序章2 平和は束の間?あるいは学校こそ戦場?
「いかるー、おはよー」
「おはよ、みなちゃん」
県道に面した通学路の途中、親友の荒樫みなちゃんと鉢合わせした。クラス委員長であたしよりは成績がいい。ちょっとシャギーのかかった彼女のふわふわロングヘア―が朝の光を浴びて煌めく。
お互い、特に合流地点を定めている訳でもないけど、この子とは基本、通学時には一緒になるんだ。
「はー、やっぱりみなちゃんの髪の毛綺麗だなぁ。何か使ってるの?」
「ちょっとね、美容院オススメの奴を使ってみたんだ。……いかるもいる?」
「いいよ、多分高いんだろうし……はー、どうしてこう生活水準に差があるかなあ」
素朴な疑問を口にするあたし。……落ち着いて考えてみれば当たり前だ、みなちゃんのお父さんはお寺さんの偉い人で『助祭』って言って、うちのお父さんがデーモンスィーパーだったころの上司。うちみたいに母子家庭で生活に苦労しているって事は無いし、お小遣いも多いに違いない。
「大丈夫大丈夫、いかるがスィーパーに成れば給料もたんまり出るわよ!」
「そうか、そうだよね」
……っと言っても、お父さんが死んだあとにもう後任の人は付いてるから……
「寺院のスィーパー枠は一人だけど、あの短髪ボクッ子位いかるならさっさと叩き出せるわよ、だから勉強も頑張りなさい」
「はーい」
短髪ボクッ子ってのは父さんの後任、えーと、名前何って言ったっけ、その人の通称だ。もうあたしの年齢の頃には精霊様と契約を結んでた英才らしいんだけど……
ま、でも、あたしが頑張らないとどうなる!さー、今日も授業頑張るぞーッ!!
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2時限目(数学)終了後の休み時間。
「あー、授業が頭に入ってこない……積分ってなんなのぉ……」
目がぐるぐるする、頭がぼーっとしてくる。もー、こんなの社会に出て何の役に立つのよッ!
円柱の体積なんて直接測ったり、プールの中に入れてこぼれた水の体積測ったりすりゃいいじゃない!!
第一何で積分したら回転体の体積になんのよ、原理的なことが全然分かんない!
「はー、っ糞詰め込み教育めえええ……」
あたしは頭を抱えながら教室の机の上に突っ伏す。はー、こんなことでホント、どうやって神学科に行くんだよ……5分ほど、あたしはそのままにしていたが、
「おーい、いかるー」
暗闇の中響き渡る、幼馴染、聞きなれたヘタレ声。
「3時間目の化学は実験室だから、そろそろ移動するぞー」
「ふぁ……はいはい、起きればいいんでしょ」
顔を上げると頼りなげな男子生徒、鴻さとしの見慣れた顔があった。小学生のころからの腐れ縁、告白もしてないのに彼氏面する困った奴だ。
「……全く仕方ない奴だな、ちゃんと夜寝てるのか?」
「寝てますー。さとしこそどーなのよ」
あたしより少し高い位置にある、少し……ッと言っても20㎝も身長差があるから大分威圧感を受けるその優男の、無駄に心配そうな顔を見返す。はー、昔はほとんど身長差なかったのに。
「俺か、俺は……その、あの……」
「あー、どうせ深夜のエッチな番組見てたでしょー。我様ナイトとかゆー」
小学生の頃に遊びに行ったから知ってるけど、ムカつく事にコイツの部屋には自分用のテレビがあるのだ!どーせビデオデッキでも買ってそういうビデオを見たりエッチな深夜番組を映してるに違いない!
「ち、違うぞ、それは断じて」
慌てて否定するさとし。顔が真っ赤だ。
「へー」
何か、何と言うか……あたし達が繰り広げてるこれって……ちょっとあたしが冷静になって思った事を、通りかかった第三者が言語化した。
「おうおう、なんだなんだ今日も夫婦喧嘩かぁ?お熱いねぇ」
「違うよッ」
「違うわよッ」
背後からの声に即日否定するあたしとさとし。さとしより更に20㎝大きい角刈りの大男、安生としきがさとしの頭をポンと叩く。
「馴れ馴れしいぞ、安生」
「お、冷たいな。俺とお前の中じゃないか、鴻ぃ」
安生くんの後ろには、いつもの彼の取り巻きが数人待機していた。軽くてちゃらんぽらんな男だけど、まーそれ故に付き合い易く男女共にクラスのみんなからは人気がある。……あたしから言わせてみれば、皆目がないなぁという所だけど。
「洛亜ちゃん、こんな薄情者置いといて一緒に実験室行こうぜ」
安生くんがあたしに手を差し出してくる。……始めて名字で呼ばれたけど、洛亜ってのはあたしの事ね。
「ちょっ、安生お前!」
顔を真っ赤にしたままその手を振り払おうとするさとしだが、安生くんから頭を抑えられたままで手が届かない。
「おっ、としきから誘った!」
「見ろよ鴻の奴の顔、サルみたいに真っ赤っかだぜ!」
ひゅーひゅーとはやし立てる周りの連中。はー、本人もアレなら取り巻きもアレだわ。県内随一の進学校たる新泉が丘高校の姿か、これが……
全く、どいつもこいつも見てらんないと思ったあたしは、
「悪いけど、一人で行くから。小学生じゃないんで別に案内は要らないです」
と机から立ち上がり、そそくさとその場から退散した。
はーっ、ホントに情けない。……それにしても、さとしは兎も角安生くんも何と言うか、どうもあたしに気があるらしい。
「ホント、迷惑……」
勉学に集中したいあたしとしては、学舎には静かでいて欲しんだけどなぁ……
「あら、洛亜さん?」
不意に、後ろから声を掛けられる。振り返ると、ポニーテールに縛った黒髪の美人がそこに居た。いつもの取り巻き2人を連れて。
「……」
あたしは精一杯不機嫌な顔をして彼女、吉見りりあを見上げる。
「安生くんから気に入られるなんて、その小ささでいいご身分ね、ホント」
「チビのくせにー」
取り巻きの一人、三好なかがはやし立てる。ムカッ!!
「……だから、何だってのよ」
「別に。ほら、授業に遅れるわよ」
……こいつ等と並んで教室に行くくらいなら、安生くん達と行った方がマシだったわ、はー。
結局、そこからあたし達は無言で化学実験室へと移動した。もうチャイムも鳴って授業開始ぎりぎりだったわ……