようか。ユウシはご飯食べてないっていうしね」


 時刻は生徒達が朝食を終えた頃。図書室には来月頭の座学の試験に挑む生徒が勉強のために訪れ始めていて、感情が荒ぶるユウシに驚いている。


 ユウシは周囲に気付くと冷静になって頭を下げ、それでも出てくる涙を拭きながら外へ出た。道中、シガナがこちらを見つめる生徒に頷いていたことにも気付かずに。


 - - - - -


「悪いよ、自分で払うよ」

「そう?なら貰っておくけど」


 広場のベンチに腰掛け、目元を涙で腫らしていたユウシにシガナが差し出したのは、以前ユウシが街に出たときに惹かれた肉の串焼き。シガナは奢ろうとしたのだが、ユウシが変に気にしても悪いか、と思い直して代金を受け取った。


 ユウシは貰った串焼きにかじりつく。塩と少しの香辛料のみのシンプルな味付けだったが、屋台の店主が気を利かせて焼きたての一本をくれていたため、程よい歯ごたえで、噛んだ瞬間肉汁が口の中に溢れ出た。


「美味しい」

「ね。あそこのお店は長年休み無しにあの場所で串焼きを売ってて、生徒達の半分以上が街に出たらまず最初に買うことで有名なんだってさ」

「そうなんだ、こういうのにも詳しいんだね」

「そこそこね。むしろ、試験で外した問題がこういう系統で、最近情報を集めてたんだよね~」


 屋台の情報が必要になる問題とは一体、とユウシは思ったが、今はそれよりも気になることがある。串焼きをすぐに完食すると、ユウシはシガナに尋ねた。


「そ、それで。魔法を諦めなくても良いって……本当なんだよね?」

「本当だよ。ここで嘘付いてたら流石に質が悪過ぎるし」

「先生は無理、とまでは言ってなかったけど、でも厳しいって」

「それはユウシがこのまま同じ方法で練習を続けた場合の話だよ。それなら自分も諦めてって言ってたかな~」

「別の方法があるの?」

「あるよ。ユウシがきっと思いつかず、先生からは教えて貰えないような方法がね」

「教えて、貰えない……?」


 ユウシは現行のもの以外の方法があることに驚くと同時に、知らされなかったことに対する猜疑心が生まれる。どうして、なぜ。やっぱり自分に魔法は向いていないから?自分が魔法を使っても無駄だから?それとも……


「んー、もちろんそれには理由があるんだけど、せっかくだし直接見せようかな。ユウシ、後ろをついて来て」


 シガナはユウシの疑心暗鬼な様子を見て、言葉よりも体験する方が効果的であると判断し、大通りを歩き始めた。


 ユウシは暗い表情で立ち上がるが、シガナの歩く先が学校で無いことに気付く。大通りをしばらく進むと、街の周りを囲む高い壁、そして外へと繋がる大きな門が見えてきた。


 アトイミレユへ来てから1ヶ月。馬車に乗って来たのが遠い昔のようだと感慨深く思う一方、この1ヶ月で何か進歩があったのかを考えてしまい、俯き、ため息が漏れそうになる。しかし同行するシガナの存在を思い出し、失礼にならないようにとなんとか深呼吸でごまかした。


 シガナにバレていないかを確認しようと前を向けば、いつの間にかそこそこの距離が空いている。駆け寄ろうとして、ユウシはその先にあるものを二度見する。シガナは間違いなく、門に向かって歩いていた。


「ちょっと待って!」

「ん?」

「ね、ねえ、今からどこ行くの?」

「外だよ、外。街のね」

「でも、外に行くには特別な許可が必要って先生が言ってたよ?」


 この世界には魔物がいる。踏めば倒せるような弱い個体から、勇者や英雄と呼ばれる存在でもなかなか倒せない強大な個体まで数多の種類が存在し、いたるところで生息している。


 人の生活圏にも魔物は現れる。そのため魔物の危機から逃れるため、規模に差はあるが、ほとんどの街の周りには城壁や柵が存在している。


 そういった経緯の元、子どもや戦う力の無い者が街の外に出ることは禁じられており、ユウシも座学の講義で何回か繰り返し注意されたことを覚えている。改めてシガナに確認をするが、シガナは頷いて微笑んだ。


「まあ見ててよ」


 シガナは開かれた門へ再び歩き出す。門の両端には2人の門番がいる。彼らの通行人を見定めるような視線に、ユウシは悪いことをしている気持ちになり、黙ってシガナの背後を歩くことしかできない。


 通行人の制服姿を視認した門番は頷き合い、2人に歩み寄る。ユウシは怒られると思い、身を縮こまらせるが、次に聞こえる門番の声は明るかった。


「ああ、シガナ君だね。今日も外に行くのかい?」

「はい、加えて今週は毎日来ることになると思います」

「そうか、分かった。他の奴らにも伝えておこう。だが、繰り返しになるが、あまり遠くに行ってはいけないし、危険なことはしないように」

「もちろんです、気をつけますね」

「よし、通っていいぞ」


 シガナが会釈をすれば、門番は元の位置に戻っていく。理解が追いつかないユウシは目を瞬かせ、シガナはそんな反応を楽しんでいる。


「特別な許可についてだけど、自分の学生証を見せて、学習に必要なものを取りに行く話をしたら普通に通してくれたよ。いや~、高い点数はとっておくもんだね」

「それって、僕はダメなんじゃないの?」

「数人程度なら連れて行ってもいいんだってさ。まあ万が一連れて行った生徒に何かあったら、全責任は自分が負うことになるけど」

「で、でも、魔物は?危なくないの?」

「うん、ここは南門だからね。周囲に危険な魔物はほとんど現れないんだ。他の門なら話はまた違うけど。さて、そろそろ行こうか。それとも、やめる?」

「え、あ……」


 不安なユウシは確認しようとして、気が付いた。この確認は言い訳だ。弱い自分が逃げる理由を作り出すための。


 顔が熱くなるのを感じる。シガナは優しいから、ユウシを気遣って帰る選択肢を提示してくれている。もしかしたら別の方法を教えてくれるのかもしれない。


 でもそれで良いはずがない。弱い自分から変わりたいのではなかったのか。逃げる自分から変わりたいのではなかったのか。才能を褒める言葉が嘘だったのかと疑っておいて、一番信じていないのは自分ではないのか。


 ユウシは両手を開き、強く頬を叩いた。目が覚めるような痛みがヒリヒリと後に残る。


 門の中央にいるユウシへと行き交う人々の視線が集中する。しかしそんなことより、無意識に逃げようとしていた自分の方が恥ずかしい。ユウシは拳を強く握りしめ、シガナの顔を見る。


「ごめんシガナ。僕、行くよ。教えて、シガナの方法を」

「……うん、行こうか」


 もしかしたらその方法も自分に合わないかもしれない。本当は諦めた方が良いのかもしれない。でもそんなことを悩んでいても何も始まらない。


 出来るかどうかなんて、結局やってみないと分からない。確かに今日まではがむしゃらにやり続けて、それでも失敗しかなかったけれど、でも。今はシガナを、自分を、自分の才能を信じたい。


 街の外へ繋がる大きな門。ユウシは力強い歩みで下を歩く。雲から太陽が顔を出し、不意にユウシの顔を照りつける。手で目の上を隠し、次に見た景色は全く異なっていた。


 道は踏み固められた土。ところどころに轍が刻まれ、前日の雨水がまだ残っている。かと思えばすぐ隣は今日の晴れ空ですっかり乾き、たまに吹く風に砂埃が舞い上がる。


 道を少し逸れれば広がる緑。辺り一面に生えているのは雑草と一括りにされるようなありふれたものばかり。しかし春真っ只中の今、中には花を咲かせたものもあり、緑の地を華やかに彩っている。


 遠くを見れば、森や山、そして青い空が映る。木々は青々と茂り、離れていても生命力が伝わってくる。空はおよそ半分ほど雲に覆われてはいたものの、境目はくっきりと別れていて、世界を美しく色づけていた。


「ようこそ、冒険者の世界へ。なんてね」


 心地良い風が肌に染み渡る。馬車での移動中は落ち着いて見ることが出来なかった景色。先を行くシガナはこちらを振り返り、ユウシに向けて手を広げていた。


 ユウシは改めて確信した。冒険者を諦めたくない。冒険者になって活躍したい。冒険者になって人々を助けたい。誰にでも誇れるすごい冒険者になりたい!


「それでね、今から教える方法だけど、事前に言っておくと少し危険なものでね。命の危険はないようにするけど、もしかしたら怪我ぐらいは」

「うん、それでもいいよ」

「……そっか、こんな確認今更かな。でも大事なことだから、最後にもう一度聞くね」


 余計な忠告はもういらないといわんばかりにシガナの言葉を遮るユウシ。その真っ直ぐな強い眼差しをシガナは受け止めつつ、真面目な表情でユウシに向き直った。


「その方法は魔物討伐。魔物を倒すことで魔法を使う力を手に入れるもの。ユウシ、君に魔物を倒す勇気はあるかい?」

「ま、魔物」


 聞いて脳裏によぎったのはあの恐ろしい竜の姿、声。立ち向かえたあのときに消え去った恐怖はすぐ側にあり、自身に向けられた咆哮、鋭利な爪牙、いくつもの火球は思い返せば身を震わせるのには十分すぎた。


 シガナは意地の悪いことに、今まで方法の詳細を濁して伝えていた。もちろんユウシの経験した竜の襲撃を知っているわけではない。


 しかし、今のユウシは。


「シガナ、シガナはさ」

「僕にもできるって、思うんだよね?」

「もちろん」

「剣も、魔法も使えない僕でも」

「うん」

「他の人より弱い僕でも」

「そうだよ。君に勇気さえあれば、ね」


 すーー……はーー……


 街の喧騒が微かに届く草原に、風に揺れる草花の擦れる音が鳴る。ユウシの深呼吸は長く静かで、自然の音の中に紛れて消える。同じくして、ユウシの中から少しずつ溶けてゆく恐怖心。その全てを消すまでには至らないが、中途半端に開いた震える手を握り締め、ユウシは口を開いた。


「魔物は怖いよ。倒せる自信はないよ。うまくやれる自信とか、勇気とか、どうすればいいのか分かんないよ……でも、僕は変わりたい。自信も勇気も持てる僕に変わりたいんだ。だから、シガナが僕にできるっていうんだったら、僕が頑張るだけでいいなら、精いっぱい頑張るよ」


 ユウシは深く頭を下げる。


「だからお願いします、僕にいろいろ教えてください。時間はかかっちゃうかもだけど、でもきっと諦めないから、できる限り頑張るから。だから」

「分かったよ、協力する」

「!」

「でも、1つだけ直して欲しいところがあるかな」

「え、な、なに?」


 頼みを受け入れられて喜んだのも束の間、シガナの言葉を聞いて再び緊張が走る。ただ内容は全く厳しいものでなく、それを示すようにシガナはいつもの笑顔に戻った。


「自分達はテラス席で友達になったはずだよ。だからそうかしこまらないで、もっとくだけた態度で接してほしいかな~」

「!、うん、じゃあ、よろしくね!」


 友達の言葉に頬を綻ばせたユウシ。その表情は今までの無邪気な笑顔に戻っていた。堅苦しさのなくなった言葉に満足したシガナは1つ咳払いをして草原を見渡した。


「さて!大事な確認とはいえ少し時間をかけ過ぎちゃったかな。それじゃあそろそろ行動に移ろうか」

「ま、魔物討伐。うん、やるって決めたからには頑張るもん、よ、よーし!」


 いくら覚悟を決めたとはいえユウシは魔物を恐れている。その強ばった表情を見て、シガナは少し悪戯な笑みを浮かべていた。


「それじゃあお手並み拝見ってことで早速倒して貰おうかな」

「え、でも僕倒す武器とか」

「ほらあそこ」

「えぇ!?」


 そんなすぐ近くにいるとは思わず、ユウシは心の準備も道具も何も整っていないまま、恐る恐るシガナの指差す方向に視線を向けた。しかしそこには草原が広がるばかり。魔物の気配は無い。


「……えっと、どこ?」

「下だよ、下」


 追加の情報をもとに目を凝らすが、それでもユウシは見つけられなかった。仕方がないと肩を竦めたシガナは静かにその方向へ歩き、しゃがみこんで数秒後、両手に何かを乗せて戻ってきた。


 近づくにつれて見えた姿の全貌。左右の手のひらよりも少し大きなそれは饅頭のような形をしており、黄緑色の全身は透き通っていて、つぶらな瞳がユウシを見つめていた。


 その可愛らしい姿にユウシの心は和んだが、思い返せばその姿をユウシは見たことがあった。


「これって確か、スライム?」

「そう。世界最も多くて、最も弱いとされる魔物だよ」

「あれ、でもスライムってもっと大きくなかったっけ?」

「ああ、たぶんそれはミドルスライムかギガスライムかな。スライムは成長するにつれて姿と名前が変わる魔物で、この子は一番最初の種類。だから攻撃に威力もなければ身体に毒もない。初心者向け、というか誰にでも倒せる魔物だね」

「そ、そっか~」

【?】


 如何にも人畜無害そうな様子にユウシは胸をなで下ろし、改めてスライムを見る。


 少しの振動で全身が揺れ動くほど、身体は柔らかそうである。またよく見れば、身体の中心部あたりには石のように見える丸い球体が漂っていた。そして再び瞳を見ると、キョロキョロと動いた後、再びユウシと目があった。


「ねえねえ、スライムって危険な魔物とは思えないぐらいかわいいね」

「んー確かにそういう魔物は割といるし、賛同したいけど、今はそう思わない方が良いよ」

「え、なんで?」

「いや、討伐対象だし」

「え!!」

【!】


 ユウシは目を見開いてスライムを見た。声に驚いたのか、ユウシから離れるような姿勢を見せるが、シガナが落ちないよう上手く支えている。そんな慌てているような動きも愛嬌があり、益々倒すのが忍びなく思えてくる。


「それで、どうやって倒すのかだったね。ユウシは武器って言ったけど、スライムの低い防御力から考えれば、もっと簡単なもので良いよ。その証拠に今から倒してみせるね」

「う、うん」

【?】


 倒すことに躊躇いがないのかなど質問はいろいろあったが、ひとまずユウシは頷く。スライムは話の中身が分からずにふるふる揺れている。


 剣のいらない討伐とは一体どうやるというのか。シガナはユウシに微笑みかけると、視線を手元のスライムに向ける。ここでユウシは気が付いた。いつの間にか、スライムを持つ手は片手となっており、もう片方には手頃な太さの木の棒が握られている。


「これをこう、して」

【!?】


 シガナが手を振り上げ、スライムをボールのように上に投げる。驚くスライムの目が小さくなる。もがくように震えるも、空中では意味を為さない。宙を舞うスライムが速度を失って落ちようとするとき、シガナは棒を振りかぶって構えていた。


「こう」

【~!?】

「はぇ!?」


 シガナは落ちてきたスライムを迎えるように棒を振り上げた。世界最弱とも言われるスライムは、空中で逃げることも抵抗することも耐えることもできない。迫り来る棒に身体を分断され、べしゃりと音を立てて地面に落ち、液体のように薄くなって原型を失い、すぐに動かなくなってしまった。


「な、なんてことを……」

「スライムの場合は溶けるように広がってから、こんなふうになる」

「あっ」


 スライムだったものは少しすると、身体が溶けるように崩れてゆき、崩れた場所から小さな白い光の粒が立ち昇る。あたかも雪が空に落ちるような光景は、身体が全て消えると終わりを告げ、シガナは後に残った小さな石のようなものを拾い上げた。


「これで討伐完了。魔核、あ、この石みたいなやつね。の回収も忘れずに」

「そっか、魔物の討伐って、こんな感じなんだね……」

「で、これがユウシが魔法を使えるようになるための方法の第一歩ね」

「こ、これが!?」


 果たしてスライムを倒すこととユウシの魔法にどういった関係があるのか、ユウシには見当も付かない。それを尋ねようか迷っていると、シガナがユウシに持っていた木の棒を手渡した。


「自分はちょっと見せ物みたいに倒したけど、要は近づいて逃げる前に木の棒で倒すだけ。そんなに難しくないでしょ?ほら、次はユウシの番だよ」

「え、あ、うん」

「少し離れてるけどあそこに一匹いるから、そいつを狙ってみようか」

「えっと……」


 シガナが指差した方向を見てから約30秒程。ユウシは黄緑色の球体を見つけた。スライムはこちらに気付いておらず、眠っているのか、その場で小さく身体を震わせている。


「慣れないうちはゆっくり丁寧にやるといいよ」

「わ、分かった」


 ユウシは頷くと、木の棒を両手に握りしめてスライムに歩み寄る。


 一歩。息を吸って一歩。息を吐いてまた一歩。距離にして十メートル程を、ユウシは1分近くかけて進んでいった。その甲斐あってか、スライムは目を覚ましていない。


 ユウシはスライムの目の前で木の棒を持ち上げる。緊張からか、手の震えが木の棒にも伝わっている。


「ゆっくり、丁寧に……」

「うん。……ん?」


 アドバイスを復唱するユウシにシガナは頷き、ふと違和感。しかし気付いたときには少し遅かったようだ。


 ユウシはゆっくり、丁寧に棒を振り下ろす。まるで割れ物を優しくテーブルに置くように、棒をスライムに。結果、木の棒はスライムの頭の上に触れ、ユウシは微かな弾力を感じて手を止めた。


「シガナ、スライム、倒れないよ!?」

「あー、うん、そーだねー」

【ー?】


 アドバイス通りにやったがうまくいかないことに焦るユウシ。シガナも想定外の動きに一瞬思考が停止し、返事が棒読みとなってしまった。


 と、このとき、触覚の伝達と近くの声からスライムが目を覚ます。慌ててユウシが棒を持ち上げたが、幸いなことに寝ぼけているのか、すぐには逃げ出そうとしない。視線で助けを求めるユウシに、シガナは指示を出す。


「そのまま木の棒を、自分がやったみたいに素早く振り下ろして倒して」

「分かった!」

【?】


 シガナの言葉に返事をするユウシ。ユウシが棒を振り下ろし、スライムが上を見上げると、そこには迫り来る棒が-なかった。


「どうだっ!」

【!】

「ユウシさーん、目を開けてくださーい」


 力を込める際に目をぎゅっと瞑ったユウシ。棒は真っ直ぐ振り下ろされず、すぐとなりの地面を抉る結果に。当然身の危険を感じたスライムは飛び跳ね、一目散にその場を逃げ出した。


「あれ?」

「んー、これは長い戦いになりそうだ」


 既にスライムを見失ってしまったユウシが辺りを見渡す。そんなユウシの端から見ると情けない姿に、シガナは苦笑するほかなかった。


 - - - - -

「お疲れ様、いったん休憩しようか」

「はぁ、はぁ、う、うん」


 ユウシがスライムに挑み始めて1時間後。息を切らしたユウシの服は泥だらけになっており、苦戦した様子がうかがえた。しかし、その内容は聞くに堪えないものである。


 スライムは逃げ足が速く、増してこの地域のスライムは体色が黄緑色の個体が多いために、小柄で半透明な体はすぐに自然と同化する。そのため、一度見失えばそのまま逃がしてしまうことはユウシに限らず多々あることである。


 だがユウシは他の人に比べ、あらゆるステータスが低い。影響が大きいのは攻撃、器用、敏捷の3つ。攻撃は木の棒を振るう速度を遅くしており、スライムを見つけてから攻撃に及ぶまでにスライムに気付かれてしまい、回避されてしまうことが多かった。器用の低さは全体的な効率を低下させており、特に攻撃を回避された後の行動に後れを取った。


 致命的なのは敏捷の低さ。ユウシはまっすぐに逃げるスライムに全力で走ってようやく追いつけるといった足の遅さである。そのためスライムに左右に逃げられれば、器用の低さも相まって、ただ見失えば良い方で、数回に1回は体勢を崩して転んでしまっていた。


 幸い、シガナがスライムを見つける早さは驚異的であり、試行回数は圧倒的に多かったが、ユウシが討伐に成功した回数はそのうちの1回のみ。それも、木の棒で倒したのではなく、逃げ始めたスライムを慌てて追いかけて石に躓き、転んだ末に身体で押しつぶしたという、ある意味失敗の延長線上にあるものだった。


 ただ本人としてはそれまでの失敗の数々も相まって、スライムを討伐できたことに対する喜びの方が大きい。少しずつスライムへの対応にも慣れ始め、ユウシは息を整え、水分補給をしつつ、次の動きを頭の中で思い描いていた。


「どう?スライム討伐はなんとかやっていけそう?」

「うん、思ってたよりは大変だけど、頑張るよ!」

「よかった。ところで説明し忘れてたけど、魔物討伐と魔法を使えるようになることの詳しい関係性とか、知りたい?」

「あ、お願いします!」

「了解。どこから話そうかな」


 せっかくなら自分がやっていることに説得力を持たせたい。そう思ったユウシは講義を聞くかのように姿勢を正した。シガナは分かりやすい説明を意識して、導入から話し始める。


「まずは魔法に関連するステータスから話そうか。学生証に記載されるステータスのうち、魔法に関連するのは魔力量と魔適性の2つ。魔力は魔法を使うために必要なエネルギー、魔適性は魔法を操作する技量って感じかな。そのうちの魔適性は二種類に分かれてて、それぞれ先天的魔法適性と後天的魔法適性って呼ばれているよ」

「へぇー、その2つは見たことも聞いたこともないかも」


 それもそのはず、これらの話は基礎的な内容から外れた知識として、座学ランクが上の者にのみ教えられる話であった。これまで魔法の勉強をしてきたユウシだが、魔導教本においてこれらの記述が為されているのは、もう少し先の場所である。


「先天的魔法特性は生まれながらの魔法適性で、学生証に書かれてるのはこっち、というより、もう1つはまだ数で表すならゼロってだけでもあるけど。後天的魔法特性は別名熟練度とも呼ばれるんだけど、魔法を繰り返し使うことで上げる、簡単に言えばどれだけ慣れてるかを示すステータスだね。


 普通は魔法を使うためにはこの熟練度を上げる方法が用いられる。何度も失敗を繰り返すことで熟練度を高めて、足りない先天的魔法適性を補う形で魔法を使えるようになる、といった感じだね。学校の講義はまさにこの方法が使われてて、利点はどんな属性でも共通に、誰もが分かりやすく、かつ安全に練習することができること。欠点は習得まで何も上達を実感できないことと、各々の先天的魔法適性の差で魔法の習得までにかなりの時間のバラつきが出ることかな」

「そっ、か」

「まあ適性が低ければ習得に時間がかかるのはどの方法でもそうなんだけど、この方法はもう1つの欠点がそこに大きく影響するから、なかなか酷な方法ではあるよね。……まあ、この方法が選ばれる理由も分からなくはないけど」

「?」

「いや、なんでもない」


 その理由とは、優秀な才能を持つ、もしくは継続した努力が出来る人材を選ぶため。また、適性が低い生徒や堪えきれない生徒は魔法を使うのに向いていないと暗に示し、自発的に別の道を選ばせるため。


 あくまでこれはシガナの推測であり、話してしまっては十中八九ユウシを傷つけることになると考え、シガナは話をごまかした。


「そろそろ本題、魔物討伐と魔法習得の関係性の話に移るね。まずは魔物討伐について。さっき見たとおり、魔物を倒すと魔物の心臓とも呼べる魔核を残して身体が消えるんだけど、そのとき魔物の身体を構成していた魔力が魔素っていう別の魔力に変わってね。細かい話をすると、上昇した魔素濃度に身体が適応するだとか、単に魔素を吸収しているだとか説はいろいろあるけど……まあ一旦忘れていいよ」


 この話も座学ランクが上の生徒の講義で説明されることであり、口説明だけでは伝えにくい話であるため、シガナは頭の中で話を簡略化する。


「簡単に言えば、魔物を倒すと魔物の力が経験値として少しもらえるんだよ。それである程度魔物を倒すとレベルが上がって、身体機能の一部が向上する」

「そういえばゼイド先生もそんなことを言ってたような……あ!じゃあそれで適性を上げるってこと!?」

「残念ながら適性はレベルじゃ変わらないよ」

「そうなんだ……」


 魔物討伐の意味が分かったと喜んだユウシの予想はシガナにより容赦なく切り捨てられる。ユウシはしょんぼりした。


「レベルで向上するのは魔力、体力、攻撃、防御、敏捷の5つ。もちろん今回関係しているのは魔力だね。ということで魔物討伐をする理由は、レベル上げによってユウシの保有魔力量を向上させるためだよ。話を聞いた感じ、ユウシは魔力を感じるところから始めた方が良さそうだからね。あとは後付けの理由だけど、他のステータスも上げといたほうが良さそうだし」

「なるほど……!」


 シガナは言わなかったが、魔物討伐にも当然欠点があり、危険であることは言わずもがな、討伐できないとステータスを上げようがないこと、レベルを上げるには一定数の魔物を倒さないといけないことが挙げられる。


 しかしそれでも目標が目に見えて分かりやすく、ユウシは苦戦してはいても、副次的な効果も得られるこちらの方がやりがいがあった。ユウシは大きく伸びをすると、立ち上がって準備運動を始める。


「そろそろ休憩終わり!シガナ、スライムの場所教えて!」

「ふふ、やる気に溢れてるね」

「もちろん!」


 気合を込め、ユウシは示された方向に向けて走り出した。


 この日、休憩を挟みつつ、日が暮れるまでスライム討伐に勤しんだユウシ。時間が経つごとにスライムの行動パターンをある程度予測できるようになり、ステータスが足りないながらも、およそ30匹のスライムの討伐に成功。新たな目標を胸に、ユウシは久しぶりに安眠することが出来たのだった。

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