7-5
今年最後の更新です。
2024年もありがとうございました。
2025年もまた、宜しくお願いします♫
「バカッ!だから辛ければ言えと言ったんだっ!!」
『クロス殿、怒鳴ってはいけませんよ。弱まっているとはいえ、此処は完全にわたくしのテリトリー。メーディエ殿の体に悪影響を及ぼしたのでしょう。護りの結界も・・・あぁもう意味をなしておられませんね』
「カリュシェード殿、悪いがまた後日に」
言いかけるライティエットの言葉を、メーディエは無理やり立ち上がる事で止めさせた。痛みの激しい頭を押さえつつも、何とか二人の前に笑顔を作って見せる。
「私、一人で宿に戻るわ・・・。ライは、お話があるから・・・此処に来たんでしょ?だったら、目的は果たさなきゃ。それに・・・お土産の果物、腐っちゃったらどうするの?」
亜空間収納に入れてある物がそんなすぐには腐るわけないだろうと思いつつも、笑っているメーディエを見ると、分かったとしか言えなくなってしまう。
「じゃあ・・・シェード様、すみませんが御前を失礼いたします。お会い出来て、良かった」
『わたくしもです。しかし、本当にお一人で大丈夫なのですか?』
「子どもではありませんから・・・平気です。それでは・・ ・・。ーーライ、待ってるから・・・」
頭を下げて別れの挨拶が終わると同時にライティエットに笑顔を向け、ふらっきながらも走り出す。
正直に言えば走るどころか立っている事さえ辛く感じている。しかしだからといって止まる事は出来なかった。
今はもう、この『ラナの聖迷林』に居る事自体が苦痛なのだ。それを示すかのように大きく息を吸い込む度に喉が焼けるように痛み、吐き気が襲い掛かって来た。しかしメーディエは吐く前に総て、無理やり飲み込んでしまう。
自分の体から出るものが、この場所を穢してしまう気がしたから。
外には聖域の境界を超えるだけで出る事が出来た。
身体中から汗が滲み、呼吸は少しも整ってくれない。けれどカリュシェードの直接的な影響が無くなった所為か、頭痛や眩暈がほんの僅かに和らぐ。
「・・・少しは・・・マシになった、かしら」
大丈夫、ふらつかないし、頭もどうにか働いてくれている。これでやっと、まともに考える事が出来る。
まずは考えるのは、カリュシェード・ラナス・ターエラ。フェスティア大陸を守護する精霊神、生命の木の化身、全精霊の長。
あまり知られてはいない事だが、精霊達にも階位と呼ばれるモノが存在する。
第一階位は隠里シアンの守護精霊やシタヤの召喚する精霊達。
第二階位は四大中心都市の守護精霊。
第三階位はその他の町や村の守護精霊。
第四階位は魔法の助力及び物質に宿る精霊など、上記に記されていない精霊。
カリュシェードは、これら四つの階位に属する総ての精霊達の長と呼ばれる存在だ。ここまでは良い、納得出来る。
問題は次だ、メーディエが今もっとも疑問に思っている事。
いくら考えたとしてもこれだけはライティエットかシタヤ、 本人でもあるカリュシェードに直接聞かなければ答えは得られないだろう。
『何故、神に等しい存在とサァーラは知り合いなのか 』
フェスティア大陸は精霊信仰の性質上、精霊が多く、人々にとっても身近な存在だ。しかしそれを踏まえた上でもカリュシェードの存在は別格。階位が表すように・・・ーーいや、待て
「そういえば、シタヤさんの精霊達も、元はサァーラさんが主で・・・ーー」
「メーディエはっけ〜ん!!随分と不似合いな場所に居るから探しちゃったじゃないのよ」
辿り着きそうになった答えを遮るように、頭上から声が響く。
驚いて視線を即座に上へ向けた。
ここまで近付かれて、気配に、気付かなかった?
けれど、気付けなかった事には少しだけ納得が出来た。
雰囲気が違ったのだ。燃えているような形をした黒い蝙蝠羽も、すべらかな褐色の肌も、琥珀色の柔らかな髪を二つに分けて結んでいるも、赤銅色の露出の高い服を着ているのも全部、全部同じだ。
同じ筈なのに、雰囲気だけが違った。
違和感があった。
以前会った時とは、確実に違っている。
本当にこの人物は・・・
「・・・マル、クス?」
「そうよ、間抜けな顔しちゃって。あたしが此処に居るのがそんなに驚く事ぉ?」
「それは、そうでしょう。だって此処は聖域よ?」
本当は違う。違和感が消えないだけだ。
しかしこの違和感が自分の所為だと言う事を、メーディエは気付いていない。
「あはは、自分だってそうじゃないのよ!相変わらず変な子ねぇ!」
変なのは貴女でしょ、と言いたかった。
けれどケラケラと笑っているマルクスの首元で揺れる黒いチョーカーに付いた石に目を奪われて、言葉を飲み込んでしまう。
短い簡素な鎖で繋がれた黒い多層結晶体。あちこちにヒビが入り、欠けている部分さえある。
形は細い、まるで固く閉じた『蕾』のような。
「マル・・クス・・・。貴女の付けているその石って・・・まさか・・・」
メーディエの反応にマルクスはふっと微笑む。今まで見た事が無い、触れしまったら崩れてしまいそうに思えるくらいに、儚い微笑み。
「さすがね。一目見ただけでこれが何か分かるなんて・・。そう、アンタの思っている通り、これは『核』よ。・・・『お父様』に殺された、ルーフェン様の!!」
メーディエが、ライティエットに話していない事が二つある。
一つは自分の事。
もう一つは、マルクスが魔王デミルスの実子だと言う事。
『彼女はシタヤ殿が言っていた通りの方ですね』
今だメーディエが去った方角に目を向けているライティエットにカリュシェードは楽しげに話し掛ける。慌てて顔を此方に戻したライティエットの行動も、翡翠色の目を細めて嬉しそうに眺めていた。
懐かしく思い出されるのは此処に始めて来た時のライティエットの姿。
幼さを残す少年の彼は、黒銀と黒金の瞳に生の輝きを宿していなかった。それが今は、輝きに満ち溢れている。あまりの嬉しさに笑みが絶えない。
「シタヤ、来たのか?一体いつ?」
『一月ほど前と二日前に。今の貴方と同じようにお酒と果実を持ってね』
一月前と二日前。再会する前と、シタヤの家で別れた日だ。報告に来ていたのか。
『情報や世間話と同時に、近々貴方もきっといらっしゃるだろうから話して上げてくれ、と珍しく頼まれてしまいましたよ。彼女・・・メーディエ殿の事についてね』
白い木々の林を背に、メーディエは翼を広げて宙に浮かんだままのマルクスと対峙している。
空気が重く感じるのは、後ろにある『ラナスの聖迷林』だけの所為ではないだろう。
違和感は今だ消えない。
けれど着実に、この違和感が自分にある事に気付き始めていた。
私は、マルクスが此処に来た事を『喜んでいる』?
「・・・それが分かっているなら、何で私を捜していたの?てっきり私かライが殺したと誤解していると思ったわ」
マルクスは何も言わない。ただ唇の端を上げて、不敵な感じに笑みを浮かべている。
地に足をつけ、両手を肩ほどまでに上げ、赤黒い光の球を二つずつ浮かび上がらせた。つい反射的に身構えてしまったのだが、よく見ると攻撃魔法の光ではない。
この四つの光は一体?
「実を言うとね、ライティエットにはまだ用は無いの。勿論、アンタにも。用があるのは・・・アンタの中で眠る方よ!!」
光が粒子となり、割れるような音を立てて周囲に飛び散る。
マルクスの手に深い紅に染まり、金属の輝きを放つ四つのブレスレットが落ちた。ブレスレットは立体的な三日月の形で、中心の辺りが少し太く、その部分から可愛らしい鈴の音が聞こえて来た。
血の気が一気に引く。
自分の顔が青ざめ、身体全体が震えているのが分かる。拒絶の言葉もはっきりと言えない。言っている筈なのに、自分の耳でも聴き取れないほどに小さいのだ。
喉が痛い、声が出ない。
心音が嫌と言うほどに速く、大きく鳴り響く。
そんな状態なのに、恐いはずなのに、如何してまだ、『喜び』が込み上げて来るのか!
「さようなら、メーディエ、おやすみなさい」
マルクスがゆっくり近付いて来る。笑いながら、至極嬉しそうに微笑みながら。
あぁ・・・逃げられない。
今の弱った体では、逃げる事など出来ない。
いや、逃げるなと、内側から命じられる。
「そして・・・お目覚め下さい、我らが『魔王カラーリア』様!!!!!!」
鈴の音が大きく響く。
戒めの鎖のように、ブレスレットが音を鳴らしながら両手足へ瞬時に飾られる。
鳴り続ける音は、体の最奥まで浸透して行くように深い音色を響かせた。それに同調するかのように、自分とは違う心音が、自分の中から聞こえて来る。
本当に『喜んで』いたのだ。
この時を、瞬間を、ずっと長い長い時の中で『彼女』は待ちわびていたのだ。
いや、お願い、目覚めないで。
私は、わたしは・・・っ!!
「私のままで、ライの傍に、隣に居たいの!!!」
声が、大地を震わすほどに木霊する。
メーディエの体の中で、女性の美しい笑い声が子守歌のように響いてーーー聴こえなくなった。
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