第八章
キリルが入院したと連絡があった。しかし、詳細がわからない。ルルに聞いてもはっきりしない。そして急いで来なくていいからと、念を押された。
グロサム、ラン、アミアはもやもやしながら、数日を過ごした。
「よし、行くぞ。」
週末、3人でガリルドに向かった。最近はアミアの魔力も使い、他の人が聞いたらびっくりする距離を、一気に飛べるようになったので、あっという間にガリルドに着いた。
入院できる病院は、町にひとつだけ。迷わずに向かった。
「悪かったな、心配かけて。」
キリルは、少し痩せたようだ。しかし病人ぽくない、優しい笑顔で迎えてくれた。
「アミアも、ありがとう。」
「あっ、はい。」
会話は普通にできるようになった。最初の誤解は、完全に消えていないので、キリルは決して距離をつめてこない。それが少し寂しいが。
「それで、何の病気だって?お兄ちゃん。」
母の話しでは、訳がわからなかった。そして本人に会って、更に訳わからなくなる。キリル自身が、病名も何もわかってなかった。
「母さんが言うには、カムリファスから強く、入院させろと言われたらしいんだ。それで、治療らしきものは、朝晩の点滴だけなんだが。」
うーん。
しかもその点滴薬は、ルルの作るものらしい。では、何のための入院なのか。
しかしアミアには、感じることがあった。例えるなら、ゲームの中のライフポイント。そんなものがキリルには、減少しているように感じる。
魔力が少ない時から、自分には予感という能力があった。その力が騒いでいる。キリルの状態は、かなり悪い。
「その、じゃあ、カムリファスに会いに行こうか。」
アミアなら、タウロタがいつでも熱烈歓迎だ。カムリファスも、変わらず迎えてくれた。
「来ると思ってたよ。おかえり、グロサムとラン、アミア。キリルのことを聞きに来たんだろう?」
カムリファスには、どんな魔力の高い人間でも敵わない、次元の違う能力がある。アミアの正体も見破ったし、キリルの不調のことも何か知っていそうだ。
「まあ、単刀直入に言うと、キリルは死にかかっているよ。」
「は、はあ!?」
キリルは今37才。癌でも心臓病でもない。最近は、危険な仕事もしていない。何故に、そこまで言い切るのか。
「うーん、説明し難いんだけど…………。キリルの心情と魔力のなせる業というか。」
「カムリファス、訳わかんない。」
ランだって、大好きな兄のことだ。何とかしたい。
「つまりね、キリルの心情は、ユキノを失ってからもう生きていくという気持ちが、薄いということだよ。家族がいるから、全くないわけじゃないがね。」
「………………………。」
「キリルは、わざわざ他の世界からユキノをさらって来たんだ。普通以上に、ユキノに死なれたことに責任を感じてるし、守れなかった自分をある意味呪っている。それであの凄い魔力で、無意識に自分を攻撃し続けてるんだ。キリルの身体が徐々に蝕まれて来て、悲鳴を上げ始めた。心臓が止まれば、もう死ぬしかない。」
大粒の涙が、ポタリと落ちた。
ランが、グロサムが、当然アミアが泣いていた。
「そんなことって…………。」
ランは、何も気づかなかった。兄のことなのに!
「おっと、ラン、自分を責める必要はない。大丈夫だよ、まだ間に合うからね。…………アミア、キミだけがキリルを救える。彼を愛して、助けてやって欲しいんだ…………。」
カムリファスからの伝言で、もう退院していいと、グロサムとランが言ってきた。キリルはそもそも必要を感じてなかったので、早速支度して帰ることにした。
「カムリファスが、直接、ちゃんと説明するからって言ってた。会計して荷物持って帰るから、行ってあげて。」
「何なら、俺が送ってやろうか?」
「いや、別に。普通に飛べるけど。」
じゃあ行って来いと、グロサムに背中を押された。ランも、うんうんと頷く。
(一体、何なんだ。)
まあ、いい。カムリファスやタウロタに会うのは久しぶりだ。天気もよく、気持ちいい日だ。歩いて行くのも悪くない。
キリルは、のんびり歩き出した。
「アミア、お前は、どうしたい?」
グロサムの問いかけに、アミアはすごく大人っぽい顔をした。もう、気持ちは決まっている。
「今度は、私からプロポーズしても良いかな…………?」
ああそれなら、親の出番はない。
「よし、じゃあ格好よく決めてやれ。断られる筈ない、100%成功だ。」
「アミア、あなたすごく綺麗よ。今、最高にね。…………必ず、幸せになれるから。」
カムリファスはニコニコ。タウロタも笑っていた。
「2人で、キリルを呼んで来ておくれ。アミアと待っている。ここなら僕の能力で、ユキノのイメージも少し見せてあげれる。」
カムリファスにとって計算外だったのは、キリルがゆっくり歩いて来たこと。アミアは緊張して、心配したタウロタが抱きしめたので、ふかふかの毛皮で眠ってしまった。
「キリル、遅かったね。まあ、いい。キミの特効薬が準備できたから、来てもらったんだ。」
「…………?いや、そもそも俺、病気か?」
「うん、病名は『愛情欠乏症』かな。特効薬は、この子だよ。」
言われて気づいた。タウロタにもたれて眠る、アミアがいる。
「アミア?」
「そう。ほらアミア、起きて。」
アミアが目を覚ますと、目の前に当惑したキリルの顔。
「…………えっ、あ、私!」
(やっちゃった!何で寝てたの!?格好悪い!)
思わず飛び起きた。焦って、何も言えない。
『しゃーないな、うちに任しとき。すっかりアミアと融合しとったけど、カムリファスの能力やろか、何か、話せるわ。』
それはアミアの内の人。そうだね、貴女が適任だね。
「キリル、今までいろいろ、ごめんな。うちがこんなんやったから、すっかり待たしてもうた…………。」
「…………?」
「これでも、すっごい悩んだんやで。うちがおることが、キリルのためになるんかって。でも、あんたも死ぬ程悩んでたんやね。」
「アミア?キミは、一体?…………!?」
穏やかに、微笑みながら話すユキノのイメージが、キリルに届いた。懐かしい、ただひとりの愛する妻。狂おしい程に求め続けた、しかし二度と会えないと、絶望するしかなかった人。
「ユキノ、ユキノ!?キミなのか!?」
「うん、うちな、キリルに会いたいと願う力すごかってん。だから生まれ変わった。アミアやけど、ユキノやねん。それでも良かったら…………またお嫁さんにしてください。」
返事は、抱擁になった。キリルの腕の中で、ユキノはとろけそうに幸せだ。
「本当は、もうほとんど、ユキノはアミアに融合してる。もう、多分、うちは出てこーへん。でも、アミアも同じやから。ユキノが消えるんと違うからね…………んっ。」
キリルの口づけが、ことばを飲み込んだ。でも、もう、大丈夫。ユキノの思いが伝わって、キリルの呪いが消え去った。