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これは、今から20年以上も前の話になる。
魔族に蹂躙され尽くしたフェスティア大陸内で、唯一、魔族の被害をほとんど受けなかった場所がある。
それは所謂、『聖域』と言われる場所で。
フェスティア大陸の人々もその存在は知っていても正確な場所を把握していない隠れ里。
光の精霊『ファーナ・ラーナエナ』が守護する村『シアン』。
そこで、1人の女性が己の腹から尊い生命を産み出した。
産まれたばかりのその命は『生』への執着を高らかな産声で示し、母親となった女性はその声を聞いて出産の痛みや苦しみを涙と共に流してしまうことが出来たという。
それから、幾年かの月日が流れた。
赤ん坊だった子は健やかに育ち、好奇心旺盛な少年へと成長した。
この年頃の子どもは少しずつ物事を己の能力で理解し、何事にも興味を示す時期。親としてはその成長に驚き、そして赤ん坊の頃とは違った意味で目が離せない時期である。
「かあさん!ねぇ、なんでそとにでちゃだめなの?ぼく、そとであそびたい!!」
「クロス、何度言ったら分かってくれるの?外にはこわぁい魔族がいるの。だから駄目よ」
子どもの懇願する声に母親である女はまた始まったか、と困り顔だ。これは親子の間で何度も何度も繰り返されてきた言葉のやり取りだ。いい加減諦めてくれないだろうか、と母親は思っているのだが、クロスと呼ばれた子どもにはなかなか伝わらない。
それどころか外から僅かに聞こえてくる人の声がクロスを煽るように耳を刺激する。
「でもでも!わらいごえだよ!たのしそうだよ?!これもぜんぶぜーんぶ、まぞくなの?」
窓から外の様子を見られたならば、多少は気が晴れたのかもしれないがあいにくこの家の窓は天井付近にある大きな天窓以外に一つもない。シアンの中でも奥の方、村外れの森の中で1番の巨木の樹洞に親子の住む家はあるのだが。一見すれば家と分からないその家は樹洞の形状の事もあって窓が少ないのだろう。
故にクロスは玄関を睨むように見て抗議の言葉を繰り返すしかなかった。
「そうよ、言うことをきかないクロスの様な子が家から出てくるのを今か今かと待っているの」
食事の準備をしていた手を止め、母親はクロスを正面から見る。後ろで束ねただけの黒銀色の長い髪が揺れ、同じ黒銀色の宝石のような瞳がクロスの顔を真剣に見つめた。
そして両手で肩を抱いて、女性にしては低めの中性的な声で説得しようと試みる。
「クロス、お願いだからもうお外に出たいだなんて言わないで。クロスにもしもの事があったら、母さん悲しくて死んでしまうわ」
いつもなら、クロスはこれで黙ってくれる。表情は何か言いたげなのだが、これ以上母親を悲しませてはいけないと、優しい心が言わせないようにするのだ。
卑怯なやり方だと分かっている。
けれどそうしなければこの優しい子を守れないのだから。
「・・・ぼくもそれ、やだよ。かあさんがかなしいのも、しんじゃうのも、ダメ。・・・でも」
しかし心の中で謝っている母親の思いも空しく、今日のクロスは黙らなかった。多分ずっと言いたかった、聞きたかった疑問を口にしてくる。
「ならどうして、かあさんはおそとにでられるの?シタヤはつよいけど、かあさんはあぶなくないの?」
ーーコンコン
クロスの問いに答えようとした時、家の扉が軽く叩かれた。
クロスが驚きで身体を震わせると同時に、母親はクロスを抱き上げた。そして台所以外で一つしかない奥の部屋に音を立てないように走る。
ベッドが並ぶ部屋の更に奥、隠すように置かれた鍵付きの背の低い箪笥にクロスを入れた。
「少しの間、ここに居てね」
声は柔らかく優しいのに表情は怖いほど緊張を表している。それを感じ取ったクロスは声を出さずに小さく頷く。
母親はクロスの額にキスをして安心させると扉を閉めて鍵をかけた。
その瞬間、箪笥全体が淡い乳白色に発光。それを見届けてから、母親は立ち上がって玄関へと向かった。
気配を探ってみるが、薄い。何かがいる、ということしか分からない。
「・・・どちら様でしょうか?」
「俺だ、シタヤだ」
声が聞こえた瞬間、緊張が一気に霧散していく。久方ぶりに聞いた愛しい人の声に思わず頬が緩んだ。
「シタヤ!どうぞ、入って」
「そうしたいんだが荷物が多くてな。悪いが開けてくれないか?」
「・・・いやよ、自分で開けて」
シタヤの頼みに母親はキッパリとした口調で拒絶する。顔に笑みを浮かべたままで。
「『シタヤ』なら、どんなに荷物が多かろうとも必ず、自分で開けるわ」
『詰めが甘かったようだな』
母親の言葉の後、少し遠い場所からシタヤの声が聞こえた。そして直後に何かが切り裂かれる音とシタヤの短い苦痛に歪む声が扉越しに響いた。
玄関の扉が一瞬だけ発光し、開く。
「おかえりなさい、シタヤ」
扉の前には明るいオレンジ色の瞳に特徴的な赤銅色のオオカミの耳と尻尾を持つ壮年の男が立っていた。肩に担いでいた鉈のような形の大剣がしゅるりと音を立てて腕輪に変わる。浅黒い肌には幾つもの傷跡や包帯が見え隠れしているが、新しいものは見受けられなかった。
「ただいまサァーラ。荷物を頼んで良いか?『これ』を片付けてくるから」
「えぇ、分かったわ」
彼の足元にはシタヤの姿をした死体が大量の血を流しながら転がっていた。それは徐々に姿を変え、黒い翼を生やした魔族へと変わっていく。
シタヤは核を破壊すると残った死体を担いで家の裏手に行き、跡形もなく燃やし尽くした。最早慣れてしまった作業だからか、玄関周りの血を洗い流す作業を加えても数分で終わり、家の中に戻ってくる。
「全く、懲りない連中だな。・・・今日まで何もなかったか?」
「何度かあったけど、大丈夫よ。私には加護もあるしね」
光の精霊『ファーナ・ラーナエナ』の守護は特殊だ。
魔族は村の中に入れない訳ではなく、代わりに巨大な力を存分に発揮出来なくなる仕様になっている。しかもそれは強い力を持っていれば持っているほどに効果を発揮し、特に強い魔力を持つ魔族は結界に弾かれて中に入ることすら出来なくなる。
故にこうして低級の魔族が変化魔法をかけてこっそり侵入してくるのだが、結局は結界内では大した力を出せずにやられていく。
そんな現状をなんて事ないように微笑むサァーラをシタヤは抱きしめた。
「そうか、良かった」
「相変わらず心配性ね。クロスを連れてくるから離してもらえないかしら?」
サァーラに言われてシタヤはすぐに手を離すが、何となく不満そうな表情をしている。そんな彼を見てサァーラは小さく笑うと、軽く触れるだけのキスをした。
「・・・すぐ戻るわ」
少し顔を赤らめてサァーラは奥の部屋に走り去る。
彼女の後ろ姿を見ながら、シタヤは自分の唇を片手で覆い隠して呟いた。
「全く、いつまで経っても敵わんな・・・」
自分の不安や弱さ、小さな願望を彼女はすぐさま見抜いてしまう。どんなに力を、精神力を鍛えて強くしても、サァーラだけには一生勝てる気がしない。
けれど、こんな情けない自分を分かっていても、守り続けたいと思う。
彼女は自分の弱さであり、強さでもあり、そして何よりも誰よりも、『愛しい』と思う人だから。
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