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憧憬(2)

「えっと……。森の、なかに、木が、3本。あかい…………ざぼる?」

「それは『サイファ』と読むのですよ、ハルカ」

「え? そうなの?」

「そうなんです。ちなみに、これは『赤い』ではなく『黄色い』という単語ですよ」

「…………ごめんなさい」

「落ち込まなくてもいいですよ、ハルカ。神は文字では言葉を伝えませんからね。あなたに馴染みがないのは仕方がありません。少しずつでいいから、覚えていきましょう」

「うん。頑張る」

「はい。では、次の頁を読みましょうね」


 つまりながらも一生懸命に絵本を読む彼女と、それを優しく見守る騎士。

 時々とんでもない間違いを言う彼女が面白くて、僕ら3人はいつからか、2人の来訪を心待ちにするようになった。


 微笑ましくて、温かい光景だった。

 内緒にしてね、と彼女に頼まれていたから、僕らは2人がここで文字の勉強をしていることを、誰にも教えなかった。

 僕ら3人だけが知っている、優しい光景だった。

 

 僕らはあの2人が一緒に笑いあっている光景を見るのが、本当に好きだったんだ。

 

***********************************



 アディート様の死から、ひと月が経った。

 その間、ハルカ様は一度も神殿を訪れていない。

 アディート様の名が刻まれた墓石に、花を添えることすらしていない。

 まだ、彼女はアディート様の死を受け止めきれずにいるようだ。


「……よもや、このようなことになるとは……」 

 

 そう言って、耐え切れずに涙をこぼしたのは、王太子殿下暗殺未遂事件の報せを聞き、慌てて王都に帰還したジュイ様だ。

 ジュイ様は、自分が王太子殿下の部隊にいなかったことを悔いていた。あの遠征に同行した神官や巫女の中で、唯一魔物除けの結界を張ることができたのが彼だったから。もし、あの時ジュイ様がいれば、少なくとも騎士団の被害はもう少し抑えられただろう。

 魔物の被害に遭った村の惨状を見て、そこに暫く残りたいと言ったのはジュイ様だった。

 他の神官たちには止められたが、逗留を言い出したのは自分で、王太子殿下を守ることができたのに、その役目を放棄してしまった――そう言って、ジュイ様は自ら殿下に処罰を申し出た。


 殿下は、ジュイ様を一言も責めなかった。

 ジュイ様の逗留に最終的に許可を与えたのは自分の判断で、ジュイ様に責任はない。そもそも騎士団内に裏切り者がいたことに気がつかなかったのもまた、自分の責任だ。

 そう言って、殿下はジュイ様に、逆に謝罪なさったそうだ。

 戦いに慣れていない巫女や神官を危ない目に遭わせてしまい、申し訳ない。彼らも目の前で騎士が死んでいくのを見て、傷ついたことだろう。どうか、彼らの心を癒してやってほしい。

 そう、おっしゃったそうだ。

 

 あの事件では、アディート様の他に、17名の騎士が命を落とした。片腕を失くしたり、片目を失ったりして、騎士として生きることが困難になってしまった者もいる。

 幸い、同行していた神官や巫女は多少の怪我はあったものの、全員、命は無事だった。

 けれど、彼らは目の前にいた騎士たちの命を救えなかったことを、酷く悔やんでいる。

 僕ら神官や巫女は、あくまで癒し手であり、魔物討伐においても後方支援にすぎない。戦場の前線に出るのには向かないのだ。光の神は争いや血が嫌いだから、神に仕える神官や巫女は、魔物討伐や治療のため以外には、積極的に血の流れる争いの場には行かないから。

 それに、稀有な治癒の術を使える神官や巫女を守るのも、騎士の仕事だ。僕らにとって、騎士は自分の命を守ってくれる存在なのだ。……だからといって、人の傷を癒す力をもっているにも関わらず、自分を守って死んでいく騎士を見て、それで何も感じないような巫女や神官はいない。

 暗殺未遂事件の現場に居合わせた神官や巫女たちは、毎日死んだ騎士の墓石に花を添え、彼らの安寧を祈り続けている。


 僕やキース、ロージャは、いたって普段通りに過ごしていた。


 僕らは神官の中でも下っ端で、事件についての詳しいことは何もわからない。

 ただ、人づてに聞いたところによると、暗殺の実行犯だった裏切り者の騎士の中で生きて捕らえられた者たちは、王太子殿下が直々に拷問をなさったそうだ。

 その結果、あの暗殺未遂事件の首謀者は、殿下の3人の弟王子――異母兄弟である、リュミシス王子、ガーラント王子、ロミリオ王子である、ということがわかった。その後の騎士団の捜査で、王都の東部にある3人の王子が暮らす離宮から、証拠となる資料も発見されたそうだ。

 現在、3人の王子は、彼らの協力者だった取り巻きの貴族たちごと拘束され、王城の地下牢に収容されているらしい。

 近々、3人の王子は貴族の代表と王族の代表による裁判の場に引きずり出され、そこで恐らく、死刑が言い渡されるだろう。取り巻きの貴族たちも、一族郎党、処刑されるはずだ。


 僕は彼らに同情しない。

 王族に対する――それも、王位継承権の序列第一位である王太子に対する暗殺は、国家反逆罪だ。

 3人の王子たち、彼らがいくら王位継承権を有しているとはいえ、王太子殿下とはこの国……いや、大陸に与える影響力が全く違う。

 大陸中の数ある国の中でも大国であるレガイア王国、その王太子として大陸中に高名なエルリアス様と、現王陛下が王妃様亡き後に迎えた側室の産んだ王子とでは、知名度も権力も、何もかもに差がありすぎる。

 側室自身はもう亡くなっているけれど、その一族全員と3人の王子、そして3人の王子の取り巻きである貴族の一族全員、その中にいる年端のいかない幼子も乳飲み子も全て処刑されるだろうが、それでも僕は彼らに同情しない。

 力のある存在に逆らう、ということはそういうことだ。それも、今回は多くの命が亡くなったのだ。

 単純な善悪で判断される問題ではない。 

 『王』という絶対の支配者、それに連なる存在に刃向かえばどうなるのか。そのことを、暗殺に加担した者たちだけではない、国中の人間に知らしめておかなければならないのだ。次の反逆や簒奪を防ぐために。


 現王陛下は2年前から病に伏せっており、最近ではまともに口も利けなくなっているらしいから、実質的には、王太子殿下が今のこの国の最高権力者だ。 

 神々しいまでの美しさの、光を凝縮したかのような濃い金の髪、翡翠の瞳をもつ王太子殿下、エルリアス様。

 王族の中で誰よりも優秀で、国のことを考えている彼は、心優しく、気さくな方だ。僕らのような下っ端の神官にも、神殿で見かければ気軽に声をかけてくださる。黙っていれば思わず畏怖を覚えるほど美しい方だが、彼はいつも穏やかそうな笑みを浮かべている。

 しかし、王太子殿下は決して甘くはない方だ。不正をしている者には厳罰を下すし、それを躊躇わない。ある程度の酌量はなさるようだが、規律を恣意的に緩めることなく、上手く神殿や王城、それに騎士団の者たちをまとめている。『王者』としての資質の全てを兼ね備えた、素晴らしい方だ。


 ――だから、3人の王子、そして今は伏せっておられる現王陛下は、王太子殿下の存在が邪魔なのだろう。


 これは昔から有名な事実だ。恐らく、国中の人間が知っている。

 現王陛下はあまりに優秀な王太子殿下の存在を恐れ、疎んでいる。3人の弟王子は、優秀すぎる兄の存在を厭っている。

 彼らはずっと、王太子殿下を亡き者にしようとしていたのだ。 

  

 王太子殿下は本当に優秀な方だから、逆に父王と弟王子たちをあっという間に追い詰めてしまった。それでも、やはり王族を簡単に処刑することはできないから、この国の権力中枢の内部対立は、ここ何年かは微妙な硬直状態が続いていた。

 しかし、それも今回の痛ましい事件で、一気に片が付くだろう。

 僕を含めた国民の多くは、一刻も早い王太子殿下の即位を望んでいる。



 僕はその日の夕方、一冊の絵本を片手に資料室を出て、神殿の裏にある広大な丘の上にある墓地―――その中にある、アディート様の名が刻まれている墓石がある場所へと向かった。


 キースもロージャも僕も、いつも通りの日常を過ごしている。

 けれど僕ら3人は、以前ほど資料室にいなくなった。

 3人とも、ハルカ様のことやアディート様のことを、積極的に口に出したりはしない。

 資料室の何かが変わったわけでも、僕らの仲が悪くなったわけでもない。

 ただ、何ともいえない喪失感、空虚さが胸を締め付けて、時々、あの部屋にいることが耐えられなくなるのだ。


 西側の窓辺。暖かな日差しが降り注ぐ場所。

 そこで笑いあっていた2人の姿を、もう見れないことが悲しくて仕方がない。

 机の上に重ねられたままの、ハルカ様が読み終えた絵本と、これから読む予定だった絵本。

 そして、青い小さな花の押し花の栞が挟まれた、読みかけの絵本。

 ハルカ様がつまらずに読めるたび、優しく微笑んで彼女の頭を撫でていた、アディート様。

 彼に頭を撫でられて、嬉しそうにしていたハルカ様。

 温かな光景だった。

 微笑ましくて、優しい光景だった。

 僕ら3人は2人と積極的に交流していたわけではない。

 ただ、黙ってその光景を見守っていただけだった。

 それなのに、2人がもう2度と、揃ってあの部屋に来ないことが、僕らは無性に悲しくて、寂しかった。 

 

 僕らは代わる代わる毎日、アディート様の名が刻まれた墓石に花を添え、その命の安寧を祈っている。

 別に示し合わせたわけではない。ただ、なんとなくそうしている。

 僕らだけではない。

 アディート様と直接は交流がなかった、それでも彼の存在を知っている多くの人が、彼の名前が刻まれた墓石に、毎日花を添え、祈りを捧げている。

 

 アディート様は、僕らのような平民で下っ端の人間たちにとって、憧れの存在だった。


 アディート様は、わずか15歳で騎士団の入団試験を主席で突破し、王族と剣を交える特別演習の場において、唯一王太子殿下と対等に渡り合った方だ。その後、殿下自らが望まれて、アディート様は王太子殿下の側近に指名された。

 アディート様は平民、おまけに血縁のいない孤児同然の身の上だそうだ。だから最初は、多くの貴族が彼のその出自を厭い、嫌がらせをした。

 けれど、王太子殿下が自分の側近に対する貴族の無礼を許さず、また、アディート様自身が剣技だけではなく、殿下の執務の補佐としても素晴らしい才覚を見せたため、アディート様に対する評価は、時を経るにつれ貴族の間でも高まっていった。

 身分が高い者が優遇されるこの国で、王太子殿下と共に活躍するアディート様の存在は、僕を含めた多くの平民たちの憧れだったのだ。

 

 アディート様は、背が高く、端正な顔立ちをしていた。艶やかな漆黒の髪、切れ長の薄い青色の瞳。細身ではあったが軟弱ではない、均整の取れた体つき。騎士として、また、王太子殿下の横に並び立つ者として、美しい殿下に全く見劣りしない方だった。

 しかし、彼は何故かいつもあまり感情を表に出さず、淡々としていて、見る者にどこか冷たい印象を与えた。 

 近寄りがたい雰囲気の、孤高の騎士。

 僕はアディート様を初めて見たとき、そう思った。

 けれど彼は、王太子殿下といるときは、よく表情を変えた。

 殿下は時々無茶なことをなさるから、アディート様はそれを必死に止めたり、呆れながら眺めたり、諦めたように振り回されたりしていた。

 昔、殿下の妹君である巫女姫様――レスティアナ様がご病気になられた際に、そのお見舞いにと、殿下が王国の東部の一部の地域にしか咲かない花を持ってこられたことがある。そのときも、実際にその花を取りに行って、ついでにそこにいた魔物と盗賊を討伐させられたのは、他でもないアディート様だった。

 あのとき、輝くばかりの笑顔で花束を携えて神殿にやって来た殿下と、その横でぐったりしながら殿下に引き摺られていたアディート様の様子があまりに対照的で、その場にいた神官や巫女たちが皆、顔を背けて笑いを堪えていたことを覚えている。


 そして、今から3年前。

 魔物の被害を憂いた巫女姫様の祈りに応えて、光の神が、1人の少女をこの国に遣わした。

 光の神の言葉を直接伝えるために遣わされた、無垢なる少女。

 それが『光の神の使者』――ハルカ様だ。

 

 ハルカ様は、この国のことを何も知らない存在だった。

 その無垢さゆえに、光の神の言葉が聞けるのだろう。高位の神官も巫女も、巫女姫様でさえ、神の言葉は聞けない。ただ、祈りを捧げ、その力の一部を借り受けることしかできないのだ。


 生まれながらに金色の瞳をもつ、光の神の加護を受けた巫女姫様。

 彼女は、ハルカ様がこの神殿の祭壇に現れたときに初めて、神の声を聞いたのだそうだ。

 それは、『声』というより、一瞬一瞬の景色を切り取ったものに近かったらしい。ハルカ様が聞く神の声も、同じようなものなのだそうだ。

 巫女姫様は、ハルカ様が光の神の代弁者である、と言った。

 直接には人間に言葉をかけることができない光の神の意思を伝える、使者なのだと。


 ハルカ様は、光の神がこの国の惨状を憂いている、と告げた。

 国中の人間が魔物を恐れ、その被害から救ってほしいと望んでいるのに、王が全く動かないことを悲しんでいる、と。

 人間が神に手を出せないように、神は直接人間に手を貸すことができない。だから、神は神官や巫女の祈りに応え、自分の一部を与え、治癒や結界の力を授けているのに、この国の王が動かないために、魔物から人を救えず、このままでは国が滅んでしまう。

 そう告げて、頑なに騎士団の遠征を拒んでいた現王の判断を覆させたのだ。


 現王が当時、騎士団を魔物討伐に向かわせなかったのは、騎士団団長である王太子殿下が軍事権を一手に握っていることから、殿下が遠征に行く振りをして、反逆を起こすことを恐れたためらしい。

 馬鹿馬鹿しい、と思う。

 どうして国のことを最もよく考えている、あの聡明で心優しい殿下が、魔物のせいで混乱の最中にある状態の国に、わざわざ内乱を起こすような真似をすると考えたのだろうか。そんなこと、殿下がするはずがないのに。現王陛下は、王太子殿下の何を見ているのだろうか。

  

 ハルカ様は、この国ではあまり見ない顔の造りをした、小柄な少女だった。

 幼く、頼りなげな雰囲気なのに、『お告げ』の際には不思議と神々しく、凛とした存在となる方だった。

 彼女はこの国のことを何も知らないまま、光の神に遣わされたらしい。

 光の神の言葉を告げるのと同時に、この国のことをこの国の人間から学び、それを光の神に伝えるのが役目なのだそうだ。 

 大陸の中でも光の神に対する信仰心が篤いこの国を、神も気にかけておられるそうだ。僕らの祈りの言葉は、それがどんなに小さな言葉であっても、ちゃんと光の神に届いているのだ。


 アディート様は、王太子殿下に命じられて、ハルカ様の護衛を務めていた。ハルカ様は、光の神の声が聞こえること以外は、他の普通の人間と何ら変わりがないから。アディート様は、ハルカ様を悪意ある人間や魔物から守るための護衛だった。

 2人は、いつも一緒にいた。

 ハルカ様にこの国の常識――王族や貴族の目線ではなく、平民の目線から見た常識を伝えるのに、彼は適任だったのだろう。


 でも、僕や他の大多数の神殿の人間は最初、ハルカ様のように無垢で幼げな方は、アディート様を怖がるのではないか、と思っていた。


 光の神は争いや血の臭いを嫌う。その使者であるハルカ様も、やはり争いや血の臭いはお嫌いなようだった。

 アディート様は優秀な騎士だ。けれどその分、殿下を守るために多くの人間や魔物を斬ってきた。

 それに、アディート様は、なんというか……やはり、冷たく、近寄りがたい方だったから。

 ハルカ様は護衛であるアディート様に怯え、彼を遠ざけてしまうのではないか、そんな風に心配していたのだ。 


 でも、僕らのそんな心配は杞憂に終わった。


 最初はアディート様に怯えていたハルカ様も、すぐにアディート様に打ち解けて、彼のことをとても頼りにするようになった。

 それに、アディート様も。どんなに美しい貴族の令嬢や街の娘、王城の侍女などに言い寄られたり、熱い視線を向けられても、いつも彼女たちを冷たくあしらっていた彼が、ハルカ様にはとても柔らかな笑顔を見せていた。

 ハルカ様は、王太子殿下以外で唯一、アディート様の冷たい顔を崩した存在だった。



 僕は神殿を抜け、丘の上にある墓地へと足を進めながら、思う。

 

 ハルカ様は、光の神の声を聞き、逆に神に声を届けることができる以外には、ごく普通の人間と変わらない。いや、むしろ、僕らよりも小さく、弱い存在なのだろう。

 そうでなければ、僕ら人間の気持ちは理解できないから。

 ハルカ様は光の神のように強い存在ではない。

 だからこそ、僕らこの国の人間の苦しみや悲しみがわかる。

 それをそのまま光の神に伝えることができる。

 彼女の存在はこの国の支えとなっているが、同時に僕らもまた、彼女の支えとなっているのだ。


 でも、きっと、ハルカ様にとって1番の支えとなっていたのは、アディート様の存在だった。


 神殿の内部でも、ハルカ様の存在の信憑性を疑ったり、厭っている者が、ごく一部だけど、存在した。きっと、王城の中にも、そういう動きはあったのだろう。 

 今ではもう、ハルカ様の存在は皆に認められているけれど。

 でも、ハルカ様はこの国に降臨なさってから、きっと辛いこともたくさん経験されたはずだ。

 そして、それを真っ先に助けてきたのは、彼女の1番近くにいた、アディート様だろう。

  

 そのアディート様がいなくなってしまった今、ハルカ様はどうされるのだろうか。 

 もしかしたら、光の神の御許に帰ってしまうのではないだろうか。

 僕は、それは嫌だ、と思った。

 ハルカ様にはまだ、この国にいて、この国の未来を見ていてほしい。

 ハルカ様自身は普通の人間と変わらないのだから、光の神のお許しを頂いて、この国の人間と結婚して、そして幸せに暮らしてほしい。

 ハルカ様の血脈が続くということは、それだけこの国に光の神の加護がある、ということだから。

 

 ――そういう、国にとって利点となる考えもあるけれど。

 でも、僕はそれよりも単に、ハルカ様には笑っていてほしいのだ。

 アディート様が死んでしまって、抜け殻のようになってしまったハルカ様。彼女にどうにか、立ち直ってほしいのだ。

 あの資料室の窓辺で、アディート様と2人で笑いあっていたときのような笑顔を、もう一度見せてほしい。彼女には元気に笑っていてほしいと、そう思うのだ。


 でも、ただの下っ端の神官である僕には、ハルカ様をお慰めすることも、お声をかけることも、何一つできやしない。

 だから僕は……、僕やロージャ、それにキースは、毎日毎日、代わる代わるアディート様の名前が刻まれた墓石に花を捧げ、その安寧を祈るのだ。

 残された無力な僕らには、それくらいのことしかできないから。

   

 友というほど近くもなく、見知らぬ他人というほど遠くもなかった、彼らにできること。

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