終-3
ウェイゼンに戻ったライティエットを出迎えたのは、耳が割れそうなくらいに賑やかで騒がしい祭り姿の町並みだった。
色鮮やかな花びらと紙吹雪が屋根と窓から振り撒かれて舞い落ち、いくつもの長いリボンやケープ、布生地に大きなカーテンなどが玄関や窓枠に飾り付けられている。道には出店が重なりそうなほどに立ち並び、楽器を打ち鳴らして踊り狂う人々はパレードを作り上げて大通りを音楽と共に支配していた。
町中の人は歓喜に満ちた表情で家族や友人、恋人同士、もしかしたら顔も知らない赤の他人と笑い合い抱き合い、涙を流し合っている。
真実を知らぬ大陸中の人間にとって、これは最後の喜びから生まれでた歓声と涙かもしれない。
ライティエットはそんな事を思い、周りの人達とは違う異様なまでに冷めた瞳で隙間も無いほどの人波を避けて行き、終わり無き賑わいを続ける町の中を歩いた。
彼女たちは時間をやると、自分たちにも準備があるからと言っていた。
あれから既に5日。彼女たちの準備とやらは恐らく終わっている事だろう。ならばもう間も無くこの賑わいは強制的に終わりを告げる筈だ。
『夢』を見たからこそ分かる。
カラーリアが、何をしようといているのかがーー。
ライティエットは考えるのを止め、再び歩き出す。そうしてすぐさま用事を終わらせて、代金がタダ同然になっていた宿に戻った。
赤黒いマントを乱暴に外し、剣だけをいつものように腰に下げて宿屋の屋根に窓から軽々と上がっていく。
屋根は急ではなく緩やかな斜めに近い傾斜なので、 寝転がっても落ちたりはしそうにない。
ここでライテイットは改めて皆が見上げて喜び合う、青く晴れ渡る空を見上げてみた。
空は変わらず、蒼く美しい。
流れる綿雲は薄く、濃く、青い空を綿模様で飾っている。
その先に微かに見える、黒い影に気付かなければライティエットも純粋にその美しさをもう少し楽しめたのかもしれない。
空にポトンと一つ落とされた黒いシミ。
清浄な景色に不似合い過ぎる、場違いなまでに異質のモノ。
まさに『天上』と言える場所に浮かぶ異形な物体。
全貌は遠すぎて分からないが、あの『夢』の通りならばかなり巨大な、船とも城とも言い難いものなのだろう。
それがデミルスの住む城。
この広大かつ雄大な空の元、大地を見下ろすようにして浮かんでいるのだ。
以前までならば深い開色に隠され、守られ、比校的明るかった朝や昼間の時間だったとしても、その城の姿を見つける事は不可能だった。
だが、今は見える。
双眼鏡などの遠方を見る為の道具を使わなければ難しいが、それでも気づくモノは気づくだろう。空に異様なモノが浮かんでいるのだと。
一体、このフェスティア大陸の住人たちの中でどれだけの者が気付いているだろうか。
今、あの城の中に居る者達を如何にかしなければ、 本当の意味での平穏と喜びは得られないという事に。
分かっているライティエットも今はただ見上げるしか出来ない。
そして見る度に湧き上がって来る感情は、まだ言葉に出来そうになかった。
カラーリアは新しい魔術の記された分厚い本から窓の外へと視線を向けようとして、つい、苦笑を零してしまった。
床から天井まである巨大な特殊強化ガラスの窓には、カーテンがきっちりと閉められていたからだ。
カーテンの主な布地は淡いえんじ色。渋いながら鮮やかで重さを感じない色で染め上げられたそれは、裾や重ねの曲線を描いた部分には魔法文字を花の形として細かく編まれた黒と金糸のレースが縫い付けられている。
とても繊細で美しい、上品なデザインのカーテンだ。数ある部屋の窓に飾られたいくつものカーテンの中で、彼女は特にこれが気に入っている。
その為に一日の殆どの時間は閉めっぱなしにしているのだが、残念な事にこの部屋の窓はこれだけなので開けないと外の景色は見る事が出来ない。けれどそうすると一番気に人っている理由である優美なレース部分が隠れてしまう・・・。
少しばかりの抵抗を感じたが、外を見る為には仕方が無い。これだけの理由でいちいち他の部屋に移動する方がそれこそ面倒というものだ。
苦笑を浮かべた表情を崩さぬまま指をパチンと鳴らし、一言だけの短い魔法の言葉を紡ぐ。音と声音にレース部分が反応し、カーテンは一気に両端へと自動で折り畳まれていった。
一瞬にして部屋の中に光が入り、中の物の姿が総て曝け出される。
それはもちろん、自分の体も。
絨毯の敷かれた床に影を作り上げられ、形を顕わにされてしまう。目も眩しさにやられ、ちゃんと開ける事が出来ない。それでも、景色に釘付けになる。
もう何度も見た筈なのに。
窓の外は、青だけだった。
ガラス一枚で隔たれた先には青と、所々に白い雲がある程度。他の色など何処にも見えやしない。
だが、それは当たり前なのだ。
何故なら此処は空。
しかも空中に浮かぶ船であり城の、更に最上階に設置されたデミルスの部屋なのだから。
つまり、この大陸で一番空に近い場所と言う事になる。
だから空しか見えない。
今日の空もいつものように美しいと感じ、反対に忌々しくも思ってしまう。
これらは自分の物にならなかった色とモノ。素直に、美しいとは思えない。
けれども心の奥底で、正確にはこの身体の中に存在するもうーつの心が、この空に涙しようとしている。
そんなものを空なんかの為に流す気など毛頭ないのだけれど、元々は自分の身体ではなかったのだ。湧き上がるもうーつの感情を押さえ込むにはまだ、もう少しだけ時間を経過させないと難しい。
自分の意思に反して流れでる涙の意味と思いをカラーリアは理解出来ない。出来ないまま、ポロポロと流れる涙を放置して、デミルスの核が入った装置を愛しげに抱き締める。
あぁ、今日も空は青い。
出てくる言葉はそれだけで。奥底の感情の名前も、言葉も分からない。
それでも、カラーリアは空を見続けて。
そして、船中に無音の合図を送った。
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