姉とワイシャツと知らない関係
帰宅すると、そこにはワイシャツ一枚の知らない大人の女性がいた。
「二年になって科もクラスも変わったんだ。去年は彼女が出来なかったし、今年こそは彼女を作る」
うちは商業高校なので二年次になると商業科・会計科・情報処理科の三つに分けられる。しかも女子がどの科も7割ほど占めていて、今年は情報処理科に女子が多めに流れた珍しい年らしい。もしかしてこれは天恵なのか?神様、ありがとう。俺、頑張るよ!
俺の名前h「え?いやぁ、それは難しいんでねぇの?だって仁科はクラスの女子とですら恥ずかしがってしゃべれないじゃんよ」
おい、割り込むな、そしてさりげなく貶してくるなよ。
「うるっせ。今年の俺は少し違うぞ。某アイドル育成ゲームでパーフェクトコミュニケーションを高確率でとれるまで成長したんだ。今までの俺とは少し違う。今に見てろよ。」
「それで成功するならこのクラスの男子みんな彼女出来てるぞ。少しは現実を見ような」
「そうならないためのシャニマスだ。俺はもう上にいる」
改めて。俺の名前は仁科糸織。身長が高いのが取り柄。それ以外はいたって平凡だ。運動ができるわけじゃなく、勉強が飛びぬけてるわけでもない。平均より少し上ってだけ。苦手なのは女性との会話。これといった趣味はなく、流行りの曲や今年のトレンドカラーとかはいつも確認はするレベル。漫画やアニメはもちろん一通りずっと見ているが格別アニヲタですと言えるような自信はない。履修はしてますが、高評価を得られているわけではないで吸って感じだな。でも、一つあえて趣味ですというのなら、写真を撮ること。移り変わる季節とかその時の雰囲気って似ているけど全く同じとはならないだろう?俺自身の感情とかも加えてその時の雰囲気は二度と味わえないからね。だから俺はその時の感情を忘れないように、写真を撮っているし、それが好きと言える。
「時に桐生よ。お前は彼女いるのか?俺にあんなことを言っといて彼女いませんとか言ったらぶっ飛ばしたい。」
俺と同じく彼女がいない一年生を過ごしてきた。なんならこいつ以外仲がいいと呼べる人はいない、悲しいが。でも桐生は俺の仲間だと信じている。
ちなみにこいつは桐生龍一。準イケメンと男子の中で呼ばれているらしい。別に不細工ではないし、男子にも女子にも気遣いができる優しい男子と高評価を得ている。身長はそこそこ高く、すらっとしてる所謂モデル体型に近い。しかもバスケ部には入っていないが兄と一緒に社会人バスケに参加しているらしい。学力も高くテストで毎回負ける。唯一勝てるのが国語だけ。欠点があるとすれば天然で抜けてる部分があるくらい。そんな欠点、女子から見ればギャップ萌えとして長所になっちゃうよ。何それずるい、俺にも頂戴な、その身体能力とギャップ萌えとかいう言葉。
そんなことを頭の中で考えていると桐生が言いずらそうに口を開け、仁科は青ざめた。
「わり、俺先月彼女出来たんよね。お先にごめんなぁ。まぁ、頑張りたまえ、青き少年。まだ未来は明るいぞ」
そう言って桐生は仁科の肩をポンポンと叩き和ませる。
俺の青春は何処に行ってしまったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!
なぜなのだろう。こんなにも遠くに行ってしまったのか。親友と思っていたそいつは彼女出来ました宣言によりより遠くに、より上位の存在へと変化してしまった。俺がモブなら桐生はラスボス一歩手前まで上り詰めた勇者。見てみろ、雰囲気から面構えからもう俺とかけ離れてる。隣にいる俺が霞んでる。どうすればいいのかな、この気持ち。
「まぁそんなに気に病むことはないさ。俺でも彼女が出来たんだ。お前にも出来るよ。身だしなみにも気を付けているだけで高校生なんかすぐ戦えるさ。」
「桐生・・・・お前・・・」
「あ、でも女子と目が合うだけで赤面してしまうお前には程遠いかもな」
「やめて!そうやってすぐ落とさないで!せめてあげるならもう少し高めにあげてほしい!」
いやほんとに上げて落とすならそんなにすぐ落とさないで、と感嘆していると、教室に新たな担任らしき人が入ってきた。
すごく綺麗とかかっこいい。と教室がざわざわしだす。なにこの先生、めちゃくちゃ綺麗だしかっこいいし足長すぎんだろ・・・
「席についてください、HRを始めます。これから軽くHRをしてから全校集会になりますので、春休みの課題等は全校集会が終わった後にそれぞれ担当の教師に持っていくように。全校集会が終わったら一番右の先頭から左の順に教科ごとに置くようにしていただければ結構です。その席の人は申し訳ないですが放課後になりましたら提出するようお願いします。」
なんかすごく丁寧だ、この人。すごく、すごいですね。私もそれに感化されて敬語になってしまいそうですよ。なってたね、すまんな。
「まず、自己紹介から。私は明坂灯守と言います。担当教科は現代文です。まだ教師になって浅いですがよろしくお願いいたします。」
名前も風貌もかっこいいとか何それ聞いてない。めっちゃ名前に勝ってるじゃん。
先生が名前を言い終わると同じくらいで隣のクラスから移動の音がする。
「時間もちょうどいいですので、移動してください。くれぐれも遅れないように。それではHRを終わりにします」
凄くかっこよすぎてみんな見惚れてます。やば、大人な女性。半端ねぇっす。
「ねね、うちの担任めちゃくちゃ綺麗だね。大人の女性って感じがする」
「そうだな。てか隣の席蕪木じゃん。よかった知らない人じゃなくて。」
「俺も隣が仁科で安心した。最初からびくびくしないですんだよ。一年の時も同じだったけど今年もよろしく。ぜひ答えを写させてくれたまえ、期待しているよ。」
「そんな期待はしないでくれ・・・」
幸先がいいスタートが切れて安心した。なんか今年はうまくやれそうな予感のする始まりだった。
長ったらしい校長の呪文を聞き終え、HRも終わり部活に入っていない俺はそそくさと学校を後にする。特に課題が残っているわけでもない。それに、本日は快晴なり。となればやることは一つ、山桜を撮りに行くことだ。今日は晴れてて気温もちょうどよい。撮りに行くにはもってこいだ。もうすぐ帰ろう。バスでもないからすぐ帰ろう。帰宅部の底力を見せてやる。
「あれ、もう帰っちゃうんか?この後みんなでドンキ行こうとしてたんだけど仁科はどうする~?」
「俺はやることあるからパスで。誘ってくれてありがとね。今度時間が合えばいくよ」
「りょっち~。また明日ね~」
そう。俺はすぐ帰らねば。
急いで帰り、わくわくと高ぶる気持ちを抑え家の鍵を開け、ドアを引いた。
目の前に背の高い黒髪ロングの女性が、そこにいた。決して幽霊と認識することはなく、どちらかというとお姉さん、というほうがしっくりくるその人がうちにいた。
それと同時にドアを閉めた。
「は?なんで?知らない人がいるのさ?しかもワイシャツ一枚だったぞ・・・」
本当になぜなのだろう。違う家に入っちゃったのか?いや、カギを開けて入ったから俺は間違っていないはず。・・・・・・てことは不法侵入者!?
状況を理解できていない仁科は焦ってすぐドアを開けた。
するとキッチンのあたりで音がしたため走って駆け付ける。
「あ、あぁぁぁぁあなたはだれでございまししょうかですか!?」
「はっはいいいいいいいいい!!!!今日からお世話になります明坂命と言います!!」
・・・・・・・・・・
担任の先生と苗字が一緒だ。多分偶然だろ。きっとそう。多分そう。キットカットも違うよって言ってる。そんな解釈をしないといけないくらい俺は驚きと安心とでよくわからない思考回路になっていた。
突然の邂逅をして両者固まり約2分、いまだ両者とも理解が出来ず固まっている。
仁科はカバンを落としたまま、明坂は足を小鹿のように震わせたまま。
すると、明坂が口を開く。
「あの・・・お母さまから説明されませんでしたか?」
「え?母から?そんな説明されていませんですが・・・」
いやまて、母のことだから忘れちった!せや!ラインしとこ!ってなってる可能性が無きにしも非ず。恐る恐るラインを開いてみると
『すまん息子よ。今日母さん新しく家族が増えると伝えてなかった。だが、安心しろ。無茶苦茶にかわいい人だからな。お前のことだからろくに目も見て話せないと思うけど、頑張れよ!母さん応援してる!』
そう来たか!!!!!!わたくせの母やばすぎる!何が何でもこれはやばすぎるよ!見てなかった俺も悪いけど!でもまぁ、仕方ないか。母さん、俺頑張るよ
「伝え忘れていたみたいで自分のラインに来ていました。ラインが来ることなんてめったにないので自分のミスでした。急に大声出してしまって申し訳ないです。」
「いえいえ、こちらこそ無防備な恰好でうろついてしまってごめんなさい。
では改めて、明坂命と言います。年は二十二で、来年大学卒業予定です。」
「仁科糸織と言います。母からはしーとかしおって呼ばれてます。今年高校二年です・・・あの、えっと、その・・・よろしく、お願い、します」
「はい。こちらこそお世話になります。自分も命と呼んでいただいて結構ですよ」
「あっ、はい。み、命、さん」
先ほど、幸先のいいスタートが切れそうな予感がしたそれは、一瞬で大波乱を巻き起こしに来た静けさだった。
二人の邂逅から数分がたち、明坂はリビングに、仁科は自室に戻っていった。
これからどうしようか。当初の予定はできそうにないからなぁ。難しい、けど明坂さんと打ち解けないと、だよな。それこそ帰ってくる母さんとかに変に気を使わせてしまうかもしれないし。とりあえずリビングに行って話してみようかな。がんばれ、自分。
とたとたと、階段をいつもより丁寧に下りリビングにいる明坂さんのところに向かう。
ドアを開け、中を見ると明坂さんは何かを書いているみたいだ。絵なのか文なのかそれともレポートなのか。初対面の俺にはわからなかった。でも楽しそうなのはわかった。それだけで、少し話しかけやすいような雰囲気になっている。
「お疲れ様、です。」
「あ、糸織さん。お疲れ様です。今日は始業式みたいでしたね。どうでしたか?クラス替えなど」
「あまり変わらない面子とあまり知らない女子で少し混乱しましたが、どうにかなりそうです。あとは、まぁ、担任の先生がとても綺麗で生徒たちが見惚れていた、くらいでしょうかね。ちなみに、命さんのところは今日何かあったのですか?」
「いえ、特に何もなかったですね。もう四年なので特に単位を気にすることなくバイトとかに専念できそうです。いやぁ、それにしても、案外女性と話せるじゃないですか、糸織君。お母さまからは女の子と全然しゃべれない子だと言われていたので。ちゃんと喋れてなんだか安心しました。」
あれ、本当だ。なんでだろう。俺、女性とでも変にどもらず喋れてる。シャニマス特訓成功した?
「自分も、喋れるよう頑張りましたが、何も問題なく出来て安心しました。 よかったぁ。」
「ふふっ。そういえば、趣味とか、ありますか?何か知ることで柔らかい印象になると思うので。」
「あ、自分は、あまりないのですが、写真を撮るのが趣味、ですね。」
なるほどぉと、うなづいた明坂さんを見て、今まで感じたことのない感情を見つけた感覚があった。まぁ、いいや。
「ちなみになぜ写真を撮るのが好きなのです?あと、それは一眼とかのカメラで撮るとかですかね?」
お、鋭い。良い眼をお持ちですね。
「そうですね。主に使うのは一眼ですね。理由としては、季節ごとの表情とかその時にしか味わえない雰囲気を残しておきたいから、です。」
「その詩的センス、しっくりくるものがありますね。私好きです、その言い回し。」
「あ、ありがとうございます。その理由なんですけど、風景とかって季節ごとに変わって、似ているものにはなるけど完全一致するようなことはあり得ないんです。それは季節だけじゃなくて雰囲気も同じことが言えるんですよね。」
「それすごくわかる。別れの季節の春となんともない進級するだけの春って雰囲気が違うもんね。それを残しておきたい気持ち、わかるなぁ。」
何か、追想するような表情と声色をしていた命さんを見たとき、ふとこの時間と今の命さんをフレームの中に収めたい衝動に駆られる。
今日初めてあった人だぞ、餅つけ落ち着け自分。落ち着くんだ。
「振り返ったとき、一人でも、友達が少なくても恋人がいなくてもこんな雰囲気を味わったんだぞ。と見返せるような、そんな気がするから自分は写真を撮るのが趣味、ですね。
ちなみに命さんの趣味を、お聞きしてもよろしいですか?」
「もっと砕けた感じでいいよ。うーん、そうだなぁ。趣味かぁ。小説を書くこと、かな。私、あまり人前で感情を出すのが得意じゃないから。その点、小説なら人の顔を見て話すことをしなくても感情を吐露できるでしょう?それが、架空の人物であっても。どんな顔をしてこの言動を受け止めてるのかな、とかどんな感情で発言しているのかな、とかね。」
彼女は少し寂しげな、何かを憂いているような、そんな表情をしていた。
初めて見たときはわからなかったけど、こうやって話すと落ち着いてるのはそれだったのね。変に詮索しないでほしいみたいな感じしてたけど、まぁ人それぞれ色んなもの抱えてるし。でもやっぱり大人って感じがする。担任の先生と似ているけど、少し違う。抱擁感があって俺と5つ離れてるけどそれより離れているような雰囲気だ。決して老けてるって言いたいわけじゃない。そのくらい落ち着きがある女性ってこと。
それよりも、なんでこの人ずっとワイシャツ一枚なんだ。少しは危機感もって!俺、男子高校生、年頃の男の子、一つ屋根の下。
「あ、あの、関係ない話になりますが、下を履いていただけると・・・目のやり場に困るといいますか・・・」
「?・・・・あ、あぁ。これは失敬。ごめんよぉ。家ではいつもこれだったから。男の子がいるっていままでなかったからさ。お父さんもあんまり家にいないし。」
「・・・・そうだったんですね。変に答えさせる形になってしまってごめんなさい」
「全然平気よ。それくらい。あ、そうだ。多分、私がいることを言ってなかったってことは、もう一つ伝え忘れてたと思うんだけど、私の姉もここに住むことになっているので。多分もうそろそろ帰ってくるんじゃないかな?」
アイエエエ!アネ!?アネナンデ!?そんなにこの家に女性が増えるの!?そんなのってないよ!
「おぉ、驚いてるねぇ。まぁ私とお姉ちゃんも似てる感じだからさ。そんなに気をはらなくてもいいよ。何事も落ち着きが大事だよ♪」
え、何それ可愛い。今日初めて会って話した人にかわいいとか言っちゃいそうなくらいかわいい。これがギャップ萌えってやつか。俺今日めちゃくちゃ知識を蓄えてる。このまま彼女出来るくらいには成長出来てるかも。
と、頭の中で頭が悪い話をしていると、玄関からドアがガチャリとあく音がした。
命さんは「ひーちゃんかも」と言っているが、誰それ。俺の知らない人でしかなくて怖い。
ふと窓を見てみるともうあたりが暗くなっていた。腕時計の長い針はもう7を指している。母さんが返ってくるにしては早いな。今日来るからって早上がりでもしたのか?
そう、思っていた。思っていたのだが。
「ただいま。そして、お邪魔します。今日からお世話になります。明坂灯守と言います。仁科君はさっきぶり、といった感じですね。学校と家とで緊張していると思いますが、よろしくお願いします。」
「あ、え・・・・え?」
俺の思考回路は一瞬でショートしてしまった。
続く




