第六章
「じゃ、気をつけて。グロサム、ランとアミアをよろしくね。」
出発時刻は少し遅れた。自分が寝ていたせいだと、アミアは申し訳なさそうだった。今日進む距離を、調節するだけだ。
キリルに会ってから、アミアがおかしい。ルルに言われたことを気にして、キリルは見送りも遠慮していたので、ランの心が傷んだ。
(ごめんなさい、お兄ちゃん。)
グロサムとランは、カムリファスから聞いたことを、まだ他には話してなかった。アミア、いやユキノが望んでいるし、迂闊に話せない内容だった。
「ラン先生、もう一度、トイレに行きたいです。」
食事と休憩を兼ねて過ごしていた場所で、アミアが恥ずかしそうに言った。先刻一緒に行ったばかりだが。
お腹を壊したらしい、少し時間がかかるかもと言う。気にしないで、ゆっくり行ってらっしゃいと言ってやった。
自分も、子どもの頃はよくお腹を壊した。ランは、深く考えなかった。
「なあ、ラン。アミア、遅すぎないか?ちょっと見てこいよ。」
15分程経っている。確かに遅すぎる。
ランはトイレに向かい…………。
「グロサム、いない!」
「はっ!?」
「アミアよ、トイレにも、何処にもいないのよ!!」
カムリファスと彼らの会話を、アミアは途中から聞いていた。まだ眠り足りない、瞼はとてつもなく重いのに、何故か頭は覚めてきて。
原因は、自分の寝言。
彼らが心底驚き、しかし、カムリファスの助言で、まずアミアと話し合おうしていると知った。
キリルに知らせるのは、その後。
何も知らない振りして起きて、帰途に着いた。途中で、逃げるつもりだった。
空間移動魔法はトーマ先生に教わり、もうマスターしていた。目的地は、馬車道駅のあるシドの町。
魔法学校に不義理を働く以上、もうこの国にはおれない。隣国のコロボリスかカルシータ、どちらかに行ける駅馬車に乗ろう。何処でも、魔法使いなら働き口があるはずだ。
「ごめんなさい…………。」
初めてなのに、結構な長距離。でも、やるしかない。
…………上手く行った。
見覚えのある風景だ。アミアは、馬車道駅に入り、コロボリスの港町、ルカス方向に向かう駅馬車があると言われた。お金も、子ども料金なのでぎりぎりある。出発まで約1時間、待合所で座り待つことにした。
(魔力、消耗し過ぎた。眠い…………。)
「何で、アミア、何処行ったの!?」
「落ち着け、ラン。」
原因は、自分たちに秘密を知られたこと、他に考えられない。見事に気配が消えていた、魔法で飛んだようだ、ならば。
「全く知らない場所には行けないさ。多分、行き道で寄った場所だ。」
「じゃ、シドよ。」
子どもの魔力で飛べる距離ではないが、アミアならありえる。すぐ、2人で向かった。
「いた…………!」
予想通り、シドの馬車道駅の待合所に、アミアがいた。ぐったり、眠り込んでいる。近づくと、駅員に声をかけられた。
「様子がおかしかったんでね、家出だと思って、そこで待つように仕向けたんだ。あんたらが、親かい?」
「いや、我々は教師だ。」
身分証明書を見せると、納得された。
「思い詰めた顔だった。叱らないでやってくれよ。」
「はい、わかりました。ありがとうございます。」
ふーっ。
とりあえず、良かった。
グロサムとランは、アミアの右と左にそっと腰掛け、目覚めを待った。
アミアはゆっくりと目が覚めた。しまった、寝過ごしてないか?
そして、気づいた。
右に、腕組みをしたグロサムがいる。左にランがいて、自分のコートの袖を、ぎゅっと握っている。
「あ、あ、あの…………。」
「よし、起きたな。まったく、何処のトイレに来てるんだ。…………行くぞ。」
「えっと、何処に?」
「近くで宿を探す。話しが、あるからな。」
アミアはさーっと、血の気が引いた。
宿に入って、食事した。しかし、アミアはろくに喉を通らない。お通夜のような時間だった。
その後、部屋に入って、話しができた。
「さて、まず聞こうか。アミア、何で逃げた?」
ランがグロサムを突っつく。顔、恐いから!グロサムは、無視して続けた。
「わかるように、ちゃんと言ってみろ。」
「それは、私が、お二人を騙していたのが申し訳ないからです。」
「はっ?そんなの、ほんの数日間のことだろ。しかも、俺たちはほとんど留守だったし。」
「でも、黙ってました。おまけに逃げて、どれだけの迷惑がかかるか、考えもしませんでした。ごめんなさ…………。」
ドンッ!
でっかい音は、グロサムが机を叩いた音。
「お前、いい加減にしろ!口を開けば、申し訳ないだの、迷惑かけるだの。こっちは、そんなこと、どーでもいいんだよ!子どもなら、もっと子どもらしくしろ!!」
「ちょっと、グロサム!」
「辛けりゃ泣け!嫌なら嫌と言え!いいんだよ、別に、キリルの所なんか行かなくても。あんなおっさんに抱かれたくないと、はっきり言え!」
「なっ!?」
これには、ランが絶句。アミアは、うつむいてしまった。
「いいんだよ、わがまま言ってみろ。自分を守れよ。俺は…………。」
「…………しい…………。」
「はっ?何だ?」
「やかましい言うてんじゃ、阿呆ぅ!」
出た、ユキノ!!
「黙っとれば、何やねん!誰がおっさんや!キリルはあんたより、100倍いい男や!強いし優しいし、恰好いいねん、馬鹿にすんな!」
はあああ…………。そんな時じゃないのに、ランは感動した。本当に、ユキノさん。
「35才なんて、絶対見えへんし。若くて、素敵やし。うちは、あの人の側にいたくて、でも、あかんねん、こんなガキやから…………。」
はっと気づいた。2人がやけにニヤニヤしている。
「まったく、こんなに煽らなきゃ出て来ないのか。まあでも、お前の本音が聞けて良かった。それじゃ、ここからが相談だ。…………探そうな、アミアのベストを。」