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6-3


 シタヤは改めてライティエットとメーディエを見て僅かに顔を顰めた。


「ライティエット、ワシの部屋の戸棚の奥に茶葉があるから取ってきてくれ」

「は?なんでそんなところに?大体茶葉なら俺の亜空間収納(マジックボックス)に・・・」

「いや、ミネから貰ったとっておきの一級品があるんだ。1人で飲むには勿体無くて仕舞い込んどったんだが、この機会に皆で飲もうじゃないか」

「・・・どんな茶筒だ?」

「確かエメラルド色に金のラインが入っとるやつだ、頼むぞ」


 そう言ってシタヤのあからさまな追い出しに、それでもライティエットは従って奥の部屋へと移動していった。

 シタヤはライティエットの姿が見えなくなるのを見計らってから、メーディエに近づいて小声で話しかける。


「あやつはお前さんに話したか?」


 シタヤの言いたいことが分からず、メーディエは一瞬首を傾げそうになった。

 話は、している。口数は少ないが、それでも出会った当初から比べれば格段に多く、2人は会話をしているだろう。

 けれどそれはシタヤの言う『話』ではない。

 メーディエはそれを理解し、シタヤの問いに何も答えなかった。ただ少しだけ困ったように微笑んで、首を横に振る。

 その答えをシタヤは『安心』という感情でもってため息と共に口から吐き出した。


 良かった、やはり自分の思った通りだ、と。

 話すという行為がライティエットを苦しめ、彼が捨て去った『恐れ』の感情を呼び起こしている。


 『あの時』、ライティエットは全てを受け入れた。

 重い、重い、1人では抱え切れるはずがないモノを、全て。

 そしてそれらを受け入れたまま、止まらず、前へ前へ進む事を自らに鞭を打って(おこな)ってきた。身体が傷つこうとも、心が傷つこうとも、歩みを止めず、多くの血を浴びる事を自ら進んで。


 だから思っていた、分かっていた。

 これ以上ライティエットを『独り』だけで進ませてしまったら、不安定な心が、安定していると無理矢理錯覚させている心が、また、壊れてしまうだけだと。


 シタヤの顔に自然と笑みが溢れる。

 と同時に、ずっと当たり前だと思っていた事を、確信として刻むように心の中で呟く。


 人はどうしたって『独り』では生きていけない。あとはライティエットが、それを認めるだけだなんだ、と。



「ぁ、そういえばシタヤさん」


 メーディエの小さな声にシタヤは己の心の中から現実に戻された。

 ライティエットもいつの間にか奥の部屋から戻ってきており、台所で温まっていくお湯の様子を見ている。机には既に木目模様の美しい愛用のコップが3人分用意されていた。


「暖炉の上に置かれていたライティエットのお母様、サァーラさんの絵が倒れていたんです。あれってワザと倒してあったんでしょうか?私つい見えるようにと勝手に立たせてしまったんですけど」

「な、倒れとっただと!?」


 シタヤは慌ててサァーラの絵を大事そうに手に取り、着いた埃を丁寧に払い落としていく。そして色々な角度から見て汚れや色落ちがないかを念入りに確認し、それを3回ほど繰り返してやっと安堵の息を吐いた。


「・・・ふぅ〜、よし、大丈夫そうだ。危うくワシの最高傑作がダメになるところだったわい。ありがとうよ、メーディエ」


 少し照れた表情で礼を言ってくるシタヤ。けれどメーディエの耳には残念ながら届いていない。お礼よりも前に言われた言葉が今の彼女の耳と脳内を占領していた。


「(お、落ち着け、落ち着くのよ私!え〜っと、シタヤさんはなんと言ったかしら?『ワシの最高傑作』と言ったわよね?聞き間違いじゃないわよね?という事はつまり、『ワシの最高傑作』=『シタヤさんが描いた中で1番良い絵』って事で・・・!!!!?!?!あの美しい絵をシタヤさんが描いたって事!?)」

「メーディエ、顔が百面相してるぞ」


 茶葉の柔らかな甘い香りを漂わせながらゆっくりお茶をコップに注ぐライティエットがボソリと呟く。シタヤはメーディエの様子に、その巨体に見合ったデカい声量で豪快に笑った。


「ハッハッハッハッハッハ!!嬢ちゃんよ、ワシが絵を描くのがそんなに意外か?」

「はい、とても・・・って、ごめんなさい、すみません!!」

「ハハハ、構わん構わん!サァーラの反応に比べたら可愛いもんよ」


 シタヤの言葉にメーディエは暖炉上に戻されたサァーラの絵を見て、思う。

 何度見ても変わらない、全てを優しく包み許してくれる女神のような笑顔をしている。そんな人が一体どんな反応をしたんだろう、と。


「あぁそういえば、お前さんは何度も絵とワシの手を見て盛大に悩んでおったな」

「アンタのそのデカくてゴツゴツした手が、あんな綺麗な絵を描いてるなんて想像出来なかったんだよ」


 少し懐かしむように言いながらライティエットはお茶を淹れ終わったコップを2人に手渡す。薄い灰緑色のお茶は光の当たり具合によって深い緑の金色に輝いた。口に含むと花のような香りが鼻と喉の奥まで浸透していき、濃厚な茶葉の味は苦味が少なくほのかな甘味をもって口の中に優しく広がっていった。

 小さな家の中はすぐにお茶の香りに包まれ、穏やかで落ち着いた静寂が生まれる。

 シタヤはお茶を飲みながら、サァーラの絵を優しく微笑んで見つめていた。その様子は側から見ているとまるで会話しているようで。もちろん、声など聞こえてはこないけれど。

 ライティエットとメーディエの耳に聞こえてくるのは暖炉から小さく響く燃える薪の爆ぜる音、そして随分と小降りになった雨が家の壁を叩いて奏でる小さな曲のみだ。


 外はどんよりとした曇り空から徐々に、僅かながら明るさを増していき、雨に浄化された大地から穢れが消えていくような、そんな風景が広がっていた。



「なぁ、ライティエットよ」


 その心地よい静寂を破ったのはシタヤの良く通る低音の声だった。シタヤは視線をサァーラの絵から窓の外へと移し、言葉を続ける。


「もうすぐ雨が止みそうだ。お前、先にサァーラも墓参りに行ってこい。その間に、ワシがメーディエに全てを話しておこう」


 空気に亀裂が走ったような、そんな音が聞こえた。


 その音が、本当は暖炉で燃える薪が大きく破裂した音なのだと、分かるのに少しだけ時間が掛かった。

 ライティエットの心臓が早鐘のようにドクドクと脈打つ。手が震えて、持っているコップを今にも落としてしまいそうだ。


「ライよ、無理をせんで良い、全部独りで抱え込まんでいい。我慢せんと、辛い時は辛いと言え。頼り、甘える事は、罪ではないんだぞ?」


 少し寂しげな表情といつもより幾分も声音で声をかけながら、シタヤがライティエットに近づいていく。まるで幼子に言い聞かせるようなそれにライティエットは抗えず、伸ばされる手を受け入れた。

 くしゃりと撫でる手が、昔と変わらぬ温もりと優しさを伝える。だからこそ油断して、シタヤがそのままライティエットの眼帯を目から取り払うのを止められなかった。

 眼帯だけでなく、更に長く伸ばした前髪でも隠されていたライティエットの『右眼』。

 久方ぶりに光を受けた右眼は、同じく久方ぶりにシタヤの顔を映した。

 メーディエにはシタヤが壁となって見えていない。それは分かっている。けれどライティエットの身体は震え出し、僅かに見えた表情は谷間の廃墟を見下ろしていた時と同じ、悲しげで、苦痛に歪んだものになっていた。


 ライティエットのそんな表情を、メーディエが見ていられる訳がなく・・・。


 メーディエは無理矢理ライティエットとシタヤの間に割って入り込み、ライティエットを庇うような形でシタヤと対峙した。



 ここまで読んでくださってありがとうございます。

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