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終-2



『ーー行かれるのですか?クロス殿』


 歩みかける背中に清らかな水のせせらぎを想わせる声がかけられる。

 後ろを振り向くと、まだ少し弱々しいがそれでもどうにかハッキリとした輪郭と煌く色を宿した白緑色の翼竜が微笑んでいた。


「カリュシェード殿!身体の方は平気なのか?」


 早足で駆け寄るライティエット。カリュシェードは彼にふわりとなびく優しい風のような微笑みを向けた。


『完全にとは言い切れませんが大丈夫ですよ。ご心配をおかけしましたね』

「いや・・、大丈夫なら良かった」


 ホッと息を吐いて、カリュシェードに対して笑みを返す。


『・・行かれるのですね、クロス殿』


 向けられた笑みを見詰めながらカリュシェードはもう一度同じ言葉を繰り返す。今度は問い掛けではなく、確認する形で。


「あぁ。分かったから、自分の求めるものが・・・」

『大陸の闇が消えた事が何を表しているのかも?』


 二人の瞳が重なり、少しの間だけ沈黙が辺りを覆い、流れていく。しかし沈黙は、カリュシェードが目を閉じ、ロを開く事で静かに音も無く消えていった。


『そうですか。ならば、私に言える事はこれだけですね・・・』


 目を閉じたまま、忘れかけていた広い青空を仰ぐ。全身でこの空という存在を感じ取る為に。

 そして、祈りの謳を捧げ始める。

 ライティエットは片膝を付いて大地に座り、カリュシェードの謳声に全神経を集中させて聴きいった。




天の謳 空の光り

風の音色

紡がれる 終わり無き 悠久の調べ


地の謳 海の輝き

凪の声音

織り拝し 始まりをさす 永久の流れ


愛しい子よ 幸多かれよ

夢へと歩まれよ

風花の子よ 希多かれよ

守の要とならん


春風に甘き薫りで誘われ

時の始まりを朝焼けと共に感じ

地へと間い掛けよ

夏空に清き翼で招かれ

現というひと瞬きを太陽と共に見上げ

火に語りかけよ

秋雲に紅き灯りで送られ

永久に残り過ぎ去りし時の思いをタ日と共に振り返り

風に伝えよ

冬月に儚き色で見守られ

終わりを告げる星の隠れた夜と共に想い描き

水と呼びかけよ


謳よ 響け

言の葉よ 真の声音を響かせよ

夜の銀が想い輝く限りーー




 歌が終わると身体の疲れや重みが消えていた。力のある声音が、心身共に総てを癒す。

 ライティエットはカリュシェードの開かれた瞳を見た。翡翠色とも、緑青色ともとれる輝きを秘めた瞳。芽吹いたばかりの若葉がきっと、こんな色をしているのではないだろうか。


『・・・貴方に、創造神と我ら大陸全土で生を持つ総ての精霊達、そしてサァーラ殿の加護と導きがあらん事を』


 カリュシェードが深々と頭を下げる。ライティエットも同じように頭を下げ、カリュシェードとほぼ同時に上げて視線を交わし、笑顔を向け合った。そして別れの言葉を告げる。


「ではカリュシェード殿、お元気で・・ ・・またな、シタヤ」


 言ってライティエットは大きく一歩、 歩み出そうとした。 しかし足を動かさずに立ち止まり、振り返る事も無くもう一言だけ小さく、けれどハッキリした口調で呟く。


「一一父さん、母さん・・・・行って来る」


 後ろに居る人達に分からないよう、照れた笑みを浮かべて。

 そして今度こそ歩き始める。一度も振り返らずに、ただひたすら前に向かってーー。



 シタヤはライティエットの後ろ姿を泉の傍の木陰にもたれたままの格好で見送っていた。表情は少し寂しげだが、それでも喜びが押さえられず、笑顔が溢れそうになっている。


「ああ、行って来い。バカ息子・・・」


 もう聞こえないと分かっていながらも囁く。

 シタヤの隣では彼の言葉を聞いてクスクスと可愛らしく笑っている女性が立っていた。肉体を無くし、精神体となってしまった今でも、ずっとライティエットとシタヤを愛し見守り続けている守人『サァーラ』。

 身体は半透明で色自体が薄く、見た目は今にも消えてしまいそうなほど弱々しいのだが、輪郭だけはハッキリとした線で描かれている。足の付け根部分まで伸びた長い銀色の髪は、風に吹かれている訳でもないのにゆっくりと揺れていた。


『バカ息子だなんて酷いわ。貴方と私の大切な息子なのよ?』


 サァーラはシタヤに向かって責めの言葉を言う。けれど笑い声を含みながら言っているし、顔には柔らかな笑みを浮かべているので責めているようには見えない。しかし髪と同じ銀色の瞳は少しも笑っておらず、厳しい視線で睨み付けていた。


『サァーラ殿の言う通りですよ、シタヤ殿。あそこまで立派に育ってくれたお子の事をバカ呼ばわりなさるなんて・・・』

「皆がそうやって誉めまくるんだ。一人くらいあやつをバカと呼んでやらんとな」


 カリュシェードにまで責められてしまい、シタヤは苦い実を噛んだような渋い顔をする。それでも反論だけはしっかり口に出していた。


「それに、実際あやつのバカなところはワシが一番良く知っているだろうしなぁ・・・」


 苦笑しながらライティエットの歩んで行った先を見詰める。サァーラもシタヤと同じ方角を優しい母親の眼差しで見詰めた。もう見えなくなってしまった息子の姿を思い浮かべてながら。

 そんな二人にカリュシェードは独り言を言うように声をかけた。


『空が美しいですね・・・』


 見上げて囁かれた声は風音と共に流されて消える。 カリュシェードは消えた囁きを合図に、自分を構成していた色を景色へと返し、輪郭を歪ませ、最終的には大きな水の塊だけとなって、ザァーという波の音を林中に響かせながら泉の中へ還って行った。

 本来の、自分の在るべき場所。大陸を支える『世界樹』の元へと。

 帰還するカリュシェードを見届けたシタヤとサァーラは蒼い空を見上げた。久方振りに見た空はどこまでも広く、果てがなく、清らかで、只々美しい。


 水音が消え去り、泉に浮かんだいくつモノの波紋が無くなりつつある頃。泉の傍には、当たり前のように

『何も』無かった。


 無数の白い木の葉が、美しく景色を彩りながら、舞いて落ち続けているだけだった。




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