第ニ章
「ラン先生ー、そんなに慌てて何処行くの?」
「学長先生に呼ばれたの!」
魔法学校の教師の中では、まだ若い26才、しかも童顔でちょっとおっちょこちょい。ランは、非常に親しまれる教師だった。
しかし、魔力と実力は格別。わずか11才で、当時最強と恐れられた魔王討伐に貢献している。リードニス王国の北部地方の出身で、自然に愛されるタイプの魔法使いである。
「学校先生ランです、失礼いたします。」
「ああ、お入りなさい。待っていましたよ。」
学長のコダにとっては、愛弟子の子どもということで、孫弟子に当たるランである。信頼関係は抜群、ややこしい仕事でも笑顔で引き受けてくれる。
「実はね、ラン。あなたに是非とも、引き受けてほしいことがあって…………。新入生のアミアのことなんだけど。」
アミアはロウの予想通り、入学するやいなやその優秀さが際立っていた。加えて抜群の美少女、目立つことこの上ない。
「なのに、あの子は天涯孤独…………、誰も守ってくれる人がいないのよ、こんな危なっかしいことってない…………。」
同級生から上級生、かなりの男子学生に目を着けられている。彼らにとっては、煩い親兄弟がいないことは好都合なのだ。もちろん教師や、寮で身の回りを世話する人間はいる。しかし彼女に必要なのは、うちの娘に手を出すな!と目を光らす存在なのだ。
「それでは…………?」
「あなたとグロサムが、あの子の保護者役になってはくれないかと、思っているの。」
ランより7才年上の夫グロサムも、コダの弟子のひとりで教師でもある。ラン以上の魔力と実力、王の重臣を父に持つ良家の出で、あらゆる者に一目置かれる存在だ。彼に睨まれるなど、恐れぬ者はいない。
この夫婦は結婚して8年経つが、子どもは授かっていない。一度の妊娠と流産、その後ランが出血の多さにいのちが危ぶまれたことで、出産は難しいと判断された。
本当は、我が子がほしい。でも無理なので学生たちを愛そう、そう決めていた。
「それでしたら、グロサムと相談します。まあ、彼は断らないでしょうが。」
「よろしく。」
学長室から出て、つい、ニヤニヤしてしまいそうだった。あの子の保護者って、つまり親ってことだ。
(それって、嬉し過ぎる!)
昔から、可愛いものや綺麗なものが大好きな少女だった。兄弟は年の離れた兄ひとりのみ、本当はお姉さんか妹が欲しかった。だから、綺麗で憧れた女性が兄のお嫁さんになった時の嬉しさといったら。
(ユキノさん…………。)
綺麗で白い肌、切れ長の目、サラサラの黒髪。姿勢も綺麗だった。性格は正義感が強くてさっぱりしてて…………。
大好きな、お義姉さん。
しかし彼女は理不尽な暴力の犠牲になり、11年前、若くしていのちを落としてしまった。残されたのは甥っ子ひとりと、抜け殻のようになった兄。
あれからいろいろあったけど。
残されたものは、何とかやっていくしかない。私は結婚して、でも、子どもは諦めざるを得なくて…………。
アミア、可愛らしい子。なのに、大きな悲しみと不幸を背負わされた子。
あの子を守る役目があるなら、また生きてるのが楽しくなりそう。何気に生きているけど、傷を抱えたまんまの家族にも、良いことに違いない。
その夜の夕食時、グロサムに相談できた。彼は、何故即決で引き受けないのかと憤慨した。
翌日、夫婦でコダを訪ね、喜んで引き受けると伝えた。
「あの子には、そうね…………、ランが直接言ったほうがいいわね。ランは親しみやすいから、大丈夫でしょう。」
大丈夫、の意味するところはすぐわかった。アミアは、いろんな意味で臆病になっていた。保護者役になりたいと言われて、非常に戸惑った顔をした。
「あの、先生、私は大丈夫です。先生方に、そんなご迷惑をかけたくありません。」
10才の子どもが、言うセリフじゃない。
ランは、少し考えてから。
「じゃあ、こうしてくれない?来週、ホリデーがあるでしょ?その時私たちと一緒に出かける、それであなたが良いと思ったら、私たちを保護者役にして欲しいの。」
「何処へ、出かけるのですか?」
「私の故郷、北部のガリルドへ。すっごく良い所よ、アミアもきっと気に入る。」
アミアも、少し考えた。
「そこには、私がお手伝いすることがありますか?」
「えっ?…………ええあるわよ、たくさん。アミアが手伝ってくれるなら、助かる。」
ようやく笑顔が見れて、ランはホッとした。アミアの遠慮がちなのが、哀しくかつ愛しかった。許されるなら、抱きしめてすぐにでも子どもにしてしまいたい。
「グロサム、とりあえず、ホリデーに出かける約束できたわよ。」
ランの連絡を受けて、ガリルドでは母親のルルが快諾してくれた。
「サーラも帰って来るし、賑やかになりそうね。嬉しいわ。」
サーラとはランの甥っ子で、義姉の忘れ形見である。アミアとは違うタイプの天才魔法使いとして魔法学校に在席しており、年齢は12才。
ランが一緒に帰るかと尋ねたら、スケジュールが1日早く空くので、先に帰ると言われた。アミアのことは伝えたが、『あ、そう。』という軽い反応。驚いたり、感動したりと言った感情表現があまりない子だ。
(この子も、痛みを抱えてるから…………。)
義姉が亡くなったのは、サーラをかばったためだった。まだ1才だった彼には、記憶にあるはずはないが、重い事実だった。
有名な天才魔法使いキリルの子として生まれ、とある組織から狙われたサーラ。
母ユキノは、何か予感がしたらしく、コダに頼んで結界を張る魔法を習っていた。そのために必要な魔力として、コダが魔力を注入した魔法石ももらっていた。
キリルの不在時を狙って家が襲撃され、ユキノにより、サーラの周囲のみ集中して強固な結界が張られた。異変を感じたキリルが駆けつけた時すでに、リビングルームは血の海、ユキノのみが事切れていた。母の愛の結界に守られて、サーラは傷一つなかったという。
怒り狂ったコダとロウたちの執念の追跡で、組織は根絶やしにされた。しかし、いのちは戻らない。
キリルの中で何かが死に、消えていた。
サーラの責任ではない、しかし、屈託なく育つことなど無理だった。
ユキノ亡き後、サーラを育てるため、キリルは故郷に帰って、今もそのままだ。仕事であちこち出歩いているが、ホリデーに合わせて彼も戻って来る。
(さて、どんはホリデーになることやら…………。)
夫婦して浮かれていてはいけない。でもアミアには、できるだけ楽しんで欲しい。
悩ましい問題である。