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「いやー、昨日はマジで楽しかったなー!」
「うん!みんなと友達になれたし!」
次の日の朝、食堂に向かうテイガとユウシは昨晩のことを語り合っていた。
「まさかレイアさんと仲良くなれるなんて思いもしなかったからな~。この調子でユカさんとも話せたら最高だけどな!」
「はははー、モモコに殴られるよ?」
「だな!でも俺は諦めねぇ!」
「周りに人がいないとこでやってね?」
高笑いするテイガは返事をしなかった。ユウシの今後の学校生活はまだまだ不安である。
「今日からまた講義だな~」
「うん、座学は大丈夫そう?」
「なぁ、毎月の試験、季節が変わるとき以外は受けなくても良いんだってよ」
「受けない気満々じゃん……」
「座学だけはな!」
この学校には毎月試験があり、成績に応じて座学、武技、魔法のランクを上げることが出来る。しかし月に一度の試験は数が多いと生徒の不満が相次いだことから、各季節の前月を除き、試験は自分で受験するかを選択できる決まりとなった。
そのことを男友達から聞いていたテイガは座学の試験を受ける気が無く、午前中の講義もあまり集中して聞いていなかった。ユウシは遠回しの勉強嫌いアピールに呆れるが、テイガは逆に尋ねた。
「そういうお前はどうすんだよ?」
「えー?うーん、高得点採れる自信ないしなぁ」
「止めようぜ、受けるだけ時間の無駄だろ?」
ユウシは真面目に聞いてはいるが、少し気になる語句が出てくると、そのことばかりに意識が向いてしまい、結果他のことを聞き逃してしまうことが多々あった。しかし復習しようにも、今はそれより大事なことがあった。
「……うん分かった、僕も今回は諦めようかな」
「だな。ま、どうせモモコも同じだしな。……ただ、魔法はできれば受かりたいんだよなぁ」
「ね」
先週の講義の時間、ゼイドは魔法の試験について大まかな説明をしていた。
曰わく、EランクからDランクに上がる条件は杖に魔力を流して光らせること。つまり講義にて出された目標を達成することであった。
「言い換えれば、今月、というより今週中にそれが出来なきゃ、来月は魔法の練習が出来ないってことだろ?」
「流石にそれはちょっと辛いよね」
実際にはそんなことはなく、Dランクへの昇級についてのみ、ゼイドに出来たことを見せればその日のうちに上のランクの講義を受けることが出来るのだが、今の2人には知る由もなかった。
「それにお前は知らねえことだけどさ、ちょっと頑張る理由が出来たんだよな」
テイガが思い出したのは昨晩のテラス席での出来事。イアンは目に見えて魔法を扱えていたし、シガナも何をしたのかは不明だが、テイガは魔法の類であると考えていた。そして2人は同級生である。
元々テイガはそこまで急いではいなかった。最悪卒業までに形になれば、冒険者の仕事には支障はないなどと楽観的に考えていた。
しかし昨日、自分勝手なイアンの行動を、彼が魔法を使え、自身が使えないというそれだけで認めざるを得ない状況になりかけたのだ。テイガにはそれが悔しく、魔法を使えるようになって見返したいと考えていた。
「へぇー、そっか。じゃあ僕達、今週はすっごく頑張らないとね!」
「ああ!でも、やっぱり分かる気がしねえんだよなぁ」
「そうだよね、うーん、何かいい方法は無いのかなぁ」
「1つ、あるにはあるけどな」
「ホント!?」
テイガの言葉にユウシが目を輝かすも、テイガはあまり乗り気ではなかった。何故ならそれは最悪、今日の食事が無くなるから。
「いや、でもきっと行けんだろ。あいつもイアンのことはよく思って無いだろうし」
テイガがそう呟いたとき、2人は食堂に到着した。入り口の前には長年の友達が待っている。
共に中に入り、テイガは残された方法を提案し、昼ご飯のおかずを犠牲に、なんとか受け入れて貰うことに成功するのだった。
- - - - -
「おっしゃ!今日も始まったぜ魔法の講義!」
「でも今日の講義は一味違う!」
「ってなわけでモモコ、頼んだ!」
「分かったわよ、ったく、もう」
その方法とはモモコの友達に直接教えて貰うことであり、モモコに頼んだのはその女子生徒を連れてきて貰うことである。
「良い?ゼッタイ変な真似しないでね?その子はスゴイ良い子なんだから!」
「俺を何だと思ってんだ、安心しろよ」
「「それは無理」」
「なっ、ユウシ、お前まで!?」
図書室でのこともあり、今のテイガへの信頼は限りなく0に近かった。しかしモモコは深いため息とともに、その女子生徒を呼びに行った。
モモコが提案を受け入れた理由はテイガの予想通り、イアンのことがあったためである。
モモコは次魔法を見せられたときには逆に魔法で倒してやろうとまで考えていた。しかしその頃には相手の質も上がっているだろうといった推測から、テイガ、ユウシを加えて量で有利を取ろうと企んでいたのだ。
そのためテイガから話を聞いた際は渋々ながらも納得し、割とすぐに折れていたりする。決して食べ物につられた訳ではない。が、テイガは今日、昼ご飯にスープしか貰えなかった。
「いよいよ俺らも先に進めるのかー、ユウシ、楽しみだな!」
「うん!あ、モモコ帰ってきた!」
テイガがユウシの指さす方を振り向けば、モモコの後ろに見えたのは、ユウシと同じぐらい小柄な女子。しかしある部分は大きく、テイガの視線は自然と引きつけられていた。
「ほら、連れてきたわ!」
「ええっと、こ、こんにちは?」
特に説明も受けず、半ば強引に連れてこられた彼女だが、モモコの手短な言葉と目の前のユウシ達を見てなんとか状況を理解すると、深く頭を下げた。
「私の名前はフーシュです。モモコちゃんとは入学式の日に話しかけて貰ってから仲良くなりました」
「はじ、初めまして!ユ、ユウシです!よろ、よろしくお願いします!」
「ふぇええ!?あ、こちらこそですっ!」
例によって緊張しつつ自己紹介をするユウシと、突然の大声に驚いたフーシュ。直角になる勢いで頭を下げたユウシに、フーシュも対抗するわけではないが、再び同じぐらい頭を下げる。
「いえいえこちらこそ!」
「ふぇえ、こちらこそっ!?」
「止めとけ、ってか落ち着けユウシ、フーシュさん困ってるだろ」
「フーシュ、アンタも律儀に合わせなくていいわよ?」
暴走気味のユウシと、更に頭を下げたユウシに、自身も繰り返し頭を下げなければ失礼に当たるのでは、と勘違いしたフーシュをテイガとモモコが止めに入った。
「あーっと、そうだ、自己紹介な。俺はテイガ。3人ともタユニケロ出身、は聞いてるか?あとこいつの名前、ユユウシじゃなくてユウシな」
「テイガ、それは言わなくても分かるよ」
「ふぇ?ユユウシくんじゃなかったの?」
「ほらな?」
「はい、ユウシです……」
「フーシュさん、こいつの自業自得だから無視して良いからな?」
声が震えるユウシの自己紹介は正しく伝わっていないことが判明し、ユウシは落ち込んだ。フーシュは自分のせいであると思って頭を下げようとしていたが、テイガはそれを否定した。ユウシは傷ついた。
「ちなみにフーシュさんはユウシと俺のこと、事前にモモコから聞いてはいなかったのか?」
「ええっと、言っていいのかな」
フーシュがモモコを見れば頷いていたために先週のことを思い出した。
「ユウシくんは面白いけど頼りない人で」
「うぐっ」
「テイガくんは、女の子にデレデレして、一緒にいると危ないって……」
「おま、なんて風評被害を!?」
「だって事実じゃない!どうせフーシュを見てまーたナンパしようとか、何か変なこと考えたりとかしたでしょ!?」
「モ、モモコちゃん!?」
地に膝を突くユウシが四つん這いになり、テイガは想定外の評価を聞いてモモコに抗議するが、モモコは逆ギレするかのごとくテイガにまくし立てた。声を荒げるモモコを見るのは初めてであり、フーシュは困惑している。
「なんだよ変なことって……まぁ確かに、身長低い割にモモコよりでk」
「バカッ!!」
「ごふぁっ!?」
テイガの視線がフーシュの顔から下に移った瞬間、モモコはテイガに強烈な右ストレートをお見舞いした。不意打ちを喰らったテイガは倒れそうになったが、モモコに襟を掴まれ、大きく揺すられている。
「もうっ!だからアンタには!紹介したく無かったのよ!ホンットバカなんだから!」
「ぐえっ、ちょっ、首しまってるっ」
「ふぇええ、モモコちゃん、いつもはすごく優しいのに!?」
「フーシュさん、2人はいつもこんな感じだよ」
「ふぇえええ!?」
「はぁ、がっかりしてて止め遅れたなぁ」
モモコのことは共に魔法の練習を行う、明るく元気で優しい女の子と認識していたフーシュ。そのため自分の目で見ているはずの光景を、すぐには信じられなかった。
「こんなモモコちゃん初めて見たよ……」
「そっか。さて、もうそろそろ止めてくるかぁ」
「ふぇ?」
既に驚きっぱなしのフーシュではあるが、この後、ユウシによる強制仲裁を目にして腰を抜かすことになるのをこのときはまだ、知る由もなかった。
- - - - -
「それじゃあ早速魔法の練習だー!」
「早速じゃねぇけどな」
「誰のせいよ、全く」
「お前だろ」
「はぁ?」
「ハァァアア」
「「練習頑張るぞー!」」
「こ、怖いよ……」
そんなこんなでフーシュの一言にユウシが挫けつつ、4人はそれぞれ杖を持った。
「それじゃあフーシュさん、いや、フーシュ先生!よろしく頼むぜ!」
「そんな、先生なんて……こほん。じゃあ、説明するね」
意外とまんざらでも無さそうなフーシュはいかにもそれっぽく話し始めた。
「2人は魔力器官って知ってる?」
「魔力器官?俺は知らねえな」
「講義で習ってる筈なんだけど……」
「わり、じゃあ聞いてなかったわ!」
聞き覚えすら無かったため、テイガはおそらく寝ていたときの話であるとすぐさま自らの非を認めた。
「えーと、魔力について話してたときに聞いて、ノートには書いてたんだけど……」
「大丈夫、モモコちゃんに教えて貰うね」
「え゛っ」
頭を悩ませるユウシだったが答えは出せず、指名されたモモコは濁った声と共に目を逸らした。
「先週3回は説明したよね?」
「あ、あはは」
「モモコ、それはないよ」
「だな」
「アンタ達には言われたくないわよ!」
「うん、じゃあそこから説明するね」
とことん勉強が嫌いなモモコに呆れつつも、フーシュは投げ出すことなく、モモコに教えたときと同様の説明を始めた。
「魔力器官は人間の身体の中にある、魔力を作り出す器官のことだよ。作り出すと同時に魔力を貯めておく役割も持ってて、場所は心臓の近く、胸の辺りにあるの」
「お、おう」
「テイガ、アンタは一回死んで」
「ざっけんな!」
フーシュが自身の胸に手を当てたことで息を呑んだテイガがモモコと喧嘩しそうになるも、ユウシの感情のない瞳に襲われ、2人は沈黙した。フーシュはユウシから一歩離れた。ユウシは下を向いた。
「魔法を使う上では魔力を貯めておく役割が大事で、みんなはここから魔力を取り出して魔法を使うことになるんだよ」
「なるほど、その魔力をどうにか杖に流して、この石を光らせるってわけだ」
「テイガくん、正解です!じゃあモモコちゃん、この石の名前は?」
「ま、魔法石!」
「魔導石だよモモコちゃん」
「エ、エヘヘ」
モモコは恥ずかしさをごまかして照れたが、もうモモコが間違えることに誰も反応はしなかった。
「その魔力の流し方が分からないんだよなぁ。あ、もちろんどこからってのが大事なのは分かるけどな」
「うん、でも魔力の流し方は人それぞれ感覚が違ってて、敢えて必要なことを言うとしたら、慣れ、なの」
「……マジ?」
「それに大半の人は最初の一回がうまくいけば、後は何も考えなくてもできるようになるから、思い出すのも難しいみたい」
「そんなもんなのか……」
一番知りたい肝心なところはフーシュの説明でも抽象的なままであった。事実、現役の魔法使いに尋ねれば、似たものはあるが、その回答は魔法使いの数だけある。
「じゃあさ、2人はどうやってできるようになったとか、覚えてる?」
「私は前にも言ったとおり杖に気持ちを込めたら出来たわよ」
「お前はいーや、フーシュさんは?」
「は?」
「わ、私は、胸の辺りから腕、手を通って杖に魔力を流すイメージでうまくできたよ」
「おぉ、分かりやすいな!」
横ではモモコが睨んでいたが、テイガは気付かない振りをし、フーシュの具体例を参考に杖を構えた。ユウシもテイガの姿勢を真似る。
「……んー、まだピンと来ないな」
「僕も……」
「そもそも魔力を感じたことねえからなぁ。いや、ステータスを見るに確かにあるにはあるんだろうけど」
「あ、フーシュ、あのアドバイスしてないんじゃない?ほら、私が出来るようになったやつ」
「聞きたい聞きたい!」
助言としては一番重要かもしれないその内容に、テイガとユウシの期待は高まった。フーシュもモモコに言われて思い出し、2人に告げる。
「2人とも、適性診断の時、魔導具に触れた手がじんわりと温かくならなかった?それが魔力だよ」
「温かく?そんなのあったっけ?」
「……ああ!あれか!」
ユウシが共感を求めてテイガの方を振り向くが、テイガにはそのときの記憶は印象強く残っていた。触れた水晶は冷えているのに、それでも手にだんだんと熱が帯びていくあの感覚。
「ってことは、じゃあその感覚を思い出して、もう一度出せるようにすりゃいいのか、おし、やってみよっと」
「テイガ?」
自分の中で答えが出たのか、テイガは目を閉じ、診断前のような深い深呼吸をする。集中した彼には、ユウシの呼ぶ声はもう聞こえていなかった。
「胸のあたりから取り出すように。取り出した魔力を流すように。肩、腕、手のひら……指先……」
「……えっ」
「あっ!テイガ、できたじゃない!」
「お、いけたか!?」
ユウシはテイガの杖に、仄かな黄緑色の光が灯るのを見た。次いで気付いたモモコの声に目を開いたテイガだが、集中が切れたのか、光は消えてしまっていた。
「あー、もう消えちゃったわね」
「でもテイガくん、光ってたのは本当だよ!」
「ああ分かるぜ、確かに魔力をこの手に感じたからな!」
でもやはり自分の目でも光っているのを確認したいと、次なる目標を定めたテイガ。そんな彼を見つめていたユウシは視線が合うと、杖を上下に降り、大きな声で喜んだ。
「スゴくスッゴくスッゴいよ!テイガ、おめでとう!」
「ああ、だけど危ねぇから落ち着け、な?」
「これで残るはユウシだけね!この調子なら、全員目標はクリアできそうね!」
「ユウシくん、応援してるね!」
「うん、僕頑張る!頑張るぞー!おー!」
1人で円陣のかけ声を済ませたユウシはアドバイスを参考に練習に励んだ。胸に手を当て、杖を構え、深呼吸し、モモコの光る杖に触れ、フーシュのアドバイスを聞き、テイガの胸や腕に触れ、何度も、何度も光らせようと試みた。
結果、残る時間でテイガは安定して杖を光らせることが出来るようになった。しかし、ユウシは一度も杖を光らせることができなかった。
- - - - -
翌日の春前月第4週2日目。
「ユウシ、ごめんな!」
「ううん、気にしないで!」
「それじゃ、また夕食でな!」
実技の時間の中頃にして、テイガは3人に手を振って去っていった。すっかり杖を自在に光らせるテイガに、彼の男友達が助けを求めたのである。
「何よアイツ、自分が出来たらもう満足ってわけ?」
「いいよ、他にも困ってる人はいるんだし、テイガは友達多いからね」
「げっ、ユウシ、おかしくならないでよ?」
「ははハ、大丈夫だヨ?」
「そ、そう、よね?」
ユウシに友達の人数で自虐させたとモモコは身構えたが、今回はなんとか許された。モモコは胸をなで下ろすも、その日はしばらくビクビクしていた。
ユウシはこの日、杖を光らせることができなかった。
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春前月第4週3日目。
「で、アイツはどこ行ったのよ」
「ははは……」
テイガは講義の開始と共にいなくなっていた。ユウシは事前に昨日の友達の下へ行くことを聞かされていて、腹を立てるモモコに苦笑いするしかなかった。
「だいたい他の人の心配は、私達4人全員が出来てからがフツーでしょ!」
「まぁまぁ、その分今日もモモコが教えてよ。フーシュさんもお願いします!」
「はい、こちらこそ!」
「いえいえこちらこそ!」
「そんな、こちらこそです!」
「止ーめーなーさーい!」
ユウシとフーシュの言い合いを止めるのはモモコしかいない。モモコは逃げ出したテイガから、おかずを奪うことを決意した。
ユウシはこの日も杖を光らせることができなかった。
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春前月第4週4日目。
「で、あいつはどこ行ったって?」
「えっと、女の子の友達にお願いされたって言ってました」
「人のこと言えねぇじゃねぇか、なあ」
「う、うん」
「テイガ、フーシュさん怖がってるよ」
「嘘だろ?」
テイガは一緒に講義を受けようとユウシの元に残ったが、今度はモモコがいなくなっていた。昨日の夕食時、ユウシをないがしろにしていると喧嘩しかけた後のことである。
「安心しろユウシ、あいつの夕食はお前に渡すからな!」
「それは喧嘩じゃ済まないので止めてくださーい」
「だな。ま、冗談はさておき、俺らも始めようぜ。実は昨日、参考に出来ると思って他の奴らのやり方聞いてきたからよ!」
「うん、ありがとう!」
テイガは他の生徒の成功体験をユウシに伝え、参考に出来ないかを試した。
ユウシはこの日も杖を光らせることができなかった。
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時間は過ぎるのが早いもので、この日は春前月の講義最終日である。ゼイドが指定した目標達成の日となったわけだが、ユウシは杖を貰って以来、一切の進展を得ることは出来なかった。
今月最後の講義時間がやってくる。しかし最終日であるにもかかわらず、杖を持つユウシの前にはフーシュしかいなかった。
「あのね、テイガは今日、友達に呼ばれたんだって」
「えっと、モモコちゃんもそう言ってたよ」
「そっ、か」
「うん」
2人の視線は合わないまま、会話も途切れてしまった。まだ出会って間もない2人。フーシュも人と話すのは得意でなく、これまでは主にテイガとモモコのどちらかが主体的に会話を広げていた。
「その、フーシュさんも、友達のところに行っていいからね」
「ええと、私の友達は剣の方が好きみたいで、大丈夫だよ」
「そっか、あはは」
「えへへ」
「「……」」
互いに話せる話題が見つからず、気まずい空気が辺りを満たす。聞こえるのは楽しそうな周りの生徒の話し声のみ。そんな中、フーシュはユウシが見つめる杖に意識を向けた。
「ユウシくんのその杖、魔導石が白い色だけど、それってもしかして、無属性の魔導石?」
「うん、でも僕が無属性なんじゃなくて、僕の属性の魔導石が無かったんだって」
「そうなんだ、じゃあユウシくんは何の属性なの?」
「音属性!他属性の中の新規属性の1つって先生言ってた!」
ユウシが胸を張って自慢すると、フーシュは驚いたようにまじまじとユウシを見つめた。
「私、他属性の人初めて見ました!」
「すっごいでしょ!」
「はい!私の属性も珍しいって言われたけど、ユウシくんに比べたら全然だね」
そう謙遜したフーシュの杖を改めて見ると、その杖には桃色の魔導石がついている。
「フーシュさんの杖は、桃色の魔導石なんだね」
「そう、癒属性用の杖なんだ」
「癒属性って確か、草属性の発展属性ってやつだよね?スッゴいスゴいね!」
「そんなことないです、ユウシくんの方がすごいですよ!」
「いやいや!」
「いやいやいや!」
癒属性は攻撃系の魔法が無い代わりに、属性ごとに効果の異なる回復魔法を全て扱うことが出来るという、属性の中でもかなり特殊な部類の属性である。
草属性が基本属性の中でも割合が少ないからか、癒属性は発展属性の中でも最も稀少な属性である。そのため端から見ればどちらも同じぐらい珍しいが、2人の謙遜合戦は止める人がいないため、互いに疲れるまで続けられた。
「はぁ、はぁ、でも、僕はまだ杖を光らせることも出来ないもん」
「えっと、それは……」
「……このままじゃ僕だけ、Dランクになれないね」
無駄な疲労の末、ユウシは心に秘めていた本音をポロリと零してしまった。聞いてしまったフーシュは辛そうなユウシに上手い返事を探そうとするが、その前にユウシが気づき、慌てて取り繕った。
「なんでもない、なんでもない!こんなこと言ってたら教えてくれてるフーシュさんに失礼だもんね!ごめんごめん!」
「だ、大丈夫です!それに私も頑張らないとだから、同じだよ!」
「お、同じ?」
「うん!」
フーシュは頷くと、自身が悩んでいたことを話し始めた。
「私、憧れてる人がいて。ユウシくんは『流水の指揮者』レミリス様って知ってる?」
「うん、『聖剣の勇者』様の仲間の1人だよね?」
「そう!」
最強の魔王を倒したことで知られる聖剣の勇者。今現在も活動を続ける彼の名は国内外に広く知られており、彼ほどではないが、その仲間の3人も有名である。
『聖剣の勇者』レズロー、『流水の指揮者』レミリス、『岩壁の守護者』ブライダー、『虹色の魔導王』ユーゴ。4人それぞれの名前と二つ名は次のようになっている。
その内、フーシュが挙げたレミリスは若くして最高峰の実力を持つ水属性の魔法使いである。敵である魔物は容赦のない強大な魔法で打ち倒し、傷付く人々は優しく回復魔法で癒やすなど、1人で全ての役割をこなすことが出来る天才であった。
「私もそんな魔法使いになりたいなって思ってて、ほんとは水属性が良かったの。でも癒属性になって、攻撃魔法が使えないから、どうしようって悩んでたんだ」
フーシュは自身の杖に視線を落とす。望まなかった色の魔導石がついた杖だが、それでも優しく胸に抱きしめた。
「でもレミリス様の一番憧れたところは、怪我をした人達に優しく語りかけて、悲しい顔を笑顔に変えたところって思い出したの。だから私、この属性で頑張ろうって思えたんだ」
「そっか、そうなんだ」
フーシュは自身の属性に対する考えを打ち明け、ユウシは共感し、何度も頷きながら静かに話に聞き入った。
「それからは杖を光らせるためにはどうすればいいのかって考えて、先生に質問したり、講義の復習をしたり、図書室で本を読んだりして。そしたらうまくできて、喜んでたところをモモコちゃんが褒めてくれて。お願いされてから魔法を教えてあげて、今、ユウシくんと話してるの。……あっ、ごめんなさい!こんなに長々と話しちゃって!」
「……えっ、あっ、いや!こちらこそごめ、じゃなくて!ありがとう!」
話に聞き入るあまり返事が遅れ、そのまま反射的に謝罪合戦をしかけたが、ユウシはなんとか留まり、感謝の言葉を口にした。
ユウシは反省していた。フーシュは初めこそ望まない属性に落ち込んでいたが、自身のやりたかったことを見つめ直し、出来る限りの努力をして、目標を達成したのだ。
話を聞けば、ユウシがテイガとモモコと一緒に遊んだり喋ったりしていた時間もフーシュは図書室で勉強していたのだという。ユウシは諦めるにはまだ早いと。足りない努力があると、フーシュに知らされた。
「(もっと魔法について、勉強しよう。先生にも聞いてみよう。そうすれば、僕にも出来るようになるはず!……なるはず、だよね)」
結局この日もユウシはこの日も杖を光らせることができなかった。しかし今週のどの日よりも、出来ないことに対する不安は軽かった。
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読み終えた本を棚にしまい、外を見れば日が沈み、夜間の魔光灯が道を照らしていた。もう一冊、と手を伸ばそうとするも、他にやるべきことを思い出し、彼は図書室を後にする。その表情は暗く、いつもの様子とは全く異なっていた。
「あらゼイドじゃない、何か調べ物でもしていたの?」
「ああ、レシーナ先生ですか」
図書室を出たゼイドに声をかけたのは武技の講義を担当している長い金髪が特徴的な女性の教師。教えは厳しいが実力は確かで、美人な彼女には男子生徒からの人気が高い。
ちょうど建物の前を通りすがった彼女に、ゼイドは悩みの種を相談しようか迷ったが、ひとまずは世間話から入ることに決めた。
「ええ、ちょっと確かめたいことがあって。それより、今年の生徒はいかがです?」
「良くも悪くも例年通り、ね。ただ、経験者はちょっと多いかしら。あとはそちらの講義から逃げてきた腰抜け達が入ってきたから、その生徒達にはきっつーい基礎練習をやってもらうつもりよ」
「ははは、あなたはいつまで経ってもお変わりありませんね」
実はゼイドは学生時代、レシーナの教えを受けたことがあった。同じ教師ではあるが、ゼイドがレシーナに敬語を使っているのはそういった理由がある。
「そっちはどうなのよ。特にうちの可愛い姪は!」
「ああ、レイアさんですか。彼女は才能も実力もあって、とても優秀ですよ」
「そうでしょうけど、んー、やっぱり釈然としないわ!」
レシーナはレイアの母の妹である。レイアの幼少期には剣の扱いを教えたこともあり、武技の指導ができる時を待ち望んでいたが、レイアが選んだのは魔法の講義だった。
「全体的に見ればこちらも例年通り、基本発展属性が9割以上、他属性が十数人、無属性と適性なしがいくらかといったところです」
「ふぅん?じゃあ今年は新規属性はいたの?」
「……ええ、1人だけ」
「はー、なるほどね。それで理想と現実の差に苦しんで、今もまた調べものをしてたのね」
レシーナはゼイドの様子から、何を探していたのかを察した。そして、その結果が芳しくないことも。
「あなたは昔からそうだった。確かにそれは悪くないこと。だけれど、時として現実を教えてあげるのも教師の役目よ。それは分かってるわよね?」
「……はい、痛いほど身に染みていますよ。でも、生徒にはできるだけ、やりたいことをさせてあげたいじゃないですか」
「ならせめて、他の選択肢を示してあげなさい。その子がどうしたいのかは知らないけど、きっと上手くはいかないでしょうね。ゼイド、“今度は”できるだけ早く見極めなさいね」
時間を告げる鐘がなる。レシーナはゼイドの肩をトントンと叩き、その場を後にした。
残されたゼイドは拳を固く握りしめていた。




