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魔法少女の憂鬱  作者: 砂糖千世子
Episode 4 暁天の魔女たち
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第九話 襲撃

 高級住宅地の車庫にはどこもシャッターが閉まっていたが、時折柵の向こうに車が見えることもあった。一般人が十年働いて稼いだ金をすべて費やしてやっと買えるか買えないかという値段のものが、ピカピカに洗車されて置いてあるのだった。

 曲がりくねった坂道は昔この下に川が流れていた証拠だろう。そこを私の薄汚れた中古車がのろのろ走っていくのだ。持ち主の私が惨めな気持ちになったら車が可哀想だと思ったが、どうしたって場違いな感じは収まらなかった。

 樋口桔平は淡光の経理だった。淡光は魔女組織の中でも随一に稼いでいる。不動産もやるし通信販売もやるし何でもやるのだ。裏では拳銃の密輸をやってる噂もあるし、大抵詐欺をやって逮捕されるのは元淡光のメンバーなのだ。なので淡光の経理は相当儲かるみたいで、私が肉眼で見る彼が住んでいた一軒家は恐ろしく大きかった。

 大きいと言っても日本の狭い土地の中なので、昔に写真で見たアメリカの富豪の家と比べれば大したことはないのだ。そういう下らない気休めが私の中に浮かんだ。みんなを一列に並べたがる習性が私にもあるらしい。私は樋口宅を素通りして離れた所に車を停めた。樋口宅の前には黒塗りの車が一台停まっていて先客がいることを教えてくれた。

 警察が張った規制線を潜って、樋口宅の玄関をゆっくり開けた。生憎鍵はかかっておらず、ガチャリという音と共に、嗅いだことのない香りが鼻腔を擽った。

 玄関には雉の剥製があった。羽を広げて私の頭上で固まっている。私は足音を忍ばせて家に入った。靴を脱ぐか迷ったが脱いだ。いざという時は魔法少女に変身すれば靴は神様が丁寧に履かせてくれるのだ。

 一階を見て回るだけでもかなりの時間がかかった。広くて、迷子になりそうな家だった。廊下の壁には私の知らない画家の見事な海の絵がかけられていた。波は緑色にうねっていて現実感があった。飲み込まれそうで、磯の香りがしてきそうだった。

 豪華な装飾が施された居間があった。どうやらここで樋口は殺されたらしかった。警察が捜査した痕跡が僅かに残っている。革張りのソファの正面に、大型の液晶テレビがある。日当たりのいい部屋で、大きな窓硝子からは庭が一望できる。

 今私が立っている場所とソファまでの中間地点に樋口は倒れて死んでいたらしい。私は暫くその部屋でうろうろと色々見て回ったが、別段なにかを見つけることは出来なかった。めぼしいものは警察がとっくに持っていって絶賛解析中なのだろう。私は部屋を去った。

 廊下に貼られたベージュの壁紙にはキューブリックを思わせる幾何学的な模様が描かれていた。こういう家で息を殺して歩いていると、自分が盗人になった気分を味わえる。

 一階には誰もいなかった。しかし私が見落としている可能性もあった。なにせ部屋が沢山あるのだ。私はエントランスまで戻ってから階段を上った。

 二階に上がって、広い廊下と幾つかの扉を前にして深呼吸した。私は手前の扉を開いた。本棚が幾つも並んでいて、文庫本や大判の学術書が並んでいた。色々な分野の本が乱雑に重ねられてもいた。洋書も多い。部屋の隅の机の上には幾つかの本の山が完成されていた。堆く積み上げられた一番上には、三島由紀夫の『仮面の告白』の英語版が置かれていた。

 私は部屋から出て、次の扉を開けようとした。私の背後で微かに物音がして、振り返るよりも早く、何かが頭に振り下ろされた。私は紙一重でそれを躱した。それは非人間的な速度の回避だった。例えたくないが、ゴキブリが人間の振り下ろした新聞紙から超速度で瞬間的に部屋の隅に移動するみたいな感じで、躱した。私は振り向いて相手を見た。男が立っていた。チンピラみたいな恰好をした男で、血走った眼で私を見ている。手には金槌を持っていた。武器として扱うには危ない道具だ。

「どうしていきなり殴りかかってきたんだ」

 男は答えずに私の方へ走ってきた。勝てるわけがないのだ。私は男に接近してから、相手よりもすべてにおいて勝る速度で攻撃した。脇腹を殴って、脇腹を殴って、脇腹を殴った。男は呻き声を漏らして床に倒れた。掌は痙攣したように自身の脇腹へ向かった。金槌は重い音を立てて床に落ちた。私はそれを手に取った。私が持つとそれは単なる大工の道具へと回帰した感じがする。持って帰って日曜大工に活用してもいいかもしれない。

 男は口から粘着質な唾液を漏らして床を汚しながら目だけで私を見ていた。動けずにいる男の尻ポケットのふくらみに手を伸ばした。財布など、身分を証明するものが入っていると踏んだのだ。私が強盗紛いの行為をしようとすると、開いた扉の奥から声がした。怒鳴るような男の声だ。

「おい、糞ったれの魔女。こっちに来い!」野太い声だった。少なくともそういう声を出すのに慣れている男だ。「早く来い!」

 私は糞ったれの魔女じゃないから行かなくてもいいかな、なんて子供っぽい屁理屈を頭に浮かべたけれど、行くことにした。それによく考えてみたら私は糞ったれの魔女だった。

 廊下の真ん中にある扉が半開きになっていて、そこは食堂で細長いテーブルが置かれていた。頭上には豪勢なシャンデリアがある。私は映画の登場人物になった気分だった。しかし今この部屋にいる私を含めた人間は皆ちぐはぐなのだ。

 三人の男が立っていた。それぞれ離れた位置で私を見ている。左に立っている。中央に立っている男が一番強そうだった。案の定そいつがさっきの声の正体だった。男は喋り出した。「どうしてお前がここにいるんだ?」

 私は周囲を観察した。部屋には照明の電気はついていないが、窓からの自然光で十分だった。机も椅子も一級品で、きっと私の聞いたことのないブランドのオーダーメイドではないかと思われた。金は存分にかけられているが下品な印象を受けない、教養に溢れた空間だった。居心地がいい。私はこの家の主人が殺されたのを始めて悼む気が湧いた。

「なぜなにも喋らない。お前はハンバーガー屋じゃペラペラ喋ったんじゃないのか?」

「ハンバーガー屋?」私は聞き返した。「ああ、昨日の昼のやつか……。もしかしてあの気に入らない連中の一人だったのか?」

「違う。俺はお前に腕を折られた男の上司だよ。まさじゃ魔女に喧嘩を売る馬鹿だとは思わなかったがな。そして喧嘩を売ったのが昼間に大勢いる人前で腕を折る馬鹿な魔女だったのは更なる不運だったわけだ」

「折れてたの? それはまあ、気の毒に思うよ」

 私がそう言うと男は下ろしていた腕を前に出した。手には拳銃が握られていた。銃口は真っすぐ私に向いている。彼の右手の人差し指は引き金にしっかりかかっていた。彼の小さな脳味噌が、我慢できず微弱な電流を神経に流し筋肉が命令に従えば、銃弾が発射され私は撃たれるだろう。

「これは冗談じゃない。俺は……俺たちはお前に借りがあるわけだ。どんな阿呆な部下でも部下に変わりないし、部下が屈辱的な目にあわされてそれを放置するような上司は信頼を失う。今の俺はお前を痛めつけるのが仕事なんだ」男の眼は濁っていた。何日も睡眠を阻害する拷問を受けた人間が似た様な目をしていたのを思い出した。「質問に答えてくれ。どうしてお前はここに来た。一体どういう理由で、ここにやってきたんだ。なあ、もしかしてあんたが殺したのか?」

「誰を殺すんだ? まさかここで死んだっていう淡光の経理のことか? お前たちはまだ何も掴んでいないのか? 呆れたな、幾らでも伝手はあるんじゃないのか?」

「やっぱりお前はおしゃべりな魔女だな」男は笑いもせず言った。「もっと喋ってくれ」

 私は確かに年を取っていた。人間は肉体ではなく魂で年を取るのだ。それは知識や経験、記憶の積み重ねによる自覚の発露なのではないだろうか。つまり私は自分の年齢を知っているし、その為にその年齢にふさわしい老化を魂が選択しているのだ。よって私はおしゃべりになっている。

「私は近所で起きた事件が気になって来ただけだよ。魔女組織の経理が殺されたってのは大変なゴシップだからね」

「お前の事務所は三鷹だろう。下手な嘘はやめろよ。それともお前にとっては東京都はどこでも近所か? 日本全土が近所かよ」

「そういうわけでもないが、車で気軽に来れる距離ってことさ」

「いい加減にしろよ」男は怒鳴った。私へ向けられた銃口は数ミリ揺れただけだった。「お前のことは色々と調べた。魔女に就いて調べるなんて簡単だよ。知ってるか? 裏じゃ生存中の魔女図鑑が完成してる。どこでどいつが何してるか調べれば簡単にわかる。隠し撮りした写真もあるぜ。腕を折られたやつは相馬っていうんだ。覚えときな。そいつに確認したら指さしたのが、傭兵事務所をやってる舞鶴って魔女だ。あんたは傭兵なんだろ? 誰に依頼されてここに来たんだ?」

「誰にも依頼されてないよ。自腹で勝手にここに来た。今の時代魔女に積極的に関わろうなんて人間は滅多にいないんでね。依頼なんて月に一度飛び込んだらいい方だよ。私は毎日暇してるんだ。だから魔女らしく騒ぎがある場所に首を突っ込んで、適当に搔きまわして去っていくのが趣味なんだ。ここに来たのは、気紛れだね」

「俺は信じない」男は言った。「お前を組長のところまで連れていく。あの人ならお前のことは簡単に丸裸にしちまうよ」

「君らの組長ってグラジオラスって魔女だろ? 彼女はただの傭兵である私に会ってくれるぐらい暇なの?」私はそう言いながら横に移動しようとした。テーブルを挟んでおとこと向かい合っているのだ。勿論他の二人は男から離れた左と右の部屋の奥にいる。

「おい動くんじゃない。この怪物が火を噴くぜ。言っておくけど、これは特別製の拳銃なんだ。魔女だからといってこいつを油断してると致命傷になるぞ。奮発してアメリカから輸入した熊も殺すマグナム弾が装填されてるんだ。お前にはよく見えないかもしれないが、この銃身の長さはすごいよ。試し打ちをした時は衝撃で銃を持ってる俺の手が吹っ飛んだのかと思ったよ。こいつで撃たれたら流石の魔女もただじゃすまない。それとも銃弾が発射されてからお前に届くまでに躱せる自身でもあるのか?」

 彼の最後の呟きは本気で不安そうな響きがあった。躱すのは無理だった。あの拳銃がどうかは知らないが、普通の銃弾は音速ぐらい速い。秒速340Mだとして、今私と男の手にした銃との距離は3Mも離れていないのだ。躱すのは物理的に無理である。

 しかし対処法は幾らでもあった。そういうことを参謀局に所属していた時代に沢山頭に詰め込んだ。柔術に剣術に体術。近接格闘の基本も教わった。怪人と戦うのにそんな知識は必要ないと思っていたが、今思えばあれはもし将来的に外国と戦争する場合に備えたものだったのだろうか。怪人の問題が片付き、魔法少女が残った時、これほど強力な軍隊は世界を見渡しても存在し得ないのだ。魔法少女は百人いれば小国を落とせる。千人いればアメリカを落とせる。真面目な顔でそう言った魔法少女もいた。

 今では日本を支配している。最悪な形で教育が芽吹いたのだ。私は男の構えた銃を見ていた。撃たれてから躱すのは不可能だが、撃たれる前に躱せばいいのだ。

 全身の力を抜いて屈みこんだ。それと同時に左手の腕輪が発光し、全身が魔法少女の戦闘服に変わる。ゴスロリ衣装の裾が翻った。

 私がいた場所を男の撃った銃弾が通過する。爆弾が爆発したような音が部屋に響いて鼓膜を麻痺させた。

 腕輪が再び光って私の手元に突撃銃が召喚される。パティシエ・シリーズのアサルトライフルでデザインは可愛らしいものだが、怪人相手を想定して設計され調節されたものなので、威力は絶大だ。人間に一発でも撃ちこめば綺麗な風穴が空くだろう。弾薬は無制限で、魔法の銃弾は幾らでも撃てる。

 私は突撃銃を杖のように使って、地面に倒れ込んだ自分の身体を不自然な格好で前進させて、取り敢えず右にいる男に標的を定めた。一人ずつ倒す。

 食堂は広く、障害物も多い。低姿勢で移動する。私は机の陰に沿って走って進んだ。

 男は三人いる。部屋の真ん中にいる男は一番ガタイがよく、声がでかい。熊を倒せる拳銃を持っているので熊と呼ぶ。左の男は痩せていて、昔見た河童の絵巻の顔に似ているから河童と呼ぶ。今私が向かっている男は中肉中背で髪の毛をオールバックにしている。熊が叫んだ。「菅原! 撃っていいぞ!」

 菅原は拳銃を構えて引き金を引いた。私は彼の銃口から予想される位置に突撃銃を盾にした。銃弾は私の身体の横を通り過ぎた。初めて撃ったのだろうか。肩が力んで盛り上がっている。私は彼の足を突撃銃で薙いだ。出来るだけ優しくやった。私が転んだ彼の頭を軽く小突くと、相手は簡単に気絶した。医者に見られたら何時間も叱責されそうなやり方である。

 私がは彼の拳銃を部屋の隅、誰もいない場所へ投げた。そうして残りの二人を見た。

「菅原は死んだのか!」熊が大声で私に聞いた。「お前は菅原を殺したのか!」

「殺したほうがあんたらに好都合だったかな? 死んじゃいないよ。まあ運が悪ければ死んでしまったかもしれない。死なないでくださいと一緒に祈ってもいいよ」

「化け物め……!」

 河童が部屋の端から我武者羅に私へ向けて銃を撃った。私は突撃銃を杖術のように扱い、反射的にそれらを弾いた。案外うまくいった。戦闘の勘は鈍っていないのだ。跳弾した弾丸が部屋の壁に小さな穴を開けた。

「なんだよそれ、嘘だろ?」河童は唖然としてそう言った。拳銃の弾丸を撃ち切ったのだ。彼は部屋の隅に私が捨てた拳銃へ視線を移した。そうして弾倉が空になった拳銃を捨てて、今度はナイフを取り出した。刃先がきらりと光った。彼と私の間は大体3M離れていて、熊との距離は2Mぐらい離れている。

「なあ、もういいだろ。どうしたって意味ないよ、こんな戦闘は。私は君たちの話を聞きたいんだ」私は言った。これは挑発の意図はなかったが、向こうとしてはカチンときたらしい。

 熊が私に再び銃をぶっ放した。私はそれを銃で弾いた。大きな弾だった。物凄い衝撃が手に伝わった。

跳ね返った銃弾は天井の電球に当たってパリンと割れた。細かな硝子片と塵が降ってきた。私は飛びのいた。熊は腕を痛そうに縮めた。慣れていない人間が何発も撃つものじゃない。私は熊を放っておいて、河童の方へ走った。

 こういう室内戦闘でゴスロリ衣装は正直邪魔だった。彼らは折角なら罠を仕掛けておくべきなのだ。例えば釣り針とかをばらまいて私の服に引っかける。釣り針から伸びた頑強な糸をグランドピアノか何か大きくて重いものに繋いでおけばいいのだ。そうすれば私にも隙が生まれる。ただそうしたとしても一朝一夕で私を殺しきるのは不可能なのだ。魔法少女は魔法が使えるのだから。……

 河童は私が近づくとナイフを横に振った。チンピラの使い方だった。彼らは現在進行形で屈辱感を覚えているのかもしれない。なぜなら私は突撃銃を持ちながらそれを撃とうとしないのだ。棍棒のように使ってる。

 撃てば確実に彼らを制圧できるが、万が一彼らの身体に当たって死んでしまったら、取り返しのつかないことになる。私の場合は取り返そうと思えば取り返せるが、そういう面倒なリスクはとらない。最初から撃たなければいいのだ。

 ナイフと突撃銃じゃ間合いが違う。私は突撃銃で河童を横殴りした。くぐもった声を出して河童は倒れた。息はある。熊はまた怒鳴った。「二人とも殺してしまったのか!」

 お前も殺してやるさ。私は彼の方へ近づいた。彼はまるで自分の寿命10年分を一発の弾丸に込めてでもいるように銃口を私の方へ向けて構えた。まったく無駄な使い方だった。そういう拳銃は今まさに熊に襲われている人々にでも貸してあげればいいのだ。ゴスロリ衣装に身を包んだ私のような少女へ大男が向けているのは馬鹿らしい。

 その時私の脳内に奔流が流れ込み、脊椎に電撃が走った。私は素早く食卓を水平に蹴った。テーブルは勢いよく横滑りして熊を壁に叩きつけた。彼のあばらが折れたかもしれない。彼の手の力が抜けて拳銃を落とした。

 振り向くと、先ほど金槌で殴りかかってきた男が復活したらしく、部屋の入口に立って、私の方へ銃を向けているのを見た。私は彼の懐に潜り込んで、一発顎を殴った。彼は再び気絶した。目覚めるのは明日だろう。体中が痛むはずだ。

 熊は壁にぶつかった時に落とした拳銃を拾おうとしていたが、身体に上手く力が入らないらしく床を赤子のように這いずっていた。私は彼の傍に歩いて行って、テーブルの上に落ちた拳銃を握った。確かに大きな回転式拳銃だった。弾倉を開いて見ると、カブトムシの幼虫みたいな大きさのマグナム弾があと三発入っていた。

「君は名前はなんていうんだ?」私は熊に聞いた。彼は私の言ってることが聞こえないらしかった。大声でもう一度尋ねた。「名前はなんていうんだ!」

「イカれてる。お前はイカれた魔女だ。頭がおかしくなってるんだ」

 熊が嘆くように言った。私は拳銃を床に置いて、部屋の隅へ足で蹴った。熊以外の男たちはみんな床で伸びていた。本当に彼らは死んでしまったのかも知れなかった。

「どうかしてるのはそっちの方だ。いきなりこんなところで銃を撃ちまくって。どうしてだ? 君たちのボスは魔女だろう。人間がどうしたって魔女に勝てないのは承知の上じゃなかったのか。もう少し頭を使えよ」

 どうして思い付きで訪れた殺人現場で朝っぱらから銃撃戦に迎えられなきゃいけないのだ。夢の中の女はこの結果にどう責任を取ってくれるのだ。私は疲れた頭で、時計を見た。午前十時過ぎだ。その時外が俄かに騒がしくなった。パトカーがやってきたのだ。当たり前だ。こんな朝に高級住宅地の一角で銃声が何発も轟いたら正常な人間は誰でも通報する。

 私は変身を解除した。熊は焦燥感に塗れた様子で私のことを睨んでいた。

 玄関を開けて警察がやってきた。一階を調べる音が足元でして、その後慎重に階段を上がる音がした。そして開かれた扉から乱暴に警察官が押し寄せた。私は手を上げていた。熊も観念したように手を上げていた。

 男たちは警察官に連行されて行った。打撲や骨折の可能性はあるが、彼らは全員生きていた。どうやら殺人犯にならずに済んだらしい。

 私が部屋の真ん中で警察官に事情を説明していると、スーツを着た二人組の男女が部屋に入って来て近づいてきた。そうして私を担当していた髭面の警察官と男が小声で話した後、髭面が立ち去り、あとには私と男女が残った。

「私たちは警視庁から来た組織犯罪対策部の者です。お話窺わせてください」男女はそれぞれ警察手帳を提示した。男が言った。「ところで、和食は好きですか?」

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