幕間 ごはんはひとりよりも 〜炙りチーズとホットワイン〜
※第一夜の夜
「そろそろ野営する」
そう言って彼『ライティエット』は森の中の少し拓けた場所で立ち止まった。元々野営によく利用される場所みたいで、周囲には椅子代わりの平たい石や炭を燃やした跡がある。
薄闇のベールで隠されている中でどうにか存在を強調していた太陽は、今はもう森の木々に隠れて見えない。1時間もしないうちに完全な闇が支配する時間が来るんだろう。
「ここで野宿ってこと?町に・・・ぁ、いえ、ごめんなさい」
戻らないのか、と尋ねようとして慌てて口を閉じた。
『戻らない』んじゃない。
『私が居る』から、町に『戻れない』んだ。
申し訳なく思うのも烏滸がましいと言う物ね。魔法で姿を変えられるからって、殆ど無理矢理着いてきちゃったんだもの。今は何も言わず、彼の言うことを聞くべきだわ。
「何か、手伝える事はある?」
「・・・ない、そこで座ってろ」
ライティエットはそのまま黙々と作業をし始めた。
寝ている間にモンスター達が近付いて来ないように範囲固定結界を張って、周囲に落ちた枯れ枝と枯れ葉を集めて火をおこしていく。
全ての作業が全部魔法で、しかも詠唱無しの同時発動。
もちろんどれも難しくない簡単な魔法ばかりだけど、複数の魔法を一度に使っておきながらその操作に乱れも無駄も全く無かった。
しかも、その上で私への警戒は一切解いていない。
これが、白金ランク。
フェスティア大陸を守護する最高位ハンターの技量。
恐ろしいとかそういう感情なんて浮かばない。只々凄いと思うし、尊敬する。
それに、自分がどれだけ狭い世界に居たのかを思い知らされた。
ルーフェンの城から逃げてしまえば、あとはどうにかなる!なんて考えは甘えと無謀以外の何者でもなかった。いくら魔法が上手く使えても、外に関する知識と経験がなければ簡単に罠にかかるし、寝床も食事も準備出来ない。
本当に情けない限りだわ。
だからこそ今は彼の言う通り大人しくしておく、そして学ぶの。ライティエットが何をして、どうやってこの世界を生きているのか。
いつまで一緒に居させてもらえるか分からないんだもの。
見て、覚えて、吸収して、いつか1人になっても生きていけるように。
そんな風に思っていたらふわりと香ばしい香りが鼻を掠めた。
ライティエットが亜空間収納からパンとチーズを取り出したからだ。椅子代わりの平たい石に大きめの布を広げたライティエットはナイフでパンとチーズを切り分けていく。
パンは表面が黒くて、あれはもしかして焦げてるの?見るからに固そう・・・と思っていたら切られた中は薄茶の柔らかい断面が見えた。
チーズは少し厚めに切ったものを串に刺して、焚き火の火で炙っていく。炙られたところがキラキラとテカって、そこから固いチーズが柔らかく溶け、ところどころに飴色の焦げ目が出来た。
その半分以上溶けたチーズが乗せられたパンが木の器に入れられて目の前に差し出される。
「ぇっと?」
「・・・いらないのか」
「ぁ、もらって、良いの?」
「お前の分だ」
そこまで言われて、私はやっと器を受け取った。炙られたばかりのチーズから熱と香ばしくて濃厚な乳の匂いが届けられて涎が溢れそうになる。
食べたい、けど・・・これどうやって食べるの?カトラリーがないんだけど。
食べ方に困っている私を他所にライティエットは手掴みで持って豪快にパンに齧り付いている。
あ、そう食べるの・・・。やったことないけど、上手く食べれるかしら・・・。
恐る恐るパンを持ち上げてパクッと一口。
熱っ、美味しい!!
伸びる!切れない!でも美味しい!!
トロトロに溶けたチーズが黒パンととっても合う。パンは胡桃を練り込んだものみたいで、表面は見た目通り固くてパリッとした食感だけど、中はもちもちで胡桃特有の甘さと香りがある。それがチーズの塩味と合って何枚でも食べられそう!美味しい!
その調子で2枚目を食べ始めると、辺りに香っていたチーズの匂いを上書きするように酸っぱいアルコールの匂いが広がってきた。パンを食べ終わった(え、早すぎない?もしかして飲んだ?)ライティエットが焚き火に小鍋を置いてその中に赤ワインを入れている。
更にシナモンにクローブ、ローレル、ジンジャー、ドライオレンジ、蜂蜜・・・。
鍋に入れる度に香りが足されて全部混ざって・・・あぁ、なんて爽やかで甘酸っぱい素敵な香り。
「・・・」
「あ、ありがとう」
香りに酔いしれているとまたライティエットが無言で渡してきた。
受け取って見れば、ホットワインが入ったコップもパンの器と同じ木で作られたものみたい。色も木目の入り方も一緒だわ。彫り方と手触りも似ている感じがするから同じ職人さんが作ったものなのかしら。
素朴だけど柔らかくて温かい、優しい手触り。城の豪華な食器より私はこっちの方が好きかもしれない。
手触りを楽しみながら熱いワインを見つめ、息を吹きかけて少し冷ましてから、一口。
「・・・美味しい」
先ずシナモンとクローブの香りが強くきて、その後にブドウとオレンジの酸味と蜂蜜の甘さ、最後にジンジャーの辛さとローレルの優しい香りが体に沁み渡る。
体の疲れと緊張が内から解されていくような感覚に、ほぉっと思わず息が溢れた。
ーぽちゃん
急な水の音に雨かと思って辺りを見渡す。
でも、雨はなくて、視線を戻せばまたーぽちゃんーと鳴る。しかも今度は何度も続けて。
・・・一体どこから?
分からずにオロオロしていたら、またライティエットが無言で手を差し出してきた。
その手には汚れていない綺麗なタオル。
私はそこでようやく、水音の正体が自分の涙だと気づいた。
「あ、ありが、とぅ・・・」
「入れ直すか?」
「いい、飲む・・・美味しい、から・・・ありがとう・・・」
受け取ったタオルで涙を拭いても後から後から溢れ出てて止まらない。
私はすぐに拭くのを諦めてパンを齧り、ホットワインを飲んだ。
さっき飲んだ時には感じなかった微かな塩っぱさに笑いそうになる。
それでも、美味しい、おいしい・・・。
机も無い、ナプキンも無い、豪華な食器もカトラリーも無い。贅を凝らした料理でもないし、品数自体たったの二品しかないから到底満腹にもならない。
なのに、美味しくて、心が満たされる。
今日の食事を、私はきっと一生忘れないだろう。私が私である限り、絶対に。
見つかって連れ戻される不安を抱えながら、それでも触れた優しさと温かさが心に満ちた夜だったから。
幕間 ごはんはひとりよりも 〜炙りチーズとホットワイン〜 END
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