かくも短き隠遁
村をあげてのお祭り騒ぎの中、俺は幼馴染のマリカと、いつもの木の柵に腰掛けていた。
空は晴れて、月に照らされた遠い山々が見渡せた。
6歳になったマリカは教会での魔力測定に臨んだ。
結果は、百年にひとりの魔力量と魔術の素質がある、というもの。
「王都の魔術学校に行かなきゃいけないんだって。」
「そっか」
「…」
「俺もいつか王都に行けるようにする。」
「ほんと?」
「うん、すぐには行けないけど、きっと側に行くから。」
「約束だよ!」
「うん、約束だ。」
「わたしね」
「ん?」
「…一番になりたいの。」
さらに言葉を続けようとした彼女を呼ぶ声がする。
仕方なく、そちらへ駆け出す少女。
「きっと、なれるよ。」
小さなつぶやきは風に流れていった。
12年後。
「こっちの書類、第一師団に持って行ってくれ。」
「はい。あ、これ第二師団からの要望をまとめておきました。」
「誰か、食堂の備品チェックしてくれる?」
「昨日、チェックして注文かけてあります。これ、控えです。」
「「ありがとう、助かる!」」
成人した俺は魔術師団の事務所で働いていた。
魔力がないことで卑屈になったり、魔術師から馬鹿にされたと気に病むような若者には向かない職種。
なかなか新しい職員が定着しないので、俺は大歓迎されていた。
ただし髪型だけは、あまり褒められないね、と先輩職員たちに言われる。
均一に伸ばしたロングヘアを緩く束ね、両目はほとんど見せない。
イケメンそうなのに勿体ない、と揶揄われるが、目を出してると恥ずかしくて人と対面できない、と応えている。
書類を届け終え廊下に出ようとすると、丁度入ってきた第一師団副長と目が合った。
一瞬、柔らかく微笑んだ彼女とそのまま黙ってすれ違う。
「ただ今戻りました。」
「ご苦労」「お疲れ様です」
団長や団員に迎えられたのはマリカだ。
あれから王都で猛勉強し、若くして第一師団副長にまでなっていた。
お互いの休日が重なる日、俺とマリカは王都から出て、近くの森や草原でピクニックをした。
野生動物や魔獣の出る可能性もあるが、彼女の魔術の腕なら、全く心配する必要はない。
「副長も、すっかり板についたみたいだな。」
「おかげさまで。」
「俺は何もしてないぞ。」
「…そんなことない。
何度もくじけそうになったけど、あなたが来てくれたおかげで
頑張れたもん。」
身内が祖父だけだった俺は、彼女が村を出て数年後、天涯孤独となった。
残されたわずかな土地を村長にゆだね、かわりに旅費を用立ててもらって王都に出た。
そして、たまたま知り合った老夫婦の営む食堂で働くことになった。
なりゆきで給仕と雑用だけではなく、調理から新メニューの開発まで手掛けた。
田舎風の味付けが逆に受けたのか、店はすぐに人気店になった。
あと数年で店をたたむつもりだった老夫婦だが、今では、俺が教育したコックや給仕が働く店を監督するだけで左団扇の暮らしをおくっている。
マリカとは俺が働いていた食堂で再会した。
彼女は、順調に学校を卒業し魔術師団に入っていた。
数年して、俺も常連客の伝手で魔術師団の事務職に就いたのだった。
「でも、よかったの?
お店に残れば店長さんだったのに。」
「いやー、王都に出てきてから馬車馬のように働いたんだ。
今はのんびり事務職がいいや。」
「そう。」
俺が笑うと、眩しそうに彼女が見つめる。
「なんか、付いてる?」
「え、べ、べつに…」
歯切れ悪く目をそらした彼女の耳が、少し赤かった。
それからしばらくは、大きな事件もなく、比較的穏やかな日々だった。
それがある日、一変する。
通常では予想されない場所で、魔物が大発生したのだ。
魔物に対峙する主力である魔導士団は、緊急事態に全戦力を投入せざるを得ない状況になっていた。
準備のために俺の部署も大わらわである。
なんとか準備が整い、後方支援として現場に赴く。
急ごしらえの陣地に着いて、凄まじい瘴気に驚いた。
訓練された魔術師でなければ、陣地より前に出ることは出来ないだろう。
魔術師団はすぐには手が打てず、防壁を展開するのが精いっぱいの状況だった。
魔物の数は膨大だが、今のところ突出して強いものは見当たらない。
ただし、少しずつ対峙していくにしても、どれだけの時間がかかるのか…。
作戦会議のテントに飲み物を持っていくと、首脳陣には苦悶の表情しか見えない。
翌日、王都から早馬が来た。
この陣地の近くで国境を接している隣国が、強力な魔物を召喚した、というのだ。
ここに集まった多数の魔物は、召喚された上位の魔物に引き寄せられたらしい。
隣国の魔術師団の一部が暴走し、危険な召喚を行ったのだが、出てきた魔物は強力過ぎて制御不能。
召喚にかかわった魔術師は、軒並み魔力を奪われ、使い物にならなくなったらしい。
けして、隣国に攻め入る目的で国が行った行為ではない、と知らせてきたのだが、状況は両国の共倒れでも収まるかどうか…。
「…アーレ」
俺の名を呼ぶ声がした。
「マリカ」
最前線から戻ったマリカは、疲労がひどかった。
「話は聞いた?」
「ああ、会議のテントの近くにいたから。」
「……」
俺は黙って、今にも倒れそうなマリカの身体を支えた。
その時だ。
陣地に悲鳴が響く。
上空に、召喚されたと思われる魔物が姿を現した。
赤く燃える炎をまとった獅子だった。
「…逃げて」
「え?」
「あなたは逃げて!」
懇願するように言うと、マリカは残り少ない魔力を集めて俺に防御をかけようとする。
だが、限界だった。
魔力切れを起こした彼女は、気を失った。
炎の獅子は俺たちの陣を敵地とみなしたのか、大口を開けた。
ブレス一発で、全滅は免れないだろう。
全ては終わりだった。
もう、打つ手はない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「フレア」
俺は独り言のようにつぶやく。
途端に、炎の獅子は顎が外れたように動作を止めた。
口を閉じ、キョロキョロと世話しなく目を動かすと、俺の姿に気付いたらしい。
そして、猛スピードでこちらに突っ込んでくる。
陣地の魔術師たちは、なすすべもなく見ているしかなかった。
炎の獅子がぶつかる寸前、俺の腕の中で意識を失っていたはずのマリカが、突然拳を突き上げた。
「こんの、馬鹿獅子がぁ~!」
触れていないはずの拳に吹き飛ばされて、炎の獅子が真上に上っていく。
やがて落ちてきたソレを、マリカが両手で受け止めた。
「!!」
周囲の魔術師たちが驚愕する。
炎の獅子は、その姿のまま、猫サイズになっていた。
殴り飛ばされ、急激に小型化された獅子は目を白黒させている。
「ほんとに、悪い子ねぇ!」
マリカは獅子を抱きしめて頬ずりしていた。
「申し訳ございません。」
斜め後ろから声がかかる。
振り返れば、身なりの良い若い男が頭を下げていた。
「ハイド」
顔を上げた男の瞳は澄んだ青。
淡い水色の髪は、流れる水のように絶え間なくゆらめき、きらめいていた。
「お前のせいではないだろう。後始末を頼む。」
かしこまりました、と再び頭を下げた彼は「ノア」と呼びかける。
空中にひとつ、こぶし大の球が現れる。
色は漆黒。
中央にある黒い瞼が開かれると、深紅の瞳が俺を見据えた。
「久しいなノア。力を借りるぞ。」
頷くように瞳が閉じらると、空中に膨大な黒い球が出現する。
次の瞬間、それは黒い霧となってあたりを包み込んだ。
黒い霧が消え去った後、魔物は一匹残さず消えていた。
瘴気はすべて吸い尽くされ、残ったのは右往左往する野生動物たち。
瘴気に充てられて失っていた自制を取り戻したようだ。
討伐にあたっていた魔術師は、朦朧とする記憶にとまどっていた。
幾人かは、上空を飛び去って行く炎の獅子を見上げている。
少し時間を置けば、この状況にふさわしい物語を作り上げることだろう。
この世界の人類が到達できない極地。
氷に閉ざされた場所に、広大な城がある。
魔物にあふれたその場所は、人に名付けさせれば魔王城、というところか。
炎の獅子フレアは俺とマリカを、その城へ運んだ。
「おかえりなさいませ、我らが王! お后様!」
「今帰った。」
「ただいま、みんな元気そうね。」
城中の心からの歓迎が嬉しかった。
久しぶりの居間に落ち着く。
今夜は宴になるのだろう。廊下や、窓の外から賑やかな声が聞こえる。
俺は魔王。マリカは、我が后だ。
この世界の魔王は、人類と敵対する者ではない。
魔王の仕事は大きく二つ。
魔物を統べることと、瘴気を管理することだ。
魔物と人類は、残念ながら相いれないことがままある。
言葉が通じる人同士でも争いが起きるのだ。
魔物の中には言葉を話す者もいるが、半数は思念で意思を伝達する。
相互理解は、時間がかかる。
今はまだ、共に生きられる状況にはなかった。
不幸な接触が起こってしまったときは、俺が赴いて解決する。
そのたびにどこかの国で、新たな伝説や物語が生まれるのだ。
そして、瘴気の管理。
この世界の瘴気を生み出すのは人間だ。
小さな、または大きな悪意が集まって瘴気の溜まりとなる。
この溜まりに触れた魔物は悪意にのまれ、破壊衝動だけの怪物となりかねない。
生み出す側の人間に、処理能力がないので魔王である俺の仕事になるわけだ。
しかし、うまくしたもので、この溜まった瘴気は魔王城でのエネルギー源となる。
さきほど、瘴気を集めてくれたノアは今頃、地下の貯蔵タンクに瘴気を込めているはずだ。
魔王城の城壁内が、春のような暖かさに包まれているのは実は瘴気のおかげだった。
「…それにしても、20年は短くないか?」
「そうねぇ、せめて後10年はゆっくりしたかったかな。」
マリカの同意を得て、俺も頷く。
「重ね重ね申し訳なく…」
控えていたハイドが、また謝罪の言葉を口にする。
ハイドに冷たい視線を送られて、マリカの胸で甘えていたフレアが縮こまる。
「お前たちのせいではない。」
「そうよ、フレアを召喚するなんて、ふざけたことをされたのだもの。」
「むしろ、その場に居合わせて、早く手が打ててよかったのだろう。」
恐れ入ります、とハイドが頭を下げる。
水の魔物であるハイドは、冷静沈着で気が利くので、執事として働いてもらっていた。
彼のおかげで、今回の20年も無事過ごせたのだ。
そもそも、なぜ、俺とマリカが人里にいたのか。
この世界がある限り、俺たちは魔王とその后であり続ける。
しかし、千年ごとに肉体が生まれ変わるのだ。
通常なら、一度滅び、生まれ変わって、この魔王城で育つのだが、毎回それでは芸がない。
今回は人里で育ってみよう、と思いついた。
人間の言葉で言えば、ごっこ遊びというところか。
生まれ落ちた瞬間から、記憶もあるし、魔法も使える。
ちょっとした記憶操作で人里に紛れるのはたやすい。
最初は、村人としてのんびりしよう、と思っていた。
ところが、魔力量の測定でマリカがちょっと失敗した。
あの時の、ばつの悪そうな顔は、なかなか可愛かった。
どうしても畑を耕して暮らしたい、わけでもなかったので、
成り行きに任せ、王都で暮らすことになった。
あのまま何事もなければ、数年後には結婚して、孤児を養子にとって、などといろいろ計画していたものである。
後日、その話を聞いたハイドは「それは阻止出来て幸いでした」
と真顔で言っていた。
人間の世界での経験は、ごっこ遊びのようなものだったかもしれないが、
それなりに常識も身に着けたし、と言えば、ハイドは固まった。
ハイドの指示で、気配を殺した魔物たちが俺たちのフォローをしていたことを知るのは、だいぶ後のことである。
「次の千年後に期待しましょ。」
マリカがいたずらっぽく笑う。
俺はマリカの胸で眠り込んでいる、けしからんフレアをつまみ上げハイドに預けた。
ハイドは、一礼して、そのまま退出する。
抱き寄せたマリカに口付ける。
マリカはくすぐったそうに笑う。
「人目が気にならないのは、いいことだな。」
「そもそも、人がいないじゃないの。」
我が城に帰って、やはり安心したのか、よく笑うマリカ。
「そういえば」
「なぁに?」
「村から出る前に、お前が言ったこと…」
「なんだったかしら?」
「一番になりたい、って何のことだったんだ。
魔術学校や魔術師団で一番になるのは簡単だろうし、それじゃあないよな。」
「…あのね」
「うん」
「告白だったの。」
「告白?」
「あなたの一番になりたいって、そう思って、口から自然に出た言葉なの。」
言いながら、マリカは顔を真っ赤にしていた。
愛しい。
「俺たちは最初から番いとして生まれたけど、お前と一緒でよかった。」
「アーレ…」
やはり人に紛れてみたのは正解だった。
この新鮮な盛り上がり!
見つめあう俺たち。
…を見つめる瞳。
「…ノア」
真横を見れば、黒い球が浮かび、真っ赤な瞳がこちらをじっと見ていた。
腕の中のマリカは、また笑い出してしまった。
「続きは後でね。」と、俺の頬にキスをするとマリカは腕を抜け出してしまう。
「ノア、ありがとう。大活躍だったわね。」
マリカに褒められて嬉しいノアは、パチパチ瞬きしながら、クルクルと回っていた。
支度のためにクローゼットに向かうと、ルフィーとリアンが手ぐすね引いて待っていた。
「遅いわよ~。魔王様~。」
情報屋のルフィーと服を仕立てるのが得意なリアンは、協力して人間界の今風の服を用意してくれていた。
「このドレス、あの国の王女様のより素敵!」
「でしょでしょ! さすがマリカ様。」
性別はないのだが、なぜかオネェなリアンは相変わらずだ。
「はい、マリカ様。アーレ様の仕上げをお願いするわ。」
ルフィーが風で俺の前髪を後ろに上げて整える。
マリカは魔石で出来たカチューシャを俺に付けてくれた。
「やっぱり素敵。わたしのアーレ。」
俺の金色の瞳を、うっとり見つめるマリカ。
「マリカ…」自然と手が伸びる。
「はい、終了~。」
リアンの合図でクローゼットの扉が開かれ、待ちくたびれた魔物たちが覗き込んでくる。
「行きましょう。」
「ああ。」
俺の手を取り、歩き出すマリカ。
この千年も、君と共に行こう。
改めて俺は誓った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
城中が魔王夫妻の帰還にわいた、翌日のことである。
場内のとある一室に、主立った魔物たちが集まった。
水の魔物、ハイド。
炎の魔物、フレア。
風の魔物、ルフィー。
木の魔物、リアン。
闇の魔物、ノア。
他にも、出張中の各属性魔物の長に代わる次席の者たち。
議長役のハイドが口を開く。
「皆さん、お疲れさまでした。
魔王ご夫妻が無事、ここに戻られ、新たな千年が始まりました。
ご夫妻が幸福であられるよう、次回のイベントを計画したいと思います。」
「アタシ、いっぱい着せ替えができるイベントがいいわ!」
リアンがさっそく提案する。
猫サイズのフレアは、のんびり顔を洗っているし、ルフィーは空調よろしく爽やかな風を吹かせていた。
ノアは分身である黒い霧をハート形にして飛ばしており、それを見た次席以下は感心したり、恐ろし気に震えたりしている。
いつも通りだ。
この千年も、こうして皆で魔王夫妻を支えるのだ。
いつかは来るだろう、この世界の終りまで、大切に大切に支えていくのだ。
いつもは厳しいハイドも、今日だけは大目に見ることにした。
好き勝手しているように見える皆も、思いは一つなのだから。