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男はふと、人の気配を感じて立ち上がる。愛用の剣にだけ手早く洗浄魔法をかけ、気配のする方へと視線を向けた。ガサガサと草木をかき分けて近づいてくる足音は、大人で、二つ。
「ーーおい、いたか!?」
「いやいねぇ。ダメだ、見失ったーーって、うおっ!?」
槍を抱えた大柄な男が二人、男に気付いて立ち止まった。兜無しのプレートアーマー装備の胸元には門を守る鷹のエンブレム、城壁の門番を務める者の証だ。
こんな場所に人がいる事に驚いている門番達に男は剣を鞘に納めながら話しかけた。
「あんた達、この先の町の門番だろう?さっき子どもが勝手に森に入って襲われていた。門を放って何してやがる」
「何だって!?あ、きっと酒場んとこの娘だ!!」
「そういえば薬草がいるって言って・・・無事なのか!!?」
慌てた様子で聞いてくる様子からして、サボって門を留守にした訳ではなさそうだと分かる。男は先程の事を軽く説明し、門まで魔法で送った事を伝えた。
「そうだったのか、ありがとうよにいさん、恩にきる。おい、急いで戻るぞ!!」
「そうしたらあの魔族はどうするんだよ?」
「魔族?ここをテリトリーにしていたやつは俺が昨日倒したばかりだが・・・」
そう言った男に門番達は再び驚きの声をあげる。
「ここの魔族を倒したって・・・伯爵級だぞ!?一人でなんてどうやって」
「待て!!こいつの、いや、この人のエンブレムの色・・・もしかして白」
「おい」
言葉をわざと切らせるように男は怒気のこもった声を上げた。急な声がけと、何より射殺さんばかりの眼光に大の大人である門番達がすくみあがる。
「俺の事よりさっさと魔族の事を話して持ち場に戻れ。子どもは門のところに送っただけだと言ったはずだ、見殺しにする気か」
「あ、あぁ、すまねぇ・・・。実はな・・・ーー」
男の覇気に怯えながら、門番は自分達が何故持ち場を離れていたのかを話した。
曰く、門の近くを傷ついた幼い魔族が通り過ぎて行ったらしい。
どこかのテリトリーにいた魔族がハンター達に追われてここまで来たのだろうか。何にせよこの森の魔族と合流して回復されては大変だ、と慌てて追いかけたそうだ。
他の門番や町の衛兵に知らせなかったのは褒められた事ではないが、判断としては間違っていない。下手に野放しにしておく方が危険だろう。
男は自分が代わりに魔族を追うと言い、門番達を早急に帰させた。
本当はもう少し休んでいたかったが、こればかりは仕方がない。この森の魔族は倒したから合流される心配はないが、逆にいないからと新たなテリトリーとして住み着かれても厄介だ。
男は体内の魔力を薄絹のような膜にして自分を中心に森中に広げていく。膜の魔力に当たって弾くような反応があるのは魔力がある生き物がそこにいる証拠。どこにいったか分からない魔族を探すには少し面倒ではあるがこの方法が確実だ。
すぐにいくつか弾きを感じるがどれも弱い、先程の門番達と格下のモンスターだろう。思ったより逃げた魔族は森の奥に行っているようだ。目を閉じて、意識を集中し、更に膜を広範囲に広げた瞬間
ーリン、チリィィーーーン!!ー
耳に直接鈴の音が鳴り響いた。
「ッ!?何だ・・・鈴の音?こんな鮮明に?」
辺りを見渡すが、もちろん誰もいない。魔力の膜には今までより僅かに強い弾きを感じたが、魔族というには弱すぎる。
「他にそれらしい反応はないし、これがそうなのか?・・・随分と弱っているみたいだな」
弾きを感じた方角に向かって男は足を進める。魔族はもう動けないほど弱っているのか、反応が移動する事はない。ただ、移動された時の為にと流す魔力の膜が当たる度に鈴の音が鳴り響いた。しかもその音は近付くほどに大きさを増していき、微かに泣き声も、混ざって聴こえるようになる。
弱々しい、今にも消えてしまいそうな泣き声が鈴の音以上に耳に残る。
聞いていると心の中が乱されて、疲れからくるものとは違うイライラがつのっていく。
幼い頃の思い出が頭を過ぎる。
何も出来なかった、無力な頃の自分。
無意識に、歩く速度が速くなる。
「ーーぅ、ひっく・・・ぅう・・・」
泣き声が近い。
背の高い葉と太い木の影に隠れた人影が見える。気配を消して、剣の柄を握り直し、魔力の膜を消そうと息を整える。が、
ーーリンッ!!!!!!ーー
今までで一番大きな鈴の音が、耳どころか頭まで揺らさんばかりの勢いで鳴り響いた。
「ぁっ!!?」
「っ!!だれ!?」
思わず耳を塞いでよろけた所為でこちらに気づいた魔族が勢いよく振り向く。
二人の眼が、重なり合う。
互いに動きは止まり、流れていた空気も、時間すらも、止まった。
ーー同じだーー
目眩のような、吐き気のような、頭を揺さぶられるような感覚に、きちんと立てているかも分からない。
そんな中でただ、2人は見つめ合っていた。
どれくらい、そうしていただろう。
1時間かもしれない、一瞬だったかもしれない。
見つめ合う2人の間に優しい風が通り抜けていく。頬を撫でるそれと草木の掠れる音で、止まっていたものが動き、2人も我に返った。
魔族は再び震え始めるが男から目を離すことはない。今出来る最大の警戒を男に向け、少しでも距離を取ろうと身体を後ろへ下がらせる。しかし途中でビクッと身体を震わせ、その場に呆気なく倒れ込んでしまった。
男は近付いて座り込み、長い髪とローブで隠れた魔族の足を引っ張り出す。
「!!?」
「・・・なんだコレ」
驚いて足を引っ込めようとする魔族を完全に無視して、男は捕まえた足の状態に目を見開いた。
細く真っ白な足に巻きついたのは黒い斑模様の細い鎖と金属製の輪についたヒビのある赤金色の鈴。
鈴は魔族が倒れた時も、男が足を引っ張り出した時も全く鳴らないどころかその丸い形を震わせてすらいない。
だが鎖の方は足首から太ももにかけてキツく縛りつき、まるで獲物に巻きつく蛇のようだ。特に足首の辺りの巻きつきが酷く、肉に食い込んであちこちから血が流れている。しかもその血に含まれる魔力に反応しているのか、更に食い込もうとじわじわ動く生きた鎖だった。
他にも頭や腕など至る所に怪我があるようだが、何よりもこの足の状態が酷く、異質だった。
「(全く鳴らないが、さっき頭に響いたのは恐らくこの鈴だ。ということは俺の魔力に反応したのか?・・・どういう効力のアイテムか分からないが、鎖の方は明らかに魔封じのアイテムだな。つまり、・・・コレを付けたのは人間・・・)」
魔封じのアイテムは魔族に対抗しようとこの大陸の人間が作り出した魔道具だ。この形状からして恐らく罠系だろう。この魔族は隠された鎖を知らず踏んだかなにかして引っ掛かり、魔力を吸われて動けなくなったところを襲われた・・・。
「(胸糞悪りぃ・・・)」
分かっている、人間は弱い。どうしたって、魔族には力でも魔力でも劣る。
だから人材を集めて育て、道具や罠を作って、対抗してきた。
それでもコレは・・・、力で蹂躙してくる魔族となにが違うというのだろうか。
男は複雑な気持ちを抱えたまま、懐から細いナイフを取り出した。
「な、なにをする気!?離して!!」
「じっとしていろ。すぐ、楽にしてやる」
刃物に怯えて暴れそうになる魔族の動きを男は足をしっかり握り直す事で封じ込める。
そして狙いを定め、ナイフを勢いよく振り下ろした。
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