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序章5 蜘蛛の糸を登れ!スィーパー登場



 隣の部屋から聞こえる悪夢を具現化したかのごとき咀嚼音。

 

 

「……あ、ああ……」


 自然と零れ落ちる涙。死への恐怖が精神を支配し、立ちすくみ全く動けない。

 

 分かってる、分かってるの。このまま動かないままじゃやられる。殺される。だけど、だけど……

 

「だ……誰か……」


 もう、「助けて」を音として発声する事すら、あたしの声帯は出来ない。

 

 だけど……

 


「こっちじゃ!」



 不意に、あたしのものではない言葉が走る。恐怖に封じられたあたしの肉体は、その声によって呪縛から解放された。

 

 聞こえた方向に目を向けると、仮眠室に一つだけあった格子窓が開けられ、そこから女の子……燃えるような赤いボサボサの髪を持った女の子が顔を出している。

 

「……きりん、すまんが格子を破壊するぞ。交番ごと燃やすよりはマシじゃろう。奴をおびき出すぞ」


 女の子……あたしの背丈ほどの高さもない格子窓から顔を出す事がやっとなその子が手をかざすと、途端に格子窓から格子がストンと落ちる。

 

「そこの、早うせい。それとも、奴の餌食となるか」


「……えと」


 呆気にとられる。だけど、他に選択肢はない。

 

「は、はい」


 あたしは窓から跳び退いた。直後、バアンと言う音が後方から届く。奴が食事を終え、扉を破って仮眠室へ侵入したのだ。

 

 ……交番の脇の路地に出たあたしは、その女の子の案内に従い交差点に出る。既にそこには、5人ほどの警察官による非常線が張られ民間人は退避していた。既に交番の回りは「事件現場」として扱われているらしい。

 

「来たわね」


 そして、交差点の中心に立つのは手に古めかしい木製の杖を持つ大柄な女性。


「油断するなよ、きりん」


 女の子が彼女をそう呼ぶと、

 

「分かってるわよ、ザイナ」


 ……女の子をまるで相棒のように呼ぶ。

 

「……スィーパーと、契約精霊……」


 寺院の、お父さんの後任の人ではないけど、どうやら彼女はデーモンスィーパーに間違いないようだった。

 

「グルルルル……」


 あたしが彼女を通り過ぎ、振り向けば魔神も既にその直ぐ後方にいたようだ。血塗られた醜い姿を女性の前に晒している。

 

「……ラ=ザイナ=ウルス」


 不意に始まる呪文詠唱。魔神はその隙を狙って踊りくる。

 

「ハッ!!」


 女性はそのまま奴の顎を蹴りあげる。魔神の毛が変化した肉の触手が彼女の脚を包む……が、

 

「こうすれば、逃げられないでしょう。我が敵を燃やせ、ファイア」

 

 構わず女性は、詠唱を完成させた。

 

 女性の持つ杖先から放たれた魔法の火の玉が、魔神の首筋に着弾する。

 

「オアアアアアアッ!!」


 たまらず、女性の脚を放す魔神。しかし、

 

「暴れて消そうったって無駄よ。ファイアの魔法は対象となった部分の『発火温度まで』確実に温度を上昇させるように魔法を定義されているの」


 火はあれよという間に魔神の肉体を包み込む。のたうち回る魔神。そこから、紫色の煙が出現する。

 

「……ハアッ!!」


 それに向け、女性は手にもつ杖を振るい、

 

「雲散霧消ッ!!」


 と気合を入れると、煙がかき消されていく。

 

 ……そして、魔神ものたうつのをやめて地面にへばりつき、その肉体はただ燃えるに任せる状態となった。さっきの煙こそが、精神生命体としての魔神の本体。これを消し去ることが出来るのは、修行したスィーパーの打撃だけだ。

 

 それまでの恐怖の対象は、まるでそこに存在したことが嘘だったかのように灰と化していったのである。

 

 

「……凄い」


 あっという間に戦闘が終わったところで、あたしは改めてスィーパーの女性を凝視する。

 

 身長はあたしより頭二つ分くらいも高い、大人の男性と比べても遜色ない程。髪の毛は鮮やかにピンクかかった赤、これは恐らく染色ではなく精霊との契約の証だ。水色のスカートとシャツの上にジャケットを羽織った姿は大人びて見える。全体に引き締まった体はアスリートを思わせた。

 

「全く、相変わらず危ない事をする……」


 規制線の方から、スーツ姿の男が出てきて彼女に話しかける。警察の偉い人だろうか?

 

「おやっさん達こそ、もし私が奴を倒せなかったらどうするつもりだったの?」


「これでも魔神対策課の面々は、魔神との戦闘訓練を受けているんだぜ」


「……そうやって半端に戦い方を教えたから、殉職者を二人も出したんじゃない?普通の銃じゃなくてテーザー銃なら足止めの効果もあるでしょうけど、予算不足で全部の交番には配備できてないでしょ?」


 ……そう言えば、二人も警官を死なせてしまったのか……あたしのせいじゃない、あたしのせいじゃないぞ。

 

「ふん、言うようになったじゃねえか。ま、お嬢も右も左も分からねえ新参者じゃあなくなったって事だな。その調子で書類や被害査定も自分で処理するんだぞ」


「そんなことしたらおやっさん達の仕事がなくなっちゃうじゃない。私は実戦、対策課は後始末、それでウィンウィンよ」


 二人の会話はあたしを蚊帳の外にして続くが、どうやら話が何故魔神が発生したかという事に及んで、二人があたしの方に向き直す。

 

 女性の契約精霊は、あたしの体を一回り見回して言った。

 

「……不審なマナパスは無し。彼女は魔神に憑依されたり、細工はされていないようじゃな」


「ふーむ……」


 ……どうやら、憑依されていないか確認されたらしい。すると、男が警察手帳を取り出し、あたしに見せつける。

 

「失礼、F市北警察署の魔神対策課長をやっている椹木さわらぎと申します」


「あ、あの、えと、洛亜いかるです」


 取りあえず、自己紹介。男の警察手帳には警部・椹木としおと書かれていた。うわー、警部さんか……

 

「少々お話を伺いたいのですが、魔神に目を付けられるような心当たりは?」


「……分かりません。2年前に死んだ父がデーモンスィーパーだったのですが、これまでこんな事に巻き込まれたことはなかったのに……」

 

「……洛亜、あーなるほど、洛亜いちろうさんの娘さんか。ふーむ、きりん、どう思う?」


 椹木警部は女性、きりんさんに話を振る。

 

「そのセンからの背後関係も考える必要があるかもしれないけど、それより、魔神の発生現場と思しき場所があるんでしょ、そこを一緒に検証してみない?」


 其処まで言うと、彼女はあたしに手を差し出してきた。

 

「……椎田しいだきりんよ、よろしくね」


 そのまぶしく見える救世主の手を、あたしは掴む。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 

 それは、新たな運命、新たな人生の入口のように感じた。

 

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