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外では完璧を演じる聖女様は、俺と二人きりになるとポンコツになる。

 


「聖女様ーっ!」

「今日もお美しいです!!」

「キャーッ! こっち見たわ!」

「違うわよ私と目が合ったのよ!!」


 昼下がりの街中。

 瞬く間に人壁を築き黄色い声を上げる群衆のお目当ては、俺の前方を悠然と歩く銀髪の女性。

 純白のヴェールと銀髪を白い手袋に包まれた甲で払い除けると、風に靡いて陽光で煌めきを放つ。

 膝上丈のスカートからすらりと伸びた脚。

 低いヒールの踵を鳴らして歩く様は、正しく威風堂々としている。


 彼女の名はリシェリア。

 神の代行者とも呼ばれる聖女の一人である。


 ……だが。


「リシェリア様。耳を」

「何かしら、ベガ?」


 後ろからリシェリアへ声をかけると、彼女は自信に満ちた表情で振り返った。

 天色の双眸を瞬かせる彼女の笑顔は誰もが魅了されてもおかしくはないだろう。

 本性を知る俺としては絶対に有り得ないのだが。


 まあ、今はそれより大切なことがある。

 僅かに身を屈めて耳元へ顔を寄せ、周囲に聞こえないよう小声で告げた。


「――自信満々のところ申し訳ないんですけど、道間違ってますよ」


 リシェリアの専属騎士としては心苦しいものがあるが、伝えることも優しさだと俺は思う。

 顔を離して様子を窺ってみれば、やはり気づいていなかったのかキョトンと小首を傾げていた。

 途端に無数の歓声が浴びせられる。

 遠目で見れば可愛らしく映るのだろうか。


 そんな傍ら、自らの過ちを理解したのか頬がみるみるうちに赤く染まっていく。

 俺は素早くリシェリアの顔を隠すように前に立ち、ため息をついた。

 辛うじてヴェールで隠しているようだが、それも完全ではない。

 完璧な聖女のイメージを崩したくないリシェリアを守るために騎士たる俺がいるのだ。


 だけど、これだけは言わせてくれ。


「……うちの聖女様はどうしてポンコツなのか」


 ポツリと呟いた独り言はざわめきの中に消えていくのだった。




 外での用事を終えてから街の中心から離れた場所にある教会へと帰る。

 小規模の都市に見合った、こぢんまりとしていて古びた外装でも掃除はしているため綺麗だ。

 庭の芝生も刈り揃えられていて、花壇にはリシェリアが一から育てた色とりどりの花が咲いている。


 疲れたオーラを無言で発するリシェリアを背に、扉の金具が悲鳴を上げながらもゆっくりと開く。

 リシェリアを先に通し、俺も後から続いて中へ入って扉を閉めた。


 天井のステンドグラスを透過して差し込む光が、静謐さの漂う内部を明るく照らしている。

 ズラリと並ぶ横長の座席には誰も座っていない。


「あー疲れた……」


 ぐっと背筋を伸ばす俺を後目に、リシェリアは足早に赤いカーペットが敷かれた中央の道を奥へ奥へと突き進む。

 最奥の聖女像が見守る中、最も日当たりのいい最前列の座席に座り――


「――恥ずかしいよぉぉぉぉぉおおぉぉぉおっ!!!!!!」


 響き渡る絶叫。

 恥も外聞もまるで気にせず、心に留めていた鬱憤を一斉に吐き出していた。

 駄々をこねる子供のような姿は聖女のイメージを崩壊させるには十分な破壊力を秘めている。


「リシェリア……自分の格好を考えてくれ。下手したら見えるぞ」

「いいもんっ! どうせベガにしか見られないんだし!」

「何も良くないだろアホか……」


 俺は一人、頭を抱えて深いため息をついた。


 リシェリアは聖女という立場を守るため、外では完璧な立ち振る舞いを求められている。

 教会にも、群衆にも。

 他ならぬ自分の魂にも。


 だが、当然のように聖痕を刻まれた聖女であっても人間。

 失敗はするし全知全能の存在ではないにも関わらず、リシェリアは完璧であろうとする。

 その反動が……今俺の前で繰り広げられている光景なのだ。


「嫌だよぅ……私が方向音痴で一人じゃ外出できないポンコツだと思われていないかなぁ……ねえ、ベガーっ!」

「知らん」

「そこは慰めてよぉ……」


 ぞんざいに対応すれば、リシェリアはベソをかいてしまった。

 嗚咽混じりの泣き声が静けさの中へ嫌に響く。

 悪いことをしたつもりはないのに、リシェリアの声が妙な罪悪感を掻き立てる。


 あーもう、しょうがない。


 呆れ果てて頭を掻き、諦めつつもリシェリアが蹲る座席の隅に腰を落ち着ける。

 ピクリ、と俺の気配を感じ取ったのかリシェリアの肩が僅かに跳ねた。


「別にリアが方向を間違えたからって街の連中は見損なったりしないって。あいつらどうせ「可愛い」しか言わないだろ」


 道を間違えていた程度で指をさして責めるような連中はこの街にはいない……と信じたい。

 むしろ普段の完璧超人ぶりからは考えられないギャップが好きという人もいるだろう。

 実際は俺がカバーしているだけだが、それを知るものは俺以外いない。


 だからなのか、リシェリアは俺だけに素の感情をさらけ出す……もとい、ダル絡みをするのだ。


「でもぉ……次外に出た時に後ろから「聖女様って方向音痴なんでしょー?」って指さされるの怖いよぅ……」

「被害妄想が逞しいな。てか、聖女ならもっと街の人を信用してやれよ」

「だって私が本当はポンコツなのを知ってるのはベガしかいないし……頑張って隠してるだけで人の目線とか声とか怖いし……考えただけで胃に穴があきそう」


 うう、と呻きながら、リシェリアは赤子のように縮こまる。

 外では自信満々に笑う聖女リシェリアと同一人物とは信じられないな。

 付き合いは長くても慣れないものは慣れない。


「胃薬でも取ってきますか?」

「いい……疲れたからお昼寝する」

「こんな所で寝たら風邪ひくぞ。ブランケットでも探してくる」

「――待って」


 伸ばした指先が、俺が羽織っていたコートの裾を摘んで離さない。


「膝貸して。それと、コートも掛けて」

「あのなぁ……」

「だって……心細いの。だから、貴方の温もりが欲しい。その指で髪を梳いて、頭を撫でて安心させて欲しい」


 ずい、と距離を詰められ、リシェリアが胸元で俺を見上げていた。

 潤んだ天色の瞳が不安げに揺れている。

 甘えるような仕草は猫のようだ。


 身を仰け反らせながらも鼻先を微かな柑橘の香りが掠める。

 五感を通して存在を意識させられながらも、平静を保ったままだ。

 これは無意識にやっていることで、リシェリアは単に俺を枕にして寝たいだけ。

 それ以上でもそれ以下でもない。


 俺が変に意識する必要は無い。


 ない、けれど。


「……そんなことされると誤解するぞ?」


 恐る恐る聞くと、リシェリアは緩く微笑む。


「貴方に誤解されるなら構わないわ。でも……そのつもりなら覚悟してね」


 否定がなかったのを了承とみなしたのか、リシェリアは俺の膝へ頭を預けて横になる。

 銀色の髪が広がり、仄かに伝わる温もりと重量感。


「――頼りにしてるわ。私の騎士」


 くすり、と笑って。

 自らの髪を手繰り寄せ、顔を隠してしまう。


 どうせ言ったあとに恥ずかしくなったのだろう。

 隙間から覗く肌は朱に染まっている。


 言いつけ通りに頭を撫でれば、満足気な吐息が静かに響いて。

 愛嬌もあって、感情豊かで、意地っ張りで。

 完璧であるための努力を惜しまない姿も賞賛に値すると言うのに。


「……やっぱりポンコツだわ。うちの聖女様」


 早くも寝息を響かせ始めたリシェリアを眺めながら、苦笑しつつも呟いた。



なんか降ってきたので書いてみた次第。


少しでも面白いと思っていただけたら、ブクマや評価、感想等いただけると嬉しいです。

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