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第六夜 ヌケガラの鼓動

生きている でも 動かない

あなたを失ったから 自分の所為で多くの命が消えたから

心の殻に閉じこもって もう 動くことは無い

『ヌケガラ』だ

決して動くことの無い ただの魂の入れ物



 フェスティア大陸の中央に聳え立つ、霊峰カリシュディア。

 その霊峰を守るように周囲には大小様々な、谷や崖が存在する。まるで人の侵入を拒んでいるようにも感じられるそれらの一つにライティエットとメーディエは来ていた。

 上から谷の底を覗けば、蓋のように大地を覆っている森と、その森の木々の間に隠れるように建っている多くの廃屋と墓標が見えた。人の気配はもちろん無い。既に廃墟となっている場所なのだろう。

 ライティエットはその場所を、小さな木箱を持って見つめていた。


「師匠・・・戻ってきたよ。この村に・・・」


 強風が谷の中を吹き抜け、まるで赤子の泣き声のような音を発している。

 もしかしたら今にも泣きそうで、けれど泣こうとは絶対にしないライティエットの代わりに泣いてくれているのかもしれない。メーディエはそんな彼をただじっと見守っていた。

 風は強さを増し、それに呼応して泣き声も更に激しさを増す。枯れた木々の葉や水気を持たない砂が、暗い空の上へと無慈悲に飛ばされていった。


「出来れば、来たくなかった。俺がーーー、俺が滅ぼした、この村に・・・」

 







◆◆


 雨が降っている。

 乾いた大地を潤し、血で染まった木々や土を清らかな空の水で洗い流してくれる。雨粒で濡れた場所はほのかな光を放ち、水の恩恵を全ての生命達に知らしめていた。

 フェスティア大陸の雨季の始りである。

 大陸全土でこれから1ヶ月、場所によっては3ヶ月以上もの間雨が降り続ける。闇色の空は更に暗く分厚い雲に覆われ、次に訪れる乾きの季節に向けて大地に尊き水を与えてくれるのだ。砂漠地帯にとってこの雨は、年内で降る最初で最後の恵みの雨となる。

 これは大陸のほぼ中心に位置する谷間にも言えることだ。だがこの場所は溜まった水が川に流れて行かずに湖や地下水として蓄えられる。おかげで山を抉るような形をしているこの谷間には、十分な水分が行き渡り、森が溢れるように広がって多くの草花が実り栄えていた。

 その広がる森の中をライティエットは雨に打たれながら走り続けている。メーディエの姿は見当たらない。

 だが、水を弾く足音は2つ、雨音と共に森の奥まで響いていた。


 ライティエットの眼前の木々の間から、谷間の岩肌を背に建てられた小さな小屋が見え始める。それを確認したライティエットは足を速め、小屋に着くと同時に小さく唱える。


「招き入れよ。我は『サァーラ・クリエスティア』の名を知り、意志を受け継ぐ者」


 小屋の扉が彼の言葉に反応して純白に発光する。

 光はすぐに消え去り、扉は古びた木の軋む音を鳴らしながらライティエットを招くように開いていった。彼は濡れたまま中へと入り、雨水が入ってこないよう早々に閉める。

 今まで耳に響いていた大地と体を打っていた雨音が、小屋に入ることで随分と遠ざかる。ほっと息を吐いたライティエットは濡れた髪を軽く絞りながら呟いた。


「あと少しのところで降られたな・・・」


 独り言のようなそれに反応してライティエットの黒いマントがモゾモゾと動き出す。出口を求めて少しばかり彷徨ったそれは、ライティエットが腕を上げて入り口を広げてやることでひょっこりと顔を覗かせた。


「ごめんね、ライ。マントを傘がわりにしちゃって・・・」

「俺が勝手に被せたんだから気にするな。だが・・・やっぱりお前も濡れたな。少し待ってろ、何か拭くものを取ってくる」


 メーディエにそう言ったライティエットは暗い小屋の中の状態が分かっているのか、濡れたマントを外すと同時に手早くランプに火を灯して行く。そして部屋に置かれた椅子にマントをかけると隣の部屋へと消えて行った。

 1人残されたメーディエはランプで明るくなった室内に少しだけ視線を向けた。


 小屋の中はこざっぱりとしていて、生活に要る必要最低限の物しか置いていないような感じだ。

 机や棚などの上に蓄積した埃を見るに、随分と長い期間使われていなかったことが分かる。もし今日のように空気が重く湿っていなかったら、一歩足を動かすだけで床の埃が舞い踊っていたことだろう。

 隣の部屋からもぼぅっと光が届き出した。ライティエットが他の部屋のランプにも火を灯しながらタオルを探している音がこの部屋まで聞こえてくる。


 メーディエはその音を聞いて部屋を見るのを止め、ぼんやりとその場に立ち尽くした。

 それは動けば周囲に水が落ちてしまうから、なんて行儀の良い理由ではない。何かしたくても出来ないのだ。

 脳内に鮮明に残っている数時間前のライティエットの姿と言葉が、体の機能を止めてしまう。


 小さな声だった。

 本当に小さな声で紡がれた『言葉』だった。

 耳に聞こえてきた瞬間、空耳だと思った。聞き間違いだと思った。心臓が、止まると思った。



 ーー・・・俺がーーー、俺が滅ぼした、この村に・・・ーー


 彼が見ていたのは谷間に広がる森の一部分。何故かそこだけ木が枯れ果て、あちこちに原型すら留めていない家の残骸と簡素な墓標がが見え隠れしていた。

 廃墟。昔小さな村が存在していたのであろうことを示す、僅かな形跡。

 こんな場所に村があった事自体、当然ながらメーディエは知らない。地図を見せてもらった時も、この辺りに村の跡地があるという記号や書き込みはなかった。


 もし、ライティエットの言っていた言葉が本当だとしたら、あの廃墟はライティエットの所為で・・・?


 その考えに至ってメーディエは慌てて頭を振る。

 こんな事考えたくない、嘘だと、思いたい。

 けれど自分の隣で廃墟を見つめるライティエットの左眼は、今まで見た中で1番弱々しく、輝きさえもないものだった。


 だから、あの時も、今も、何も聞けないでいる。


 それにこの小屋に向かっている間、ライティエットが何度も繰り返していた行動も気にかかる。

 幾度も口を開き、何か言おうとして、何も言わないまま口を閉ざすという行動。

 自分に何か話そうとしてくれている。恐らくそれは、あの廃墟も関係している話なのだろう。

 話してくれるのは、素直に嬉しく思う、とても。なんだかんだと言って半年以上共にいるが知らないのだ、ライティエットの事を。

 けれど話すことによってライティエットが苦しみ、あの廃墟を見つめていた時のような表情になるのなら、話して欲しくない。あんなにも悲し気で、苦痛に歪む表情になるというなら・・・。


 メーディエはもう一度頭を振って考える事を、思い出す事を脳に辞めさせた。

 いくら考えたところで答えが返ってこないと分かっている。ならば他の事に興味を向けようと懸命に辺りを見渡した。


 改めて部屋の中を見てみると、この小さな家に置かれた家具や小物全て、素人の手作り品である事が分かった。椅子、机、食器類、小物入れ等、木で作られている物は同じ材木で同じデザインに統一されて作られている。ここまで揃っているのだから、恐らく隣の部屋にあるであろうタンスやベッド等も同じ手作りに違いない。

 メーディエはこれらに見覚えがあった。それはライティエットが旅の間も大事に使っている木の食器たちだ。


「確かあれってシタヤさんが作った物だって言ってたわよね・・・。え、もしかしてここにある物も全部シタヤさんが作ったってこと?」


 岩のようにゴツゴツした大きな手で家具類はまだしも細かい小物類をチマチマと作っている姿は想像するだけで難しい。だけれどあんなに器用な人なのだ、想像は難しいが作ったと明言されたら否定出来ないだろう。

 もしかしてこの石を積み上げて作られた暖炉もそうなのだろうか。と、石の感触を楽しんでいたメーディエの目に、暖炉上に置かれた小さな木の板が映った。



執筆再開いたしました!ついにライティエットの過去編となります。

第六夜もどうぞよろしくお願いします!


ここまで読んでくださってありがとうございます。

誤字脱字ありましたら、知らせていただけると大変助かります。


少しでも面白いと思っていただけたら↓から評価、感想コメントなどをいただけると嬉しいです。

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