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第一夜 天使のような魔女

「ヒト」という生き物は『独り』では生きていくことが出来ない

『独り』だったり 『独り』が良いのだと 言っている者ほど

心の中では 「ヒト」という温もりを 探し求めているのだから

 

 黒く染まった草と木々が生い茂る深い森。

 高い鈴の音色が、草木をかき分ける音をかき消すように、存在を知らせるかのように、遠くまで響き渡る。

 長い髪が自らの血で染まっていく。痛みはあるがそれをものともせずに、荒く息を切らしながら森の奥へ奥へと走った。



 決められた運命から、逃れるために。







 

◆◆◆





 少女は、状況を理解出来ずにいた。

 座り込んだ少女の足元にあるのはコウモリ羽の生えたモンスター、の首。切り離された胴体は数歩離れた先の地面に大の字になって転がっている。更に辺りを見渡せば、おびただしい数のモンスターの死体が四肢を斬り裂かれた状態で自らの血の海に沈んでいた。


 ーー何がどうなってこうなったのか。自分は確か、薬草を摘んでいたはずだ。

 いつもなら城壁を守っている門番の人に見守られながら森の手前で摘んでいる。でも今日は何故か門番は居らず、しかも薬草も見つからなくて。仕方なく森に入ってしまった、少しなら大丈夫だと思って・・・。

 けれど見つけた薬草を摘むのに夢中になっているところをモンスター達に襲われた。

 いつのまにか森の奥まで来ていたようで、城壁までの距離も遠い。走って逃げてもすぐに追いつかれ、目の前までその大きな口が、牙が、迫っていて。もうダメだと、目を瞑った。



 ーー痛みは、一向に来ず。

 恐る恐る目を開ければ、全てが終わっていた。

 転がる首は目も口も開いたまま。モンスター達はきっと己が殺されたことを理解することなく、死んだに違いない。


 一体誰が、どうやって?


 その疑問に応えるようにザシュッーーと、刃物が肉を突き破る音が聞こえた。

 血の海と化した大地の真ん中でモンスターの胴体に深く突き刺さった白銀色の刀身。赤紫色の血で染まるそれは、黒いこの世界の中で無駄に鮮やかで、ドロリとした嫌な輝きを放っている。

 そしてその刀身を視線だけで遡っていけば、一人の男と、視線が重なった。


 『闇の狩人(ハンター)』だと、すぐに分かった。

 黒い世界に溶け込むような黒いマントの襟元に、ハンターを示す鷹のエンブレムが付けられていたから。

 けれどモンスターの血で濡れたボロボロのマントに隠された身体は細身の長身。町で見かけるハンター達のほとんどが大柄で筋肉の盛り上がった体をしている中で、男は随分と頼りなく見える。



 なのに、そんな町のハンターより、今足元で転がっている死体より、この男を『怖い』と感じた。



 男は美しかった。

 女性が羨むような白い肌、燻した銀糸のようにしなやかな髪は後ろだけ尻尾のように長い。整った顔の左頬にある縦一本の大きな傷跡は、一見すれば女性に見間違えられそうな男にたくましい印象を与えている。

 その中で何より一番印象的なのは瞳だ。

 髪と同じ、深い黒の色彩に瞬く銀の光。まるで一流の職人に研磨されて磨かれた黒曜石をそのまま嵌め込んだよう。

 片方だけ長く伸ばされた前髪のせいで左眼しか見えないが、その片眼だけでも十分に引き込まれ、見惚れる美しさだった。


 それでも、本能が恐怖する。

 見つめられて、身体が硬直する。


 一瞬にしてたくさんのモンスター達を斬り殺したこの男が、

 黒い装束に、温度の無い宝石の瞳が、

 返り血を浴びた姿が、物語に語られる死神のようで、

 色彩は違うが、この世界を黒く覆った「魔族」のようで、


 ただ、ただ、怖く、恐ろしい。




 「ーー癒しの白き風よ、届け」



 ふわりと、暖かい風と光が体を包んだ。

 途端に、あちこちに出来ていた傷が消え、死体と血生臭い匂いで吐きそうだった気持ち悪さが無くなった。それどころか汚れた衣服までキレイになっていく。

 驚きで自分の身体をキョロキョロ見続ける少女に、男はゆっくり近付いた。転がった首を蹴り飛ばし、少女の目の前で膝をおった男は無表情だが、それでもどこか怒っている雰囲気を出して喋り始める。


「何故、森に一人でいた。森はモンスターと魔族のテリトリーだ、城壁の門番たちに止められなかったのか?」


 男の怒気を感じたのか、それとも今になってモンスター達に襲われた恐怖や死体の惨状に気持ちが追いついてきたのか。少女は目に涙を溜めて嗚咽まじりに男の質問に答えた。


「おかあさんが・・・びょ、病気でぇ・・・薬草が、門の近く・・うぅ、生えてなくて・・・門番さんたちも、なんでか・・・ヒック・・いなくて・・・だから、だから・・・ぅ、わぁぁあぁん!!」


 溢れて止まらない涙を必死に拭い、途切れ途切れに話す少女の小さな手には愛らしい花をつけた薬草の束。

 モンスターに襲われながらも決して手放さなかったのは、一人でも恐ろしい森に足を踏み入れて薬草を探したのは、ひとえに母を思う子の愛情の強さ。

 男はそれを見て、血の付いた革手袋を片方だけ外し、震える少女の頭を撫でた。

 優しい感触と温もりに安堵して涙が更に出て止まらなくなる。男は少女が泣き止むまで待っても良かったのだが、やはり場所が悪い。ここに来るまでにもいくつか始末してきたが、いつ泣き声を聞きつけてモンスターが集まってくるか分からないのだから。


「ーー空中に漂う全ての精霊達よ、今ここで汝らの力を借りることを我は願う」


 男は人差し指を口に当て、小さく呟くように魔法の詠唱を始める。足元に複雑な模様を描いた銀色の魔法陣が浮かび、光の粒子が柱となって上へと昇っていった。


「白き守護の元に在りし大気の要。四季により色を変える自由の風よ。結せし大気は光の結晶と化す守りの壁。風の流れは一筋の道となりて、共に思わざる者のところに還りて地に去らん」


 唱えられている言葉が終わるか終わらないかのうちに、柱となっていた光の粒子の先が少女の頭上に向かって曲がり、少女の身体を包むドームのような形に変化した。そしてゆっくり、上空に浮かび上がる。少女が驚きの声を上げるが守りの結界のおかげでその声が外に漏れる事は無かった。


「門のところまでこれで送る。大人しくしていればモンスターどもに見つかる事もないから、じっとしていろ」


 浮かび上がった光のドームが城壁の方角に向かって飛び始める。それに気づいた少女の表情が一気に明るくなり、大きく口を開いて男に向かって何か叫んだ。

 当然、男の耳にその声が届くことはない。けれど少女が何と言ったのか、男は分かった気がした。

 張り詰めていた空気がふっと、和らぐ。

 男は目元をほんの少しだけ緩めたが、すぐ無表情になり、うつむいた。





 亜空間収納(マジックボックス)から取り出した皮袋を広げ、中に殺したモンスター達の首と羽を入れていく。首は討伐の証明、羽は弓の素材として売れる。他の部分は風化の魔法で全て土に還した。あとは自分の身体や衣服、剣についた血を浄化と洗浄の魔法で清めれば一通りの作業は終了。それから町に行って首と羽をギルドで見せれば今回の討伐依頼は完了・・・なのだが。

 男は皮袋をマジックボックスに入れ直し、適当な木の根元にもたれるように座り込んだ。

 どっと、疲れが込み上げる。この森をテリトリーにしていた魔族の討伐に二日、更に先程のようなモンスターの駆除を今日丸一日行っていた。さすがに疲れが溜まる。簡単な浄化の魔法を唱えるのすら、今は億劫に感じた。

 ため息を吐きながら自分の手を見る。


 『赤黒い』。


 元はただ黒いだけだった手袋もマントも、今は自分が殺した魔族とモンスターの返り血に染まって赤黒い。洗浄魔法をかけても取れないほどに、この身は血を浴びている。


 あとどれくらい、殺せばいい。

 あとどれくらい、血を浴びればいい。

 それとも次は


「俺が殺されて、血を浴びせるのか・・・?」


 クッと哀れむような笑いは喉の奥底で止まり、音になることはなかった。


読んでくださってありがとうございます。

誤字脱字ありましたら知らせていただけると大変助かります。


少しでも面白いと思っていただけたら↓から評価していただけると嬉しいです。

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