第七夜 光を享けし聖杯
望む物はただーっ
それ以外は何も要らない
それが叶うなら 手に入れる事が出来るなら
この身を命を幾らでも捧げよう
例えこの身が滅んでも
心と魂が死なない限り 私は求め続ける
「ぅわーーー〜っ!!すごいわ、なんて素敵な景色!!」
谷の頂上から見下ろした景色に、メーディエは感嘆の声を上げる。
黒く染まりながらも偉大さを保ち続けている『世界』が、眼下に広がっているのだ。
壮大さと威厳とを持ち合わせてそびえ立つ山々。黒き緑が生い茂り、実りという生命を育む森林や草原。枯れた大地はほぼなく、此処からは僅かな砂の大地が見えるのみ。長い大蛇のようにくねり流れながら、世界を旅する河は大地を幾つかに分かち隔て、それをもって各地に豊かな水の恩恵をもたらしている。
空には雨季特有の厚い雲が大陸を覆う闇を隠し、幾つかの場所に恵みの雨をもたらしている。一部の草原では、ここ数日間降り続いている雨の量でその姿を湿原と変え始めている所もあるだろう。
谷間の辺りで降っていた雨は小雨程度になっており、湿った風が吹いている所為もあってか濡れても余り気にならない。
メーディエは紺色のロープの裾が風で捲れないように手で押さえ、大きな瞳を輝かせながら広大な景色を見て楽しんでいる。少しフラついているのだが、倒れてしまわないように細い二本の足にぐっと力を込めていた。場所が崖でもある所なので、下から吹いてくる風と上から吹いてくる風とがぶつかり合い、体のバランスが微妙に取り難いのだろう。
そんな彼女の少し危なっかしい様子をライティエットは後ろで見守っていた。
上下で重なった風に強く撫でられ、わざと伸ばした前髪で隠していた『黒金色』の輝きを持つ右眼が顕わになっているのだが、今までと違って手で隠そうとはしない。それどころか、本来着けている筈の眼帯まで外している。
まるで憑き物でも落ちたかのように晴れやかで落ち着いた微笑みをその顔に浮かべていた。
今まで誰も、本人さえも知らなかった。
ライティエットがこんなにも自然に、穏やかに微笑む事が出来る事を。
シタヤと再び別れるまで過ごした、あの家での一週間と言う長くも無く短くも無い時間。
その間にライティエットは喜怒哀楽の激しかった『クロス』に少しずつだが戻り始めていた。シタヤの言う冗談に本気で怒り、小さいが声を出して笑い。
まだ慣れない感情の活発な動きに戸惑い、照れながら、それでも素直に自分の思いや意思を言葉と態度で示していた。
罪が消えない事は分かっている。
血で濡れた部分が、どんな事をしても洗い流せない事も分かっている。
けれどだからこそ、後ろばかりを見ていてはいけない。前も見なければいけない事を、ライティエットは痛いほどに知ったのだ。
人は生きている間は、 進むしか出来ない。
戻りたくても、 遣り直したくても、 『過去』 という歩んでしまった道には二度と戻れない。
分かっていながら、彼はずっと後ろばかりを見ていた。歩みながらも後ろが、自分の歩いて来た道が気になって仕方が無かった。
勿論、今も気になる。
でも、前ほどでは無い。
「ライ、見て見て!!あの辺りの河と森、黒が薄くなってるわ!青と緑になってる!!」
見えない手を差し伸べてくれる人達が、影ながら背中を押してくれる人等が居るから。
そして、共に歩んでくれる人が隣に居てくれるから。
「ああ、本当だ。闇色が無くなってきてるんだな」
「綺麗だねえ」
隣で微笑んでくれている、だから自分も微笑みを返したいと思える。
この人の傍では、何時も笑みを絶やさずに居たい。
雨が止み、乾き始めた風が吹いて来る。
『闇を司りし柱』が倒されていっている事で本来の色を取り戻し始めた一部の場所を、 メーディエは一つ一つ丁寧に観察し続けていた。
薄紫の長いウェーブのかかった髪は流れる川のように波打って、風と共に空中を軽やかに舞い踊っている。
その髪に何となく触れたくなって手を伸ばし掛けると、 彼女のいつもと違う点に気が付いた。
「・・・メーディエ、サファイアのイヤリングは如何したんだ?」
ライティエットの声に反応してメーディエは振り向くと同時に髪を押さえ、自分の耳元で揺れている物に触れる。
深い赤紫色のアメジスト。細長い結晶体をそのままイヤリングに加工した物のようだ。
確かつい昨日までは、 半球型のガボションカットされた見事なスターサファイアが彼女の耳に飾られていたはずだ。
サファイアの蒼はメーディエの髪の色を映えさせていて、とても綺麗だったのに。
「あ、あれね・・・今朝見たら壊れちゃってたの。特注品だったんだけど、力を使い切っちゃったみたいで・・・。だからこれは代用品。長持ちしないから、早く質の良いコランダムの宝石を見つけないと」
コランダムの宝石とは赤い色であれば『ルビー』、それ以外の色、特に青い色の物を『サファイア』と呼ぶ宝石だ。
フェスティア大陸に在る宝石には自然の魔力が宿っており、物によっては魔力を増幅させたり、制御したりする事が出来る。
特にコランダムの宝石は魔カ制御の性質を持っている物が多く、所有者との相性にもよるのだが、制御値も増幅値も最も高いとされるダイヤモンドの次に高い魔力を秘めているとされている。
「コランダムか・・・一一一ちょっと待てよ」
ライティエットは亜空間収納を開き、中から手に収まる大きさの薄い若草色に染まった布袋を取り出した。
入り口の紐を解いて、ゴツゴツと鳴っている袋の中の物を掌に出して確認する。
「・・・あぁ、やっぱりこれで合っているな。メーディエ、手を出せ」
「え?あ、はい」
何が何だか分からずに両手をライティエットに向かって差し出すメーディエ。ライティエットは彼女の手をそっと掴み、硬い石を2個渡してやる。石はどちらも親指と人差し指で作る輪より一回りほど大きかった。
「----ぇ?・・・・えぇぇぇ-----〜〜〜〜っ!!!?!??」
メーディエの叫び声が遠くまで木霊する。
二人の近くに生えている木で休んでいた鳥達は、声に驚いて翼をばたつかせながら、空へと慌てて飛んで行った。
片耳に指を突っ込んで何とか叫び声に耐えたライティエットは、苦笑しつつ布袋を亜空間収納にしまう。
「その小さな体で、良くここまでデカイ声がだせるな」
「え、だってこれって、コランダム宝石の原石でしよう !?しかもこんなに大きな・・・なんでこんな高価な物を2個も持ってるの?!」
「4、5年ほど前だったか。魔族に迷宮化されて鉱夫達が入れなくなっていた鉱山を見つけた事があってな。そこに居た魔族を倒して、近くの町の連中に鉱山に入れるようになったと教えてやったんだ。 そしたら1週間待っててくれと言われて、5日後に掘り当てたばかりのその石と俺が今つけているピアスをくれたんだ」
ライティエットが耳が見えるように髪を指でかき上げる。彼の左耳には黒い石がカッティングはもちろん、母石も削られないままの原石の状態で飾られていた。
石の名は「ダイヤモンド」。
小指の一関節も無い程の大きさだが、きちんと磨いてカットすれば最高級品になる事間違い無しの物だろう。
手のひらの石たちも耳のダイヤも売れば一生遊んで暮らせる金が手に入る代物だ。
「・・・良くくれたわね、3つも」
「俺もそう思う。 礼なら1つで十分だと言ったんだが。まぁお前にやれたから良いけど」
「えっ!?ちょっとまって。まさか・・・これくれるの?」
「それ以外に袋から出す理由なんて無いだろう?」
さらっと言われてしまったが、メーディエは困った。
何故ならメーディエの衣食住費(いわゆる生活費)は、総てライティエットが払っているからだ。
勿論、移動時だけとは言え、ハンターの仕事を手伝っているからメーディエの稼ぎがゼロではない筈だと思っている(分からないけど)。他にも買い出しに行ったり、最近では野宿の時に料理を作ったりもしている。
けれど負担で言えばどう考えてもライティエットの方が上だ。
そして今回彼がくれた物は貰い物とは言え、財産になりうる高価な宝石2個。嬉しいのだけれどメーディエの性格上、これは貰えない。
新章・第七夜スタートです!
今回コランダムの宝石の説明が出ていますが、ライティエットの持つ魔剣『コランダム』とは全く関係ありません。実際に現実世界にもある宝石の説明となります。ややこしくてすみません。
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