現代勇者はロリ魔王を社会的に抹殺したい
暇つぶしにどうぞ。
「ようやく追い詰めたぞ……魔王ッ!」
「──フハハ、勇者風情に出来るのなら、やってみるがよい!」
「──ああ、滞納しているビルの家賃……今日こそ払ってもらうぞ!」
「嫌じゃ!」
魔王……目の前のスーツ姿の白髪ロリ少女に対し、僕は一枚のプリントを叩きつけた。叩きつけたと言っても直接ではなく、眼下にあるテーブルに、だ。
嫌というならば、コチラも出るまでだッ!
今日こそ覚悟ッの魂胆である。
「な、なんじゃそれは」
「家賃はもう4ヶ月支払われていない──それは信頼関係の破綻と見做すことができ、となると管理側としては訴訟を起こせるのさ」
「な、なぬ!?」
その衝撃の事実に驚く彼女。
そりゃそうだ、衝撃の事実なのだから──驚かなければ、"驚"なんて言葉は使われない。
そもそもの話、家賃を払うのは当然の事であり、払っていないのであれば大変な目に遭うのは十分に目に見える。
そうだとも。
大変な目に遭うのは、目に見えているのだ。
「払わないというのならそれまでさ魔王。僕は現代に生きる勇者として、君を社会的に抹殺するまで」
「ひぃ! き、貴様の方が魔王じゃろがい! 勇者はワッシの方じゃよ」
「違うだろ、それは間違いなく違う」
「違くない!」
子供のように喚く彼女はまさしく、子供だ。人々を脅かす魔王には──とてもじゃないが見えない。
「じゃあ聞く。このオフィスの名前は?」
「魔王城じゃ」
「この賃貸を借りている張本人は?」
「そりゃあ勿論、ワッシじゃよ。魔王じゃ!」
……うん、じゃあその通りだ。
君は魔王だよ。
「やっぱり魔王じゃないか」
「は、嵌められたのじゃ!」
嵌められた? 実に卑猥な言い方だなと、心はまだ高校生、実は体も高校生──だが、僕は静かにそう思った。
まあ、そんなわけで。
ここは魔王の言う通り、魔王城である。
東京都の千代田区神田にある──とあるビル。
その最上階に位置するオフィスは『魔王城』という名で登録されており、実際にその名の通り其処は正しく魔王がいる魔王城であった。
「ともかく魔王──いいや、ミーチャ。これはいつもの様な冗談じゃなく、本気だぞ」
ミーチャ・ホーネスト・グローリー。
それこそが魔王にして白髪ロリにして、更には家賃滞納少女の名前である。
「勇者風情が魔王に喧嘩を売るのかの?」
「良いよ別に、どんとこい。いつでも売ってやる」
半ばジョークで魔王の発言に乗る。
簡単に彼女の発言に乗じることが出来るのは、たあ僕は魔王のプライドの小ささとか、色々と知っているからで片付く。
「……ま、まぁ今回のところは見逃してやるけどの!」
つまり、こういうわけ。
──端的に言おう。僕から見て、いいや、例え誰から見てもそうだろう……。
魔王・ミーチャは口だけ少女だ。
因みに補足しておくが、決して口裂け女と言っているわけじゃ無い。
誤解を生まない様にそうしておく。
最もそんな誤解をする奴は、早々いないだろうけれど。
「もしや勇者よ、ワッシのことを──口裂け魔王とか思っているのじゃないだろうな」
しかし、このように……少なからずは存在するわけだから、やはり補足しておいた方がこの多様性蔓延る世界の中では適当なのだろうよ。
「口だけは達者な魔王様、言い方間違っているから訂正してあげるよ」
「もう訂正されとるじゃろがい!」
……あ、そうか。
「ともかくだよ」
話を戻そう。
このままだと、いつもの様に時間になってしまい──滞納しているお金について話し合えないからな。
流石に4ヶ月も払って貰えていないと、このビルの所有者である父への説明もつかないし。
そう。このビルの所有者は僕の父だ。
父は色々と仕事が忙しいので高校生である僕が代理人として取り立てに来ている。……ついでに勇者であるから、という理由もある。
むしろそれが一番かもしれない。
いや、そういうわけではやはり無いかもしれない。
どっちも良いかもしれない!
ともかく、
「今度こそ滞納しているお金は直ぐに払ってもらう。なんなら、今直ぐに」
「嫌じゃと言っとるじゃろ。ついでに訴訟も魔王の権限で受け付けん」
「日本に生きている限り、それは不可能だと思うがな」
そう思いたいのなら、好きにすれば良い。
残念ながら僕はそう優しくは無い。強制的な手段であっても、しようとすれば躊躇いなく使う。
もしその時に、彼女が泣きついてきても(というか、絶対にそうなるだろう)──僕は心を鬼にして、対応するつもりだ。
「取り敢えず払う金はあるのかよ」
「一応聞いておくが……何円じゃ」
それすらも把握してないのか、このポンコツ魔王は! 呆れた。呆れを通り越して、また一周してから呆れたぞ。
そんなんだから会社を立ち上げても、オフィスを借りても、社員は一向に増えないんだよ!
「220万」
「に、にひゃくにじゅうぅ!?」
「確かに驚きたい金額だろうけどさ……ここは東京だし、一等地だし、魔王料金だ」
「なぬ、此奴まさか──」
「魔王を社会的に抹殺するための手段一だ」
「ぐぬぁぁぁああ!!!」
叫ぶ彼女をさしておいて。僕は続ける。
この程度で止まっていては勘弁ならないぜ?
「そう言えばさ、最近な。動画配信サイトで動画を投稿し始めててさ」
大人気動画配信サイト、投稿サイト。
Y◯uTubeにて──僕は動画をあげ始めた。勇者なだけあってか、まぁまぁ伸びるもので、再生数も悪くない。
「その一環で──アンタのことでも撮ってみようかな。家賃を滞納している罰として」
「な、なんじゃと。その程度の罰なら……!」
どうやらこの魔王、ネットというモノを随分と馬鹿にしているらしい。
あれだ。情弱っていうやつだ。
僕も似た様なものだけれど、彼女ほどではない。──ネットに晒されるのがその程度、であるはずがない。
「タイトルは『みんなから恐れられている魔王は、ただのロリ』って感じでどうだ?」
途端にミーチャの顔が赤く染まる。
羞恥心か、それとも怒りか。
「な、なんじゃその──とんでもない侮辱は!」
「内容はだな……みんなから恐れられている魔王は実は少女で、金欠で、オフィスの家賃を滞納しているっていう」
「やめるのじゃ!」
やれやれ、ようやくこの一大事さを理解したか。
──もしそのような内容の動画が本当に投稿されたら、彼女はそれこそ魔王としての地位を失い、社会的に抹殺されるだろう。
それともネットのオモチャになるかもしれない。
でも、このどちらかであることに間違いはずだ。
「ぜぜぜ、絶対にそんなことはやめるのじゃ……! 分かったから」
「本当か? じゃあいつまでに払える?」
「えーっと、えーと、1ヶ月待ってほしいの!」
1ヶ月か。
……まあ妥当な期間である。
これを今度こそ反故されたら、その時には──もう彼女に対する羞恥的動画を投稿して、さらに訴訟を起こすことにしよう。
まあ無許可で動画を投稿した場合──肖像権やら何かで、魔王から僕に訴えてくるかもしれないが。
その場合は喧嘩両成敗、共倒れってことで承知してやる。
「1ヶ月か、オーケーだ。でも一応、誓約書にはサインしてもらうからな」
「へ?」
待ってましたと告げる様に、僕は自身のスーツズボンのポケットから折り畳んだ紙とボールペンを取り出した。
誓約書である。
僕と彼女の誓い、勇者と魔王の─誓約。
「『今から1ヶ月の20XX年6月1日までに、私は滞納した賃貸の賃料を含め、5ヶ月分をお支払いします』とな」
「ぐ、ぐぬうぅ」
それから魔王は数分粘った。
まずボールペンを持つのを躊躇い、次は書くのを躊躇った。でも時間がいくら経過しようと彼女に逃げ場はないし、詰んでいるし、勝ち目はないので──とうとう、その通りに書いた。
魔王は僕に約束する。
しっかりと直筆で残してもらったからな。
「あ、因みにだけど……僕が動画投稿を始めたって嘘な。アンタが誓約書にサインしてくれるよう、ちょっと言ってみただけ」
「……は?」
誓約書を丁寧に折り畳み、ポケットの中にしまってから、その事実を明かす。
それは本当に彼女にとって、衝撃的な事実だっただろう。さっきのなんかよりも、ずっと。
「わ、ワッシを騙したのか!」
「悪いな。これでも僕は勇者なのさ」
「──嘘つくでない、お主こそ本当の魔王じゃ! 悪魔じゃ!」
泣き始めるミーチャ。
その光景は、動画に収めていれば実に動画映えしたことだろう。
現代に生きる勇者と魔王の営みとは、こんなくだらない物である。歴戦の証などはなく、ただの疼痛でも痛がる──ただ血を受け継いだだけの、形だけの勇者と魔王だ。
でも、僕たちはそれでも、勇者と魔王だ。
因縁の関係だ。
そんなわけで総括すると、
「つまりは」
──しかし、最後のセリフは奪われる。白髪ロリの彼女によって。
「ワッシのことをロリロリ言ってくる勇者を動画で撮り、ネットにあげるというわけじゃな!」
……言おうとしていた台詞とは、あまりにも違う。つーか待て、それは──おい!
「お前ッ、今度は僕を社会的に抹殺しようとしているじゃねぇか───ッ!!」
──つまるところ繰り返し。
意趣返しでこのくだらない雑談は幕を閉じることになる。
この勇者と、魔王の物語には確かに続きはあるけれど──ああ、うん、きっと書かれることはないだろうね。
もし、何処かの世界で、何処かの小説投稿サイトで伸びたりすることがあるのであれば、未来はまた変わるかもしれないけれど。
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