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5-10



「ーー・・・は?」


 ライティエット達は一つ、大きな勘違いをしていた。


 この場にある、おびただしい数の遺体にかけられていた死霊魔法。その全てが、リコルスがかけたものだと。


「・・・あぁ、良かった」


 否。

 リコルスにそこまでの魔力は無い。

 彼にあったのは頭脳だけ。故に死霊魔法は『全て』、マグリスがかけていた。

 大森林の元村民も、ハンターも、動物も、モンスターも。



 そしてリコルスも、マグリス自身も。



「お前に、怪我が・・・なく、て・・・」

「あ、あぁっ・・・」


 ゆっくりと倒れる体。

 背を貫き、骨と内臓を砕き破った鋭利な角の先端が胸から覗く。

 流れでる血が、地面を染めて池を作っていく。

 その光景は見慣れている筈なのに、初めて眼にする得体の知れない異様なモノに見えた。



「師匠ッ!!!!!!?!」



 首だけとなったマグリスがライティエットに向かって飛んでくる。

 シタヤがそれに気づいたのは偶然だった。


 死人が殺気を放つ事はなく、首を浮かせて襲いかかるための魔力はほんの僅かな上に、土地の魔力の気配に溶け込ませたままだから魔力探知にも引っかからない。その上、死霊魔法がリコルスのものだと思っているライティエット達からすれば、リコルスの体が燃え尽きている時点で全て終わって敵はいないと判断していた。


 つまり、完全に油断していた。


 当然それはシタヤも同じで。

 だからこそ気づいたのは本当に偶然で。

 その偶然をシタヤは全力で感謝し、迷わず彼を庇った。


 文字通り、その身を賭して。




「いい加減、土に還りなさい!!」


 メーディエは叫びながらナイフで首の切り口から僅かに見えていたマグリスの核を突き刺して破壊する。更に首からシタヤの体に燃え移らない様に火も消した。


「師匠!!今コレを抜いてっ」

「ライ、ダメよ!!抜けば一気に出血してショック死してしまうわ!」

「ぁっ・・・」

「止血が先!縛るから上体をあげて!!」


 腰のポシェットから包帯を取り出して手早く止血作業をするメーディエと違い、ライティエットの動きが僅かに鈍い。明らかに動揺して、いつもの冷静な判断が出来ていないのが嫌でも分かる。


「ぐっ!・・いい、無駄な、ことは・・・せんでいい」


 ギッと千切れんほどにキツく縛った包帯に呻きながら、シタヤが小さく呟いた。


「師匠っ!」

「シタヤさん喋っちゃダメです!!」


 今にも消えそうな声、荒くもか細くなっていく呼吸。それらはライティエットとメーディエに最悪の結末を予想させる。


「・・・なぁ、そろそガハッゴホッ!・・はぁ・・・行ってもい、だろ?」

「え?なに、言って」

「あいつ、寂しがり・・だから、な」


 メーディエには何の話をしているのかがさっぱり分からなかった。

 だが、ライティエットはシタヤが誰のことを言っているのか正しく理解してしまった。理解してしまったからこそ、もう一つ、分かってしまう。



「・・・めだ・・・」



 シタヤが、『死』を望んでいるのだと。



「駄目だ、ダメだよっ!」


 ヒュー・・・ヒュー・・・と空気が抜ける音がする。肺が傷ついているのは明白で、刺さった位置からして心臓もかなり近い。

 止血したと言うのに流れ出る血の勢いは変わらず。触れているシタヤの体温が、徐々に徐々に、低くなっていく。


「母さんのところに、いかないで・・・シタヤっ!」


 温もりを逃がさないとばかりにライティエットはシタヤに覆い被さる。


「あぁ・・・なま、えで・・よ・・れる、は・・・ひさ、ぶり・・・だ」

「シタヤ?」


 そのライティエットの温かさに。自分とあまり差が無くなった体格に。シタヤは嬉しそうに手をゆっくり上げて触れ、目を細め・・・そのまま、閉じた。


「っダメだよ!ねぇ起きて!シタヤ!!」


 子どものように叫ぶライティエットの目から涙がボロボロと溢れてシタヤの顔を濡らす。だがそれにシタヤは全く反応しない。血の気を失った顔は、普段の赤みを帯びて日焼けした顔と同じとは思えないほどに真っ白に染まっている。


「シタヤっ!!」

「ライティエット!!!!」

「ーっ!?」


 ただシタヤの名前を叫ぶことしか出来ないライティエットをメーディエが大声で呼ぶ。

 普段のメーディエが絶対に出さない声量。ルーフェン戦で聞いた泣き叫ぶ弱々しいものではなく、脳に直接響き届くような力強い声だ。

 驚いたライティエットがメーディエを見ると、彼女はいつのまにか自身の体にかけた完全なる(パーフェクト)変化魔法(メタモルフォーシス)を解いていた。


「合図を出すから、そのタイミングで魔族の首をシタヤさんから引き抜いてちょうだい」

「なっ!?そんなことをしたらシタヤがっ」

「死なせない!!」


 メーディエが叫び、立ち上がる。と、同時に彼女の頭上付近に巨大な魔法陣が浮かび上がった。


「死なせないわ、絶対に」


 少しぶりに見た紅金の色彩鮮やかな瞳は、展開された光輝く紅白に明滅する魔法陣よりも美しく煌めき。ライティエットを、惹きつけて離さなかった。





超回復魔法(ハイ・ヒール)


 どんな怪我も病も治すことが出来るとされる魔法。正に回復魔法の頂点であり、その威力は死者蘇生すら可能なのでは、と言われるほどである。

 だが、だからこそ難易度はメーディエの使う『完全なる変化魔法』の更に上をいき、消耗される魔力量も膨大で到底1人で補えるものではない。本来なら最低2人以上の複数人で行い、それでも成功率が3割あるかと言われるほどの魔法だ。


「我が力を感知せし精霊たちよ。我が唱えし魔の法に不足なりし所あらば、その力借りることを願わん」


 これが、メーディエが今正に唱えようとしている魔法である。

 1人でなど、完全に狂気の沙汰。

 無茶・無理・無謀と、誰もが口を揃えて言うだろう。

 例えそれが、


「巡る風、巡る水、巡る大地。愛しき命を囲うモノに乞い願う讃歌ーー」


メーディエが1人で『2人分』以上の魔力を持つと、知っていたとしても。


「ーー巡る大気、巡る力、巡る時。我は命の守護者にして時の反逆者。巡るモノに逆巻きを起こす、逆さの砂時計ーー」


 巨大魔法陣の紅白の明滅が白の常時発光へと変わっていく。その光の粒子がシタヤを包み込んでいき、ゆっくりと体を浮上させた。


「ーー逆し、巡り、逆し。生の脈動に温もりを、慈悲なき流れの巡りに反旗を、儚き灯火に祝福の火種をーー」


 メーディエの額から滝のように汗が流れ落ちる。彼女の体から魔力が満杯のバケツをひっくり返す勢いで消費されていっている。

 それでもメーディエは詠唱を止めない、ライティエットも止められない。


「ライ!!今!!!」

「あぁぁああっ!!!!!!」


 メーディエの合図でライティエットが迷いなくマグリスの首を引っこ抜く。

 同時に溢れ出す大量の血。その量にライティエットの顔が絶望で染まりかける。


 だがその血は、ぴたりと空中で静止し、逆再生のようにシタヤの身体へと戻っていく。



「愛し子の途切れた未来(みちすじ)に世界からの喝采を!!!!」



 辺りが目が眩む程に眩い白い光で覆われる。


 強い、けれど優しく全てを包み込むその光は一瞬で。

 その後は、ただただ静寂が、大森林に木霊するだけだった。




次回にて五夜は終了となります。最後までどうぞお付き合いください。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

誤字脱字ありましたら、知らせていただけると大変助かります。


少しでも面白いと思っていただけたら↓から評価、感想コメントなどをいただけると嬉しいです。

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