第三章
北部地方のガリルドは、王都とは随分気候が違う。
馬車では1週間程かかる距離だが、グロサムとランは空間移動魔法を2回使い、一気に帰るつもりだ。当然、急に寒くなる。
あらかじめアミアには、暖かいコートを着せた。学校の制服コートは紺色で目立たない、はぐれてもわかりやすいようにと、ファー付の真っ赤なコートだ。
(うわ、可愛い!)
アミアは高そうな服で恐縮してるが、彼女の金髪とものすごく合ってて可愛らしい。グロサムもニコニコしている。
「じゃあ、行こうか。」
まず、中間地点シドへ飛んだ。少し休憩して、次はガリルドだ。
「お茶飲もうよ。アミアはジュースかミルクかな?えっ………どうしたの?」
アミアは、この時点で多少困惑していた。初めて来た場所だ、なのに、既視感がある。
『ここは、シド。馬車道駅があるんだ。あっちへ行けば、ルラルド村がある。良い所だよ、いつかキミも連れて行ってやるよ。』
誰かのことばまで、浮かんできた。
「ルラルド村…………。」
「何だ、アミア、よく知ってるな。そうだよ、あっちの方向にルラルド村がある。懐かしいな、昔、キリルと行ったんだよな…………。」
(キリル…………。)
アミアは更に困惑した。グロサムの懐かしい気持ちが、自分のものであるはずないのに、懐かしい名。
「頭…………、痛い…………。」
「えっ?」
今度はランが驚き、焦った。
「ここでちゃんと休もうか?」
しかしグロサムは、いっそガリルドに行って、ランの実家でゆっくりしたほうが良いと言った。
「じゃあ、そうしよう。アミア手をつないで、グロサムともね。一気に行くよ!」
こうしてアミアは初めて、ランの実家がある、シリル・ガリルドという町へやって来た。
「アミア、ここが我が家よ。私の両親が待っててくれてる。今、休めるようにするからね。」
「……………。」
ランの実家は、大工であるランの父タナルが自ら作った。冬は極寒の地ならではの工夫が施されている、温かな木の家だ。隣接するタナルの作業小屋、母ルルの薬草園と併せて、他にはない景観となっている。それが、アミアに更に強烈な既視感を与えた。
(ここは…………、私、知っている。)
来たことのない場所、出迎えてくれるのは会ったことのない人々。なのに、知っている、矛盾。
『この家は、父さんが作ったんだ。俺も、かなり手伝ったよ。大黒柱にタナル&キリルって、サインも入ってる。』
『すごいだろ、母さんの薬草園。母さんの薬のおかげで、俺たち子どもは医者と縁がないんだ。』
『これからはここが、キミの故郷になる。愛してるよ…………。』
なだれ込んで来るセリフは、全て自分に語られている。
(何で!?私は!)
あっ…………。
…………そうか、そうなんだ。
これは、私の前世の記憶。ここでこの人たちと、前世の私は会っている。愛して、愛されて、でも。
死んでしまった。
私は。
完全なる、許容量オーバーの情報。アミアは、意識を失った。
バチバチと、暖炉の木材が爆ぜる音がする。アミアは、目を覚ました。
二重の意味で。
アミアという人間が誕生して10年、その内でずっと眠ってた人が目覚めていた。
「アミア、大丈夫!?」
ランが心配して、付添っていた。具合の悪い子に無理をさせ、空間移動魔法を強行すべきでなかったと悔やんでいた。
(駄目だなあ、私。こんなんじゃ、保護者役なんて失格。)
「俺の責任だ、アミア。すまなかった。」
グロサムも謝ってきた。心配しすぎた、青い顔。
「グロサム先生、ラン先生、う…………私、大丈夫です。もうどこも、痛くありません。」
2人の責任ではない。自分の事情だ。
微笑みが何とか作れた。実際、頭痛はきれいさっぱり治っていた。
夕食が準備されており、アミアの回復で安心した一同は食卓についた。
タナルとルル夫妻、サーラ、グロサムとラン夫妻、そしてアミア。
「あの、ラン先生。」
「なあに?」
「その、…………キリルという人は…………?」
仕事が片づかず、明日になると連絡があったそうだ。少しホッとして、アミアはスープを口に運んだ。
そして、チラッとサーラを見た。魔法学校では、学年でなくレベルによってクラス分けされており、サーラは最上級のひとつ下のクラス。アミアはレベル5から入ってあっという間にレベル3まで上がったが、クラスが違うと会うことも少ない。こんな近くで見たのは、初めてだ。
当のサーラは、特にアミアに興味なさそうで、またホッとした。
ルルがにこやかに世話を焼いてくれる。タナルは無口だが、アミアに向けてくれる目が優しい。
(温かい家族…………。)
夕食の片付けは、心配させたので手伝いできなかった。ぼーっとしてると、先にゆっくりお風呂に入ってと勧められた。申し訳ないが、ひとりになれるので従った。
ひとりで、考えを整理したかった。
タナル作、巨木をくり抜いた浴槽は、良い香りがした。
『運ぶのが、大変だったんだ。父さんの仲間も手伝ってくれて、なんとかね。でも、苦労したかいあるだろ?こんな風呂なかなかないから。』
(あの時は、彼がふざけて一緒に入ろうって言うて、お母さんに怒られて…………。結婚前、やったしな…………。)
思い出が多すぎる。
明日には会うしかない。
どんな顔で、会えば良いんだろう…………。
アミアの寝室は、昔ランが使っていた小さな子ども部屋で、居心地よく整えられていた。最近ではサーラが使っているが、僕はおじいちゃんたちと一緒でいいと、すっと譲ってくれたらしい。
「本当に、ひとりで大丈夫?」
「大丈夫です。おやすみなさい。」
寝る間際まで、ランが心配していた。アミアは食事前まで眠っていたのに、また睡魔に襲われ、じきに寝てしまった。