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フェスティア大陸の北、四大中心都市同士を結ぶ中継地点にある小さな町「フリーネ」。花の精霊が守護するこの町は家々に必ず植物が飾られ、大陸が闇に覆われながらも華やかさと賑わいを辛うじて保っている数少ない町である。
メーディエはその町の宿で、窓辺のベッドに腰掛けて道に飾られた花々を眺めていた。
ライティエットはいつものようにギルドに行って報告と仕事探し。メーディエもすっかり自分の役割となった消耗品の買い出しを終えて、今はライティエットから無理矢理剥ぎ取ったマントのほつれを繕っている。
真っ黒なマントは長身なライティエットが着ているものだから当然長い。激しい戦闘を前提に作られてた物故に糸だけではなく極細の針金も編み込まれており、見た目以上に重く、少し小柄なメーディエの身長で着ようものならズルズルと引きずって転ける未来しかないだろう。実際今も長さと重さでメーディエの膝には乗り切らず、余った部分はベッド横に持ってきた椅子の背もたれにかけてある状態だ。
外の花々からそのマントに意識を戻してメーディエはため息を吐く。
黒一色の様でよく見ればまだらに赤く、赫黒く染まった布地。
ライティエットの血か、魔族やモンスターの血か・・・いや、考えるでもなく
「全部、よね・・・」
思考は音となって出ていくも、それでもまとまりはしない。
マントに残る何度となく修繕された跡。
それを物語るようにライティエットの身体にも数えきれないほどの傷痕が残っている。
全て、過酷な戦いを乗り越えてきた歴戦の猛者である証であり。剣士として恐らく、いや確実にこの大陸で一二を争う技量を得た彼自身の歴史の跡なのだろう。
「・・・聞かないって決めたばっかりなのに・・・意思が弱過ぎでしょ、全く」
自分自身に悪態を吐きながらもどうしても考えてしまうことを止められない。
「それもこれも、あのギルドと金ランクのパーティーのせいだわ!!あー〜っ、もう本当に腹立つっ!」
珍しく声を荒げるメーディエは誰も見ていないのをいいことにマントをバンバン叩いて感情をぶつけている。
彼女がここまで怒りを露わにしている原因は数日前、マルクスとの戦闘後にギルドに報告に行っていた時の出来事が原因であった。
◆◆◆
ーー数日前
「ーーー・・・本当に着いてくるのか?」
「何度も聞かないで、女に二言はないわ!それとも、やっぱり魔族だってバレちゃうかしら?」
「いや、その心配はない。知っている俺ですらかなり意識して探らなければ分からないんだ、その辺のランクの奴らが気付く訳がない・・・だが」
「?・・・なに?」
「いや・・・あまり、良い気分にはなれないぞ」
そう言ってライティエットはギルドの扉を開けて中に入る。
広い部屋の中ではバタバタと人が走り回り、あちこちで言い争いのような大きさと激しさで話し合いがされていた。マルクスの街への魔法攻撃とライティエットとの戦闘がある意味きちんと伝達されている証拠だと言えるだろう。
ただよくよく話している内容を聞けば、白金ランクが敵わなかった相手に誰が行くんだ、となすり付け合いをしているだけなのだが・・・。
そんな情け無いような、ある意味当然とも言えるようなギルド内で
「し、死神!?」
ライティエットが入って来た事に気付いた一人が声を上げ、それを聞いて室内が一気に静まり返った。
死神という名前にメーディエは眉を顰めるが、周囲の人間たちは静まりを徐々にざわつきへと変えてその名を口にする。当然のように、ライティエットを見ながら。
「・・・詳細を説明しに来たんだが、ギルドマスターはいるか?」
「あ、あぁ、ここにいる!あの魔族はどうなった!?梟からアンタは魔族の魔法の直撃を受けたと聞いていたんだが倒せたのか?!」
「倒せてはいないが深手は負わせた。たまたま通りがかっただけのテリトリーを持たない魔族だったが能力は伯爵以上、侯爵以下といったところか。俺へ随分と敵意を向けていたから、俺を襲うことはあっても街を襲うことはないだろう」
梟とは恐らく監視のことだろう。
ライティエットはマルクスの魔法を受けるまでは見られていたと言っていたが、魔族のことばかりで彼を心配する言葉が出てこないのはどういうことなのか。
いや、あんな巨大な魔法を落とされかけたのだ、そちらが気になってしまうのは致し方ないか。
「おいおいおい、倒せてないってどういうことだよ。それでも白金ランクか?」
「そうだそうだ!もし逆恨みで今度こそ街が襲われたらどうするってんだ!」
「魔族を逃すだなんて、白金ランクも落ちたものですね」
「ちょっとやめてあげなよ。彼は一人なんだから、ねぇ?」
メーディエが心の中で疑問を自分なりに納得させようとした直後、それを真っ向から踏みにじってくる言葉がライティエットにぶつけられた。
声をあげたのは先程ライティエットに1番に気付いた男で、パーティーを組んでいるらしい他のメンバーが男の横に並んで更に言葉をぶつけてくる。その波は周囲へと一気に広がり、ライティエットを貶し、馬鹿にする言葉が次々と投げつけられた。
白金なのに、死神のくせに、化け物なんだからーー。
個人ではたった二人しかいないハンターの最高峰・白金ランク。
ライティエットの年齢的な若さを考えてある程度の妬みは予想していたが、これはあまりにも度を超えている。ライティエットがギルドに入る前に言っていた言葉の意味がよく分かった。
本人は慣れているのか聞き流しているようだが、メーディエは、我慢出来なかった。
「・・・では逆にお聞きしますが、貴方たちは出会った魔族全てを必ず倒せるのですか?今回の伯爵級や侯爵級はもちろん、公爵級でも?」
罵声の中に急に響いた鈴にように愛らしい声。
自分よりも身長の高いライティエットを庇うように前に出て来た少女に、ギルド内は驚きで再び沈黙した。
「な、なんだよ。誰だあんたは?」
「初めまして。私、ライティエットを個人で護衛として雇わせてもらっている者です。魔力が強い所為かモンスターに狙われやすくて・・・ギルドを介さずに契約してしまったこと、お詫び申し上げます」
「い、いえいえ!ギルドの依頼さえこなしてくれりゃ個々の契約は本人たちで好きにしてもらって結構ですんで!」
荒れくれ者が多いギルドでメーディエの優雅で洗礼された所作と言葉遣いは逆に異質で目立つ。それを利用して上品な雰囲気でありながらも一瞬でその場を支配してみせた。
美しい容姿に見惚れる者も多く、開口一番にメーディエにも突っかかってきたパーティーの男達も今はだらしなく鼻の下を伸ばしている。
そんな中で慌てていたギルドマスターがライティエットと視線を交わし、彼が頷いたのを確認して丁寧に頭を下げてきた。
「あの、気付くのが遅れてすいやせん。あなたのことは彼から聞いておりやした。これまでもモンスターの異常発生の討伐に協力してもらえてたとか」
「えぇ、魔法には少々自信がありますので。
ところで魔族との戦闘についての報告はもう宜しいですか?彼と、恐らくあの場に居た私も標的でしょうから、街のためにも早めに旅立とうと考えているのですが」
「え、あ、はぃ」
「皆様もその方が安心出来ますでしょう?それとも、魔族が再び襲撃してくるまでこのまま残りましょうか。随分、腕に自信のある方々がいらっしゃるようですし・・・ねぇ?」
チラリ、と先程のパーティーを見つめて笑みを深める。胸元のランクプレートの色は金色で、恐らく街に在住する金ランカーなのだろう。
メーディエの言葉と視線に込めた
「テメェらじゃあの魔族を相手できねぇクセに舐めた口きいてんじゃねぇぞゴラァ」
は十分理解できたようで。今はちょっとだけ魔力を込めた威圧に負け、顔を真っ青にして体を震わせていた。
「さ、ライティエット行きましょう」
後ろで有能な(でもちょっと震えている)受付から今回の報酬を受け取っているのを見たメーディエは、ライティエットの手を引いてギルドから出ていく。
バタンと音を立てて閉まる扉を見て、ギルドに集まっていた者達からため息が溢れたが、人によってその意味合いは大きく違ったことだろう。
ちなみにその日の夜から半月ほどの間、魔族の襲撃を恐れて念の為に昼夜の警備が強化された。
が、あの金ランクのパーティーはメーディエの威圧の影響を引きずっているのか見張りすらまともに出来ず。最近の調子に乗った態度と討伐依頼達成の少なさも加味されて数日後には降格が言い渡されたのであった。
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