4-9
「ーーーィ・・・ラィ・・ーー・・・ライ!」
メーディエの声が聞こえる。泣いているのか、側に居るはずなのに声が遠く感じる。
声に集中しようとして、その時やっと、自分が気を失っていたのだとライティエットは気付いた。ゆっくりと、とても遅く感じる速度で目を開けて、ボヤけた視界でも分かる周囲の様変わりに思考が停止しそうになった。
高い天井が跡形もなく崩れ落ち、代わりに黒い空が何の邪魔もなく見渡せるようになっている。天井だけではない。ルーフェンの城自体が破壊尽くされ、元の形を留める事なく、ぼろぼろの瓦礫の山と化していた。
創り出した結界はひび割れながらもあの攻撃魔法に耐えてくれたらしい。ただそれも最後の1枚を残すのみで、最早物理的な防御機能は殆どない。早く張り直すか、ここから離れるかして態勢を整えなくてはいけないのに。崩れた天井や床と一緒に落ちたから体が瓦礫の山に埋もれて身動きが取れない。
「ライッ!?ライティエット!!良かったっ・・・」
「・・・メ、ディ・・・エ・・・無事、か?」
泣きながら名を呼んでいたメーディエがライティエットの目覚めに気付いた。彼女も服がボロボロになり、いくつか傷もついている。けれどライティエットのように瓦礫に埋もれたり、酷い怪我を負っている訳でもないようだ。
ーほぉーっと安堵の息が溢れる。
「私よりライがっ!?早くそこから出ないとっ・・、ひっ!?」
「くくく、我が魔法に耐えた、か・・・」
上空から、ルーフェンとは違う男の楽しげな声が響く。
月光を全身に受け、空に悠然と浮かぶ男の低音の声が、圧を持って降ってくる。
男が深い緑色のマントを風に靡かせながら瓦礫の山の天辺に足をつけ、汚れるのも気にせずに座った。漆黒の翼は畳まれずに広げられたまま、黒い空に溶け込んでいる。最早何処からどこまでが翼なのか、まるで男の翼に囲われて閉じ込められているような錯覚すら起こさせた。
そんな中、大きな音を立てて一部の瓦礫が崩れると、そこからルーフェンが慌ただしく這い出てきた。不安定な足場であるのも気にせず片膝をつき、頭を深く、深く下げる。
「このような姿での拝謁となり、申し訳ございません。大公爵 デミルス様」
メーディエが体を大きく反応させ、自分の体を強く抱きしめながら震え出す。
大公爵デミルス。
全ての魔族を束ね、従えさせる偉大なる御方。
こうして地上に降りてきたのは恐らくほぼ無く、フェスティア大陸の者は彼の存在すら知らない。
だが魔族の中ではその存在は絶対的なもの。例え直接会ったことがなくとも、デミルスの容姿を知らぬ魔族は存在しない。
琥珀石を細い針金にしたような透き通る輝きを持つ少し癖のある短髪。紅い月を思わせるほどに濃い黄金色の双眸。黒真珠のように艶めく褐色の肌。黒鉄のような角は左右で長さが違うが、どちらもうねるように曲がって天を突き刺している。着用している軍服は黒地に金と紅金で縁取りがされ、彼の存在感をより重く、威圧に満ちたものにする手伝いをしていた。
今もまともに顔を見る事さえ出来ないほどの威圧感を感じる。傍で首を垂れるルーフェンに至っては瓦礫についた拳が汗ばんで静かに震えていた。
「あぁルーフェン、我は捜索の必要はないと、言ったと思うのだが?」
「っ、も、申し訳、ございません。早急に己の失敗を挽回したく!」
「まぁ良い。それよりも、お前は少々知り過ぎたようだ」
「知りすぎた?・・・ではやはりーーっ!!?」
思わず顔を上げたルーフェンにデミルスは音もなく近付いて肩を抱く。まるで彼の頭を隠すように置かれた手はグッと首を掴んで長身のルーフェンを思い切り引き上げた。
「事は順調に進んでおるのだ。邪魔をせず・・・」
デミルスの声が何故か、ルーフェンにはいやに遠く聞こえた。こんなに近くにいるのに・・・。
いや、耳だけではなく、他の全ての感覚がおかしい。
如何して、視界が靄のかかったようにぼやけて見えるのだろう。
如何して、手足に力が入らないのだろう。
如何して、口の中からは音ではなく、液体が出てくるのだろう。
如何して、どうして・・・黒いはずかの方が、目の前が、赤い・・・・。
「我が計画の礎となれ」
肉を、深く深く引き裂く音と、一瞬遅れて大量の液体が流れ落ちる音が辺りに響く。
瓦礫から這い出る間もずっと、奴らから視線を外さなかったのに、この現状をすぐには理解出来なかった。
「い、いやぁぁぁあぁぁーーーっ!!!ルーフェン!!ルーーフェン!!!」
メーディエの甲高い叫び声が意識を現実に戻す引き金となる。目の前に広がる光景の一つ一つが嫌でも明確に理解されていった。
紅く染まっていく長い髪、額の第3の眼が流す紅い涙。引き裂かれた服の間から見える白い骨と僅かに脈打つ臓器。ライティエットがつけた傷を更に深く抉ったそこからは絶えず血が吹き出し、辺り一面をあっという間に紅い海に変えていく。
今も聞こえるメーディエの泣き叫ぶ声にルーフェンの身体はピクリとも反応しない。
そんなルーフェンを高く掲げたまま、湧き出る血を一身に浴びて笑うデミルス。黒い刃の短剣で更にルーフェンを刺し続けるその姿は異様で、恐怖で、けれど美しい死の神に見えた。
(ーー何故だ・・・何故ルーフェンを殺した?)
まだ身体の半分近くが瓦礫に埋もれた状態であるにも関わらず、ライティエットは凄まじい怒りと殺気をデミルスにぶつける。
(奴との死闘はまだ終わっていなかった。闘いの中で、ルーフェンと語る事は山ほどあったと言うのに!)
突き刺さるような強い魔力の波動と殺気、威圧感。絶対的不利な状態でありながらも失われない闘争心。
これらを感じたデミルスはライティエットの方を向くと満足げに微笑む。
「とても甘美で、心地の良い殺気だ。だが・・・」
デミルスはルーフェンを投げ捨て、その手をライティエットに向ける。だらんと下がった手が大きく開かれたと同時に強い衝撃波がライティエットに襲いかかった。
「ーーっ!!!!?!」
「ライッ!!!!!」
最後の結界は一瞬で粉々になり、ライティエットは瓦礫ごと地面を滑るように弾き飛ばされて、折れた柱に激突する。
体内で鈍い音が鳴り、激痛で意識が混濁する。
叫ばれる、言葉にならない苦痛の声と泣き声。
デミルスはそれを、まるで美しい音楽を耳にしたように酔いしれた顔で聴いていた。
「まだだ、まだ、己は強くなれる」
柱にめり込み、ぐったりとするライティエットの傍にデミルスが降り立つ。グラつく意識の中、それでもライティエットは乱れた黒銀の髪の間から同じ黒銀色の瞳をギラギラと輝かせてデミルスを睨みつけた。
デミルスはそんなライティエットを挑発するように、気に入りの玩具で楽しんでいるような目で見据え、言葉を続ける。
「もっと強くなるのだ。強くなって我を楽しませよ。そして我を殺しに、己が願いを叶えに来るが良い。もう何も、失いたくないのならな。くくく、くはははははははははははははははははは!!!!」
漆黒の翼を羽ばたかせ、月のぼんやりと輝く闇の空へとデミルスは飛び立つ。
その姿は空に溶けてすぐに見えなくなったが、笑い声だけは、いつまでも耳に届いて消えなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
誤字脱字ありましたら、知らせていただけると大変助かります。
少しでも面白いと思っていただけたら↓から評価、感想コメントなどをいただけると嬉しいです。




