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騎士の死(3)

「殿下とアディートって、どっちが強いんですか?」

 

 え、それ物凄く答え辛い質問なんですけど。

 …………そんなに期待した顔で答えを待たないでください。今、考えますから。



 その日。

 久々に王太子殿下とアディート・ルクスが模擬剣――騎士団の実戦訓練で使う、刃を潰した剣だ――で3本勝負をするというので、訓練塔の中の闘技場が設備されている4階には、特に仕事のない騎士たちが集まって、ごった返していた。

 見渡す限り野郎共しかおらず、非常にむさ苦しかったその空間に美しい王太子殿下が連れてきたのは、黒い髪と黒い瞳をした1人の小柄な少女――『光の神の使者』ハルカ様だった。

 

 先に訓練塔に来ていたアディート・ルクスは、ハルカ様の姿を認めた瞬間に王太子殿下に、「あなたはこんな汚らしい男しかいない空間にハルカを連れてきて、一体どうするつもりなんですか!」と食ってかかった。

 しかし、ハルカ様が「やっぱり、わたしは邪魔だよね……」と悲しそうな顔で帰ろうとしたため、アディート・ルクスは周囲の騎士たちから一斉に「こんな小さい子を悲しませて!」と非難されてしまい、結局がっくりしながらも、ハルカ様の見学を認めていた。ハルカ様は「わたし、そこまで幼くはないんだけど……」と、少ししょげていたが。


 そこで、世話好きな騎士たちによって、せっせと用意された特等席にちょこんと座ったハルカ様が発したのが、「王太子殿下とアディート・ルクスはどちらが強いのか?」という問いかけだった。

 俺たち周囲の騎士は、皆で顔を見合わせて、うーん、と考え込んだ。

 別に、王太子殿下の方が弱いと言って、処罰されるようなことはない。

 ただ、なぁ。

 微妙なんだよ、あの2人。どっちも俺たちとは格が違う強さだから。


「……剣技は同格、だよなぁ?」

 

 考えながら言った俺の言葉に、他の騎士はうんうん、と頷いて同意を示した。


「剣だと勝負がつかないな。多分、今回も両方の模擬剣が折れて終了になるだろうな」

「体術だと、力は王太子殿下の方がお強いが、アディートの方が素早いからなぁ」

「動きは全般的に、殿下が柔軟で、アディートは鋭い感じだよな?」

「ああ、殿下の動きは独特だな。まるで次の動きが読めない。でも、アディートは殿下の次の動きが読めてるみたいなんだよなぁ」  

「そうそう。それを更に殿下がかわして、アディートの動きを牽制してって感じだよな」

「でも、やっぱり剣技以外だったら、アディートの方が王太子殿下よりも若干上だよな?」

「そうだな。つっても、王太子殿下も槍だろうが弓だろうが、扱うのが上手いからな」

「実力が拮抗してるんだよな、あの2人。総合的にはアディートに軍配が上がるんだろうが、それも僅差で、だよな?」

「ああ。勝負には時の運があるから、毎回アディートが勝つかっていうと、そうでもないし」


 うーん、と首を捻る俺たちに、ハルカ様は恐縮したように両手をわたわたさせながら、「あ、ありがとうございます」と言った。途端ににやけるのは、彼女くらいの年頃の娘をもつ壮年の騎士たち。

 普段騎士団に詰めていて、あまり娘に会えない彼らは、ハルカ様に自分の娘を重ねているようだった。


「殿下もアディートも、強いんだ……」

 

 ぽつりと呟くように言って、ハルカ様は闘技場に上がっている王太子殿下とアディート・ルクスを見つめた。

 俺はそのとき、ふと思いついて、こそっと彼女に囁いてみた。


「ハルカ様。ハルカ様は、あの2人のどちらを応援しているのですか?」

「えっ?!」

 

 びっくりしたような顔で俺を見て、彼女はおろおろと視線を彷徨わせた。

 お? この反応は、どっちかだけを応援するつもりだな?

 そう思って、彼女にどちらを応援しているのか聞こうとしたのだが、そこで丁度試合開始の鐘が鳴って、俺はハルカ様から闘技場の2人へと視線を移した。


 長い金色の髪を揺らしながら優雅に微笑んで、俊敏な動きで剣を繰り出す王太子殿下。

 常の無表情ではなく、獲物を前にした獣のような鋭い笑みを浮かべて、殿下の剣を全て弾くアディート・ルクス。

 

「……何やってるのか全然わかんない」


 ぽそっと零されたハルカ様の呟きに思わず苦笑してしまった、俺を含めた彼女の周囲にいた騎士たち。

 うーん、確かにな。国内どころか、大陸でも有数の使い手同士の対戦だ。剣を扱わない人間には、2人の動きなど見えないだろう。

 鋼と鋼がぶつかり合う鋭い音、剣が一閃される度に一瞬だけ見える、銀の軌跡。

 それくらいしか、ハルカ様にはわからないだろう。

 しかし、彼女はそれ以上何を言うでもなく、黙って2人の対戦を見つめていた。

 そして。


「あっ……」


 何合目かの打ち合いの後、王太子殿下が身体を捻るようにしてアディート・ルクスの間合いに一気に詰め寄った瞬間に、アディート・ルクスの剣が殿下の剣によって弾かれ、宙を舞った。


 うわっ、何だ今の動き。今のは何が起こったのか、俺にもわからなかったぞ?

 そう思って、近くにいた別の騎士に王太子殿下が今どう動いたのかを聞こうとしたのだが、殿下がアディート・ルクスの剣を弾いた際に声を漏らしたハルカ様の顔を見て、俺はおや、と動きを止めた。

 

 おやおやおや? その、残念そうな、心配そうな表情。祈るように胸の前で組まれた小さな手。

 なるほど、ハルカ様はアディート・ルクスを応援してらしたのですね?


 王城の侍女たちが王太子殿下とハルカ様がまるで恋人のように親しくしている、などと言っていたので、俺はてっきり彼女は殿下を応援しているのだと思っていたのだ。

 アディート・ルクスは彼女にとって、兄か父親くらいの位置づけだと、そう思っていたのだが。


 ふーん。なるほど。ちゃんと『男』として見られてるぞー。よかったな、アディート・ルクス。


 ふむふむと1人頷いていた俺だが、ふと気がつけば、俺の他にも数名の騎士がハルカ様の様子を見て、なんともにやけた顔をしていた。他人のこういう甘酸っぱいやり取りって、面白いもんなぁ。

 

 闘技場に目を向ければ、若干顔を顰めて剣を握っていた手を擦っているアディート・ルクスに、にやにやと嫌な笑顔を浮かべた王太子殿下がこちらを指し示しつつ何かを囁いていた。

 途端に、ぎょっとした顔でアディート・ルクスがこちらを――いや、ハルカ様の残念そうな、心配そうな顔を見て、そしてそのまま固まった。

 王太子殿下は固まったアディート・ルクスに再び何事かを囁きかけた。

 それに憮然とした表情をしたアディート・ルクスが、自分の耳元にあった殿下の麗しい顔を容赦なく押しのけて、新しい模擬剣を審判の騎士から受け取り、試合が再開された。


 アディート・ルクス、餓えた野獣のような猛攻で王太子殿下の剣を速攻でへし折り、残りの2本の勝負に両方勝利しやがった。

 おいおいおいおい、速すぎて俺らでも動きが見切れなかったっての。


「アディート、凄い! かっこいい!!」

「いえ。ありがとうございます、ハルカ」


 跳ねるようにして全身で喜びを表して、アディート・ルクスを褒め称えるハルカ様。それに優しい笑顔で答えるアディート・ルクス。

 その横で、


「……納得がいかん。『ハルカががっかりしているぞ、この下手くそめ。こうも簡単に私に剣を弾かれるような騎士ではいかんな。ハルカの護衛騎士を別の騎士に挿げ替えるぞ?』と言っただけで、なんであんなに動きが違うんだ」

 

 憮然とした表情をしている王太子殿下。


 あなたそんなこと囁いてたんですか。酷すぎやしませんか、その言い方。どこのいじめっ子ですか。

 そりゃ、アディートも怒りますよ。あれ、あなたでなければ死んでましたよ。模擬剣っていったって、破壊力はあるんですから。

 アディート、全部急所狙ってましたよ。さっきまで自分の側近に殺されかけてたんですよ、殿下。何故、あなたはそんなにも暢気なのですか。俺たちでは止められませんよ、アディートの暴走。

 

 各々そんなことを心の中で突っ込みつつ、俺たちは微笑ましい2人をこっそりと見守っていた。  


 なんだよ、両想いかよ。甘酸っぱいなぁ。

 俺は込みあがってくる笑いを必死で噛み殺しながら、2人の様子を見ていた。


 『光の神の使者』と騎士が結婚できるのかどうかは、俺にはわからなかった。

 しかし、ハルカ様は神の言葉が聞ける以外はごく普通の人間で、別に治癒の力を授かっているわけでもないらしいので、巫女や神官のように純潔を保たなくてもいいらしい――と、これは後から王太子殿下から聞かされた話だ。

 

「あの2人がくっついたら面白いと思わんか?」

 いっぱい遊べるよな、アディートで。さて、何をしてやろうか。


 アディート・ルクスのいない場所で、人の悪い笑顔でそんなことを言う美貌の王太子殿下に、俺を含めた他の心優しい騎士たちが、表面上は呆れながらも心の中ではその案に大いに賛同していたことは、あの2人には絶対に秘密だ。



 俺は、ハルカ様や王太子殿下と一緒にいるときのアディート・ルクスが好きだった。

 ハルカ様のおかげでだんだんと人間らしくなっていったあの男と、いつか、他の仲間のように笑いあって酒を酌み交わすことができたらいいのに。

 いや、きっと、そのうちできるようになるだろう。

 そう、思っていた。



 ―― しっかりしろ、アディート!! 駄目だ、諦めるな!! ――



 あのとき、何もできなかった俺がこんなことを言うのは、勝手な言い分だってわかってるけどよ。

 でも、あんな風にあっさりと死んでしまうなんて、酷いじゃないか。



***********************************



「まぁ、落ち着け、ジャン。まだあの馬鹿共が首謀者だと決まったわけではない。

 ――今の発言は聞かなかったことにしてやるから、口を慎め」

 

 静かに怒り狂っていた俺を冷静に諭したのは、他ならぬ王太子殿下だった。

 その落ち着いた声に我に返って、俺は慌てて「申し訳ありません。口が過ぎました」と謝罪した。


 しまった。今のは、失言だった。 

 

 今回の暗殺未遂事件の首謀者が王太子殿下の3人の異母弟たちであることは、暗殺の指示書が入った封筒を見た瞬間にわかっていたことだった。

 王族の中であの封筒を持っているのは、現在、5人だけ。

 国王陛下は2年前から病に臥せっておられ、最近では手を動かすことはおろか、口を利くことすらままならない状態らしい。

 だから、恐らく陛下の封筒ではない。それに、陛下が首謀者であるのなら、絶対に王族のものとわかる封筒は使用なさらないだろう。今でこそ愚王だなんだと言われてはいるが、あの方は若い頃は武勇で鳴らした王だったし、そこまで馬鹿ではない。

 勿論、王太子殿下の封筒ではない。

 そして、第1王女ではあるものの、巫女姫として神殿に所属している、王位継承権をもっていないレスティアナ様。彼女は基本的に王族として扱われないため、元々あの封筒を所持していない。

 よって、残るは3人の弟王子たち――王太子殿下の異母弟にあたるリュミシス王子、ガーラント王子、ロミリオ王子だ。

 国王陛下の側室が産んだこの3人の王子は、今はもう亡くなられている王妃様の唯一の息子である王太子殿下を、昔から目の敵にしていた。

 彼らは陛下の寵愛が篤い側室が産んだ王子ゆえに、上から順に王位継承権第2位から4位までを授けられているのだ。この国では本来、側室の産んだ子なんて、よほどのことがない限りは王子として扱われないんだけどな。

 この3人の王子とその母親である側室――側室自身はもう死んでいて、しかも彼女はとある男爵家の娘でしかないのだが――の一族とその取り巻きたちが、王太子殿下を失脚させようと、昔から様々な嫌がらせや妨害工作を行っていたのは有名な話だ。

 しかし、3人の王子は王太子殿下が立太子されると同時期に、王都の東部にある離宮に取り巻きの貴族ともども追放されてしまった。

 何しろ、王太子殿下の母親である王妃様は、レガイア王国有数の大貴族である宰相閣下の妹君だ。

 当時の王太子殿下がいくら幼くても、その後ろ盾となっている外戚の強さは、3人の王子たちのものとは比べ物にならなかった。

 彼らは宰相閣下の一派によって王城から排斥され、王都東部の離宮に追いやられてしまったものの、国王陛下の温情……というか、寵愛というか、まぁ、陛下のお優しさによって、今まで完全に叩き潰されることなく保護されてきたのだ。

 母親が同じの年子の兄弟だからなのか、それはわからないものの、彼ら3人の王子は大体いつも一緒にいて、仲が良い。動くのなら、ばらばらではなく必ず3人一緒のはずだ。――恐らく、今回の事件も。


 そう、3人の王子たち、彼らは王族なのだ。神殿の所属となっている、レスティアナ様とは違う。

 迂闊なことを口にすれば即座に不敬罪が適用される、国王陛下が認めた由緒正しい王位継承権者たち。


 ――だから、どれだけ彼らが怪しくても、確たる証拠がない以上、迂闊に犯人として指摘できない。


 封筒だけでは証拠として弱すぎる。ダグラスの自白だけでも駄目だ。

 これだけであの王子たちを犯人扱いしてしまったら、こちらが逆に不敬罪に問われてしまう。


 ――まだ、なのだ。何か、もっと決定的な証拠がなければならない。

  

 相手は王族。よほどの直接的な証拠でなければ、捕縛できない。

 だが、それは『何』だ?


 考え込む俺に、王太子殿下が「ああ、そうだった」と何かを思い出したようにして声をかけてきた。


「ジャン、お前に引き合わせたい男がもう1人いたのを忘れていた。シャイサース、引き摺ってこい」

「殿下、私は文官なんですけどねぇ。そういう力仕事は、あんまり向いていないのですが……」


 うんざりしたような声でぼやきながら、シャイサース殿が部屋の西側の壁にある扉の中へと消えていった。

 あそこは、確か、王太子殿下の仮眠室になっているんだったか? 今まで、あんまり殿下の執務室に来る機会なんてなかったから、よくわからんなぁ。

 そんなことを思っていたら、すぐにシャイサース殿が扉の中から1人の男を引き摺って現れた。

 文字通り、ダグラス同様に両手両足を拘束され更に猿轡を噛まされた、若い男の頭を容赦なく鷲掴みにして。


 おいおい、あんた怖いな! シャイサース殿、穏やかそうなのは本当に見た目だけかよ! ああっ、男の髪の毛が頭皮ごと何束か抜けて……うわっ、それを汚そうに屑籠に捨てやがった! ああいや、別にいいんだけど、そうやってハンカチで手を拭うのも、なんていうか…………その柔和な顔でやられると、返って怖すぎるんだよ!


 俺がシャイサース殿の思わぬ一面に引き攣っていると、王太子殿下が「ジャン、お前、こやつに見覚えはないか?」と楽しげに言ってきた。 

 その言葉を受けて、俺は改めてシャイサース殿が引き摺ってきた男を、上から下までじっくりと見直した。


 まだ若い男だ。多分、俺より年下だな。ああ、茶色い瞳の両目が、痛みで潤んでいる……痛いよな、そりゃ。この服は……王城の下働きの制服、だよな? 

 シャイサース殿のせいで若干禿ができていそうな髪の毛は明るい茶色で、顔は苦痛に歪んでいるものの、特にこれといって特徴は……。


 あ。

 俺、こいつの顔、見たことあるわ。


「で、殿下?! この男は、騎士ではないのですか?!」


 そうだよ! 今日の昼間、監獄の地下牢で、カシムとレーミアの面会を見張っていた若い新人の騎士だ!


 唖然とする俺に、王太子殿下はにやーっとした嫌な笑顔を向けてきた。

 殿下、そんな表情もお綺麗ではありますが、普段の気品とか優雅さが欠片も見当たりません。


「残念ながら、その男は騎士ではない。勿論、王城の下働きでもない。

 その男の名前はグイード、そこに転がっている『裏切り者』のダグラスの屋敷で働いている下男だ」

「は? で、ですが、監獄に入るには……」

「身分証がいるな。騎士ならば、焼却石が。

 ――グイードが昼間に着ていた騎士服はダグラスの替えのもので、腰に佩いていた剣もダグラスの持っているものの内の一振りだ。マントは、ダグラスが副団長になる以前のものだな。今着ている王城の下働きの制服は、グイードの弟の物を勝手に拝借したらしい。グイードの弟は正真正銘王城の下働きで、今回の事件には関係ない。そして、焼却石だが……これも、ダグラスのものだ」

「で、ですが、殿下。焼却石には、持ち主である騎士の名前が刻まれていますよ?」

「目晦ましの魔法がかけられていた。既に捜査に協力してくれている魔法使いの1人に、幻覚や目晦ましの魔法を専門に研究している者がいてな。その魔法使いが解いてくれた」

「は……。し、しかし、そのような魔法、一体誰が……」

「何を言っているんだ、ジャン。お前が自分で先ほど言ったではないか」

 

 俺の言葉に、王太子殿下は艶やかな笑みを浮かべた。……なるほど、あのババアか。


「『魔法使い側の内通者』である魔法使いの長、レクシス――あの老婆、実に下らぬ真似をしてくれたよ。焼却石に目晦ましの魔法をかけるとはな。

 まぁ、騎士は人数が多い。お前でも顔や名前を知らない者がいるだろう、ジャン。監獄の門番や管理者が偽者と気がつけなくても仕方がない。一応、体裁は整っていたからな。

 まぁ、次にこのようなことがないように、早急に対応策をシャイサースに考えさせるが」

「私だけではなく、殿下も考えてください。あなたは騎士団の団長でしょう。どうしてそういう面倒そうなものは、いつも真っ先に私に押し付けるのですか」

「ジャン、グイードはお前の名前を知っていただろう? 他にも何人か、ダグラスとレクシスの手の者が、お前のように魔法使いと親しい関係にある騎士の見張りを行っていた。まぁ、グイードはレーミアを見張っていたようだがな」


 殿下、事情はよくわかったのですが、見事にシャイサース殿の抗議を無視しましたね。シャイサース殿、悲しげに溜息ついてますよ。いいんですか、それで。


 そんなことを思いながら、俺は改めてグイードなる男をじっくりと観察した。


 こいつ、俺には普通に話しかけてきたのにな……。度胸はあるのか? やってることは、無謀だけど。

 ああ、そうだ。こいつの方が俺の名前を呼んで声をかけてきたから、全然疑わなかったんだよな。駄目だ、俺。ちゃんと他の騎士の顔と名前、覚えるようにしよう。


 ……あ? 待てよ。ってことは……。


「殿下、この男は、一体いつ捕らえられたのですか?」

「お前を部屋に帰してすぐに、この男が地下牢から出てきた。そして、私を見てぎょっとしてな。その態度が不自然だったのもあるが、見覚えのない騎士だと思って、とりあえず捕らえたのだよ」

「……あの。殿下は、まさか騎士団の騎士全員の顔と名前を把握しているのですか?」

「当然だ。私を誰だと思っている?」


 王太子殿下にして、レガイア王国騎士団団長さまですね! だからって騎士全員の顔と名前を把握しているのですか! 凄いですね!!

 ……そして、俺はこの方の補佐である副団長となるのか……?

 ああいや、でも、殿下が即位した暁には、別の者が団長になるはずだから、それまでの暫定的な措置か……? そうだよな、多分。


 王太子殿下の聡明さを再確認しつつ、俺は次の疑問を口にした。この話の流れだと、気になって仕方がないのだ。


「殿下、それで、レーミアは……?」

「ああ。今、少し必要なものを取りに行かせている。まぁ、待っていろ。その内帰って来るさ」

「はぁ……」


 結局、レーミアは捜査に協力することになったのか? それに、必要なものって?

 

「ああ、そうだ。グイードはな、例の暗殺指示書と脅迫物の入った封筒と毒物を包んだ小包を、実行犯たちの部屋に届ける役も行なったようだ。これは他の数人の者と共に、手分けしてやっているがな。このときは、王城の下働きのふりをしていたようだ」

「は……。こいつが、ですか……」

「まぁ、中に何が入っているのかは知らなかったようだがな? 知っていてもやっていただろうよ。

 グイードは賭博による借金が嵩んでいて、どうしても金が欲しかったようだからな」

 

 そうか、この男が……。

 騎士団の宿舎の部屋割は、ダグラスから聞いていたのだろう。

 暗殺実行犯たちは皆、ほとんどが騎士になって10年以上経っている者で、しかも何かしらの爵位を有する家の出か、その縁者だ。そういう者は、大体が相部屋ではなく個室を与えられている。だから、他の騎士に気がつかれずに、暗殺指示書と脅迫物などを送ることができたのだろう。

 宿舎の各部屋の扉には、個別に配達物を受け取るための小さな棚が備え付けられている。

 遠征前には、遠征に出ることを知った家族から、激励や無事を祈る手紙やお守りが入った小包が多く届く。故郷が遠い場合には、そういった贈り物が遠征出発当日の朝に届くことも少なくない。まぁ、遠征に出ると知って、毎日手紙や小包を送る家族や恋人もいるものだから、故郷が遠い場合に限られないのだが。

 騎士団の騎士宛ての配達物は、王城に一旦まとめて集められ、そこで仕分けされて、王城の下働きたちによって届けられる。それに、王城の下働きたちの数も多い。グイードのような別人が紛れ込んでいても、気がつけなかったのだろう。


 とにかく、今回の暗殺未遂事件は、内部に協力者がいなくては絶対に実行できなかった、ということだ。

 最悪だな……。これは騎士団創設以来、最大の不祥事なんじゃないか? グイードなんかの下っ端は別として、ダグラス・エオルドの一族には、全員に国家反逆罪が適用されるんじゃ……。

 いや、それよりも。


「殿下、ダグラスがこうして捕縛されたということは、レクシスも……?」

「ああ。お前を部屋に帰してから、今日は俄かに忙しくなってな?」


 にやっと笑って、王太子殿下は執務机に頬杖をつき、空中に視線をやりながら説明してくれた。

 

「まず、このグイードを捕らえて尋問した。すると、ダグラスとレクシスの命令でやったと言う。

 それで大体、事の次第が見えてな? すぐにシャイサースに言ってダグラスを王城へ呼びつけさせ、ついでに副団長の解任の書類と新副団長指名の書類、その承認に必要な者の同意を得るために補佐官たちを走らせて、グイードは仮眠室に放り込んだ。ダグラスはグイードを見せれば、すぐに状況の悪化を察するだろうからな」

 

 俺は思わず、床に転がっている2人の犯罪者を見た。どちらも顔色が悪い。

 ダグラスはまぁ、薬のせいかもしれないが、グイードの方は……若いのに、馬鹿なことをするからだ。そんなに怯えても、王太子殿下の温情は塵ほども得られないだろう。

   

「レーミアは、最初は呆然としていたのだがな。グイードがレクシスの名前を語ったことを教えてやったら、カシムからの頼まれ事を私に打ち明けてくれた。それで、レクシスを捕縛するのと同時に、カシムからの頼まれ事をこなしてもらっている」


 カシムからの頼まれ事? あの、魔法書がどうこうってやつか?

 あれはやっぱり、何か隠された意味があったのか?


 そんな俺の思考をよそに、王太子殿下はレクシスを捕らえた際の顛末を簡単に語ってくれた。事が事だけに、極秘かつ迅速に捕縛が行なわれたらしい。

 レクシスは今、身包み剥いで丸裸にして、王城の地下牢に放り込んでいるよ――と最後に言われ、俺は思わずあのババアの裸を想像してしまい、気分が悪くなった。

 何故ババアの裸を想像してしまうんだ、馬鹿か俺は!


 レクシスは確か、元は男爵家の娘だったはずだ。

 魔法使いも巫女や神官同様、魔法使いになることを決めた時点で家を捨ててなくてはいけない。そうでないと、師となる魔法使いに弟子として認めてもらえないのだ。

 魔法使いの師弟関係は、親子関係に近いものだからな。魔法使いの閉鎖性は、こういう部分からきている。

 とはいえ、それは巫女や神官より厳格な決まりではないし、師匠が許せば、実家と濃い繋がりをもったまま、王城に魔法使いとして仕えている者もいる。

 レクシスはその筆頭で、あのババアのおかげであいつの実家はだいぶ権力を拡大させたんだよな。元は一地方の貧乏領主でしかなかったのに。

 レクシスは国王陛下や他の貴族に取り入るのが上手く、そのおかげで今から15年前くらいに魔法使いの長に任命された。

 しかし、レクシス自身が有能な魔法使いであることは俺も知っている。おべっかだけで魔法使いの長になるのは、流石に無理だ。

 だから、迂闊に魔法が使えないように魔法使い用の牢に枷つきで容れるのは分かるんだが……何故、身包みを剥ぐ必要が?


 すると、俺の疑問に気がついたらしいシャイサース殿が、丁寧に補足説明をしてくれた。


「殿下の言い方には少し語弊がありますね。一応、魔法使い用の囚人服を身に付けさせてはいます。

 しかし、それまで身に着けていた魔法が組み込まれた装飾物や服は一切取り外しています。

 レクシスは一応、我が国でも力の強い魔法使いの1人ですからね。通常の魔法封じの枷の他に、肌に直接魔法封じの焼印を押して、徹底的に魔法を封じています」

「焼印?! そんなものがあるのか?!」

「ええ。ご存知ありませんでしたか?

 開発されたのは、確か……今から300年ほど前ですね。枷の内部に組み込んでいた魔法封じの魔法を、より強力なものにできるように、と試行錯誤の末に作られたものです。まぁ、使用された魔法使いの囚人は、今までにたった3人しかおりませんけどね。

 相当痛い上に苦しいらしく、王城の地下牢の牢番から、レクシスの呻き声がうるさいという苦情がきまして」


 そんなことを言われてもね、私も殿下も困ってしまいますよ――と、ちょっと怖いことを穏やかな笑顔で言われて、俺は自分の表情が引き攣った愛想笑いになるのを感じた。

 シャイサース殿、怖いな……。

 いや、それだけ今回の事件の犯人たちについて、怒りがあるのか。まぁ、俺もレクシスがどれだけ苦しもうが、全く同情しないが。

 

 しかし、魔法使いが絡むと途端に面倒になるな。焼却石にかけられていた目晦ましの魔法にしろ、何にしろ。

 もしかしたら、他にもレクシスが何かの魔法を使っていた場面があったかもしれない。


 ……そうだ、例えば。


「殿下。あの……例の、暗殺指示書ですが。あの文書、もしくは封筒などに何か魔法がかけられていた、ということはありませんか?」

「何故?」


 俺の思いつきの質問に、殿下は興味深そうな目を向けてきた。

 いや、何故って。これは俺の、ただの思いつきなんだけど……。


「……あの事件のとき、王太子殿下とアディート・ルクス……それに、俺を含めた殿下の周囲にいた騎士たち。全員が、クレイグ・スタンが行動を起こすまで、彼の異変に気がつきませんでした」


 脅迫されていて、そのせいで情緒不安定だった、というのはわかる。

 魔物の討伐遠征では、長く騎士をやっている者でも精神的に不安定になることがある。

 討伐前はまだましだが、討伐の後が問題だ。精神的にも肉体的にも、それなりに疲労している。

 そのせいで不注意になって、普段では考えられないような失敗を犯したりすることもある。

 だから、暗殺実行犯たちの様子がいつもと違っていても、よほどでなければ周囲の者は不審に思わなかっただろう。

 しかし……討伐は、3週間ほどあったのだ。

 その間、家族を人質に捕られて暗殺を指示されていることを、誰にも相談しないでいることができるだろうか? 3週間、ずっと実行を迷っている、というのもかなり不自然だ。

 そして何より――クレイグ・スタンの異変。

 俺はあのとき、クレイグのすぐ隣にいたが、奴が抜き身の短剣をもって王太子殿下に突っ込んでいくまで、奴の殺気に気がつかなかった。

 他の騎士も、殿下も、そして……アディート・ルクスも。


 暗殺の危険が常にまとわりついている王太子殿下や彼の側近であるアディート・ルクスが、クレイグに直前まで気がつけなかった、というのがおかしい。

 彼ら2人は、剣技も素晴らしいが、何より人の気配を読むのが上手い。

 王太子殿下はそれを間違った方向に活用して、時たま政務や舞踏会から逃亡するのだが…………アディート・ルクスは、その殿下に気取られないように彼の後を追い、捕獲するのが上手かった。

 俺たちだって、2人には及ばないかもしれないが、騎士として相手の気配を読むことは出来る。特に、殺気には敏感なのだ。

 長い遠征の帰り道、もうすぐ王城だ――という場面で、気が緩んでいた、というのはある。

 しかし、それにしたって、誰もあのときクレイグの殺気に気がつかなかったというのは……おかしすぎやしないか?


「殿下は先ほど、幻覚や目晦ましの魔法を専門に研究している魔法使いがいる――そうおっしゃいましたよね? その魔法使いに、暗殺指示書と封筒などを調べさせることは出来ませんか?

 私が聞きかじった拙い知識で申し訳ないのですが、魔法使いの中には、特定の魔法具を所持した相手に好きな時間に指示を送ることが出来る、という魔法を開発していた者もいたように思います」


 魔法の仕組み自体は俺には良く分からんが、レーミアから以前、聞いたことがある。そういう魔法の開発をしている者もいる、と。

 戦場での指揮において、魔物が出て来て乱戦状態になったときなどには、下っ端の連中に指示が行き渡らず、酷い混乱が起きることがある。

 そういう事態を避けるため、受信機能のある魔法具を利用して、命令する声を特定の魔法具を所持している者に行き渡らせる魔法。または、命令に従うように、特定の魔法具を身につけている者に、命令を実行するように精神的に強く働きかける、暗示効果のある魔法。

 そういった、戦いの時に有益になる、精神に関わる魔法を開発している者もいる、と聞いたことがあるのだ。


 ――悪趣味な魔法だな。要は、相手を言いなりにしちまうんだろ?――

 ――そうよね。わたしも、そう思う。でも、開発しているのが、あのお2人だから……――


「そして、その魔法を開発していたのは、確か……レクシスと――リュミシス王子だったかと」


 俺の言葉に、王太子殿下は静かに目を細めた。

 平凡な顔の俺から見たら、十分美形の部類に入るリュミシス王子。

 しかし、彼も……彼の弟2人も、この王太子殿下の美しさには、到底敵わない。

 美しさ、聡明さ、武術の腕、人を惹きつけ従わせる『王者の品格』――3人の王子は、王太子殿下には何一つとして敵わない。

 しかし、リュミシス王子はただひとつ、王太子殿下にできないことができた。

 彼には魔法の才能があったのだ。

 そして、彼の専属の魔法の教師だったのがレクシスだ。

 あのババアの実家は、3人の王子の母親の実家と縁戚関係にあった。

 レクシスの実家は、レクシスのおかげでリュミシス王子の一族のように王城から排斥されなかったが……レクシスはリュミシス王子と、仲が良かったはずだ。

 

 王太子殿下とアディート・ルクスは、とても強い。

 どちらが本当に勝っているのか? その答えが、すぐには思いつかないほどに。


 だから、この2人がクレイグ・スタンの殺意に反応できなかったのは、おかしいとしか言いようがない。

 しかし――クレイグや他の実行犯たちに、最初は明確な『殺意がなかった』としたら?  

 例えば、暗殺指示書や脅迫に使われた家族の『一部』を見たときには暗示状態で、「家族を人質に脅迫されている」ことと「王太子殿下を期限内に暗殺しなくてはいけない」ことは頭の中に刷り込まれていても、明確な『殺意が持てない状態』だったのだとしたら?

 

「本当に、発想が面白い男だな」


 王太子殿下は、皮肉げな笑みを浮かべて俺を見た。

 美しい翡翠の瞳に宿るのは――酷く、悔しそうな色だった。


「ジャン、お前の言ったとおりだ。私もその点は不審に思っていた。

 クレイグには、私を『排除』しようとする意思は感じられたが、『殺そう』とする意思は感じられなかったからな。捜査に協力してくれている魔法使いたちに頼んで、すぐに封筒と暗殺指示書、それに脅迫に使われた『部品』などの解析を依頼した。

 どのような仕組みの魔法なのか、詳しいことはまだわかっていないが……大体、お前の言ったような効果のあるものらしい。封筒の宛名と文書に使われていたインクが魔法具だったようだ。

 視覚を利用した、ごく簡単な暗示効果のある魔法だ。

 暗殺指示書の内容と脅迫物によって、脅迫された相手の精神は不安定になる。それに乗じて、文書を書くのに使われていたインクに組み込まれていた『排除実行の声が聞こえたら、王太子を排除せよ。それまでは、排除するのは待て』という暗示効果のある魔法が発動して、見事に全員にその魔法がかかったらしい。

 どうも、魔法の発動条件が『封筒を開けて、文書に目を通すこと』だったようでな。1回きりしか効果がない単純で簡単な魔法らしいが、まぁ、効果は抜群だったな。

 レクシスが定刻に王城から『排除実行』を命じる魔法を送り、その者たちが1人でも動けば、あとはなし崩しに乱闘にでもなると踏んだのだろう。そうでなければ、とっくに脅迫の件で一騒ぎ起きているはずだからな。

 暗殺実行犯たちは皆、例の封筒と文書を服の中に隠し持っていたが、あの封筒をとじるのに使われていた蜜蝋が特殊なもので、それがレクシスの命令を受け取る魔法具だったようだ」


 そう言われて、俺は暗殺指示書が入れられていた封筒を思い出した。

 そういえば、あの封筒は珍しい赤色の蜜蝋で封をされていたが……あれって魔法具だったのか!

 

「確かに、殺気があれば私もアディートも、クレイグの異変にすぐに気がついていた。

 しかし、クレイグは私を『殺害』しようとしたのではなく、単に『排除』しようとしただけだからな。目の前を飛び回る小さな羽虫を、叩き潰そうとしたにすぎない。だから殺気もなく、ただ突っ込んできたのだろうな。

 ……まぁ、ご丁寧に短剣に毒まで塗っていたのは、暗示の指示通りだったのかどうか、わからんが。

 クレイグ・スタンが1番最初に動いたのは、奴が人質の件で他の誰よりも精神的に追い詰められていたからだろう。ジャン、お前も一昨日の騒動は聞いているだろう? スタン伯爵家にしてみれば、確かに醜聞だからな」


 一昨日、クレイグ・スタンに面会に来た、奴の兄であるスタン伯爵家当主が起こした騒動のことだ。

 俺は王太子殿下の言葉に、複雑な表情で頷いた。

 どちらにしても今回の実行犯たちは、絶対に処刑されるだろう。しかし、その係累がどうなるのかは……難しいところだ。

 

 ただ、王太子殿下が悔しそうにしているように、俺も悔しかった。

 アディート・ルクスは強かった。王太子殿下同様に、強かった。

 クレイグが操られていなければ、アディート・ルクスは死ななかったのだ。


 アディート・ルクスは、剣も槍も体術も、全て自己流のものだった。平民で、しかも貧しい暮らしだったそうだから、誰かに習うことができなかったのだろう。

 しかし、あの男は武器の扱いに長けていた。戦闘の天才、というのはアディート・ルクスのような者のことを言うのだろう。

 王太子殿下も強いが、彼には一応、専属の教師がいた。反対に、アディート・ルクスにはいなかった。そんなものがいなくても、アディート・ルクスはどのような武器でも、すぐに使いこなしていた。

 

 アディート・ルクスは強かった。王太子殿下と同様に。

 もしもクレイグ・スタンが普通の暗殺者だったのならば、俺たち周囲の騎士や王太子殿下本人によって、クレイグは殺されていた。

 1番最初にアディート・ルクスが死ぬような事態は、絶対に起きなかった。


  

 ――アディート、凄い! かっこいい!!――



 本当に、かっこいい騎士だったのだ。強く、美しい騎士だったのだ。

 あんな風に、あっさりと死んでしまうようなことはなかったのに。 


 王太子殿下は悔しそうな色を翡翠の双眸に浮かべたまま、黙って宙を睨んでいる。

 シャイサース殿は青緑の瞳を伏せて、沈黙している。

 俺は記憶の中に刻み込まれている、アディート・ルクスの最期を思い出していた。 


 どうしてあんな風に、満足そうに笑って死んだんだよ。

 これからだったはずなのに。

 帰りを待ってくれている存在が、あの男にはいたはずなのに。

 彼女を遺してしまうことをわかっていて、どうしてあんなに穏やかに死んでしまったんだよ。


  


 彼は強かったけれど、それは完璧な強さではなかった。

 それでも、彼は本当に強かったから。

 彼が死んでしまったことが、何もできなかったことが――とても、悔しい。

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