5-11
此処は、何処だろう・・・。
ぼやけた視界に映るのは儚い緋色のランプの光。手には温かく柔らかな布の感触がある、布団、だろうか。指先が上手く動かない所為で、実際に何なのか判別出来ない。
自分は、生きているのだろうか。
それとも此処は死者の世界・・・。
「・・・気がついた?」
ランプの光が遮られ、人影が視界を覆う。
黒銀色の長い髪が逆光となったランプに照らされて、透けるような美しい銀色に輝いている。
懐かしい、愛しい人の髪色だ。
一体何度、この最愛の人と会う夢を見ただろうか。何度、この恋しい人の名を夢で口にしただろうか。
「・・・サァーラ・・・」
やっと、会えた。やっと、触れ合える・・・。
「は?何言ってんだ師匠、俺だ、分かるか?」
再会は一瞬にして再び夢の中へと返されてしまった。
ようやく意識がしっかりし、視界もそれに合わせてハッキリ見えてきたところで、シタヤは周囲を確認した。此処は西の町マエラでとっていた宿の部屋だ。香木が焚きしめられているのかスッキリとした清涼感のある香りが漂い、心が自然と落ち着いてくるのが分かる。
そうして目の前にいるライティエットをちょっと嫌そうに見上げた。
「お前さん、ますます似てきたな・・・本人かと思ったぞ」
「区別出来るように髪を切ろうかと言って怒った奴が文句言うな。今すぐ切るぞ」
「それはダメだ!遊べなくなるだろうが!!」
真剣な顔で言うシタヤの姿にライティエットは小さく、本当に小さく笑って。呆れと安堵の両方が混じったため息を吐いた。
「全く・・・分かった、このままにしておく。ところで食事は出来そうか?何か食えそうならメーディエの様子を見てくるついでにもらってくるが」
「あー、肉が食いたい。って、嬢ちゃんがどうかしたのか?」
「・・・今こうして俺と話が出来るのが誰のおかげか、考えれば分かるだろう」
ライティエットにそう言われて気付く。
そうだ、自分は死にかけていた筈だ。
あれは通常の回復魔法を使っても、傷回復のポーションをかけても間に合わない傷だった。たくさんの、本当にたくさんの人を見送ってきたからこそ分かった。
傷の大きさ、深さ、出血量。どれをとっても確実に死ぬ、それほど重傷だった。
なのに、自分は今こうして生きている。
傷口も、包帯は巻かれているようだがほとんど痛みを感じない。あえて不調を言えば熱が出ている事と、貧血で少し頭が重く感じる程度だ。そこまで、回復している。
そんな奇跡のような回復魔法は、一つしかない。
だがそれは到底1人で唱えられる、ましてや成功するようなものではない筈だ。
ライティエットと唱えたのか?いや、それならばライティエットも一緒に倒れていてもおかしくない。と言うことは、メーディエが1人で?
混乱するシタヤにライティエットは水桶に浸したタオルを絞って額に乗せてあげた。急な冷たさに一瞬驚くが、上がっていた熱が冷やされて頭の混乱が少し落ち着いていく。
「あいつ、今まで魔宝石のイヤリングで魔力を一部封印していたらしい。そうでもしないと巨大すぎる魔力に体がついていかないそうだ。その封印を解いて何とかギリギリ使えたって・・・。おかげで唱え終わった後に倒れたんだ。命に別状はないよ」
「・・・そうか」
薄れていく意識の中、確かにメーディエの力強い声を聞いた気がする。
ー死なせないわ、絶対にー
純粋で健気で、でも頑固なところもある愛らしい少女だ。とても魔族とは思えないほどに。
彼女になら、ライティエットを任せる事が出来る、支える事が出来る。
いや、きっともうメーディエにしか出来ない。
そんな確信に近い思いが、願いが、シタヤの胸を熱くした。
「・・・なぁ、ライ」
部屋を出て行こうとするライティエットを、シタヤがゆっくり起き上がりながら呼び止める。
「久しぶりに墓参りに行くか」
「・・・あぁ、そうだな」
小さな声で返事を返したライティエットは、振り返らずに部屋から出ていった。
廊下に出て、後ろだけ尻尾のように長く伸びた髪を持ち、思い馳せる。
ライティエットは視たのだ、この髪と同じ黒銀色の瞳で。
夢だったかもしれない、幻だったかもしれない。
けれど、確かに。
メーディエが魔法を完成させたその瞬間、シタヤの傍で微笑む美しく愛しい母、『サァーラ』の姿を。
墓参りなど、一体何年行っていないだろうか。
いつも逃げていた。近くを通っても、寄ることなど出来なかった。辛い記憶に押しつぶされてしまいそうだったから。
だけど、今ならきっと行ける。
もう二度と会う事は叶わないけれど、墓に向かって話す事は出来る。
本当に久しぶりに、母さんと話がしたい。
◆◆◆
数日後。
西の町マエラにシタヤを残して、ライティエットとメーディエは出発した。シタヤの傷自体は塞がっているのだが、それでも本来複数人で行う魔法を1人で行った弊害で、完全に完治させる事は出来ていなかったのだ。
「本当にいいの?シタヤさん1人置いて来ちゃって」
「精霊達にも頼んできたから大丈夫だろう」
心配するメーディエを他所にライティエットはそう繰り返す。
実は簡単にではあるが、ミネリア達にエルザール大森林でのことを報告してあるのだ。そろそろ詳細を聞きに駆けつけてくることだろう。捕まる前にさっさとマエラを離れるのが得策である。
シタヤはズルいと叫んでいたが、それも精霊達に任せて来たのできっとしっかり足止めしてくれるだろう。
「お前ら!はなせ〜ーーーーーっ!!!!」
『いやいやダメに決まってんでしょうが』
『けが、まだなおってない」
『あまり騒ぐと傷に響きますよシタヤ様』
『そうそう、だ・か・らぁ、大人しくしててねぇ』
ーードダバダドダバダ、バターーーーーーン!!!!!!
「くぉぉぉおらぁぁっ!!シタヤぁぁああ!!」
「げっ!?もう来よったかグェっ!?」
「お主何を死にかけておるのだこの大馬鹿者が!!」
「おぉぉおおシタヤおめぇよく無事でよぉぉぉぉおおっ!」
「わ、わる、おまぇら、ぐ、ぐるひぃ」
「ミネリア様もガーフィス様も落ち着いてください!シタヤ様が死んでしまいます〜ーーっ!!」
「また合流できるのよね、楽しみだわ。ところで、出発前にシタヤさんから何か貰ってなかった?」
「あぁ、これだ」
ライティエットが懐から取り出したのは手のひらに収まるほどに小さい木箱だった。蓋の部分に小花と蔓の彫り細工が少しばかり描かれた簡素で素朴な造りの物だった。
「俺の母親のオルゴールだ。今までずっと支えてもらっていたけれど、自分にはもう必要ないからって」
「ライのお母様の・・・聞いてみたいな、良い?」
メーディエの願いにライティエットは何も言わず彼女にオルゴールを手渡した。メーディエは落とさないように慎重に受け取って、オルゴールの蓋を開ける。
中から奏で始められた曲は静かに流れ、風に乗ってどこまでも、空高く響くのであった。
第五夜 END
第五夜これにて完結です。
次回は幕間を一本挟んでから第六夜に進みますので、どうぞお楽しみに!
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