第四章
ドキドキしていた。何もかも、あの頃のままだ。
『驚くなよ、心の目で見てくれよ。タウロタは、見た目より数倍優しいやつだからな。』
「さあアミア、ここがカムリファスの園よ。」
ルルに連れられてやって来たのは、ガリルド山脈付近に広がる森の中の、特別な場所。白っぽい幹と赤系の葉っぱ、独特な木の名はカムリファスといい、薬効のある実をつける。
しかもここには、カムリファスの木の精と、優しい魔物のタウロタがいる。
大きめの黒熊を連想してもらえば、タウロタにかなり近づく。元々は寂しさから荒れていたが、今は人間と心を通わすことができる。特に、子どもが大好きなのだ。
アミアは、当然の如くタウロタに受け入れられた。しかも彼は、アミアの過酷なこれまでを感じ取ったのか、いきなりアミアを抱きしめた。
「あら…………、タウロタにえらく気に入られたようね。」
ルルは目を細め、嬉しそうだ。
「はい。来て良かったです。」
アミアがガリルドに来た翌朝、グロサムとランに急ぎの連絡が入った。
「休暇中、ごめんなさいね。あなたたち夫婦を指名して、仕事の依頼が入ったの。」
2人が関わった魔物退治のその後に、不安要素が発生した。すぐに来て欲しいとのこと。
ランはアミアを連れ帰ろうとしたが、ルルに反対された。
「駄目よ、昨日、空間移動後に倒れたんじゃない。今日またなんて、絶対駄目。」
出かけるけど、ここで待っててと伝えると、アミアは少し青ざめた。でも、はいと言ってくれた。
ランは後ろ髪を引かれながら行った。
それで、ルルがカムリファスの園に誘ったわけだ。
カムリファスの木の精は、その名もカムリファスで、木の番人。だから実が欲しいなら、彼に断らなければならない。
「いいよ、ルル、摘んでおいで。その間キミは、僕たちと話さないか?」
ルルは、それじゃ、と行ってしまった。
残されたアミアを、カムリファスはじっと見つめ、やおら、ああ、とつぶやいた。
「わかったよ、キミなんだね。おかえり。」
カムリファスには、わかるのではという、予感はあった。
「…………ユキノ。」
はあ。思わず、ため息。
「何でわかったん?うちやって。」
その頃ルルも、ユキノのことを思い出していた。まさかアミアが、とは知らないが。
タウロタの反応が、常ならざるものだった。子どもは大好きだが、あんなにすぐに抱きしめたりしない。同じようにしていたのは、ユキノくらい。
ユキノに会ったタウロタは、彼女を気に入り、抱きしめた。キリルに文句言われるまで、離そうともしなかったのだ。
(ユキノ…………。)
息子の嫁。だけどそんなもんだけじゃない、愛しい大切な存在。
あの日、連絡はランからだった。
夫の手を取って、空間移動魔法で駆けつけた。孫も生まれて、幸せいっぱいだった家は、惨劇の舞台になっていた。おびただしい量の血は、ユキノひとりが流した。血だらけで息絶えたユキノを抱きしめて泣くキリルは、正気を失っていた。
サーラを育てなければ。そのことだけが、ルルを保っていた。
ポタッ。
知らず、涙が流れて落ちた。
「やだ。…………カムの実、ちゃんと摘まなきゃ…………。」
「わかるよ、僕たちはその人の中を見るからね。」
「そうなん。じゃ、しゃーないなぁ…………。」
なにせ、目覚めたのは昨日のこと。もちろん、アミアとして生きてきた記憶はきちんとあるが、整理はできていない。
「キリルとは会ったの?」
「まだや。今日、帰って来るって。なあ、カムリファス、キリルにもわかると思う?うちが、ユキノやって。」
うーん、とカムリファスはうなった。
「無理じゃないかな、魔力があっても人間には。ルルたちは、気づかないんだろ?」
「うん、変わらず、アミアとして見てくれてる。…………なら、カムリファス、黙っといて欲しいねん。」
「キリルにも?」
「あの人には、一番黙っといて!」
アミアであるが、魂はユキノ。それは何を意味するか。
「あの人は、キリルは、絶対うちを離せへん。でも、そんなんあかんねん。」
「うん、それはそうだ。どんな手段を使っても、キリルはキミを手に入れるよね。何が、いけないんだ。」
「だって、あの人、いくつやと思っとんの?」
今12才のサーラが生まれた時、キリルは23才だった。
「35才や。それでうちは、10才。まだ、大人の女やったらあるもんもない。そんなん嫁にしたら、あの人、色ボケ変態ロリコン親父って言われるねんで!」
「はっ?ロリ…………?なんだそれ。」
「キリルだけやない、サーラも馬鹿にされる。社会的に抹殺されてまう。そんな目に、合わしとうないねん…………。」
自分ひとりのことなら、どんなことでも我慢する。でも、愛するものが辛い思いをするのは、耐えられない。
カムリファスは、ははっと笑った。
「要するにキミは昔も今も、家族のことばかり考えてるんだね。わかったよ、黙っておく。タウロタも、大丈夫だね。」
「ダイジョウブ。」
そう言って、タウロタはまた、ぎゅっと抱きしめてくれた。気持ちがすーっと落ち着いた。
「考え過ぎて、疲れているね。ちょっと眠るといいよ。」
ルルが帰って来た時、アミアはタウロタに包まれて、ぐっすり眠っていた。起こすのを躊躇うほど、気持ち良さそうだ。でもそろそろ、帰らなくてはならない。
「アミア、アミア。」
それにしても、なんて可愛いい寝顔。母性本能、くすぐられてしまう。
「…………あっ、お…………、ルルさん。すみません。」
起きてくれたが、ぼーっとしている。思わず手を差し伸べると、握ってくれた。
(可愛いい、ランが夢中になる筈だわ。私が娘に欲しいって言ったら、怒るだろうな。)
暗い心を、明るくする子。キリルも、この子に会えば、良いことあるかも。
手をつないだまま、2人で帰った。
家が近づくと、庭の一角に一際花が咲き乱れる場所があることに気づいた。よく見ると、お墓だ。そこに座り込んでいる人物に、覚えがあった。
「キリル!帰ってたの?…………また、そんな所に座り込んで…………。」
結果的にわかった、ユキノの墓であると。愛情深い家族は、例え死んでしまっても、ユキノを離したくはなかったのだ。
「ああ、母さんただいま。カムリファスの所にいたの?」
パンパンと、キリルの服の汚れを叩いてやりながら、ルルは話す。
「うん、そう。今日はたくさん実を摂らしてもらった。そうそうキリル、この子はアミア。ランの教え子よ。」
キリルは少し微笑みながら、手を差し出した。
「よろしく、アミア。ランの兄で、キリルだ。」
握手を求められている。いたって普通のことなのに、アミアは動けなかった。いざ会ってしまうと、あふれるように思いが迫って来る。
(でも、握手しなきゃ。変に思われる…………!)
「あーあ、キリルがそんな所でぼーっとしてるから、変なおじさんと思われたよ。ごめんね、アミア、気にしないで。」
キリルも、すまないと言って手を引っ込めた。違う、そうじゃないとアミアは言いかけて。
思い直した。それで、良いんだ。キリルは優しい人、これで距離を取ってくれるだろう。ならば握手して赤面する、失態をおかすより良い。
(ごめんな、キリル。ホントにホントに、ごめんなさい…………。)