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「よーし、これで草むしり終了!」

「はーだりぃー、これなら勉強の方がまだマシだったぜ」

「晴れてたのに、ホンットサイアク!」


 休日二日目ではあるが、ユウシ達は図書室で騒いだ罰として雑草抜きをやらされていた。指定された範囲はかなり広く、朝から取り組んでいたが、終わったのは日が沈み始め、もうそろそろ夕食の時間という頃だった。


「じゃ、先生呼んでチェックして貰おうぜ」

「まだだよ、抜いた雑草運ばないと」

「それも私たちがやるの!?案外重いし大変なんだけど!」


 丁寧に一カ所に纏めていた雑草の山は一回で運べる分量ではなく、場所によっては日が完全に沈んでしまいそうなほどである。すっかりくたびれていた3人は誰も動こうとしなかった。


「……そういや途中で雑草抜き競争したとこあったよな?」

「ええ、私が1位だったやつね」

「で、俺が2位」

「ヤダ、最下位だからって運ばないから!」

「「えー」」


 テイガの思考を読んだユウシが先に提案を断った。しかし共通の押し付け先が見つかったテイガとモモコはなかなか折れようとしない。


「そんなこと言うんだったら、僕はそもそも悪くないもん!2人が騒ぐからいけないんだよ!」

「「それはテイガ(モモコ)が悪い」」


 互いを指差したことを互いが認識した途端、ユウシは喧嘩の空気を感じ取った。どう転んでもユウシに負担が回ってくることに、ユウシは文句の一つでも言ってやろうかと考えたが我慢した。


「アンタが大声で気持ち悪いこと言うからでしょ?」

「モモコがバカでかい声で騒ぐからだろ?」

「それはアンタのせいじゃない!」

「勝手に怒って俺のせいにすんなよ!」

「わーわーわーーー、しゅーりょーでーす」

「懲りないな、そんなに雑草が抜きたいのか!」


 今度も強制仲裁が発動する前に先生が来る。流石に次の休日までもが失われるのは避けたいのか、2人はピタッと口論を止め、先生に向き直った。


「違います、とっても仲良しです、なっ、モモコ」

「ええ、ホンット仲良しなんだから!」

「……なら良いが、それはそれとしていつまで雑草を抜いているんだ!必死にやればすぐに終わるだろう!」


 先生は3人がなかなか報告に来ないのはサボっているからだと思っているため、喧嘩の有無に関わらず口調が厳しい。ユウシ達は罰を増やされることを恐れて慌てて弁明する。


「ちゃんとやりましたよ、報告は今から行くところだったんです!」

「こんなに抜きました、ほら!」

「どれ、見せてみろ。……む、想定より量が多いな」

「へ?」

「どこまで抜いたんだ?怒らないから言ってみろ」


 雑草の山を見た先生も、その反応を見たユウシ達も首を傾げる。そして抜いた場所を歩いて説明すると、先生はそれまでの怒りが嘘のように笑い始めた。


「こんなにやったのか、感心したぞ!」

「あれ、そ、そうなんですか?」

「ああ、指定した範囲の3倍以上だな!」

「嘘でしょ!?」


 実はユウシ達は3人で抜くべき場所を一人当たりの場所と勘違いしていたのだ。また話を正しく聞いておらず、それぞれが必要以上の働きをしていたのだった。


「なんだよ、じゃあ時間を無駄にしたってことかよ」

「そうだな。まあ先生としては助かったぞ。お前たちは案外真面目な生徒なんだな!はっはっは!」

「頑張って損したわ……」


 すっかり先生はご機嫌だが、ユウシ達は貴重な休みを無駄にした、と嘆いた。そんな3人を見て、自業自得ではあるものの、何かご褒美でも与えようかと先生が考える。そこで彼は丁度良い情報があることを思い出した。


「そうだ、良いことを教えてやろう。お前たち、テラス席は知っているか?」

「テラス席?」

「まぁ、知らなくて当然ではあるな」


 そういうと彼は顎に手を当てて説明した。


 テラス席とは、食堂にて利用できる屋外の席のことである。


 元々食堂は多くの生徒が同時に利用できるよう、学校の施設の中でもかなりの広さを備えている。また少し前に改装して二階が増設され、食事を持って上がる必要はあるが、その分新しく座り心地の良い席を利用できた。


 テラス席はそこから更に新しく増設された場所であり、完成したのはつい先日であった。二階から行くことの出来るその場所は屋根や風を遮るものが無く、天候の悪い日には利用できないといった制限がある。


 その代わり、高い場所から周囲を見渡すことができ、特に夜は街の夜景が一望できる、新たな絶景スポットになること間違いなしと解放前から先生の間で評判が良かった。


「それで生徒に解放される日がちょうど今日、というわけだ。今日は天気も良いし、夜景は一段と素晴らしいものになるだろうな」

「なにそれ、すごい気になるわ!」

「僕も僕も!きれいな景色見てみたい!」

「俺はそこまでだけど、まあ一回ぐらいは行っても良いな」


 話を聞いたユウシとモモコは目を輝かせ、そんなに2人を見てテイガも乗り気のようである。話した甲斐があったと頷く先生は、時計を確認すると3人に急ぐように促した。


「テラス席は席数が10席と少ないから、不自由なく使いたいのなら早い方が良いぞ」

「そっか、じゃあ今すぐ行かないと!」

「ええ、一番乗りを目指すわよ!」

「待て待て、この雑草の山を片付けてからだぞ」


 走り出しかけた3人を留める先生の優しい非情な言葉。しかし当然言い逃れなどできそうにもない。ユウシ達はお互いに目を合わせると、真っ直ぐ手を前に突き出した。


「「「最初はグー!ジャンケンポン!」」」


 結果はいつもの通り。気合いのこもったユウシの一人負けであった。膝から崩れ落ちるユウシに、憐みの視線を送るテイガとモモコ。せめて席は必ず確保すると告げ、まるでその場から逃げ出すように全力で駆けだしたのだった。


 - - - - -


「はあ、はあ、よしっ、まだ、誰もいなそうだ!」

「良かったわ、これで、もう、安心ね!」


 食堂入り口から中を覗いたテイガは、1つも埋まっていない席を見て、汗を拭ってガッツポーズをする。モモコもユウシに申し訳なさを感じてはいたため、もとい、万が一空いている席が無かった場合のユウシからの重圧が怖かったため、テイガの言葉に大きく息を吐き、胸をなで下ろしていた。


 しかしその認識は若干甘かったようで、悠々と食事を受け取って二階へ上った2人が目にするのは、テラス席と思われる外にいる人影だった。


「おい、もう人いるじゃねーか!?」

「嘘でしょ!?」


 すっかり席を確保した気でいた2人。すぐに持っていた食事を落とさないギリギリの速さで走り、テラス席への戸を勢い良く開けた。


「席は空いてるか!?」

「人数は3人、3人よ!」

「うわっ、びっくりした……」

「あ、ああ、ちょうど空いてるぞ?」

「良かった……って、あっ!」


 なんとか間に合ったことを知り安堵の息をついたテイガとモモコ。顔を上げると、質問に答えた2人には見覚えがあり、名前もすぐに浮かんできた。


「確かタリユスとグランだったか?」

「えっ、どうして名前を?初対面ですよね?」

「そりゃそうだけど、アンタ達、入学式の後、戦ってたわよね?そのときに名前を聞いてたのよ」

「ガハハハ、そうか、やっぱあんだけ目立てば名前ぐらい簡単に知れ渡っか!」


 モモコの言葉を聞いて豪快に笑うのはグラン。テイガとモモコは彼が性格の悪い生徒だとばかり思いこんでいたため、予想に反する彼の様子に目を丸くしていた。


「ねえ、話すのなら座ってからにしたら?扉の前は通行の邪魔だし、この時間にここへ来たのなら、君達も景色が目的なんでしょ?」

「「え?」」


 テイガとモモコはタリユスとグランにばかり気を取られていたが、先客は他にもいたようだ。


 2人に声をかけたのは既に夕食の途中であった男子生徒。注意の言葉をかけられたが、2人はそれよりも、その少年の左目の上下に走る細い傷跡に目が行ってしまった。


 それは普通の傷ではないのか、紫がかった黒色をしている。また顔を縦断するような大きい傷にも関わらず、左目はしっかりと見えているようであった。


 テイガとモモコの視線に気づいたが、それは慣れたものだったのか、男子生徒はカップの紅茶を一つ口に含むと、優しく微笑んで見せた。


「気にしないで、これは単なる古傷さ。それより席、座らないと別の生徒が来るかもよ?」

「あ、そ、そうね、ありがと!」


 思わず見とれかけていたのに気付き、モモコはお礼を言うと慌てて席に食事を置いた。


「なんだろ、アンタの気持ち、うっすらだけど分かった気がしたわね」

「は?なんだいきなり」

「ううん、なんでもないわ。それより景色、見てみましょ!」


 少々挙動不審なモモコに疑問を抱いていたテイガだが、そんな雑念は街を見下ろすことであっという間に消え去った。それは最早夜空そのものであった。


 もともとこの学校は周囲よりも少し高い場所に位置している。加えて校内は夜間に生徒の消灯までの時間、道が分かるように道を小型の魔光灯が点灯している。


 街の街灯とこの魔光灯以外の光が消え去る夜中はこうして大小の魔力の光が星のような輝きを見せ、まるで自身が空高くに浮かんでいるかのような幻想的な世界を体感できるのだ。


 増してや今日この時間は満天の星空であった。雲1つない空と地上は切れ間無く繋がっており、それは自らが広い宇宙に旅しているかのような、非日常の浮遊感をもたらした。


「お二人さーん?それ以上身を乗り出すと落ちるよ~?」

「うおっ、あぶねっ!?」

「すっかり夢中で気付かなかったわ……」


 絶景に心を奪われ、いつの間にか柵を大きく越えて下を覗き込んでいた2人。慌てて体勢を正す姿に、数分前に同じことをしていたタリユスとグランは頷いていた。


 その後、テイガとモモコが席に戻り、食事がてら自己紹介でもしようとしたとき、テーブルにはタリユスとグランのぶんの食事が無いことに気がつく。そのことを尋ねると、タリユスがハッとして室内への扉を開けた。


「僕は皆さんの分の食事を用意してきます!グラン、場所取りはそのままお願いします!」

「ああ、任せときな!」

「「皆さん?」」

「ああ、俺ら2人はそれぞれ連れがいるんだがな。っつーか、名前を知ってるぐれぇだし、俺とタリユスが誰と一緒にいたのかも知ってんじゃねぇか?」


 タリユスの背中をひらひらと手を振って見送りつつ、グランに問われた2人はそのときの光景を思い返す。そして先に思い出したテイガが目を見開き、勢い良くテーブルに手を突いた。


「まさか、今からここに!レイアさんが来るってのか!?」

「お、おう?あとセキラと、確かイアンっつーのも来るが」

「っしゃあっ!レイアさんとお話できる!草むしりして良かったぜ!」

「はぁ!?……そういえばあのとき、ファンになったとか言ってたわね、はぁ……」


 レイアファンになったテイガは会話の機会を得られたことに喜びを隠しきれず、一階でしたときよりも大きなガッツポーズを決めた。これにはモモコの機嫌は急降下であり、暗いため息を吐いた。


「アンタねぇ……いろいろ言いたいことはあるけど。昨日ユカに、一目惚れ、とか言ってたばかりじゃない。それなのに他の女にもそんな調子でいいわけ?」

「何を言う!ユカさんは恋だけど、レイアさんは尊敬だ!全く問題はねぇ!」

「あぁそう、へー」


 質問しておいて興味の無さそうなモモコ。しかし夕食を食べるのも忘れてレイアを褒め続けるテイガに我慢が出来ず、立ち上がって襟元を掴んで揺さぶった、そのとき。


「あら、他の生徒の方も既にいらっしゃったのね、こんばんは」

「レ、レイアさん!」


 開いた扉の方へ振り返るようにして拘束から逃れたテイガの目に映るレイアは微笑み、スカートの端を摘まんで優雅に一礼した。


「名前を知ってもらえていて光栄ですわ。良ければ、あなた達のお名前も教えて貰ってもよろしくて?」

「はいっ!俺はテイガです!」

「……私はモモコ」

「テイガさんにモモコさん、ですわね。それではこれからの学校生活、一緒に何かをする機会があれば、そのときはよろしくお願いしますわね」

「はい!」

「……よろしく」


 憧れたレイアに名前を呼ばれてすっかり上機嫌なテイガ。そのだらしない表情を強く殴ってやりたいモモコだったが、なんとか気持ちを堪え、気付かれないようにため息をつくに留めた。


 そんな2人にもう一度微笑むと、レイアは残りの2人に視線を向けた。


「グランさん、タリユスと一緒に待っていてくださって感謝しますわ。それと、あれから仲良くなれまして?」

「まぁ、お陰様で、といったところだな」

「それは良かったですわ。今後ともよろしくお願いいたしますわね。さて、最後はあなたですわね」

「自分のことはお気になさらず。もうすぐ部屋に帰りますし」


 レイアは顔に傷のある生徒に視線を向けた。それまで特に会話に混じらず、黙々と食事を進めていた彼は丁度食べ終え、最後の紅茶を味わっていたところだった。


 予想外の受け答えにレイアのみならず、他の3人も目を丸くしたが、レイアはそれで引き下がろうとはしなかった。


「主に女子生徒の間で噂になっていた、顔に傷のある男子生徒ってあなたのことだと思いますの。ですが噂の数とは裏腹に、詳しい素性についてはここ一週間、全く耳にしませんでしたわ。私、これでも人の噂を集めるのには自信がありましたのに」

「そうなんですね、自分は他の生徒とあまり関わらなかったから、そのせいかもしれませんね」

「あら、そうでしたのね。ならもしかして、こちらの話もご存知ないかしら。座学の初回の試験にして、見事Aランクを獲得したにもかかわらず、同じく素性が分からない、『シガナ』さんのことなのだけれど」

「さて、どうでしょうか」


 問われた男子生徒は優しく微笑むだけ。その表情からは何を考えているのか読むことはできない。


 後ろで聞いていたテイガとモモコ、加えてグランには会話の意図が分からない。そのため率直に尋ねようとして、しかし扉の開く音に言葉は遮られることとなった。


「へぇ。景色はなかなか悪くない、この僕にピッタリだ」

「あらイアン、遅かったわね」

「別にそんなことはないでしょう、あなたが早いだけですよ。……で?」


 イアンと呼ばれた男子生徒は返事をするとテラスを見渡し、グランの他に見知らぬ3人がいることに気付いた。そのうちテイガとモモコについては視線が合い、少しの間注視した後、小さくため息をついた。


「レイア様、またこんな生徒のために時間を使ってるんですか?生徒一人一人にそうやっては時間の無駄ですよ、全く。馬鹿馬鹿しい」

「はぁ?なんだお前」

「いきなり何様のつもりよ?」


 悪口を言われ、テイガとモモコはそう聞き返す。イアンは睨まれるも気にも留めることなく、むしろ2人を鼻で笑った。悪くなる空気に、レイアはイアンを注意した。


「イアン、そんなこと言ってはいけません。生徒達と親睦を深めることは必ず将来に繋がると、何回も言っているはずですけれど」

「そうですね、でもこんな弱そうな連中に今後、構うことなんて無いですよ」

「ああ!?」

「何よ!?」


 止まらないイアンの言い草に、テイガはレイアの前だが苛立ちを隠そうとはせず、モモコもテーブルを揺らす勢いで手を突いて立ち上がり、より鋭い視線でイアンを睨む。


 レイアは頭を手で抑えたが、当の本人は余裕の笑みを崩さない。


「今の発言は聞き過ごせないな」

「あー、タイミング悪ぃなぁ」


 開いていた扉から低い男の声と共に、高身長な男子生徒、セキラが現れた。入学式の日の様子の通り、真面目で誠実な彼はイアンの他人を侮辱する物言いに不満を持ち、察したグランが面倒なことになったと嘆いた。


 セキラは目の前のイアンを見る。イアンの身長は平均より低く、セキラとは頭1つ分以上の差があるため、端から見れば大人と子どもの関係である。近距離で見下ろされたイアンはそれだけで不機嫌になった。


「なんだよ、文句でもあるのか?」

「人を貶す言葉はあまり使うべきではない。増して相手は今知ったばかりの言わば赤の他人でお前のそれは偏見だ。それにここは学校といういわば訓練施設。強くなる機会はいくらでもある。そう呑気に構えて機会を見逃すとすぐ足元を掬われるぞ」

「なんだ?そんな早口でガミガミと。ちょっと剣が使えたくらいでいい気になりやがって。そんなに言うならこの僕の力を今、見せてやるよ!」

「イアン、止めなさい!」


 そういうとイアンは腰に差していた銀色の杖を引き抜いた。何をする気なのか察したレイアの制止も意に介さず、魔導石は水色に染まり出す。


「-僕の魔力、その力で氷を生み出し、氷の槍を作り出せ!-『氷槍』!」


 詠唱と共に現れたのは数個の鋭利な氷塊。すぐ手の届く位置に浮かぶそれらを見て、テイガとモモコは思わず後ろに後ずさりをしていた。


「どうだ!魔法を使いこなす実力に加えて、この僕は発展属性である氷属性の適性を持っている!お前らにはできないだろう!」

「そ、そんなの別に、大したことないだろ」

「そうよ!」

「ふん、まだ認めないのか。それとも痛い目を見ないと分からないのか?」


 強がるテイガとモモコだが、イアンが氷塊を動かせば、言い返すことは出来なくなった。


 セキラとグランは、実力はあるにしてもこの場に剣を持ってきてはいないため、下手に動くことは出来なかった。レイアもまた同様であり、また彼の性格を知っているからか、この後の対応に頭を悩ませていた。


「ほら、僕に生意気な態度をとった謝罪をしろよ、そうすれば許してや」

「……残念だよ、本当に」

「は?」


 口を挟んだのは顔に傷のある男子生徒。空の食器を重ね、立ち上がった彼は独り言のように呟いた。小さい声量ながらにそれはイアンの耳に入り、イアンは去ろうとする彼の道を立ち塞いだ。


「何が残念なんだ?」

「聞こえてたのか、ごめんね。気にしないでいいよ」

「僕が聞いてるんだ、言えよ!」


 イアンが氷塊の鋭利な先端を彼に向ける。テイガ達は心配して息を呑むが、彼は焦った様子もなく、ため息をつくだけだった。


「全員だよ」

「あぁ?全員?」

「そう、だってここはテラス席で、美しい景色を楽しみながら食事を味わう場所。交流はするなとは言わないけど、食事をしないなら別のところでやってほしいし、当然だけど魔法で遊ぶ場所じゃないから」

「魔法で、遊ぶだって……?」

「そうだよ?だって所詮君の魔法は初級応用魔法。属性だってありふれてはいなくても、珍しい訳でもない。それを自慢げに語っちゃって、子どものお飯事か何かかな」

「ーっ!!」


 彼に自信を持っていた自らの魔法を馬鹿にされたイアンは堪えることなど出来るはずもなく、杖を上に振り上げた。


「ならこれがお飯事じゃないこと、証明してやるよっ!」

「イアン!」


 レイアが止めようとしたときにはもう遅く、イアンは杖を振り下ろし、氷槍を彼に撃ち出した。


 大惨事の未来を空目し、咄嗟に目を逸らしたり、堅く瞑ったりした面々。しかし驚くイアンの声を聞いて恐る恐る彼を見れば、何事もなかったのようにただそこに立っていた。


「満足した?なら自分はもう行くよ」

「ま、まだだっ!」

「使うなって言ってるのに。あぁ、直接は言ってないか」


 彼がそんなことを言っている間にイアンは同じ魔法を繰り返し、彼に放ってゆく。


 今度は彼から視線を逸らさなかったテイガ達が見たのは、氷槍が彼に近づくにつれて小さくなり、接触寸前で消えてしまう光景。もともとそういう魔法なのかと疑ってしまう程に、全ての氷槍が同じように消えていった。


「くそっ、なんでなんだよ!」

「さあね。それが君の実力なんじゃない?」

「あぁ!ふざけるなっ!!」

「イアン、いい加減落ち着きなさい」


 無駄と分かっていても繰り返すイアンだったが、レイアが杖を取り上げたことで魔法は止んだ。イアンは力が抜けたのか、その場にへたり込む。彼はイアンを一瞥すると、視線を戻して歩き出した。


「現段階でそれだけ使えれば十分じゃないかな。それじゃあ今度こそ行きますね」

「待って、質問いいかしら?」

「答えは『さあどうでしょう』ただそれだけです。何を聞かれても、自分に答える意思はもうないですよ」


 口調もテイガ達が最初に聞いたような砕けたものではなく、一線を画したような丁寧語。何も言えず、黙っているしかなかった一同だが、モモコは一瞬、彼が悲しそうな表情になったのに気が付いた。


「いろいろ言いましたが、この空気を壊した原因は自分にもありますね。そこはすみませんでした」


 しかし彼はもう止まらない。テラスの扉まで来ると最後に振り返り、頭を下げた。


 誰も返事が出来ないまま、彼は静かに顔を上げ、扉に手をかけたとき。ドタバタと、階段を駆け上がる音がした。


「それでは皆さん、さよ」

「2人とも、おっまたせーーーっ!わーっ、スッゴい空キレイ……って、え?」

「ユウシ、汁物が無いからって走ると危ないですよ!……あれ皆さん、どうしました?」


 開いた扉からテラスに飛び込んできたのはユウシ。手には2人分の食事が抱えられている。


 景色に感動した後、ユウシはそこに初対面の3人がいることに気が付く。中でも顔に傷のある男子生徒はすぐ隣で自身を見ていたため、ユウシは身を縮こまらせながら、テイガの隣へ逃げ出した。


「2人とも、お待たせだけど、ごめん、大事なとこだった?」

「いや、そういう訳じゃないんだけどよ」

「てかアンタ、さっきタリユスに名前呼ばれてなかった?」

「そうなの!ご飯運ぶのに困ってそうだったから、手伝ってあげたんだ!」

「はい、とても助かりました。それでイアン、あなたはどうしてそんなに落ち込んだ様子なのですか?」


 なんてことないユウシが親切であるというだけの話だが、ユウシが人見知りであることを考えれば、テイガとモモコには衝撃的な出来事である。


 硬直した2人にユウシが首を傾げる中、タリユスは通路の真ん中でイアンが膝を突いているのに気が付いた。ユウシもそれを見て心配になったのか、小声でテイガに尋ねる。


「もしかして、お腹壊しちゃったの?それなら先生呼んできた方が良い?」

「いやいやいや、アイツはまだ何も食ってねぇから」

「そっか!じゃあお腹が空いて動けないのか、早く渡さなきゃ!」

「ふふっ」


 全く的外れなユウシの推理に吹き出したのは男子生徒である。室内に戻るタイミングを失った彼はユウシの言動に注目していたのだが、堪えきれずに笑ってしまっていた。


「え、あの、ど、どうしたんですか?」

「ははは、あーあ、もうどうでもよくなっちゃった」

「え、え?」

「ねぇ。知ってはいるんだけど、名前を聞いても良いかな?」


 驚く一同が静まる中、1人その生徒が笑っていたため、ユウシは勇気を出して彼に笑う訳を尋ねた。ひとしきり笑い終えた彼はテーブルに食器を置き、ユウシの前に歩み寄る。そして目を瞬かせるユウシに手を開いて伸ばした。


「あっ、えっと、僕は、ユ、ユウシです!」

「ユウシ、だね。自分はシガナ。詳しいことはここにいる他の人に聞いてね、どうせ知ってるだろうし」

「え?あ、わ、分かりました?」

「それじゃ、ほら」

「あっ、うん!」


 手を揺らしたシガナに答え、ユウシは握手した。差し出された手はグローブをつけており、感触は固かったが、ユウシにはとても温かく感じた。


 数秒後にはシガナが手を離し、ユウシは物足りなさそうにする中、置いていた食器を回収して別れを告げた。


「またね、ユウシ。次は時間のあるときにでもゆっくり話そうね」

「うん、じゃあね!」


 すっかり友達といった雰囲気で、ユウシは最後は本来の自分らしく、明るく手を振ってシガナを送り出した。そんなユウシにシガナはもう一度微笑み、今度こそテラス席を後にするのだった。


「…………ねえ!テイガ!」

「うおっ、ビックリした!?」


 ユウシは手を振り終えると、目を輝かせながらテイガに詰め寄った。そのままテイガの返事を待たず、自身の言葉を続ける。


「やったよ!僕、今日だけで2人も友達ができたよ!ほら、僕にも友達、ちゃんと作れたよ!」

「お、おう、えらいえらい、よくやった」

「ちょっと、なんで僕を小さい子どもみたいな扱いするの、止めてよ!」

「は?いやいや……は?」

「って、あっ!大変、他にも人いるの、忘れてた……」

「……はははははっ!」


 元々あった暗い雰囲気にも気づかず自分のペースで喋るユウシに腹を抱えて笑うテイガ。つられてモモコも笑い出し、ユウシは赤面した。


「ああユウシ、お前はとうとう俺らがいなくても友達作れるようになったんだな」

「ええ、ユウシったら、この短時間の間にも成長しているのね」

「ちょっと!?僕を子ども扱いしないでってば、他の人に誤解を与えちゃうでしょ!?」

「「手遅れじゃね(じゃない)?」」

「ね゛ぇぇ!?」


 本人は至って真面目な茶番劇に、イアンを除いた一同も笑いを堪えきれずに声を漏らす。寡黙なセキラも僅かに口角が上がっており、グランは響くような豪快な笑い声である。


「ユウシ、僕がここでの初めての友達だったんですね。ちょっとだけ嬉しいです」

「ちょっとだけ!?ホントはそんなでもないってこと!?」

「あっ、そういう意味じゃなくて!」


 何気ない言葉でユウシを傷つけたのではと焦るタリユス。


「ガハハハハ!なあなあおじちゃんも友達にしてくれよ!」

「ありがとうだけど子どもじゃないもん!そう言うの止めて!」


 近所の中年男性のような言葉でからかうグラン。


「彼の言うとおりだ。だいたいお前の年齢はそこまで高くないだろう」

「冗談だ冗談!ほら、ユウシがお前も友達になってほしそうな目で見てるぞ?」

「……よろしくな」

「うん!」


 親子のような身長差のユウシの目に負けて友達を認めるセキラ。


「うふふ、ユウシさんはとっても賑やかですのね」

「あっ、えっと、よければ」

「はいはいはーい!レイアさん、俺と友達になってくださーい!」

「アンタは引っ込んでろ!」

「ぐはぁっ!」

「ひー、女はおっかねぇなぁ」


 ユウシとレイアの会話に割り込み、モモコに殴られるテイガ。


 ユウシの登場と共にテラス席の空気は元々以上に明るくなり、笑いあふれる場所へと変わった。満点の星空の下、ユウシ達は楽しい時間を満喫するのだった。






「……なんで誰も僕のことを気にしないんだよ」

「イアン?ユウシ達ならもう帰りましたよ?」

「ぅおいっ!」

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