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2–3


 ギルドマスターの話にライティエットは町に入ってから感じていた違和感に納得する。

 メーディエには話さなかったが、実は以前に来た時と比べて精霊装飾が増えているように感じていたのだ。そして何より道を行き交う人が少ない、と。


 10年前に子爵級(バイカウント)が一気に居なくなったことで、このリカランの町は他の町よりも活気があった。音の精霊達も精霊装飾にではなく、その人々の活気ある生活音に喜んでいたはず。

 それが今、新たな魔族とダンジョンの出現に10年前魔族に怯えていた頃の町の状態に戻ってしまっている。町から人々の賑やかな声は消え、怯えからくる過剰な精霊装飾は逆に精霊達を困惑させている。

 これでは精霊達も本来の守護の力を使えず、本末転倒もいいところだ。



 ライティエットは改めてギルド内の重傷者を見渡した。


 みな腕や足を引きちぎられたり、腹を引き裂かれたりと傷の形は様々だが、どれも鋭い爪でやられた跡が見られた。逆に攻撃系の魔法が使われた形跡はどこにも見当たらない。


 魔族は己のテリトリーを示す為に空間を魔力で歪めてダンジョンを作る。

 それは洞窟であったり、城などの迷宮であったり、森の形のままであったりと、様式は様々なのだが。どうしても空間を歪ませてダンジョンの形を保つ為には大量の魔力と時間を消費する。

 こちらからすれば付け入ることの出来る数少ない隙の一つだ。


 今回の魔族はテリトリーをダンジョン化させてまだ半月ほど。それを踏まえて考えるに、ダンジョンの固定化が済んでいない上に魔法に頼らない、己の身体能力に絶対の自信があるタイプではないかと推測出来る。

 ハンター達の傷口と魔族自身の言葉からして、この推測はあながち間違いではないだろう。魔法にあまり注意を払わなくて良さそうなのはありがたいが、固定化が済めばそうも言ってられなくなる。

 討伐するなら急いだ方がいい。


「ダンジョン化したのは何処だ?」

「北側の城壁から見える山と麓一帯じゃ。ダンジョンの形状は濃い霧と一定の時間で変化する不定形の森。奥で酸の雨と毒の沼も確認されておる。まだ固定化しておらんから魔族はダンジョンの中心からほぼ動かんと聞いておるぞ」

「分かった、行って来よう」


 こちらが聞かなくても必要な情報を全て掲示してくれる察しの良さはさすがギルドマスターと言うべきだろう。

 だが、サッと腰の剣を持ち直して踵を返すライティエットに慌てて待ったをかけた。


「何だ、まだ情報があるのか?」

「いや、最初の情報が確かなら相手は伯爵級(アール)というより侯爵級(マーキス)と考えた方が良い。1人よりパーティーを組ん」

「必要ない」

「は?何じゃと・・・?」


 ギルドマスターの言葉を遮って、ライティエットはキッパリと断りを入れた。予想だにしなかった返答にさすがのギルドマスターも訝しげに聞き返す。


「必要ないと言った。着いてくるのはそこに集まっている(シルバー)ランカーか?足手まといになるだけだ」

「なんだとテメェ!?」

「おい!今のは聞き捨てならねぇな!!」

「そうだ!白金(プラチナ)だからって偉そうにしてんじゃねぇぞ!!」


 重傷者達が横たわっているのとは反対の場所にいた数人の若者達。ライティエットはそちらの方をチラリと見ただけで興味無さげに視線を戻した。

 彼らはライティエットが自分達とあまり変わらない年齢に見えるからなのか、先程から上位ランカーへの憧れや尊敬ではなく、羨望や嫉妬に近い視線を向けてきていたのだ。

 経験上、そんな程度の低い輩は例え実力があったとしてもこちらの足を引っ張ってくるのが目に見えている。


「簡単にキレる奴らなら尚のこといらないな・・・。俺にお守りをさせる気か?」

「この野郎!!言わせておけばっ!!」


 あまりの言われように全員が座っていた椅子を転がす勢いで立ち上がる。更にその中の1人が、ドスドスとワザとらしく足音を立てながらライティエットに掴みかかろうと手を伸ばした。


 だが、


「ーひ、ぐッ!!?」


若者はライティエットに触れる前にガクリと膝から崩れ落ちた。そこから続くように他の若者達も膝から崩れ落ちて床に平伏す。最初に掴みかかろうとしてきた者は膝をついただけでなく、泡を吹いて失神していた。


伯爵級(アール)の威圧をぶつけただけでこの様か・・・」


 眼光を強めた黒銀の瞳が若者達を貫く。

 まるでそこだけ空気が重くなったかのように、身体が思うように動かせない。意識がある者達は汗を滝のように流しながらこの重くて痛い、殺されそうな空気がなくなる事を切に願った。



「止めてくれ」


 ギルドマスターの声にスッと空気が軽くなる。

 肺に大量の空気が送られるのを感じて、やっと自分達が呼吸すらまともに出来ていなかったことに気がついた。


「もう充分じゃ。すまん、ワシが余計な事を言ってしもうたな。奴の討伐を宜しく頼む」

「・・・了解した」


 ライティエットはそう言って一度も振り返ることなくギルドから出ていった。

 あまりの出来事にしんとしていたギルド内だったが、扉が完全に閉まる音を最後にやっと正常な空気を取り戻す。重傷者達への治療が再開され、各所への伝達等でギルド職員が動き回りだした。

 そんな中で若者達は未だ床に座り込み、青ざめた顔でライティエットの出ていった入り口を見つめていた。


「・・・何なんだアレ・・・」

「アレが、白金(プラチナ)?」

「冗談だろ、あんなの・・・ただの化け物じゃねぇかよ」


 口々に愚痴をこぼす若者達にギルドマスターがため息をこぼす。

 まだ立ち上がれないくせに口だけは一丁前に動くのだから、本当に程度が知れるというものだ。


「威圧をぶつけられただけでその様のひよっこがよく吠えるわ。この程度で済ませてくれたのじゃ、優しい方じゃろうよ」

「は?!どこがだよ!!」

「もう一人の白金(プラチナ)ランカーであるシタヤ殿はあの威圧を発したまま、ワシらにかかってこいと言ったのじゃぞ?」


 懐かし気に話すギルドマスターの言葉に若者達全員が目を見開いて驚く。

 当時は威圧を向けられても一太刀浴びせようと飛びかかれる者が何人もいた。そしてそれだけの猛者が集まっても、子爵級(バイカウント)3体を相手に生き残れたのはシタヤと自分だけだった。

 平和とは、たった10年でこんなにも人の認識を歪め、こんなにも甘く、こんなにも弱くさせてくるらしい。


 本当に、なんて情け無いことだろう。


 確かに自分達の町は平和だった。

 だが、世界にはまだたくさんの魔族がいて、闇もまだ世界を覆ったままだというのに・・・。


「お前達、後で修練場に来い。鍛え直してやろうぞ」


 ニヤリと笑ったギルドマスターの顔は引退間近の老体ではなく、当時の勇姿を思わせる(ゴールド)ランカーの顔をしていて。

 彼から発せられた子爵級(バイカウント)の威圧に、若者達は今度こそ全員泡を吹いて倒れたのだった。



 

読んでくださってありがとうございます。

誤字脱字ありましたら知らせていただけると大変助かります。


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