4-10
デミルスの気配も完全に消え、耳に残る笑い声も聞こえ無くなった頃。
2人はやっと動き出すことが出来た。ライティエットの骨はいくつか折れていたが、幸いにして大きな骨は折れて折らず。キツいテーピングをし、更に数回上位回復魔法を施すことで何とか動けるようになった。
「ーーお互い・・・酷い有様だな、ライティエット」
「「ルーフェン!!?」」
座れる状態にまで回復したライティエットの頭上から、その声は響いてきた。
信じられない思いで顔を上げれば、目の前に身体中血だらけのルーフェンが立っている。
「うそ・・・本当に、ルーフェン?」
「お前、何で生きて・・・、あの短剣は・・・」
混乱し始める2人を他所に、ルーフェンはフンと笑ってライティエットの隣に腰掛けた。
「『闇の貴公子』とまで呼ばれる私の生命力を舐めないでもらいたいね。あぁ心配してくれたのかいメーディエ!!ふふふふふ大丈夫だよ、あ〜んな小さな短剣で斬られたくらいじゃ私の核は傷つかないからね!!」
彼の言葉通り、傷口はある程度塞がっているし、息遣いも落ち着いている。言葉もはっきりと喋れていて、どう見ても死にそうには見えない。
「そうだ、今宵の決闘は日を改めてやり直そう。君は傷の回復に専念しなくてはだし、私だって城を作り直さねばいけない。全くあの方はどうして全部破壊していったのか・・・」
「何だ、それで良いのか?今なら俺を簡単に殺せるぞ」
「ちょっとライ!!冗談でもやめて!!」
「ははは、せっかくこの私と本気で戦える相手が見つかったんだ。今ここで終わらせるのは面白くないだろう?十分に遊んでからでなくてはね」
「俺は玩具じゃないぞ」
「あぁそうだ、再戦までは不本意ながら君にメーディエを預けておくとするよ」
「聞けよ。・・・良いのか?」
「その代わり、絶対に傷つけてくれるなよ」
「あぁ、分かった。・・・分かったから、もう寝ろ。ルーフェン」
その言葉にルーフェンは笑う。
メーディエさえ初めて見るような、とても穏やかな微笑み。
ライティエットは無理をして立ち上がると、メーディエの腕を引っ張って立ち上がらせ、ルーフェンから少し離した。
「え、ぁ、何?どうしたの?」
「黙って見ていろ。ーールーフェンの、最後を」
「ーーーぇ?」
ーず・・・ズる・・ず・・・・ズず・・・ー
静まった夜に、小さな音が響き始める。
何かが、何処か狭い場所を這いずり回っているような音。その音に混ざって、ひび割れて行くような音も。
ーずず・・ズ・・・シ、ピシッ・・ずるル・・・ビシッ!ー
雛鳥がたまごの殻を破って出てくる時のような、そんな音が。
「奴が使った短剣、あれは『種刀』だ」
身体中の血管が太く浮き出し、そこから血の気が無くなって干からびていく。手足の指先はすでに骨と皮だけになり、浮き出た血管の部分がひび割れ始めていた。
「いくらルーフェンでも、『核』を破壊されてしまっては確実に・・・死ぬからな」
魔族は人と同じく『老いて死ぬ』種族だ。
しかしそれらは魔力量で変化し、魔力が多い者はいつまでも若く美しく、寿命も長い。
魔族は特性として魔力量が多いので当然のように長命。更に肉体も強靭な上に再生力まで備わっている為、最強の種族と言える。
様々な能力を持つ彼らを『確実に死』に追いやる方法は、二つ。
一つは肉体が再生出来ないようにする方法。身体をバラバラに切り刻んだり燃やしたり風化させたりするのがこの方法に入る。
もう一つは『核』を破壊する方法。
『核』とは、魔族の第二の心臓であり、脳であり、そして魂である。
魔力・再生力・記憶等の全てが詰まっており、色は様々だが形は親指大の菱形結晶体で胸部から上の体内の何処かに存在する。
そんな『核』を破壊する為だけに作られた武器が『種刀』であった。
刀身の中心を空洞にしてそこに改良した血を好む肉食植物の種を仕込み、刺すか切り付けるかのどちらかの方法で種を体内に埋め込む。入り込んだ種は即座に発芽し、血と強い魔力を求めて血管に根を張り巡らせ、血を吸い上げながら『核』を探す。
核を見つけ出した根は内部に入り込み、核内で蕾を作り、体外に排出すると同時に核を破壊して花を咲かせる。
こうして核は完全に破壊されるのだ。
「花が咲く・・・『死』の訪れだ」
ルーフェンの額にある第三の眼が落ち、穴となったそこから黒い結晶体が出て来る。
そして結晶の先に割れ目が入り、黒いガラスのような花の花弁がパキリと開いた。結晶が割れ、破片がパラパラと落ちて行く。
太陽が昇り始め、月光とは違う明るさが地上を照らしていく。
空の深い闇が光に溶けるようにその色を薄めていく。
太陽の明るさがいつもより強く感じ取れる。
『闇』が消えたのは、ここら一体を『縄張り』にしていた主の魔力が完全に途絶えた証拠。
壊れた柱に残る天井のステンドグラスが差し込んでくる太陽の光を受けて地面に美しい黒光りの模様を描いた。『花』は花弁に残った核の破片と透き通る葉脈をその光で輝かせ、この世のものとは思えない漆黒の美しさを見せつけてくる。
メーディエはその末路をただじっと、じっと見つめていた。
「・・・ふふふ」
故に、聞こえてきた鈴のような笑い声が、メーディエから発せられたのだと理解するのに時間がかかった。
「ふふ、ふふふ・・・はははは、あはははははははははっ!!!」
『死』を前に、メーディエが笑っている。
狂ったように、壊れたように、涙を流しながら。
それでも、響く笑い声には確かな『歓喜』の感情が伝わってくる。
笑い続けるメーディエはデミルスが作ったルーフェンの血の池まで歩き、汚れる事も気にせず座り込んだ。
破れた黒いレースのドレスが血を吸い上げて変色していく。メーディエはそれを気にしないどころか足りないとばかりに血を両手で掬い上げて頭上に撒き散らした。
雨となって降る血が彼女の全身を染め上げ、笑みが、深まっていく。
「・・・誰だ、貴様」
顔についた血を化粧のように広げるメーディエにライティエットが問う。研ぎ澄まされた剣の切先を彼女の喉元に向けた状態で。
目の前にいるのは、『メーディエ』ではない。
放たれる魔力は鉛のように重く、血のようにドロリと濃く、全身に刃が突き刺さっているように鋭い。感じるプレッシャーもデミルスと同等か、それ以上か。
本能は排除か、出来なければ逃走を、先程から命令してきている。
だがーー、
「・・・震えておるのかボーヤ?ふふふ、可愛いなぁ」
だがそれでも彼女は、『メーディエ』なのだ。
彼女が立ち上がると血の池に大きな波紋が生まれ、そしてそのまま固まる。レースから垂れる雫すら、空中で静止した。気付けばライティエット自身も、身体を動かすことが出来ずに固まっていて、声を発することすら出来ない。
全てが静止した世界で、唯一動く『それ』は、恐ろしく、死そのもので、只々美しくて目が離せなかった。
「妾はこの娘の中に眠るもう1人のメーディエ。真の闇を司る世界の主であり、世界そのもの」
向けられたまま固まった剣を指先で撫でながら『それ』はライティエットに近付き、彼の首に手を回す。
「ルーフェンの死でこの娘の心にヒビが入った。ふふふ、気をつけよ。次はお前だ。お前が傷付けば娘の心はどんどん壊れていく。そして完全に壊れた時、この身体も心も魂すら妾のモノだ。お前の知る『メーディエ』は二度と目醒めぬ・・・その時にまた、会おうぞ」
耳元の囁きが消える。
同時に周囲の時が動き出し、ライティエットは呼吸を許された。
メーディエも魂が抜けたかのように気を失い、ライティエットの腕の中に倒れ込んだ。
動き出した世界に冷たい、けれど柔らかな風が吹く。
嘘のような静寂を、言いようの無い不安と恐れを抱く2人を、一輪の花だけが眺めていた。
第四夜 END
ここまで読んでくださってありがとうございます♪
この章で夜想曲の前編が終了しました。次の章から後編に入ります。
ただその前に幕間として番外編的な小話を2話ほど挟みたいと思います。
本編のシリアスさはない、2人のほのぼのご飯話を予定してますので、どうぞお楽しみに!
誤字脱字ありましたら、知らせていただけると大変助かります。
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