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宿までの帰り道、メーディエはライティエットの手を引いたままズンズンと大股で歩き、怒りを露わにしていた。
「・・・怒ってるのか?」
「そうよ、見て分からない?」
「だから言っただろう、良い気分にならないと」
「えぇ本当にね!でも私の知らないところでこんな目に遭ってるよりかはマシよ。こうして連れ出すことも出来るし。大体なんなのあの人たち!魔族の心配ばっかりで誰もライの心配しないなんてっ!それにライのことを死神とか化け物とか、本当に最低だわ!!」
子どものように頬を膨らませて怒るメーディエにライティエットはふっと声を漏らす。その微かな音を耳が拾って、もしや笑っているのかとメーディエは急ぎ足を止めて後ろに振り返った。
それと同時に
「・・・ありがとう」
ライティエットの、今まで聞いた事のない甘さの優しい声が耳を溶かす。
細められた黒銀の左目にいつもの鋭さは無く、緩く弧を描いた唇がその形を保ったまま、先程と同じ甘さと優しさで次の言葉を紡いだ。
「メーディエ」
◆◆◆
「ぅあーーー〜ー・・・」
怒りの思い出から芋づる式に呼び起こされた衝撃的な思い出にメーディエは唸る。
マントに埋めた顔は誰にも見せられない。いや、誰もいないと分かっているが暫く上げられそうになかった。
だって頬や耳が酷く熱く感じる。鏡で見なくとも真っ赤に染まっているのが丸分かりだ。
「初めて私に向かって名前呼んでくれた上にあの笑顔って・・・反則よ、ズルいわ・・・。もう〜っ、これだから美形はーー〜っ!しかもあれ絶対無自覚だしっ!!」
最早ベッドに転がってバタバタと手足を動かすメーディエに先程まであった怒りはない。今は動いていないと溶けてしまいそうな恥ずかしさが彼女に襲いかかっている。
けれどそれも長くは続かず。徐々に冷静になっていく頭を今度はじわじわと悲しみとやるせなさが占領し始めた。
あまり心配された事が無い、と言っていた。それはギルドの様子でよくわかった。
あの若さで白金ランクとなれば、もしかしたら最年少記録保持者かもしれない。そんな圧倒的な強さと地位に加えて、更にあの見た目の麗しさだ。
多くの者は憧れよりも疑惑や妬み、嫉妬に感情が傾いてしまうだろう。
自分の周りが、そうだったように。
でも、だからと言ってあの状況はやはり許す事が出来ない。
「ありがとう、なんて・・・言わないでよ」
顔を埋めたままマントを握りしめ、唸るように、訴えるように、メーディエは声をこぼす。
もっと、ライティエット自身が怒って。
あんな風に言われることが、仕方のないことみたいに、受け入れないで。
ライティエット、貴方はどうしてそんなにーー
「独りに、なりたがるの?」
答えはもちろん、かえってくることは無い。
ーーコトッ・・・
小さな音が聞こえた。
少し眠ってしまっていたようで、ゆっくり体を起こしたメーディエは辺りを見渡す。
が、ライティエットはもちろんまだ帰って来ておらず、室内も変わった様子はない。開けっぱなしだった窓を見れば、少し風が出てきたのか墨染めの花びらが舞っている。
窓枠に何か当たったかなーー。
そう考えて窓を閉める為にベッドから降りようとして、気づく。
手摺りの真ん中に、黒いシミが一つ。
最初は花びらが落ちているかと思ったが、違う。
これは、影だ。
ほんの少しだけ、でも存在を主張するようにゆらりと動くその影に動悸が、早まる。
見たくない。でも、見なければいけない。
早る動悸をマントごと両手でかき抱いて、影の真上に恐る恐る目を向けた。
そこには窓枠に一本足を引っ掛けてぶら下げる一匹の黒い蝙蝠がいた。
瞼を閉じているのか、それとも後ろを向いているのか。毛に覆われた顔は真っ黒でどこに目鼻があるか分からない。
動悸は治らず、むしろスピードを上げて音も大きくなっているようにすら感じる。見つめる視線かそれとも動悸の振動が届いたのか、ぶら下がった蝙蝠がまたゆらりと動いた。
ぐるりと首が回る。
大きな、ほぼ顔全部を占領するほど大きな一つ目が室内を見渡して、メーディエを『視る』。
視線がかち合い、にしゃり・・・と、赤い目玉が笑った。
「ーーッ!!!?」
ーーパァンっ!!
無意識に、魔法を発動させて蝙蝠を撃ち抜く。
動揺して魔力制御が上手くいかなかったようだ。威力が強すぎて蝙蝠は跡形も無く消え去り、窓枠も少し抉れてしまった。音と強い魔法の気配に気づいて、外にいた通行人たちがざわつき出している。
だが、メーディエの目に、耳に、その現状は届かない。
過呼吸を起こしたかのように荒い呼吸を繰り返し、自ら消し去った蝙蝠を今も凝視している。
「(いた、間違いなく彼の蝙蝠だ、私を視た、視られた、笑ってた、笑って・・・名前を・・・)」
呼ばれた気がした。
忌むべき名前を、口もない蝙蝠の瞳の奥で、彼がーーー。
自分の周りだけ急激に温度が下がった気がした。
ぞわぞわと、悪寒が走るのを止められない。
此処にいては行けない。
直感的に、そう思う。
「ーー我が力を感知せし精霊たちよ。我が唱えし魔の法に不足なりし所あらば、その力借りることを願わん」
彼が、来る。
「霧の衣を纏いて風の調べを刻まん。我に現を、他に夢幻を」
来ないかもしれない。
でも、見つかった時点で此処に居るのは危険だ。
「光は影に、影は光に。全ては彼方の蜃気楼へ。逃げ水の如く、溶け消え、何も残さず」
ーーごめんなさい、ライティエット。
「ただそこに、虚無を残すのみとならん!」
ーーコンコン、コンコン
「お客さん?お客さ〜ん!ねぇ、大丈夫かいね?なんか窓が壊れてて魔法の音も聞こえたって」
宿の女将が通りのざわつきに気付き、部屋を訪ねて来る。何度か扉を叩いて声をかけるが、中から反応は無い。
「お客さん、開けるよ?ーーひゃぁっ!?」
マスターキーを利用して扉を開けようとしたが、鍵を差す前に内側から扉が開け放たれた。
あまりの勢いに驚いて尻餅をつく。
「ぁいたたっ!ちょいと、急に何すんだい!!って・・・誰も、いない?・・・どうなってんだい?おかしいねぇ」
開け放たれた扉の向こうは勝手知ったる部屋の風景が広がっていた。確かに窓枠が一部壊れているが、それだけで人の姿はどこにも見当たらない。
この部屋には男女2人が宿泊していて、確か男の方は出かけたが女の方は部屋に残っていたはずなのだが。
いつのまに出掛けたのだろう。
「風で開いちまったのかねぇ。でもそんな強風が吹いてたか?」
頭を悩ませている女将の横をふわりと風が通り過ぎる。花びらも一緒になって入り込んでくるその美しい風景に、女将はすっかり風が全ての原因だと思い込んで己の業務に戻って行った。
同じ頃、宿が連なる町の大通りを今日一番の風が真っ直ぐ外壁に向かって吹き荒れる。通りに居るものは皆、花びらの舞う光景にうっとりと目を向けるが、風の吹く方へ目を向ける者は誰も居なかった。
ただ一人、
「・・・魔力の風?・・・まさか、メーディエ?」
ライティエットを除いて。
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