終-10
最後の封印が外され、四つ目の包帯が床に落ち、粒子となって溶けて消える。
総ての封印が解かれた事により、ライティエットの身体全体に重過ぎる魔力が圧し掛かってきた。ライティエットはガクりと膝と片腕を床につけ、何とかその負荷に耐えようとする。
同時に彼の姿が一気に変わり始めた。
背中に生えていた翼は一対から三対に数を増やし、天と地と真横を指し広がりながら黒色から灰色へと変色する。
長い髪も同じように、夜をように美しい黒銀から白色とも灰色とも言い難い銀糸のようにその色を変えていった。
少しずつ魔力が安定していき、姿の変化も落ち着き始めると、ライティエットはゆっくり立ち上がる。
彼の額には汗が滲み出て頬にいく筋もの道を作り、顎から滴り落ちている。荒い呼吸を繰り返しながらも、ふらつく身体を何とか二本の足で支え、顔を上げて目前の人物を見上げた。
カラーリアに向けられたライティエットの両目も、他と同じように色を変えていた。黒銀と黒金から純粋な銀と金に変わり、黒によって押さえられていた輝きが解放されて濃く、深く、光を放っている。
その瞳に見つめられたまま、カラーリアは微かに震えてライティエットの存在自体を強く否定する。
「そんな、まさか・・ ・・お主の母親がクリエストラの民?つまりお主は・・・相反するディルクファームとクリエストラの間に生まれし者だというのか?ー ・・在り得ぬ!そのような存在、在り得ぬ!妾はその実験も当然行った!!だが不可能だった!!子どもが宿ることは確かにあったが、母子共に力の負荷に耐え切れずに死んでいった!産まれて来る事自体が不可能だったのだ!!それなのに何故、お主は生きている?いや、そもそも何故、クリエストラの民がこの大陸に居るのだ!?」
「お前を止める為だ、カラーリア」
ライティエットはコランダムを再び鞘から抜くと、カラーリアに刃先を向けた。彼から放たれる巨大な魔力の波動が灰色の帯となって剣全体を包んでいく。
「アーシア・ファルスの果てに飛ばしたといっても、クリエストラ大陸の神王ミンスハエラ様はディルクファーム大陸の、いや、お前の存在をずっと警戒し続けていた。そして案の定、お前は新たに魔法と科学を融合させ、大陸間の移動を可能にしてしまった。だがミンスハエラ様が行動を起こす前にお前は死に、ディルクファーム大陸は滅んだ」
灰色の帯に完全に巻かれた剣は発光し、一瞬のうちに紅く染まった光の帯を弾き飛ばす。
するとライティエットは先ほどよりも濃い灰色の帯を放ち、再び剣を包んでいった。
「お前が死んだことで安心出来ると思ったのも束の間、デミルスがフェスティア大陸を侵略。更にカラーリア復活の準備も行っている事を知った。ミンスハエラ様はクリエストラ大陸の神聖軍団長だった母さんと精霊王達にデミルス討伐とカラーリア復活の阻止を命じられた」
2度目の包みが終わり、剣は今度は水色に発光して帯を弾き飛ばす。刀身の表面にヒヒが入り始め、その微かな隙間から淡い光が漏れて見えた。ライティエットはもう一度、剣を帯で包んでいく。
「母さんはそこでフェスティア大陸の民となって魔族を討伐し、情報収集を行っていた。けれどなんの因果かデミルスに犯され、俺を身篭ってしまった。これもデミルスの誤算の一つだ。 奴は母さんがクリエストラの民だと気付かなかったんだからな」
「・・・なるほど、神王の計らいか・・・。では最後にお主の出生の秘密を聞こうか、何故お主は生きて産まれてくる事が出来たのだ?」
カラーリアは立ち上がり、指先をライティエットに真っ直ぐ向け、もう片方の手をその指先に合わせ後ろへと引いた。それは弓を引く姿に似ている。
彼女は怖れ始めているのだ。
相反する種族の交配。
こうして産まれ、生きているライティエットのカがどれほどのものなのか。カラーリアには最早検討もつかない。
『アダマスとコランダム』の時ですら、対消滅させることで難を逃れたというのに。
きっとコランダムの封印など簡単に解いてしまう。封印を解かれたら終わりだ、いや、今勝ち目があるかどうかも怪しいところだろう。
だが今の今までライティエットは力を封印していた。それはつまり体の負担が大きく、長時間は持たないということ。
だからこそ狙う。封印を解けた瞬間、大量の魔力を失うライティエットは無防備だ。
ここで死ぬわけにはいかない。
まだ自分は『光』を手に入れていない。
「一一・・俺がこの世に産まれて来られたのはシタヤと、母さんのお陰だ」
カラーリアの行動を目で追いながら、コランダムに魔力を送り続け、質問に答える。
「ふたりは俺が腹の中に宿った時から封印を施してくれていた。大きくなっていく魔力が外へと放出されて母体を傷つけないように。俺自身がカに蝕まれて死なないように。産まれてくるまでに数え切れない程の封印を幾重にも幾重にも施してくれたんだ」
ふっと柔らかく微笑んで空いた手を胸の前で握り締める。
これまでシタヤにサァーラの事を聞くたびに、ふたりの行動を思い返すたびに、理解出来ない感情がライティエットの胸の辺りに込み上げて来ていた。
けれど今はその感情を理解出来る。
深い『感謝』と『愛しさ』。
自分が今この世界に生きて存在しているという事は、サァーラとシタヤに深く愛され、この世に産まれて来る事を望まれた証なのだ。
「母さんはこんな俺を愛してくれ、その身を賭して守ってくれた・・・ーーだから」
剣を巻いていく灰色の光の帯が光を増し、一気に何重にも重なって剣を包み込んで行く。
「俺も、愛する人を守る」
最後に巻かれた光の帯が深紅と紺碧に染まり、ガラスを割るような音を立てて弾け飛ぶ。
それと共に剣を覆っていた細かなヒビも剥がれ落ちた。
コランダムの封印が完全に解かれ、真の刀身が顕わになる。
それは七色の美しい刀身。
半透明に透けて煌めく様は、水のようにも見える。
刀身は光の当たり具合によって次々に色を変える。濃く、薄く、淡く、深く。たった一時の間でさえも同じ色でいる事は無い。
まさにそれは空であり、まだ見ぬ虹であった。
「それは妾とて同じ事よ!!ーー天かける流星に導かれ、荒れ狂わん刃となれ!!」
カラーリアが短縮した詠唱を紡ぎ、 引いていた手を放して無色の矢をライティエットに向かって放つ。
一回しか放っていないが、見えない矢は何百本とあり、軌道を変え、速さを変え、ほぼ360度、全方向からライティエットに襲い掛かった。
ライティエットは見えない攻撃に動じるどころか、 その場から動こうともしない。
六枚の灰色の翼を大きく広げたかと思うと、己の身体全体を包み込むようにして閉じさせる。翼が銀色の光を放つと無色の矢は総てその放たれた魔力の結界によって弾かれ、粉々の粒子となって床に舞い落ちていった。
「おのれ、ライティエットぉぉーーっ!!!!!」
怒り狂うカラーリアがライティエットの名を叫ぶ。彼女の背後に複数の魔法陣が展開し、それぞれに違う属性の最高位クラスの攻撃魔法が放たれる。
詠唱破棄でありながら高密度の魔力を帯びたそれらは、一つでも喰らえば命を落とす威力を持っていた。
だが、それらを前にしても、ライティエットは動かない。
「違う、俺の名は」
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